第10話 デジタルタトゥの罠


*****


 なにか不穏な音を聞いたような気がして、思わず少女は背後を見た。少女の動きに合わせて、深緑の長いドレスのような服がゆらりとゆれる。

 薄茶色の壁、水色の薄い光、壁に書かれた奇妙な文字、そして暗がりの遠くまで続く長い長い通路――。

 目に飛び込んだ風景はいつもの風景だ。不審ふしんな人物も不穏な影も何も見えない。

「……気のせいかしら……」

 つぶやいて、少女は静かに息を吐くと、再び前を向き通路を進みだした。茶色の髪の横髪だけを編みこみ、うつむくとその編みこみが顔を隠した。うつむいた少女の手のひらには細かな装飾が施された茶色の盆が置かれ、その上では怪しげに光る黒い石があった。

 赤くも黒い光を放つ、奇妙にゆがんだしずく型をした石が――

 その石を見つめながら、少女は目を細めた。

「……わざわいを起こす闇の力……。女神様に封じてもらわなくては……」

 つぶやく少女の言葉に答えるように、石は怪しげにゆらめいて光るのだった。


*****







 煮えたぎるような暑さの中、赤く染められた部屋で、二人の少年は一人の男とにらみ合っていた。ボサボサの赤髪が特徴のシンと、サラサラの青髪が特徴である弟のシンジだ。向き合う男は赤い短髪を逆立てた青年――ペルソナの部下の一人であるデルタだ。不敵にほほえむ鋭い眼光のすぐ上にはひたいにはめられた三角形の宝石が熱を反射するように輝いて見えた。

 固唾かたずを飲んでそれを見守るのは、ピンクの髪をした可愛らしい少女、彼らの友人であるヨウサだ。一方でデルタと双子を遠巻きに見つめているのは、水色の服に髪をしたキレイな女性だ。ひし形の宝石を両手の甲とひたいに光らせながら、少々うんざりした表情で彼らを見守っていた。

 デルタは太い腕をひとしきり振り回すと、短剣を構える少年に向けて、指を突きつけて声をはりあげた。

「言ったな! お前らのクソ生意気な口、封じてやるから見てろよ!」

 シンジのケンカの売り文句に、デルタは半ば嬉しそうににやりと笑って買って出た。

『操!!』

 デルタの声と共に、空中に浮かんだ溶岩のかたまりが勢いよく双子に襲いかかる。しかし――

『皓々!』

『防御風壁!』

 次々襲いかかる溶岩の塊を次々シンジは冷気の風で一気に冷やし、ただの岩にしてしまう。そうなれば岩を弾き飛ばすのはシンの風の壁で簡単だった。

「そんな攻撃、当たらないだべよ!」

 そう言って勢いよく腕をなぎ払ったシンの様子を見て、思いがけずエプシロンが反応した。

「あれは……デジタルタトゥ……」

 シンの腕を見たエプシロンが、少々驚いた声をあげていた。

「あん? なんだよ、デジタルタトゥ?」

 エプシロンの発言に興味をもったのか、横目でデルタが彼女を盗み見る。

「ええ、古代文明時代の古い魔法システムの一種よ。古代文明時代の初期頃かしら、犯罪者や奴隷どれいに対して刺青いれずみを行っていた風習があるでしょう? その風習をなぞったもので、神聖な場所に入り込んだ侵入者に対して、古代文明の電気技術を使って刺青……タトゥを彫り込むの。古代神殿はそのデジタルタトゥを持つものに様々な罠を発動させていたはずよ」

