第15話 敵の思惑


「そうだべ、危険なものとはいえ――」

「ペルソナには渡せないっ!」

と、双子が勢いよく石に向かって動いた時だ。

 ぶわっと黒い風が起こり、その風がペルソナに向かって勢いよく吹き抜けた。その風に乗って赤黒いあの石が宙に舞い、シンの目の前でふわりと浮き上がっていく。

 ペルソナの術であることは明白だった。そのまま石が仮面の男の方に行くことを感じ取って、シンがあわてて手を伸ばした。

「行かせないだべっ!」

 空中で石に向かって風を起こし、シンの方も風で石を引き寄せようとしたのだ。たちまち、シンの起こした風とペルソナの起こした風とがうずまき合い、空間の中心に勢いよく吹き荒れるつむじ風が現れた。

「え、ちょっと、何で急にこんな風が……っ!?」

 急な強風に、ヨウサがあわてて視界をおおいながら叫んだ。

「シンの風とペルソナの風の術がお互いに反発しあっているからだよ! 風の術で石を自分の所に引き寄せようとしてるんだ!」

 シンジも風に手をかざしながら答えると、そんな二人の目の前でシンが力いっぱいその両手を光らせて術の威力いりょくを強めた。

「行かせないだべ! ペルソナなんかに渡せねーだべ!!」

 ますます勢いを強める風に、仮面の男もわずかに首を動かし少年たちを見ていた。シンの風の威力が強まったことを感じ取ると、男もその左手の術をわずかに強めた。たちまち黒い風が勢いを増し、三人の横をいっそう強い風が吹き抜けた。

「うわっ!」

「シンくん、負けないで!」

 ヨウサのかけ声に答えるように、シンも更にその両手の術を強める。その時だ。

「お前たちがこの石を手に入れて何になる。強大な闇の力を持つもの……お前たちには扱いきれまい――。お前たちが持つ石も、いずれはこの小鬼の事態のように、お前たちに牙を向くぞ……」

 強い風の向こうから、低く響く男の声が彼らの耳に届いた。不思議と強風にかき消されないその声は、どこか不気味な印象を与えた。しかしそんな不気味な雰囲気を消し飛ばすように、強い風に負けないくらいの大声を張り上げてシンは答えた。

「そんなこと関係ねぇだべ! オラ達はおめーの悪巧みを止めることが目的なだけだべ!」 お前こそ、こんな石を手に入れて何企んでるんだべ!?」

「そうだ! お前が湖の底の神殿でやっていた悪いこと、僕たち知ってるんだぞ!」

 兄に続けてシンジも声を張り上げると、思いがけず仮面の男が肩をわずかに震わせた。その様子はまるで笑ったように見えた。

「……石の儀式のことか……。お前たち、あの儀式を知っているのか」

 ペルソナの問いかけにシンは更に術を強めて叫んだ。

「神殿の壁に書かれていたから、オラ達知ってるだべよ!」

「ペルソナ……石を沈めて、世界をどうする気だ!?」

 双子のその言葉に、仮面の男がうつむくような素振りを見せた。そして次の瞬間、今までにないほどの強い風がふき、黒い風に押し倒されるようにシンが後ろに吹き飛んだ。

「うわっぷ!」

「シン!?」

 ペルソナが急に術の威力を上げたのだ。倒れた勢いでシンの放っていた風の術も切れ、途端とたん、吹き荒れていたつむじ風が消え失せた。そして、つむじ風の真ん中で動かなかったあの赤黒いゆがんだしずく型の石は、黒い風に乗り――仮面の男の左手の上で輝いた。

「いてて……盗られただべ……っ!」

 飛んだ時に勢いよくおしりをぶつけたのか、腰をさすりながら半身起こすシンにシンジもヨウサも駆け寄っていた。

「シンくん、大丈夫!?」

「待て、ペルソナ! 一体お前の目的は何なんだ!?」

 シンを支えながらシンジが大声で問いかけた。すると、風の吹き止んだその空間に響いたのは、意外にも仮面の男の笑い声だった。

「ククククク……」

 静かに肩をゆらしながら笑うその低い声に、双子は思わず顔をしかめた。

「……まさか、お前たちがこの秘石の真実を知っていたとはな……」

 そう言って笑う仮面の男の空気は、不思議と敵意を感じさせなかった。奇妙な空気に双子もヨウサも気味悪く感じて無言でいると、一呼吸はさみ、男はあの空洞の瞳を向けて鼻で笑うように言った。

「出会い方が変わっていたならば、私達はお互いに手を組んでいたかもしれんな……」

 ペルソナの予想外の発言に双子は反射的に口を開いた。

「ふざけるな!」

「誰がおめーらみたいな悪党と手を組むだべ!?」

「そうよ! リサさんを誘拐ゆうかいしたり、ユキちゃんちに強盗に入ったり……! そんな悪事、私達は絶対に許さないんだから!」

 双子に続いてヨウサもみ付くように答えると、ペルソナはどこか小気味よさげに鼻を鳴らした。

「フ……。協力する気はない……か。それもよかろう。――今回は炎の闇の石だけで済ませてやる。だがいずれ……お前たちの持つ石も……頂いていくぞ」

 その言葉に三人がハッとする間もなく、黒い風はペルソナを包み込み、その黒いマントを勢いよくはためかせた。その風がマントに吸収されるかのように急速に消えていくと、マントも徐々にペルソナの体を包み込み――

