第13話 暴走


 まるで大きな生き物の鼓動のような、大きな力が脈打つ音だ。不気味な音に思わずリサの言葉が止まり、その途端とたん、急に小鬼の動きも止まる。

「――! 小鬼!その石を急いで離せ!!」

――ドクン――――!!

 ペルソナが叫んだ直後だった。再びあの鼓動のような音が響き、キショウの小さな身体が赤黒く光った。それに合わせ、急に小鬼が苦しそうなうめき声をあげた。

「ん…………ぐっ……ぐあっ……!!」

 叫び声と合わせるかのように、急に強い風が吹き抜けた。黒い闇の波動が勢いよく解き放たれ、それが強風となって空間を走り抜けていったのだ。あまりの力の強さにシンもシンジもヨウサも、そしてリサもペルソナまでもが思わず身構えた。

「きゃあ!」

 風にあおられ、ヨウサが悲鳴を上げるかたわらで、双子は風から目を守るように腕をあげた。

「一体何が起こったんだべ!?」

 急なことで困惑こんわくするシンの声も思わず大きくなる。

「わかんないけどっ……なんかこの闇の力、強すぎるよ……! でも、なんか……」

と、強風の中シンジは隣のシンに視線を向けて続けた。

「この風……あの水の神殿でペルソナが石を沈めていた時のあの感じに近いかも……」

 シンジの言葉に、シンの脳裏にもあの風景が浮かんでいた。湖の底にあった超古代文明時代の神殿……その場所でペルソナは闇の大地の石を沈める儀式を行っていた。あの時に放たれた強大な闇の力に、今目の前で起こっているこの強風は似ていたのだ。

 強風が止んで、ほっとして構えを解いた次の瞬間、ありえない音を聞いた。低くうなる、例えるならば獣の声だ。ぎょっとして双子と少女が視線を上げると――

「ええっ……!?」

「一体どうなってるだべ!?」

「まさかこれが、キショウの本来の姿って言う訳じゃないよね!?」

 ショックで言葉をなくすヨウサをかばうような位置を取り、双子は困惑こんわくした表情で身構えた。というのも、身構える以外に選択肢がないような光景だったからだ。

 彼らの目の前にいるのは、あの小さな小鬼ではなかった。背丈、体格こそは成人男性そのものだが、どう見ても正常な状態には思えなかった。体の色は黒く染まり、所々動脈のように赤い筋が右手から始まるようにして全身に広がっている。異様な膨れあがり方をした巨大な右腕、みればその右手のひらにあの赤黒い石が埋め込まれるような形で不気味な光を放っている。身体からは赤黒い光があふれでていた。まるで水を入れすぎたコップからあふれるような、そんな光り方だ。その光は黒くも時折赤く光り、身体に走っている赤い筋に合わせてこぼれ落ちているように見えた。怒りにゆがんだ表情は目が見開かれ視点が定まっていない。ひたいには巨大なツノが生え、まさに鬼の形相ぎょうそうだ。

「キショウくん……! 一体どうしちゃったの……!?」

 ショックで叫ぶような大声を上げ、リサが恐る恐るキショウに近づこうとすると、その腕を強く引き、少女の動きを止めるものがいた。腕を下から引いたのは案の定ペルソナだ。しゃがんだままの状態で、仮面の男は低く声を発した。

「近づくな……。これは闇の石の暴走だ……。くっ……片割れが沈んだ影響がこんなにも早く出るとは……」

「え……どういうこと……?」

 ペルソナの発言の意味がわからず、困惑こんわくした表情で問い返すリサの向かい側で、双子はペルソナに向けて大声で叫んだ。

「ペルソナ! 一体キショウに何をしただ!?」

「今度はどんな術を……」

「私ではない」

 焦る双子とは裏腹に、低く冷徹れいてつな声で仮面の男は答えた。

「え……だって……」

 更に疑問を投げかけようとする双子に対して、ペルソナはゆっくりと立ち上がり、その凍りついた片腕を折り曲げてようやくその術を解いた。くだけた氷をキラキラと宙にこぼしながら男は答えた。

