第12話 不穏な気配


 階段を降り切ると、今度は長い廊下が続いていた。黒い壁にはさまれた通路は決してせまくはないのだが、その色と重さが嫌に通路に圧迫感を与えていた。しかし、そんな通路もずいぶんと歩き続けて、目的地までは近づいているようだった。

 シンの両手に開かれた地図をのぞき込みながら、キショウが軽くため息を付いた。

「神殿の奥は間もなくじゃないか」

「そうみたいだべな。そこに向けて闇の石の移動も……」

と、キショウの言葉に、シンも両手に広げた本をのぞきこむのだが――

「――あれ、止まっているだ」

「ええっ!?」

 思いがけない発言に、シンジとヨウサが勢いよく本をのぞきこむ。見ればずっと下へ下へと移動を続けていた赤い石の移動が止まっていた。彼らも向かおうとしている広間の一カ所で、赤い光は動かずに位置を示していた。

「炎の闇の石は、神殿奥に到着ってわけだな」

「ペルソナは? ペルソナはもうそこについたのかな?」

 シンジの問いかけに、キショウは小さくうなって首をかしげた。

「もしペルソナがもう追いついているんだとしたら、逆に石は微妙に動くだろう。もしくはもうここから無くなっているだろうな。転送魔法を使えるんだからよ」

「じゃあ、今ならまだ間に合うのね!」

 ヨウサの言葉にシンが急に駆け出した。

「じゃあ急ぐだべ!もしかしたら奴らの先を越せるかもしれねーだべよ!」

 駆けるシンに続いて、シンジもヨウサも駆け出した。せまい通路に三人の軽やかな足音が響く。通路の先にうっすらと白い光が見えてきた。通路の終わりだ。

「間もなくだべな! 静かに行くだべよ」

と、シンはそこでふわりと飛び上がり、シンジは足音を抑えめに駆け足の速度を落とした。

 すると――

 廊下から飛び出すと、たちまち灰色の空間が目に入り、広い広間が目の前いっぱいに広がった。

 奇妙な模様の書かれた灰色の石畳、空間の端に建てられた光を灯す細い柱の数々――。

 神々しさのあるその空間は、祭壇さいだんを思わせた。神殿の最深部なのだろう。そして更に広い空間の先に視線を送ると、部屋の奥に長い階段が見えた。階段は思ったよりも長く高く上に伸び、その終点であるはるか上には広い床でも広がっているのだろうか、そこに何があるのかまでは見えない。そこで初めてこの広い部屋が二階建て以上の高さがある空間だということに気付く。

 三人と一匹がそこまで視線を泳がせたその時だ。

「!」

「あの姿は……!」

 階段まで視線を進めると、見慣れた黒いマントの姿を確認して双子は息を飲んだ。

 見れば階段の途中にある踊り場のような所に、横に長い台座があった。その台座の前に立っている黒いマントの男は案の定ペルソナだ。その隣にこれまた見慣れたエメラルド色の髪が目に飛び込む。こちらも彼らのよく知る人物――寮でアルバイトをしているリサだ。

 そこまで確認して、はっと息を飲む音がした。双子が視線を送れば彼らの後ろに立っていたヨウサがそっと台座を指さした。その指に合わせて視線を向けると……

 台座のちょうど真ん中辺りだろうか。そこでゆらゆらと赤い光が瞬いて見えた。純粋な赤色ではなく、時折黒い波動も見せる赤黒い光――。その光り方に双子と少女は確信を持つ。

「あの光……まさか炎の闇の石……!?」

 いち早く気がついたヨウサが思わず石の名を口にすると、その見ている目の前で石がゆらめき、置かれている台座から転げ落ちた。おそらく台座にかけられていた術か何かが切られたのだろう。カンカンと軽く乾いた音を響かせながら赤い光は階段を転げ落ち、下の広間に石は無造作むぞうさに放り出された。それを黒い空洞の瞳で追っていた仮面の男は、階段を降りようと動き出した。