 風の飲み込まれる音と共に、仮面の男の姿は消えた。


 しばらく唖然あぜんとその様子を三人は見つめていたが、ポツリとヨウサがつぶやいた。

「石……持ってっちゃったわね……」

 その言葉にシンジも緊張感が切れたのか、糸が切れたようにその場に座り込んだ。

「そうだね……。持って行かれちゃった……」

「……しかし気になるだべな……ペルソナの言ってた言葉……」

 同じくぺったりと床に座り込んでいたシンが、珍しくその表情を険しくして、床の一点を見つめてつぶやいた。

「石の真実を知っていた……。て、ことは、やっぱりペルソナは『石を沈める儀式』を行っていたってことだべよな……?」

 兄の言葉にはっとしたようにシンジも顔を上げる。双子の脳裏に浮かんだのは、湖の底にあった神殿での出来事だ。あの水中の神殿で、ペルソナは大地の闇の石を大地に沈める儀式を行っていたのだ。あの時の光景を思い出しながらシンジは一瞬唇をんだ。

「石を沈める儀式……そういうことだよね……。て、ことはやっぱり……あの神殿の壁に書かれていたみたいに……世界の破壊……を、起こそうとしているって……こと……?」

 シンジの言葉に、ヨウサもその口元を抑え、緊迫きんぱくした面持ちでつぶやく。

「それって本当なの……? ただの盗賊どころじゃないわよね、それ……!」

 ヨウサの言葉に思わず双子は沈黙して床をにらみつけていた。湖の底にあった神殿の黒い壁……そこに書かれていた文字をキショウは読んでこう言っていた。


「『大地に石を沈めるべからず……。闇の石の力を解放するとき、大地の安定は崩れ、世界の滅亡が繰り返される……』とさ」


 闇の石の力を解放するということが、何を意味するのかは分からないが、しかしその闇の石の力が、キショウの体を乗っ取り、魔物化させてしまうだけの力があるのだ。もしその力が開放されるのだとしたら……世界の破滅というのも、決してありえない話ではない。そう思えたのだ。

「ペルソナのヤツ……。闇の石を大地に沈めて、この世界を壊すつもりなんだべな……」


 思わず緊迫した空気が漂う中、唐突とうとつに優しい声が響いた。

「シンくんたちは大丈夫? 怪我はない……?」

 声の方を見れば、エメラルド色のキレイな髪をゆらしてほほえむリサの姿があった。恐らくその両手に大事そうに抱えているのはキショウだろう。まだ意識は戻っていないと見え、静かにその手の中で眠っている。

 三人はその姿を見て、ペルソナと石のことで頭がいっぱいだったことに気がついた。

 そうだ、それよりも今はこちらの二人の安否が先だ。そう思ったら体は反射的にリサの方に向かっていた。

「――リサ!」

「リサこそ大丈夫だった? ペルソナに誘拐されて、怪我とかなかった?」

「それにキショウさんは? 怪我は大丈夫そう?」

 三人の言葉に、リサは彼らに見えるようにしゃがみ込み、手のひらに抱えたキショウを見せながらほほえんでみせた。

「私は元々大丈夫だし、キショウくんも大丈夫。治療を今したところだから、しばらく眠らせてあげれば、きっと回復するわ」

「それなら良かっただべ」

 その言葉に三人はほっと胸をなでおろした。

 二人の身の上が無事と分かれば、今度は別の疑問が浮かんできた。

「でも、それにしても……どうしてペルソナはリサをさらったりしたの?」

 シンジの言葉に、リサは困ったようなほほ笑みを浮かべてみせた。

「別に誘拐されたわけじゃなくて……ちょっと協力をお願いされただけなの。神殿の奥に入りたいから、私の魔法を貸してくれって」

 その言葉に双子は思い切り口をとがらせた。

「えー、それって盗賊に協力したってことだよ!」

「そうだべよ、リサ! アイツは悪いやつなんだべ、力を貸しちゃ駄目なんだべ!」

 しかしそんな双子の発言に、リサはニコニコとのん気だ。

「そうかなぁ……。ああ見えてペルソナ、実は結構優しい人なのよ」

 そんな発言に双子は予想を裏切られて、かくっと肩を落とす。

「リサてば……」

「そんなこと言って……リサ、悪いヤツにたぶらかされちまうだべよ!」

 双子があきれる中、ヨウサがはたと思い出したように口をはさむ。

「でもそう言えば……ユキちゃんもそんなこと言っていた気がするわ。あの盗賊さん、あんまり悪い人じゃないとかどうとか……」

 ヨウサの横槍に、ますます双子はまゆをしかめる。

「なんだべ、ヨウサまでペルソナの肩を持つだべか!?」

「や、私の話じゃなくて、ユキちゃんの話よ?」

「うーん……ペルソナのヤツ……女の子には優しいんだな、きっと」

 シンジがうなってあごを押さえると、納得いったかのようにシンがポンと手を打った。

「そういうことだべか! さてはペルソナのヤツ、女ったらしなんだべな!」

「それとこれとは違う気がするけど……」

 思わずヨウサがつっこみを入れた時だ。

 ふいに上の方から奇妙な音が響いた。

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