第16話 大地の女神


「……何、この音……」

「上の方から聞こえるだべな‥…」

 空間を震わせる高音域の音は、魔法の力の中でも光属性の力が動いている証拠だ。双子が視線を送ると、あの長い階段の上の方で何かが光っている様子がうかがえた。それを指さし、ヨウサが口を開く。

「この感じ……大地の力を感じるわ……。行ってみましょう!」

 ヨウサの呼びかけに、三人の子どもたちと一人の女性は、その長い階段を登り始めた。

 今までの闇の神殿にはなかったものだ。天辺が見えないほどの高さで続く階段は、空間と同じ灰色の石で作られていた。彼らが登るたびに、カツコツと小さく足音が響く。

 階段を登って行くと、徐々にその音がただの音ではないことがわかってきた。静かに強弱をつけながら響くその音は、何かの音楽だ。

「なんだろう、この音楽……」

 不思議そうにシンジが首をかしげると、リサが後ろから口をはさむ。

賛美歌さんびかに似ているわね。大地の女神にささげている音楽にも似て、強い陽の力を感じるわ」

 その言葉に、植物属性も持つヨウサは深くうなずいた。恐らく大地の力を強く感じ取っているのだろう。音楽がハッキリ聞こえてくるにつれ、それに合わせて誰かが歌っている声も響いてきた。

「歌……だべな……」

 そうつぶやいて、最後の階段を登り切ったときだ。彼らの目の前には薄茶色の祭壇が広がっていた。闇の石の神殿のあの灰色の空間の中、この祭壇だけが浮かんで見えるような白さがあった。思わず口を開いて黙ってしまう彼らの目の前に、一人の人物が写った。薄茶色の石畳のその奥で、壁に彫られた女神像の前で正座している。濃い緑のドレスのようなローブを広げ、静かに座っているその姿はとても神々こうごうしく見えた。

「あれは……大地の女神の巫女みこ……よね……?」

 ヨウサが小さくつぶやくと、双子は神殿に入ったばかりのことを思い出していた。

「そう言えば……神殿の奥にいこうとした時、こんな服装の巫女さんがいたよね……?」

「あ、オラ達の前を歩いていった人だべな。確かに似てるだ」

 見れば肩ほどの長さの茶髪は横だけ編み込まれており、それが特徴的だった。一度彼らが後ろ姿を見たあの巫女、その人だった。

「それにしても……ずっとここにいたのかな……?」

「さっきペルソナ騒ぎもあったのに、気付かなかったんだべか…‥」

と、二人が歩み寄ろうとすると、思いがけずその腕をヨウサが引き止めた。

「ちょっとまって……。あの巫女さん、様子がおかしいわ」

 ヨウサの指摘に双子は改めて巫女の様子をじっと見た。うつろに開かれ、こちらを見ているようで視点がそこにあってはいない。小さく口を動かし、どうやら歌っているように見える。

「さっきの歌は、この人だったんだべな」

「でも、なんだろう……。なんか僕らに気がついてないようだよね……?」

 シンジの言葉に、リサがはっとしたように息を飲んだ。

「……もしかして……今、『神降ろし』中なんじゃないかしら……」

「髪下ろし……? なんだべ、ハゲるんだべか?」

 シンのボケに、ヨウサがぴしゃりと叩いてつっこみを入れる。

「違うわよ! 神様を呼んでいるのよ。神様を自分の身体に呼び出すの。大地の女神の巫女しか出来ない術って聞いたけど……わあ……初めて見るわ……!」

 滅多に見られない術を目の前に、ヨウサは目を輝かせる。一方でその術のすごさがわからない双子は、首をひねって巫女を見つめるばかりだ。

 巫女の唇が止まった。そして静かに瞳を閉じると、そのまま深緑の衣装をゆらしながら、ゆっくりと立ち上がった。

「神降ろし……出来たのかしら……」

 ささやくようにヨウサがつぶやいたその時だ。巫女の瞳が開き、その目は彼らを見た。

 瞳があった途端とたん、彼らははっと息を飲んだ。深くゆらめく宝石のような輝きを放つ緑の瞳――。その瞳の奥に強い力を感じ取ったのだ。

 言葉はなくとも、空気が違っていた。瞳はうっすらと光を放ち、それだけで威圧感いあつかんを覚えた。落ち着いてどっしりと構えたその空気は、静かに皮膚を押されるような、そんな息苦しさだ。