 そこまで説明して、エプシロンは不思議そうに首をかしげ、ほおを片手で押さえ込んだ。

「それにしてもおかしいわねぇ。普通デジタルタトゥは陰の気を強く持つ魔物や闇の者に発動するのに、どうしてあの坊やが……?」

 エプシロンのその説明に、デルタは急に不敵な笑みを浮かべた。

「まさか……この神殿のセキュリティに引っかかるとはな。へっ! 好都合だぜ!」

 敵の言葉の意味がわからず首をかしげるシンだったが、疑問を感じている余裕はなかった。即座そくざにデルタの攻撃が襲いかかってきたからだ。

「オラオラオラァ!!!!」

 勢いよく溶岩を飛ばしてくるその勢いに、シンジが飛び退いた。

「数が多い! 僕の魔法じゃ打ち切れない! 一旦避けて!」

「おうだべ!」

 シンは次々襲いかかる溶岩を飛びながら避けていく。双子は左右に分かれながら避けたのだが――

「――! シンを狙い撃つ気か……!」

 シンジが気付いたとおり、デルタはまずシンに的を絞ったようだった。次々操作し投げつける溶岩のかたまりは全てシンの方向に向かっていた。

「しつこいだべなっ!」

 言いながら大きく飛び上がり、溶岩の海の真上にシンが移動した直後だった。

 急に熱気が沸き起こったかと思うと、水が拭きあげるような轟音ごうおんが鳴り響き、シンの真下の溶岩が吹き上がったのだ。

「げげッ!」

「あっつ!!」

「セキュリティの発動だわ!」

 片耳を押さえ、ヨウサが声をはりあげた。溶岩の海の中に侵入者用のトラップがあったのだ。勢いよく吹き上がった溶岩が体にあたり、熱さに強いシンは痛みよりも動きが鈍る。

 ――が、しかし。

「あつ!! あっつ!!!! おい、コラ、シン!! さっさとここから移動しろ! お前と違ってオレはフツーに熱いんだよっ!!」

 当然炎属性のないキショウは、その溶岩を直接食らわずとも、近くにいるだけで相当熱い。シンの頭上でぎゃいぎゃいと大声でわめく。

「そんなこと言われてもだべなっ……! う、動けないんだべ……!!」

「なにーーーーーっ!!??」

 予想外の言葉にキショウが驚くかたわら、デルタが高笑いしていた。

「はーっはっはー! かかったな、シン! 溶岩はオレの意志で動かせる! トラップが発動して、そんだけの溶岩が吹き出せば、そいつをオレの術で操作することも簡単なことだぜ!」

 そう、溶岩が直撃しただけではなかったのだ。下から吹き上げた溶岩はそのままシンの両足にくっついた状態だった。溶岩が絡まり、必死に足を動かそうとするが、シンのそんな努力むなしく全く溶岩は動かない。それどころか――

「お、おい、シン……な、なんか、だんだん高度が落ちてないか……?」

 シンのボサ髪にしがみついたまま、汗だくになっているキショウの真下で、シンが踏ん張りながら答える。

「溶岩が……ッ! お、オラを引っ張っているだべさ……!」

「なにーーーーーーっ!!??」

 再びキショウの大声がこだまする。それもそのはず、彼らの眼下に広がっているのは真っ赤に燃える溶岩の海だ。このまま落ちてしまえば当然、溶岩の海に沈むことになる。

「へっ! お前の飛ぶ力程度、溶岩の重みとオレの術の力にかかればチョチョイのチョイで打ち消せちまう! 大人しく溶岩の海に沈んじまえ!」

 デルタがニヤリと笑って、その両手の甲の三角の宝石を光らせた。たちまち術が発動して、シンを取り巻く溶岩が勢いよく下に落下しようと動き出す。

「ふんぬーーーーーーーっっ!!!!」

 それに対抗して、必死に飛翔ひしょうの術で飛び上がろうとシンが踏ん張るのだが、徐々にその高度は落ちていく。

「頑張れ!シン!! 溶岩の海なんかに落とされた日にゃあ、お前はやけどしなくてもオレは確実に焼け死ぬからな!!」

「お、オラだって息が出来なくておぼれ死んじまうだべさ!!」

 その時だ。叫んだのはシンジだった。

「デルタ、そこまでだっ!!」

 勢いよくデルタが振り向けば、両手に魔法を発動して構えるシンジの姿があった。その姿を確認するや否や、デルタはその両手をシンジに向けて構えた。

「へ、こっちにもいたっけな、生意気なガキが! お前には溶岩の弾丸を食らわせてやるぜ!」

と、デルタが今度はその攻撃の手をシンジに向けた直後だ。シンジは思いがけずシンに向かって叫んだ。

「シン、ごめん! 爆風使って!」

「!?」

 意味不明な発言にキショウがあっけにとられているその間に、シンジは勢いよく魔法を発動した。

『召喚、水伯スイハク!!』

 思いがけず発動したのは水魔法、その上その水は――

「なにっ!?」

 デルタではなく、シンたちのいる溶岩の海めがけて発射されたのだ。勢いよくあふれ出た大波は溶岩の海に流れ込み――

 溶岩に触れた直後だった。

 水の蒸発する音が響いたと思った次の瞬間、それは爆音となって部屋全体を震わせた。それに驚く間もなく、次の瞬間には熱い風が一気に部屋を吹き抜けた。それはまるで爆発が起こったかのような勢いだ。

