第17話 古の詩


 神降ろし中で何も気づいていなかった巫女の少女に、事の全てをリサがかい摘んで説明した。キショウのことは話すとややこしくなるため話さなかったが、幸いキショウ自身、まだ目覚めていないので都合は良かった。

 時折シン達も会話にまじり、今回の経緯けいいを伝えると、どうやら世界の異変については巫女自身も気がかりだったらしい。話の理解は非常に速かった。

 巫女の少女は、名前をサヤと言った。大地の女神の巫女として幼い頃から務めているらしく、神降ろしは大体彼女の仕事だという。

「今日は、強い闇の力を持つ石が神殿に運ばれて来たので、それを女神様に封じてもらおうとお持ちしていたのです。そのための神降ろしを行っていたのですが……まさかその間に盗賊に奪われていたなんて……」

 そう言って悲しそうにため息をつく巫女に、シンとシンジが声をかける。

「しょうがないだべ、相手は天下の大悪党、ペルソナだべ!」

「それに僕らも止めに来ていたんだけど……阻止できなくて……ごめんなさい」

 謝るシンジに巫女の少女は静かに首を振る。

「過ぎてしまったことは仕方ありません。怪我がなくてよかったです」

「そうよね、過ぎたことよりもこれから先、どうするかだわ」

 ヨウサの言葉に双子は大きくうなずいた。

「このままペルソナの悪事を放っておくわけには行かねーだ」

「絶対にヤツら、とっ捕まえないとね!」

と、双子が意気込むと、思いがけずヨウサが別視点から口をはさんだ。

「確かに、ペルソナを捕まえることも大事だけど、それよりも、女神様の残した言葉、気にならない?」

 その問いかけに双子が思わず首をかしげると、予想外に巫女のサヤが女神の言葉を述べた。

「『溢れる闇の力を……秘石で……秘石の歌を……破滅を止める術は……そこにある……。……古の神の力となれ……』ですよね」

 サヤの発言に思わず三人は感心した表情だ。

「すごい、サヤさん……! ちゃんと女神様の言葉、聞いてたの?」

「オラ、てっきり身体を乗っ取られていて聞こえてないと思ってただ」

 双子の言葉に、巫女の少女は照れるように笑った。

「神降ろし中、さすがに意識はありませんが、女神の言った言葉はちゃんと頭に残るようになっているんです」

「ね、この言葉よ。『溢れる闇の力を秘石で……』。これって闇の石のことだと思うんだけど、その『秘石の歌』ってなんなのかしら? 気にならない?」

 ヨウサの言葉に、巫女が立ち上がった。三人がきょとんとしていると、サヤは女神像に背を向けて階段を降り始めた。

「え、どうしただべ?」

 思わずシンが呼びかけると、サヤはその深緑の服の裾をゆらしながら、階段を降りて答えた。

「その歌なら……心当たりがあります。こちらです」

 その言葉に三人は顔を見合わせると、各々立ち上がってサヤに続いた。

 案内されたのは、先ほどキショウと戦ったあの広間だ。くだかれた床を超え、ある一カ所に向かってサヤは迷いなく歩いて行った。見ればその壁には例のあの文字が書かれていた。

 そう、今の文明では解読することの出来ない、超古代文字だ。

「やっぱり、ここは闇の石の神殿の中なんだね。こんなところにも超古代文字がある……」

 シンジが壁を見上げながらつぶやくと、三人に背を向けていたサヤがその壁に触れながら答える。

「この神殿は、昔から神官や巫女だけが入れる空間として、このいにしえの黒い神殿を持っていました。一節では古代文明よりもはるか昔に作られた、古の神が残した神殿だと……」