「……すごい力……だべな……」

 思わず口をついたその言葉に、シンジもヨウサもリサでさえも無言でうなずくだけだった。突然にこんな力を見せつけられて、言葉を出せなかたのだ。

 そんな巫女から発せられる強すぎる力に、思わず無言でいると、巫女がその小さな口を開いた。

『……よくぞここまで来た……我が子どもたちよ……。我はこの大地そのもの……』

 響く声が巫女のものでないことはすぐにわかった。口こそは動かしているが、響いてくる声はまるで地面から響いてくるように、彼らの全身に響いてきたからだ。しかしそれよりも、言われて意味がわからない発言に、思わず双子は疑問が口をついた。

「へ……??」

「こ、子どもたちって……オラ達のことだべか……?」

 思いがけない呼びかけに、双子が首をかしげていると、勢いよくその双子の頭を押さえつける者がいた。ヨウサだ。しかもその表情が怒りで目が座っている。何と言っても怒ると怖い少女である。過去何度も彼女の静電気にやられている双子は思わず青ざめた。

「ちょっと、あ・ん・た・たち……! 今私達の目の前にいるのは神様そのものよ!! はやく! 早く頭を下げるのっ!!」

 ヨウサにぐりぐりと頭を押されて、双子は半ば強引に頭を下げさせられた。とはいえ、神降ろし中の巫女に、たしかに感心している場合ではないだろう。そして何より、神よりも巫女よりも今は後ろの少女が怖い。二人は大人しく従った。

 頭を下げた彼らに、少しだけ巫女の身体は歩み寄ってきた。近づくほどに分かる。その身体から、普通ではありえないほどの強い力があふれていることが。身体の表面からゆらゆらとこぼれて光があふれている様子が見える。美しい緑の光は大地の魔力そのものだ。

「……なんだか……さっきのキショウと似ているね……」

 頭を下げたまま視線だけで巫女を見て、シンジが思い出したようにポツリとつぶやく。

「キショウからはすごい闇の力を感じたけど……でも力のあふれ方が今の巫女さんと似ているなと思って」

 弟の言葉に、シンも頭を下げたまま巫女を盗み見るようにして、視線を動かす。体の表面から溢れ出る力……キショウの時は闇の力だったが、大地の女神が憑依ひょういしている巫女からは緑の光があふれている。確かに、その力の溢れ方は似ていた。それに気がついて、シンにもシンジにも奇妙な気持ちが沸き起こってきていた。

 そんなシンに、唐突とうとつに巫女はその手をかけた。急に肩に手をかけられ、シンはその力の強さに勢いよく顔を上げた。強くつかまれたのではない。まるで急に肩を暖められたような、そんな皮膚にビリビリと伝わる魔力は、今までに感じたことがないほどの強さだった。驚き目を丸くしていると、その目をのぞきこむように巫女が顔を近づけた。深い緑にゆれるその瞳が、どこか悲しげに見えた。

 その力の強さと、その瞳の強さに圧倒されて思わず話せずにいると、巫女に憑依ひょういした女神は思いがけない言葉を述べた。

『生きる意志あるわが小さき分身たちよ……。特に精霊の力を強く持つそなた達に頼みがある……』

「た、頼み……?」

「か、神様がだべか……?」

「しっ!」

 思わず双子が口をすべらすと、横からヨウサが静かにするよう口元注意の素振りを見せる。双子がヨウサの指示に従って口を閉じると、巫女は再び口を開いた。

『今……大地はゆらいでいる……。世界の秩序が……混沌こんとんに飲み込まれようとしておるのだ……。このままでは……世界は破滅の道を繰り返す……』

「……!?」

 思いがけない言葉に双子は思わず顔を見合わせる。

 

 世界の破滅――。

 それではまるでペルソナが企んでいる闇の石のことと一致するではないか――!

 

 言葉を発せられずに無言で視線をかわす双子に、更に女神は続けた。

『……我が大地の力は……その混沌に最初に飲まれた。我がこうして存在していられるのも後わずか……。いや……いずれこのままでは……他の力も失われよう……そうなる前に……溢れる闇の力を……秘石で……』

 話しながら、徐々にその巫女の体が震え始まっていた。身体からあふれる緑の光が点滅するようにゆらめいている。立つことも危うくなった巫女の身体に、思わず双子は手を伸ばし、その体を支えた。

「え、ちょっと、大丈夫!?」

「女神様、どうしたんだべ!?」

 震えながらも、巫女の瞳は深い緑の光を放ったまま落ち着いた様子だ。女神の様子がおかしいのではない。器になっている巫女の身体が限界なのだ。

『秘石の歌を……破滅を止める術は……そこにある……。……いにしえの神の力となれ……愛すべき…………我が子どもたちよ……』

「時間切れだわ……。もうこれ以上神降ろしが出来ないのよ……!」

 様子を見守っていたリサが心配そうに口をはさむ。その直後、緑の光が消えたかと思ったら、そのまま巫女の身体は一気に力が抜ける。いきなり脱力した身体を、双子は二人がかりで抱え込んだ。