 シンジの放った水魔法は高温の溶岩の海に触れ、一瞬で蒸発し気体となったのだ。あれだけ大量の水が一気に蒸発したとなれば、当然発生する蒸気も半端な量ではない。部屋全体をおおうほどの熱い蒸気が一瞬で吹き出した。たちまち空間は真っ白で熱い水蒸気が一気に充満、視界が全て奪われた。

「何だと……! こ、これは水蒸気……!?」

 あまりの暑苦しさにデルタが口を覆ったその瞬間だ。すぐ横で呪文を唱える声がした。

鎌鼬かまいたち!』

 ハッとする間もなく、デルタの両手の甲に勢いよく何かが当たった。視線で追えば、空間が微妙にゆがんで見える、シンの風魔法、風の刃だ。

 次の瞬間、ガラスがくだけるような音がして、両腕を勢いよく後ろに弾き飛ばされた。デルタの両手の甲にある三角の宝石がくだけたのだ。

「しまった! オレの術が……!」

 たちまち、デルタの両手のひらに光っていた赤い光が消え、魔力も同時に消え失せた。


「あら……!」

 離れた壁際から見ていたエプシロンが驚いて声を上げた。真っ白く充満していた水蒸気は徐々に消え、視界が晴れてくると、短剣をつきつけられ、床に崩れるように座り込んでいるデルタがいた。もちろん、そんな男に短剣を突きつけているのは――

「シンくん!」

「やったみたいだね」

 デルタに剣を突きつけ、ニヤリと構えているシンの姿を確認して、ヨウサとシンジもほっと胸をなでおろした。

 一方で形勢逆転けいせいぎゃくてん、一気にやられてしまったデルタは、困惑こんわくした表情も含みながら、やられた屈辱くつじょくもあってだろう、怒りで震えていた。

「くっそ……! 一体どうして……!!」

 歯ぎしりしながら、悔しげに疑問を口にするデルタに、得意気に口をはさんだのはシンジだ。

「へへん、水蒸気爆発だよ」

 その両手に魔法の発動する様子を見せながら、シンジは続けた。

「溶岩みたいに高温のものに急に水をぶつけると、一気に水が蒸発して水蒸気になるんだ。それを利用して、シンを取り巻いていたデルタの溶岩も一気に冷やして水蒸気爆発を起こしたんだ。その爆発があれば、溶岩だって岩に戻って一気にくだくことができるからね」

「そして!」

 と今度は目の前のシンが得意気に鼻を鳴らした。

「水蒸気は水だべが、空気の属性も持つから、オラの力にもなるんだべ!」

 えっへんと効果音でも突きそうな様子で胸を張るシンの胸の前には、あの赤い魔鉱石が浮かんでいる。風の属性の力を持つものが操れる風の力を持つ石だ。そう、風の属性に含まれるものであれば、熱同様、シンはさほどダメージを食らうこともないというわけだ。