「これは闇の石の力だ……。なるほど……闇族ゆえに同化しやすかったということか……」

 つぶやくような声だったが、仮面の男はそこで息を吸い、今度は双子めがけて声を発した。

「闇の力があの鬼の身体を乗っ取っている。今のこの男はお前たちが知るキショウという若者ではない。今は闇の力に支配された荒ぶる怒りの鬼そのものだ。――闇の石は陰の力そのものを支配するいにしえの秘石……片割れの失われた今、闇の力は暴走を始めている……。ちっ……あの時と同じようにな……」

 冷酷れいこくなほど落ち着き払った声で説明していたが、徐々にその声色にうっすらと怒りが込められていた。ペルソナの発言に思わず双子が首をかしげている目の前で、リサがペルソナのマントを引き、すがるような目で声をかけた。

「キショウくんを――! キショウくんをどうしたらいいの……? このままじゃ……」

 エメラルド色の瞳がうるんでいた。それを横目で見るような首の位置で、ペルソナは落ち着いた声で答えた。

「……今は小鬼の身体を乗っ取っているに過ぎないが、本来闇の石の力はあの男の器で抑えきれるほどの力ではない。……このまま放っておけばいずれ闇の力は更に暴走する――」

「ぼ、暴走……? 更に暴走するって……どういうこと……?」

 恐る恐る尋ねるリサに一瞬視線を向けるような素振りをしたが、ペルソナは落ち着いた声色で続けた。

「……闇の石の力は強大すぎる。強すぎる力は制御できずに、器を破壊してあふれだし世界を汚染する。現時点で闇の石の器となった……あの小鬼の肉体と精神を破壊してな……」

 その発言に思わずリサの呼吸が止まり、その言葉を聞いていたヨウサが息を飲んだ。

「そ、そんな……! キショウさんの肉体と精神を、は、破壊って……!」

 その発言に双子は反射的に声を荒らげた。

「そんなことさせねーだ!」

「キショウ! キショウ!! その石を早く手放してよ!」

「無駄だ」

 しかし答えたのはペルソナの冷酷れいこくな声だった。

「今の小鬼はお前たちの声が届くような状態にはない」

「黙っててよ!」

「おめーのせいでこんなことになったんだべ! キショウのことは必ず助けだすだ!」

「キショウってば!!」

 ペルソナを制して叫ぶ双子に答えたのは、まさに魔物の雄叫おたけびだった。大きく口を開いた黒い男の口にはきばが伸び、そののどの奥から響かせる声には黒い波動があった。それは強い闇の力だ。その力に圧倒され、双子が思わず唇をんだ時だった。

 ふいに風が吹き、双子の背中に悪寒が走った。

 次の瞬間、彼らの目に入ったもの――

 自分たち目がけ、大きくあの右腕を振り上げる黒い男の姿だった。

「――!」

 とっさにシンは宙に飛び上がり、シンジは横に跳び間合いをとった。つい今しがたまで双子がいたその位置には、巨大な腕が振り落とされ、床のくだける鈍い音が響いた。

「そんな……! キショウさん……!?」

 驚き声を上げるヨウサの隣で、シンジは言葉をなくしていた。

「そんな……」

「キショウがオラ達を襲うなんて……!」

 信じられずに思わずシンの口から言葉がれた。嫌でも受け入れなくてはならない状況だった。友達だったはずの人が、今はその姿を変え二人にその牙を向いたのだ。

「キショウくん、やめて!!」

 リサの悲痛な声も届いていないのか、返ってくるのは不気味な魔物の雄叫びだけだった。

「怒りによる破壊衝動……か。――ちっ……!」

 急にペルソナが動いた。大きく跳び上がると、そのまま黒い鬼の背後に着地した。それに気がついた黒い鬼は視点の定まらない瞳を背後に向けた。その直後だ。

『ドマービリス!!』

 聞きなれない呪文と共に、ペルソナの両手から黒い魔法の鎖が現れた。ジャラジャラとうるさい金属音が鳴り響いたかと思った次の瞬間、あっと驚く間もなく黒い鬼の巨大な右腕はピンと張った黒い鎖に絡まれた。強い力で腕を引くあまり、鎖が震える。鎖が絡まり動きを封じられた腕は、縛り上げられた勢いからかまたも黒い光が溢れた。