うばう気だべっ!」

「させるかっ!」

 気がついた双子の反応は速かった。シンは腰にかけた短剣を勢いよく引き抜き、シンジはその両手を前に突き出した。

鎌鼬かまいたちっ!!』

『召喚……! 青女せいじょ!!』

 急に響いたその呪文の言葉に、仮面の男はすぐに気がついたようだった。仮面をわずかに双子の方向に向け、恐らく視界に入ったであろう双子の術に対し舌打ちした。

 直後、身体をのけぞらし、まず襲いかかる空気の刃を紙一重でかわし、そのままの流れで床に転がるあの赤い石に左手を伸ばすのだが――

「くっ……!」

 その仮面の男の左腕を、勢いよく吹き荒れる冷気の粒がかすめた。たちまち腕は氷付き、その動きが鈍る。そのすきを小鬼は逃さなかった。

「取らせるかっ!」

 弾丸のように突っ込んで、ペルソナの左手の代わりに赤黒く光る石をつかんだもの……それはあの小さな小鬼だった。

「やった!」

「キショウ! 見事だべ!」

 双子は喜んで声を上げ、広間に走って入ってきた。逆に小鬼はすぐさまペルソナから距離を取り、広間の中心まで引き下がると、そのまま空中静止した。

「へへっ! 残念だったな、ペルソナ」

 奇妙にゆがんだしずく型の赤黒く光る石を右手に抱え、小鬼はニヤリと笑ってみせた。

「ギリギリ間に合っただべ!」

「毎回毎回、そう簡単に石を奪わせるもんか!」

「今回はリサさんまで誘拐ゆうかいして……! 傷つけていたら許さないわよ!」

 彼にとっては邪魔者の登場に、ペルソナが舌打ちする音が聞こえた。そんなペルソナの背後に思わず歩み寄っていたリサも、急な少年たちの登場に思わず開いた口がふさがらないようだ。まさか彼らがここに現れるとは夢にも思わなかったのだろう。目を丸くして彼らを見回していた。

「え……!? シンくん、シンジくん……!? 一体どうしてこんな所に……!?」

 リサの言葉に双子よりも先に小鬼が声を荒らげた。

「リサ! 無事か!?」

「ええっ!? キショウくんまで!?」

 ますます目を丸くするリサに、キショウは少しホッとしたようにため息を付いた。

「ったく……。ひとまず怪我はないようだな……。心配かけさせやがって……」

 石が敵の手に渡るところを寸でのところで阻止、そして心配していたリサの様子も無事と確認でき、三人と一匹は胸をなでおろした。

 しかし、肝心なのはここからだ。目の前で対峙たいじするこの仮面の男こそ――彼らにとって最大の敵であり全ての元凶げんきょうなのだ。石が今シン達の手にあって、リサが無事だったとしても、この男がすんなりとこのまま見逃してくれるはずがない。

 双子はそれを思って、すぐに戦えるよう構えをとった。

 しかし――

 双子の前で浮かんでいるあの小鬼の右腕の中で、不穏な動きが始まっていた。

 赤黒いあの炎の闇の石の光が奇妙な光を放っていた。徐々に強弱をつけながら光り始め、合わせてそこから黒い闇の力があふれ始めていたのだ。いち早くそれに気がついた仮面の男が息を飲んだ。

「――いかん! その石を離せ!」

 珍しくあのペルソナが声を荒らげた。その様子に思わず双子はまゆを寄せた。凍りついた片手をそのままに叫ぶ姿に違和感を覚えたのだ。いつもならあの程度の術ならば、すぐに解いてしまう程の力がある人物だ。その上、あまり感情を見せないあの男が焦っているように聞こえたのだから、なおの事だ。

「……?」

「な、何をそんなにあわてているだ……?」

 思わず疑問が口走る双子の目の先で、小鬼があの石を片手に、空いた左手でペルソナを指さしてにらみつけていた。

「ったく、勝手に人の女を連れ回すんじゃねーよ。何考えてんのか知らねーけどな、早くリサをこっちによこせ!」

「待って、キショウくん! 実はこれには訳があって……」

 不機嫌もあらわな小鬼にリサが説明を試みようとしたその時だった。

――ドクン――――!