「イニシエの神……」

 思わずシンが繰り返すと、ヨウサが静かに答える。

「そう言えば……女神様の言葉にもあったわ……。古の神の力となれって……」

「それってどういう意味だべ……? いにしえの神ってのがいるんだべか?」

 シンの問いかけにシンジが首をひねる。

「いにしえ……ってことは古い神様だよね。大地の女神様が言うってことは、大地の女神様よりももっと昔からいた神様ってことかな……?」

 シンジの自問自答のような言葉に、前から声がした。

「私達にも、古き神が何者なのかはわかりません」

 答えたのは巫女のサヤだ。そう言って、今度は壁に背を向け、彼らの方を向いた。

「ですが、神降ろしをすると、時折女神はそう残します。古の神……。そしてその存在は、この壁にも残されているんです」

 そう言って指差すのは、あの超古代文明文字だ。

「サヤさん、もしかしてこの文字読めるんですか?」

 少しの期待を込めてヨウサが尋ねるが、巫女の少女は静かに首を振った。その様子に三人は残念そうに肩を落とす。やはり超古代文明文字を読める人物などそうそういないのだ。あいにく、唯一読める人物のキショウは眠っている。だが闇族のキショウの話を正直に巫女の彼女に話すことを、彼らはためらっていた。闇族とわかった時点で、恐らくは警備隊に突き出されてしまうだろう。しかし、謎の解明にはこの文字が読めなくてはいけない。

 彼らがキショウのことを話そうかどうか悩みだしていると、思いがけずサヤが壁に向かって手を伸ばし話しだした。

「確かに、私達はこの文字を読めません。ですが、女神様がこの歌を教えてくれました」

 その言葉に思わず双子が声を上げた。

「え、本当だべか!?」

「じゃあ、サヤさん、この歌、歌えるの!?」

 その問いかけに、巫女の少女は少し恥ずかしそうに首をかしげうなずいた。

「一応……歌えますよ……。巫女となるものは、必ずこの歌を女神様から授かるんです。……あまり上手には歌えませんが……聞かれますか?」

 巫女の申し出に、三人は嬉しそうに大きくうなずいた。それを見て、巫女は壁を指差し、その歌詞であろう部分に触れながら歌い始めた。


「神無き時代

 混沌ありき 光と闇の偉大な石が

 神なる力 全てを統べる

 手に入れしもの 創神となる


 世界はそこで終焉しゅうえんとなる

 命あるもの すべて消えて」


 そこまで聞いて、双子は思わず顔を見合わせていた。

「これって……」

「間違いないだべ、光の石と闇の石の話だべ……!」

「でも、どうして……あの石の話がこんな所に……」

「当たり前じゃない」

 口をはさんだのはヨウサだ。

「ここは大地の神殿の地下であり、闇の石の神殿に当たるんでしょ? だとしたら、闇の石の歌を残していてもおかしくはないわ」

「そうだけど……」

と、シンジはまだ困惑こんわくした表情だ。

「どうして女神様が……わざわざ巫女に必ず伝えているんだろう……? 自分のことではなくて……わざわざ超古代文明時代のあの石のことを残すなんて……」

 その言葉に、思わずヨウサもシンも口をつぐんでいると、サヤが続けた。

「実は……歌はこれで終わりではないんです。続きがあります」

「本当!?」

「聞かせてくれだ!」

 反射的に彼らがそう答えると、サヤは再び壁の文字をなぞりながら歌い始めた。


「古の神 力を封ず

 溢れし闇を 闇で抑えて

 全てが消える 力は消えて 命は残る

 失われし時代


 残されし子よ 愛されし我が子

 石を守護し 創神を阻め」


 歌を聴き終わった三人は、今度は困ったような表情を浮かべて顔を見合わせた。

「今度は少し意味が分からないだべな……」

「うん……『闇を闇で抑えて』……ってなんだろう……?」

 双子が思わずうなるその隣で、ヨウサも首をひねる。

「一番目の歌詞にもあったけど……さっきから何度か出てくる『ソウシン』って何かしら‥…? 『石を守護してソウシンを阻め』……?」

「『創神』とは神を創ることを意味します」

 ヨウサの問いに答えたのは巫女のサヤだ。

「神を創る?」

 思わず問いかけるシンジに、巫女はその三つ編みをゆらしてうなずいた。

「歌が具体的に何を示しているのかはわかりませんが……ですが、私達巫女や神官の間で言われていることがあります。それは大地の女神が生まれるずっと昔に、滅んでしまった世界があって……それが時折、昔話のように言われる超古代文明のことを指しているんじゃないかと……。そしてその超古代文明時代に、世界を終わらせた力ある秘石があって、それを人が手に入れてしまうと、それは『破壊の神』になってしまうのだと……。だから、その石を悪しき心をもつものが手に入れないよう……またその破壊が繰り返されないよう……そう女神様は警告しているのだと、私達は受け止めているんです」

 その言葉に、三人は深くうなずいた。

「じゃあ、やっぱり……女神様が恐れていた石っていうのが……」

「あの闇の石なんだべな……!」

 双子は自然とそのこぶしを固く握りしめていた。


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