第18話 困惑の返答


 彼らが地上に戻ったのは、すでにお昼を過ぎておやつの時間と言ってもいいくらいの頃だった。巫女のサヤに案内されて、彼らはすんなりと外にでることが出来たのだ。あれだけ苦労した行きとは違い、帰りはなんともスムーズなものだった。段々沈もうとかたむきだした日を久しぶりに浴びて、シンは大きく息を吸い込み、シンジは大きく背伸びをした。

「さすが巫女さん、出るのは早かったね」

 シンジがほっとしたようにつぶやくと、隣のシンもため息を一つ吐いて答えた。

「普通のルートはあんなに簡単なんだべな。ただの一直線だったべ。オラ達、罠のある道通って来たからあんなに大変だったんだべな」

「どおりでペルソナがそっちの道を通りたがるはずよね。あんな罠だらけの道、私だっていやだもの。リサさんを誘拐したのも、ちょっと分かるかなぁ」

 ヨウサの言葉に、キショウを抱えたままのリサが苦笑して見せる。ヨウサの口から出た人物の名に、双子は再び険しい表情で視線をかわした。

「それにしても……ペルソナのこと……ますます放ってはおけないね……」

「秘石……つまり闇の石ってことだべよな。闇の石を守って、なんとしてもアイツの野望を阻止しなくっちゃなんねぇだ……」

 兄の言葉に、シンジは深くうなずいて見せた。

「そうだね、そのためにも……。――ねえ、校長先生に相談してみるのはどうかな?」

 その発案に、シンではなくヨウサがぱっと顔を明るくした。

「そうよ! こんな大事なこと、私達だけでどうにか出来るものじゃないわ! 校長先生にもレイロウ先生にも相談してみるべきよ!」

「そうだべな、そのためにもまずは……」

と、シンが周りをキョロキョロしていると……

「あ〜〜!!!!」

 聞き慣れた声が響いて、一人の少年が駆けてくるのが見えた。黄緑色のバンダナに、冬間近にしてはずいぶんと薄着な細身の少年――

「いたいた!」

「やっぱり、近くにいただべな!」

「ガイくんも無事なようね」

 ヨウサがほっとしてつぶやく言葉に、双子がクスクスと笑った。

「あたりまえだべさ」

「むしろ、無事かどうか心配されるのは、僕らの方だしね」

 次々にシンたちが口にする目の前で、息を切らして駆けてくる少年は、心底ほっとしたようにため息をついた。

「よかったよ〜! もー! 一時はどうなることかと〜……」

 約半日ぶりの再開に、子どもたちの明るい声が響いていた。






*****

 黒い空間だ。黒光りする石で作られた床に壁、全てが黒い石で作られた空間は、光源があるにも関わらず、黒い闇に押しつぶされそうなほど重たい感じがした。広く黒い空間の中には何本もの柱が立ち、その柱の並ぶ先には段差のある祭壇が見えた。四角い祭壇の中央は深くくぼんでおり、そのくぼみから赤黒い光が溢れて見えた。

 そう、ここは過去、シンたちがオミクロンと対峙した地下深くにある闇の神殿だった。すでに闇の闇の石を失ったはずのあの祭壇の奥で、今度は別の物が黒い闇の波動を放っていた。

 黒いマントをはためかせ、白い仮面を付けた男――そうペルソナだ。仮面の男の手の中には、あの赤黒い石が脈打つように光っていた。光に合わせ、外に向けても波のように光が溢れて波打つ。

「三つ目の封印……炎の闇の石……。これでまた一つ……近づく……!」

 低く、笑うようにつぶやく男の声を、祭壇の下の方で聞いている人物がいた。茶色の髪を黒い波動にゆらされながら、緑の大きな石をひたいにはめて、同じく緑色の瞳で静かに祭壇を見守っている。外見は幼子のようなペルソナの部下、オミクロンだ。笑う男の声とは裏腹に、幼子の表情は険しかった。

