第11話 不可解な行動の少年


「まだ下に続くのね」

 長い階段をどのくらい降り続けているだろうか。彼らの通うセイラン学校の階層も中々なものだが、もしかしたらそれ以上の高さを降りているかもしれない。そんなことを思いながらヨウサが問いかけた。

「地図を見ると……ようやく半分ってとこか」

 ヨウサの問いかけに、シンの頭上にいるキショウが答える。見れば逆だった髪を丹念たんねんに手ぐしで整えている。一方のシンはもともとボサボサ頭であるためにあまり影響はなかったと見える。しかし二人ともあの奇妙な黒い部分はキレイさっぱり無くなっていた。どうやらエプシロンの言葉通り、デジタルタトゥはヨウサの術で破壊出来たようだ。

 ヨウサとキショウのやりとりを聞いていたシンが、ふと周りを見渡して首をかしげた。

「なんだか壁の感じが変わってきてるだな。壁の色が黒っぽいだ」

 兄の言葉に、背後にいたシンジもうなずく。

「そうだね、さっきの階段の踊り場の辺りから変わってたね。なんか……さっきよりも不気味な感じだよ」

 シンジの言葉に、シンもヨウサもキショウも周りを見渡した。この神殿地下に入ったばかりの場所で目の前に広がっていた光景――それは、茶色の壁が続き、壁にうっすらと水色の光がゆらめいた。だが今の光景はまるで雰囲気が違う。鈍く光を反射する黒い壁、奇妙な文字が所々書かれ、白っぽい光が壁に埋められてぼんやりと輝いている。この雰囲気は以前どこかで見たことがある。それに気がついて思わずシンが言葉を漏らした。

「……闇の石のある神殿に……似ている気がするだ……」

「――それか。なんか見たことある気がしたと思ったよ」

 シンに続いて、シンジも納得がいったように声を上げた。納得がいかないのはキショウだ。

「なんで闇の石の神殿なんかに似るんだよ……。ここ、大地の神殿のはずだろ?」

 に落ちないような表情で首をかしげる小鬼に、ヨウサも同調する。

「確かにおかしいわね……。大地の神殿は古代文明の終わり頃に作られたものでしょ? 闇の石って超古代文明時代に作られたってガイくんも言ってたじゃない」

「でも、確かに似てるだべよ」

 ヨウサの言葉にシンが振り向きながら答えると、キショウが珍しく飛び上がり、壁に近付いて目をらした。見つめているのは壁に書かれている奇妙な文字だ。

「……確かに納得はいかねぇが……どうやら闇の石の神殿で間違いはねぇな……」

「ええっ!?」

 キショウの言葉にシンもシンジも思わず声をあげる。

「もしかして、壁に書いてあったの!?」

 シンジの問いかけに小鬼はその小さい頭でコクリとうなずいた。

「超古代文字だ。間違いねぇな」

 その言葉にヨウサは気がついたように、急に耳を澄ました。

「ホントだわ……時々変な音がしていたことはあったのに……今は何も聞こえないわ」

 彼女の発言もあって、三人と一匹は確信を持った。

「やっぱりここから先は闇の石の神殿だべ。エプシロンの言っていた近道って、そういうことだっただべか」

「そうなると、闇の石がここにあるのは当然だね」

 双子がそう言い合ってうなずいていると、シンのボサボサ頭の中で小鬼は首をかしげていた。

「しかし……一体どうして大地の神殿の地下に闇の石の神殿があるんだ……?」

「んあ? キショウ何か言っただべか?」

 ささやくように小さな声で疑問をつぶやいた小鬼の言葉は、シンには聞き取れなかったようだ。しかし少年の問いかけに小鬼は首を振った。そして彼の両手に広げられている本を指さして声をあげた。

「さあ、間もなく階段も降り切るぜ。警戒けいかいして行けよ!」

「もちろんだべ!」

 元気な少年の声は、薄暗い階段の間をこだまして消えていった。





*****

 さわやかな風に吹かれ、短めの銀髪をゆらす少年は、目の前のバンダナの少年に首をかしげて見せた。

 大地の神殿の裏につながる細い通路……ほとんど人もいないような場所で、二人の少年は向い合って座り込んでいた。遠くで街の喧騒けんそうが聞こえる程度で、ここは静かに風が吹き抜けるばかり。落ち着いた雰囲気にふさわしく、二人の少年は淡々たんたんと会話をしていた。

「ロウコクの町……ああ、セイランからずいぶん離れたところにある、中央大陸最大の大地の神殿がある町だよね」

 町の名前を聞いて、少年は納得言ったようにうなずいて見せた。

「う、うん〜……。でも級長はどうしてこんな所に来たの〜?」

 ガイの問いかけに、級長であるフタバは困ったようにほおをかいた。

「うーん…………」

 そのまましばらく沈黙していたが、ガイも一緒に黙っていた。行動や言動に不可解な点が最近多く、気になる人物だ。せっかくこんな奇妙な場所で見つけたのだから、フタバの言い分をしっかり聞いてやろうと思ったのだ。

 すると思いがけず、銀髪の少年は深くため息を付いて小さく続けた。

「……どうしてなのか……正直僕もわからないんだ……。でも……」

と、少年は視線を下に向け、少し悲しそうにつぶやいた。

「気が付くと電車に乗って出かけていたり、知らない場所に向かっていたりするんだ。そういうことが……僕、時々あるんだよ……」

 意味深な発言に、ガイはただ黙ってうなずいていた。バンダナの少年の顔色をうかがうようにフタバは青い瞳を向け、顔をのぞきこんでいた。しかしガイが真剣に話を聞いている様子を見て、どこかホッとしたような表情を浮かべた。

「……みんな、何だそれって、まともに話、聞いてくれないけど……でも、本当なんだ。どうしてそんなことしたのかわからないけど、時々……自分でも思ってないことを話していたことや、想像つかないような行動をしていたことがあって……今日だって……気がついたら……こんな所にいたし……」

と、そこまで話して、フタバは困ったような笑顔で苦しげに笑ってみせた。

「はは、僕……どうしたんだろ、なんか、疲れているのかな……」

 その顔を見て、ガイも困ったようにうなってうつむいた。

 級長のフタバの言葉は、ガイにとって答えるのが難しい返答だった。こんな場所に来た理由をいいたくないがためにごまかしているのだろうか。しかしごまかしにしてはずいぶん下手すぎる。それに何より、こう答えているフタバは本当に心底困っているように見えたし、疑いの言葉をかけるのもふさわしくないような気がしたのだ。

 しばらくの沈黙をはさんだ後、級長は静かに立ち上がった。それを目で追っていたガイはとりあえず呼びかけた。

「……級長〜?」

「いや……僕、もう帰るよ。何しにこの町に来たのかもよく覚えてないし、宿題もやりたいしさ。もう寮に帰るよ。ガイくんも、用事終わったなら、一緒に帰らない? それともまだ用事が終わってないのかな?」

 フタバの申し出に、困ったような表情でうつむいていたが、唐突とうとつにガイは立ち上がって彼の顔を心配そうにのぞき込んだ。

「級長〜……一つだけ聞いてもいいかな〜……?」

「……ん? なんだい?」

 ガイの申し出に、フタバは小さく首をかしげた。優しい瞳の色を見て、ガイは迷いを断ち切って疑問を投げかけた。

「級長……どこかで合っていたりしないかい〜……? あの……ペルソナと……」

 ガイの思い切った問いかけに、銀髪の少年は驚いたように目を大きくしていた。


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