「ペルソナ……!?」

 思いがけない行動に思わずシンが声を上げると、ペルソナは双子に向けて叫ぶように言い放った。

「闇の石と同化してまだ時は短い……! 今ならば強引に引きがすことも可能だ……!」

「引きがすって……え、どうやってやれっていうのさ!?」

 同じく叫ぶように問いかけるシンジに、ペルソナが応えるよりも早く鬼が動いた。鎖を引き、右腕を封じるペルソナに向けて、空いている左腕を振り上げたのだ。舌打ちする音がして、ペルソナは床の上を転がるようにしてその攻撃をかわす。しかしその両手の術は切らさないままだ。直後、ペルソナのいた位置に鈍い音がひびき、鬼の左腕は床をくだいた。

「この右腕の石めがけて剣を振れ! 強い衝撃で叩き落とすしかない!」

 攻撃をかわすと同時に、ペルソナは即座そくざに叫んだ。仮面の男の思いがけない言葉に、シンとシンジは思わず顔を見合わせた。

「そんな……! 出来ないだべよ! キショウの腕を切るなんて……!」

「案ずるな、闇の石の力に支配された肉体がその程度の攻撃で傷つくことはない……!」

 その言葉に双子は思わず唇をみ、一瞬目線で合図しあうと大きくうなずいた。

 迷っている暇はないのだ。

 最初に構え、口を開いたのは弟のシンジだ。

「キショウの動きは、僕も封じるよ! だからシン、右腕を……!」

「任せるだ!」

 弟の言葉に、赤髪の少年はその短剣を黒い鬼めがけて構えた。

 その直後、黒い鬼は雄叫びを上げ、動きを封じされた右手を大きく振り上げた。あまりの強さに、ペルソナの身体も持ち上げられ、そのまま鎖ごと宙に引き上げられた。

「くっ!」

 動きが封じられないと気付いたペルソナの動きは速かった。空中に持ち上げられた直後、すぐさま術を解き、黒い魔法の鎖はそのまま空中でくだけ散った。勢いよく右腕を床に叩きつける鬼の前方に、ペルソナは着地した。振り下ろされた右腕が、ペルソナの目の前で床をくだく。仮面の男が着地したその場所は、思いがけずシンのすぐ隣だった。

 敵対するペルソナが隣に着地したにも関わらず、シンの構えは目の前のキショウに向けたままだった。一瞬ペルソナに視線を向けるが、相手は全く少年に対して反応しなかった。

 ――が。

「一時休戦だ」

 顔も向けずに一言、ペルソナが唐突とうとつに言葉をらした。その言葉を聞いて、同じく視線も向けずにシンは答えた。

「気に食わねぇだが、今はキショウを助けることが先だべ! 今はおめーの案に乗ってやるだべさ」

 シンの言葉に、一瞬仮面の下から笑うような音がした。

「よかろう……。鬼の動き封じは私も協力しよう。しかし、抑えられる時間は恐らく短い」

「心配いらねーだべ!」

 言うが早いが、シンはそのまま飛び上がり、鬼の気を引くようにその間合いの外から炎の術を呼び起こす。

『召喚、炎精!』

 突如現れた巨大な炎に、黒い鬼の姿は一瞬飲み込まれるが、それに対してダメージを受けている様子はなかった。

「やっぱりだべ、炎の力がある石だから、キショウにも効かねぇだべ……!」

 攻撃というよりは確認だったようで、そのままシンはヨウサの目の前に着地する。

「ヨウサ!」

 背後の少女にシンは声をかけた。急なことにあっけにとられていた少女は気がついたように顔を上げる。

「ヨウサの術なら、一番確実に動きが止まるだ! 頼むだべよ!」

 その言葉に気がついたようにヨウサは目を大きくし、今度は大きくうなずいた。

「わかったわ! 任せて!」

 身構える三人の子どもと仮面の男の目の前で、狂気の黒鬼と化したキショウは雄叫びを上げた。


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