「……封印が進めば……ペルソナ様自身の闇の力も弱まる……。残る三つも……急がねばな……」

 独り言のようにつぶやく幼子の声は、吹き荒れる闇の力の風にかき消されて消えていった。

*****






「ええ〜! 大地の女神様までそんなこと言ってたの〜!?」

 帰りの汽車の中で、神殿の深部で起こった出来事を聞かされたガイは、驚きで開いた口が塞がらない状態が続いていた。

「神殿の罠もすごいなぁって思ってたけど、キショウがそんな目に遭ったり、女神様とお話できたり〜……もぉ、今回はすごいことありすぎてびっくりだよ〜! くそ〜、ボクも行きたかった〜!」

「いや、喜んで罠にかかりに行く人はいないと思うよ……」

と、自ら罠にはまりたがっているガイの発言に、思わずシンジがつっこむ。

「でも、ホントに考えないといけないわよ、これからのこと」

 ガイとシンジのやりとりにヨウサが真剣な口調で口をはさむと、それまで盛り上がって話していた全員が真剣な表情に変わる。

「そうだべな……。ペルソナはただ盗賊していただけではないってことが、これではっきりしただべ」

「まあ、確証はまだないけどねぇ〜。でも女神様も『秘石で闇の力をどうにかしろ』って言っていたわけだし、ペルソナは本当に石を沈める儀式をしていたってのは本人も言っていたし〜……その上、キショウが読んだ石版には『闇の石を大地に沈めるな。沈めたら世界の滅亡が繰り返される』って書かれていたってことは、ホントなんだものねぇ……」

 ガイのまとめにシンジもうなだれるようにうなずいた。

「証拠はなくても、ここまで話が出てきたら、もう間違いないよ……。何とかしてペルソナの野望を食い止めなくちゃ……!」

「そうだべな!」

 力強く兄のシンが同意すると、その向かい側でヨウサがあごを押さえこんでいた。

「野望を食い止めようにも、問題はあいつらがいつ、どこに現れるかってところが問題だわ。それに、石を沈めるって、一体どこで沈めているのかしら?」

 ヨウサのもっともな質問に、思わず全員口を閉じた。常にそこが問題点なのだ。神出鬼没しんしゅつきぼつで捕まえるための糸口がない。部下であるデルタやエプシロンであれば、警備隊に捕まえてもらったこともあるが、それですらいとも簡単に逃げられてしまったのだ。とても一筋縄ひとすじなわで行く相手ではない。

「そこだべが、確実に敵が現れるときは来るべ」

 唐突とうとつにつぶやいたシンの言葉に、全員の視線が向く。それを受けて、シンは腰にかけた短剣を取り出してみせた。それを見て弟のシンジがあっと声を上げた。

「ペルソナが確実に狙ってくるもの……オラたちの手にあるだべよ」

 シンの持つ短剣――それはあの闇の石で作られた古いアイテムだ。つかの中心部分が黄色に光り、透明感あるその宝石の周りを、黒い縁が覆っている。あの闇の石を武器化させたアイテムだ。それを見て、シンジはごそごそと首もとをいじって一本のひもを服の中から手繰り寄せた。首飾りのように輪にして結んだひもの先につながっていたもの――黒い光を放ち、中心が青く輝いている石。そう、水の闇の石だ。そして……カバンにしまってある大きな黒い本……。この本にも埋め込まれている宝石は光の闇の石のかけらの一つだ。残る闇の石は彼らの手の中にあるのだ。これをあの盗賊が放っておくはずがない。

 双子はお互いの石を手に、顔を見合わせてうなずいた。

「これを狙ってアイツらはやってくるべさ」

「そこがチャンスだね」

「だとしたら、敵がやってくるときにうまく捕まえられるよう、罠でも張らないといけないわね」

 少しイタズラな表情を浮かべてヨウサが笑うと、双子は思わず首をかしげた。

「罠……だべか?」

「どうやって?」

「それはこれから考えるのよ。でも、敵だってきっと私達にばれないようにこっそりやってくると思わない? 前にデルタがデュオに化けてやってきたみたいに、きっと私達にばれないように近付いて来るんじゃないかなって思うのよ」