「その水蒸気を利用して姿を隠しつつ、技の威力も高めて鎌鼬かまいたちを放つ! そうやって、デルタの術の弱点を狙いに来たってわけだべ!」

「なるほどな、急な爆発だからびっくりしたぜ。事前にそういうことは言えっての! 何も知らないオレまでビビるだろ!」

 一方で今の説明でようやく理解したキショウは、不満げにシンの頭上であぐらをかいている。爆発でやられたのか、少々その髪が逆立っている。

 得意げな双子の発言に、デルタは怒りを隠せずにわなわなと震えていた。

「くっそ〜!! こんなガキ二人にオレが……オレの術が敗れただとぉおおおお〜〜!!」

と、怒りのあまり立ち上がろうとするのだが……

「おっと、『皓々こうこう』!」

 すかさず魔法を準備していたシンジが、その両手の魔法を発動、デルタの下半身を氷つける。

「ぎゃーーっ!! 冷たっ! 冷たいっ!! な、何しやがるんだ、このクソガキ!!」

 怒るデルタにお構いなしに、双子は納得するように大きくうなずく。

「よし、これでオッケー!」

「大人しくここで待ってるだべさ」

「そうね、ペルソナの悪事を止めたら、警備隊に引き渡せるわね」

 双子に続いてヨウサもくすくすと笑う。すると一方から声が響いた。

「あら、今回は見逃して頂戴ちょうだいな。わたくし、何もしてないじゃない?」

 悪びれた様子もなく、エプシロンが両手を上げてあきれた様子を見せると、双子も思わず顔を見合わせる。

「とはいってもだべな……」

「エプシロンだってペルソナの仲間だし……」

「放っておいて、また邪魔しに来る可能性もあるし……」

と、三人が迷っていると……

「いいぜ、今回は見逃してやる」

 思いがけず答えたのは小鬼のキショウだ。

「な、何言ってるだべさ、キショウ!」

「そうだよ、アイツだってペルソナと一緒で悪巧わるだくみしてる人だよ?」

 双子があわてると、思いがけずキショウは落ち着いた様子でエプシロンを見た。

「いや、今回はオレ達の邪魔はしていないしな。それに、どうやらこの美人さんはペルソナの所にオレたちを早く行かせたいみたいだぜ?」

 キショウの言葉に、エプシロンは上目がちな視線を送り、色っぽいほほえみを浮かべた。

「あら、おチビちゃんはわかってくれているのね。やっぱり、愛する人に余計なムシがつくのはちょっと……ねぇ?」

と、エプシロンが意味ありげにほほえむと、小鬼は見た目によらないオトナな雰囲気でフンと鼻を鳴らした。

「言い方は気に入らねぇが、ま、目的は一緒ってことだろ。近道教えてくれよ」

 単刀直入たんとうちょくにゅうな物言いに、そんなことを敵が言うはずがないとシン達は目を丸くするが、キショウの思惑おもわく通り、敵はあっさりとうなずいて見せた。

「いいわよ、教えてあげる。このまま通路を抜けて、右側に隠し通路があるわ。デジタルタトゥが消せればその隠し通路も移動できると思うし、早く行ったら?」

 思いがけないヒントに、双子は困惑こんわくした様子で顔を見合わせた。

「……一体どういうつもりだろ……?」

「まさに、あれでねーべか。『敵にミソを送る』っていう……」

「それを言うなら『塩』ね」

 思わず横からつっこむヨウサである。

「どうやったらこの黒いヤツは消せるんだ?」

 キショウはそんな子ども三人を無視して、エプシロンに問いかけていた。小鬼の問いかけに、エプシロンはちらと視線を向けてヨウサをあごで指す。

「電気の術が元だから、そこのお嬢さんの力で案外たやすく壊せるんじゃないかしら」

 その言葉にヨウサが思わず目を丸くすると、キショウが間髪かんぱつ入れず声をかける。

「おい、ピンクのお嬢ちゃん。試しにアンタの静電気、この黒いとこに当ててみてくれよ」

 キショウに言われ、ヨウサはとまどいがちに口を開いた。

「え……構わないけど、結構……」

と、ひかえめに声を押さえこむと、その隣でシンとシンジが顔をひきつらせていた。

「ぼ、僕は少なくともオススメしないけどなぁ……」

「お、オラだって嫌だべさ……」

と、双子が嫌がるのだが、なぜ双子が嫌がるのか知るよしもないキショウはお構いなしだ。迷うことなくヨウサの目の前まで飛んで行くと、自分の髪をチョイチョイと指差して術の発動をうながした。

「多少のダメージなら覚悟のうえだ。どうせ静電気程度だろ。遠慮えんりょなくやってみてくれよ」

 強く小鬼が言うものだから、ヨウサはおどおどとその手をキショウにかざした。

「そ,それじゃあ……遠慮なく……」

 次の瞬間、静電気の発生する音と共に、小鬼の叫び声が響いたのは言うまでもない……。


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