「うわっ……と……!」

「急に倒れただな……」

 二人はそっと巫女を抱えたまま座り込む。神降ろしを終え、巫女はそのまま気を失ってしまったようだ。双子は協力してそっと巫女の少女を横にしていた。その様子を見ながらヨウサが真剣な表情でつぶやいた。

「……一体どういうことかしら……? 大地はゆらいでいる……秩序が混沌に飲まれる……?」

 その言葉に、シンも深くうなずいて立ち上がった。

「女神様の言っていた言葉は、なんだか不気味だべな……。混沌がどうとか……一体どうしてそんな言葉をオラ達に……」

「それよりも、気になる台詞セリフがあったよ」

 兄の言葉に続いて、シンジつぶやいた。思わずシンとヨウサが顔を向けると、シンジは顔を上げて言葉を続けた。

「このままでは……世界の破滅の道を繰り返す……って」

 その言葉に、ヨウサもリサも心配そうにうなだれた。キショウをかかえたまま、リサが小さくつぶやいた。

「世界の破滅だなんて……そんな警告を……女神様が伝えてくるだなんて……」

「やっぱり、そうなんだわ……。ペルソナが集めているあの闇の石……。それが……世界を壊すことになるんじゃ……」

 ヨウサの言葉に、シンも深くうなずいた。

「女神様までそう言ってくるってことは、やっぱりペルソナの動きが関係しているに違いねぇだ。女神様はペルソナの悪事のことを言っていたんでねーべか?」

「そうかもしれないね……」

 巫女を寝かせたシンジが、真剣な声でつぶやいて静かに立ち上がった。その様子に思わずシンとヨウサの視線が向く。二人の視線を受けながら、シンジは真剣な表情で続けた。

「一致すると思わない……? ペルソナがやってきたことと……」

「むん?」

「え、どういうこと?」

 意味深な呼びかけに、思わずヨウサが先に疑問を投げた。ヨウサの問いかけに、シンジはその真剣な表情のまま続けた。

「思い出してみてよ。ペルソナが始めに手に入れた闇の石ってなんだった?」

「え……最初は大地の闇の石だべさ? オラたちが時計壊した犯人と勘違いされて大変だった……」

 シンの答えにシンジはうなずく。

「そう。そしてその後、湖の神殿の中で最初に石を沈める儀式を行っていたもの……それも大地の闇の石だ」

 その言葉に、ヨウサがはっとしたように息を飲む。

「『我が大地の力は……その混沌に最初に飲まれた』……ってさっき……」

「そう、最初に沈めた石が大地の力だった……。つまり、ペルソナが最初に沈めた石の影響が……今のこの植物精霊族に出ている悪影響なんじゃないかな……。そして、いずれは『他の力も失われる』って女神様は言っていた。それはペルソナが次に沈める石の影響なんじゃ……?」

 シンジの推測にヨウサにもシンにも緊張が走る。

「ホントだべ……女神様の言葉とピタリと当てはまるだ……!」

「そう考えると……女神様の言葉、すごく気になるものがいっぱいあったわ……! 秘石がどうとか……古の神がどうとか……」

 二人の言葉に、シンジもうなずいた。

「女神様は……きっと僕らに闇の石のことを伝えてくれたんじゃないかな。ペルソナがやっている悪事で、世界が壊れそうになっている……。だからそれを止めるために、秘石……もしかしたら闇の石を奪わせるなって……! そして、もしかしたら……」

と、語尾を強める青髪の少年は目を強く光らせた。

「女神様のこの言葉が……ペルソナの悪事を阻止するヒントになるんじゃないかな……!」

 期待のこもったその発言に、思わずシンも大きくうなずいた。

「ペルソナの悪事を止めろって、女神様も言ってるってことだべな……望むところだべ!」

 思いがけないヒントに思わず三人は視線を交わし、深くうなずきあった。

 その時だ。

 ふいに小さくうなるような声がした。ハッとして視線を向けると、床に眠っていた巫女が目を開いたところだった。目覚めるや否や、シン達の姿を見て巫女の少女は驚いたように目を何度もまばたきしていた。無理もない。彼女の意識のないときに、彼らはこの祭壇さいだんに入っていたのだから。

「え、あの……あ、あなた達は……」

 驚き困惑こんわくしている巫女の様子に、三人の少年少女も困ったように顔を見合わせた。

「ええと……どこから説明しようかなぁ……」

 その背後で首をひねるリサが苦笑していた。

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