 奇妙な音が空間を走り抜けた。





*****

 広い部屋の壁際かべぎわに様々並んだ魔導道具を目で追いながら、老人は背後の大きな窓から柔らかくも弱々しい日差しを受けて背中を温めていた。コンコンとドアをノックする音を聞き、ちらと老人が視線を向けると、白衣の男が扉を開けたところだった。白衣の男を見ると老人はすぐに立ち上がり、だんを降りてその下にある客用テーブルの横を指さし、その豪華ごうかな椅子に腰かけるよう男にうながした。

「お休みのところ、すまんのう。レイロウ先生」

 老人の言葉に、つい今しがた部屋に入ってきた男は、いえ、とそのボサボサ頭をかくようにしてうなだれた。急な呼び出しだったのだろう。いつもの白衣は少しシワがあり、白衣の下の服は少々乱れたような状態だ。目をこする様子を見ると、寝起きなのかもしれない。

「まあ、まずはかけてくれ。急に呼び出してすまんのう」

 二回目の着座のうながしにようやく男は気がついて、ソファに腰かけた。

「すいません、ちょっと先日夜更かししていたもので……」

 あくびをみ殺すような素振りを一瞬見せ、男はあわててそう説明するが、老人はそれをホッホと笑って流す。

「それよりも校長……急にどうされましたか?」

 ようやく目が覚めてきたのか、白衣の男はその表情をわずかに凛々りりしくして老人に目を向けた。

「いや、最近の生徒たちの欠席状況が気になってのう」

 その言葉に、白衣の男の目が細くなる。心配そうにまゆを寄せ、男はうつむくようにして言った。

「先週から……植物精霊族の子どもたちの体調不良が続いています。特に病気の気配も流行りの様子もなく……。ただ、気の乱れが気になるところではあります……」

 その言葉に、老人がふむ、と小さくため息を付いた。

「……植物精霊族‥…か……。大地の力の影響をもろに受ける種族じゃな……。その他の種族の子に異変はないかのう?」

 その言葉に白衣の男は頭をかいた。

「いえ……私が把握はあくしているところはそんなもので…‥。あ、でも……」

と、ふと考えこむ様子を見せた男を横目で老人は見ていた。

「そういえばスアイ……あ、魚系精霊族の子なんですが……昨日から調子が悪そうだったな……」

 その言葉に老人の視線が鋭くなっていた。

「はは、まあ考え過ぎですよね……。多分風邪かなとは思うんですが」

 そう言って白衣の男が苦笑するかたわら、老人は低い声でつぶやいていた。

「魚系精霊族…………水の力……か」

「……え、校長……?」

 老人のつぶやきに気がついて、はっと顔を上げる白衣の男に老人は背を向けていた。冬も近づいている秋空を見上げ、老人は深く息を吸い込んでいた。無言ではいたが、その老人の空気が重いことを察して、白衣の男は思わずその姿を目で追っていた。

 しばしの沈黙をはさんで、老人は小さく低く、しかしハッキリとした口調で言った。

「……次の影響も出始めておるのじゃな……。レイロウ先生……次は水属性の種族がやられるはずじゃ」

 その言葉に思わず白衣の男は立ち上がっていた。

「……校長……? そ、それは一体どういうことですか……? 次は水属性というのは……」

 まるで予言のような老人の言葉に、男は嫌な予感を感じずにはいられなかった。しかしそんな不安をあおるように老人は何も答えなかった。思わず白衣の男は疑問を立て続けに投げかけた。

「な、何か今回の生徒達の体調不良には原因があるっていうんですか……?」

 今度は老人が答えた。しかし振り向きもせず、背を向けたまま窓の外を見ていた。

「生徒たちだけではない……。今やこの世界全ての種族に異変が起こり始めておるのじゃ」

 そう言って窓の外を見渡す老人の瞳は、校庭ではない、もっと広く遠いどこかを見ているように思えた。

「世界……全て…………!?」

 思いがけない発言に、白衣の男は必死に頭を働かせているようだ。視線を泳がせながら言葉に迷っていた。

「そんな……世界の人々全てに起こる影響……一体何が……?」

 問いかけても老人は答えなかった。深くため息を付くように息を吐き、その豊かな白いまゆの下で目を鋭く光らせていた。

「超古代文明の遺産が……今の世になってもこれほどにまで影響を及ぼすとはのう……」

 小さくつぶやくその言葉は、白衣の男にまでは届かなかった。

*****

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