 ヨウサの推理に双子も納得の表情だ。ウンウンとうなずいて思わず身を乗り出す。

「言われてみれば確かにそうだべな!」

「あいつら、変化の術も使うから、余計に警戒しないといけないよね。デルタも僕らの学校の生徒になりすましていたり、警備隊に紛れ込んだりしていたわけだからね」

「そう考えると、エプシロンとか……それこそペルソナだって変化の術を使ってくる可能性は高いわ。ユキちゃんのお屋敷に侵入した時だって、あの執事さんに、ペルソナはなりすましていたって、ユキちゃん言っていたもの」

 その言葉に、急にガイの空気が変わった。動きを止めて口を開くその様子に、向かい側に座っていたシンジがいち早く気がついて、首をかしげた。

「――あれ、ガイ? どうしたの?」

 シンジの問いかけに、ガイはうーんとうなってうつむいた。その様子に思わずシンとヨウサも首をかしげる。

「どうしたの、ガイくん?」

「腹でもいてぇんだべか?」

 いつもならシンのおとぼけな問いかけに「まさか、シンじゃあるまいし〜」などと毒でも吐きながらつっこんでくるガイなのだが、この日の彼は違った。そんなシンの問いかけも気にならないほど困ったような表情をして考え込んでいる。その様子に思わず三人は顔を見合わせた。

「え、ガイ……ホントに一体どうしたの?」

「何か……あったの?」

 改めてシンジとヨウサが質問を投げかけると、ガイはようやくその重たい口を開いた。

「うーん……実はさぁ……今日………………」

「……」

「……」

「……きょ、今日……どうしただ?」

 たっぷりの沈黙をはさんで、ようやくガイが次の言葉を吐いた。

「……級長に会ったんだよ〜……」

 その発言に三人は肩透かしを食らって、思わず肩がずり下がる。

「なんだぁ……そんなことだべか〜。びっくりしただべさ」

「へぇ……でも級長もこの町に来てたんだ。知らなかったな。なんだ、言ってくれたら一緒に行っても良かったね」

 双子がそんなことを言うと、ヨウサは怪訝けげんそうにまゆを寄せて首をかしげた。

「え、でもフタバくん……学校で最後話した時はそんなこと言ってなかったけどなぁ……。週末は宿題をやるから今回は出かけたりしないと思うって言ってたのに……」

 その言葉に双子は顔を見合わせる。

「あれ……もしかして……」

「またフタバのよくわからない行動だべか……?」

 途端とたん、わずかな不安が双子の心をかすめる。彼らのクラスの級長でもあるフタバの行動には、最近何かと不可解なものが含まれているのだ。友人であるシン達を疑うような発言、一緒に来ていたはずのユキのお屋敷から気がつけばいなくなっていること――などだ。

「その可能性は高いと思うよ〜……」

 双子の不安を更に助長するようにガイがポツリとつぶやいた。

「だって級長……なんでこの町に来たのかわからないって言ってたもの〜。時々自分でもよくわからない行動をするんだって……そんなことを言ってたよ〜」

 思いがけない言葉に双子と少女は顔を見合わせた。

「一体どういうこと……?」

「自分でもわからないって……」

「なんだべ、病気だべか?」

 首をかしげ合う三人に、ガイは首を振って口をはさんだ。

「いや……それはわからないけど〜……でも……もっとわからないのがさ〜……」

 困惑こんわくする三人にガイが困ったような表情でつぶやいた言葉は、更に不安に追い打ちをかけるものだった。

「級長に……ボク、『ペルソナに会っていたりしないかい』って聞いたらさぁ……級長の答えが――」

 不安げに顔をあげたガイの表情を、窓から差し込む夕日が赤く照らした。

「……『ペルソナって……誰だい?』って……全く初めて聞くような反応だったんだよ〜……」

 その言葉に三人は絶句し、直後大きな汽笛の音と共に汽車はトンネルに入り、視界は暗闇になった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る