第8話 古代文明技術の弱点


 とぼとぼと困り顔で神殿から一人の少年が出てきた。厳かな音楽が流れ、人々がどこか安心した表情で出てくる中、その少年だけが異様に困った表情を浮かべていた。黄緑色のバンダナが特徴のガイだ。神殿の中で神かくしのように急に消えてしまった友人たちを見つけられず、途方とほうに暮れていたのだ。しばらく必死に探していたガイだったが、結局のところ見つけられず、中にいてもらちが明かないと思ったのか、ひとまず大地の神殿から出てきたというわけだ。

「……いや〜待てよ〜……。もしかしたら神殿の裏の方に裏道があったり……しないかなぁ〜……」

 思いつきでそんなことが浮かんだガイは、神殿の表口からそのまま神殿の横を通り、神殿の裏側を見つけようと壁沿いに歩き出した。神殿の表口と違い、横道にそれれば人通りも少なく、ずいぶんと寂しい雰囲気だ。

 茶色の壁にずっと沿うように歩いて行くと、どんどん喧騒けんそうが遠のいていく。遠くで賛美歌が聞こえる中、風の音を感じるほど静かになるくらい、神殿の入口から離れただろうか。ガイは思いがけない人と出会った。思わずその人を見つけてまゆを寄せていた。

「……あれぇ……何でこんな所に……」

 茶色の壁によりかかるように座っているのは、何度も彼が目にしている人物――しかも、どちらかと言えば親しい方の知人だった。

「どうして君がこんな所にいるの〜? ……ねぇ、級長……」

 ガイが目にしたのは、白っぽい銀髪を風にゆらすクラスメイトの少年、フタバだった。

「級長、何こんなところで……」

 呼びかけて反応がないことを不思議に思ったのか、ガイはずんずんと彼に近づいた。顔を寄せるほどに歩み寄って初めて気がついた。

 ――眠っている。

 心地よい風に髪を遊ばれながら、静かに呼吸を続けているだけの彼は、どう見ても昼寝をしているような状態だ。まぶたを閉じ座った姿勢が崩れるほどの様子は、そうとう深い眠りに落ちているのだろう。

 その様子を、しばらくあっけにとられて眺めていたガイだったが、沸々ふつふつとガイの心には疑問が浮かんできていた。

「……こんな所に来て……わざわざ昼寝〜……?」

 彼らの住むセイランの街はここから汽車に乗っても五つほども先の場所にある。目的もなくふらっと来るには遠すぎる。事実シンたち四人も朝早くから起きだして、このロウコク町に来ているのだ。きっと級長のフタバも何か目的があってここに来ているに違いない、ガイはそう思った。しかし、なんの目的があって来ているのだろうか――?

 最近のフタバの不可解な行動――仲間であるシン達を疑うような発言、ユキの屋敷で唐突とうとつに消えたこと、その屋敷での出来事をあいまいにしか覚えていないと言うこと――そんな奇妙な彼の言動を知っているがゆえに、ガイは余計に彼がここにいる理由が気になった。

「級長〜……級長〜〜」

 ゆさゆさと肩をゆさぶって、ガイは彼を起こそうと試みた。しばらくしつこく肩をゆらしていると、重いまぶたを震わせながら、ようやく銀髪の少年が声を上げた。

「う……うーん……」

「級長〜! 起きたね〜」

 ガイのその発言に、急にフタバはまぶたを開け、しばらくまばたきしていた。その様子にガイが思わず首をかしげると、不思議そうな表情でフタバはガイの方に初めて顔を向けた。

「え……ガイくん……?」

 呼びかけられ、銀髪の少年がずいぶんと怪訝けげんな表情をしていることに気がついて、思わずガイまで怪訝けげんな表情を浮かべていた。

「え、じゃないよ〜。級長、こんな所で何寝てるんだよ〜」

 ガイの言葉に、フタバはますます困惑こんわくした表情を浮かべていた。

「こんな所って……え、ここは……どこだい…‥?」

 フタバの発言にガイは絶句していた。





*****

「どうやって戦えばいいだ!?」

 自分の放った炎の魔法も効果がほぼ皆無かいむであることをさとって、叫ぶようにシンが言うと、同じく声を張り上げてキショウが答える。

「オレが知るか! てかこんな岩のかたまりのようなのが相手じゃ、多分身体にダメージを与えてもほとんど意味ないだろ!」

「じゃあどうしたら……!」

 見上げるほどの巨体の敵を目の前に、シンジもこぶしを握りしめる。じっとりとその手のひらに冷や汗が出ていた。

 二人ともまったく手出ししていなかったわけではない。むしろ敵のすきを突いて、特大魔法を何度も食らわせているのだ。しかし全くと言っていいほどガーディアンの様子は変わらず、一向に倒れる気配がない。まさに難攻不落なんこうふらくの砦そのものだ。

 焦りは徐々に表れてきていた。何度攻撃しても変化のない敵に、双子の動きに迷いが出ていた。ガーディアンの巨大な手から逃れようと飛び回っているシンも、時折その攻撃が服をかすめていた。

「うおっ!」

 ギリギリでかわした攻撃が髪をかすめ、シンが思わず声を上げる。

「シン、油断するな! 一撃でも食らったらひとたまりもねぇぞ!」

 上空の赤髪の少年に小鬼が声を飛ばすその下では、キショウを頭に乗せたシンジが両手を光らせたまま唇をんでいた。

「どうしよう……このまま攻撃していてもらちが明かない……」

 そんなシンジの言葉を聞いてヨウサも必死に考えていた。

「何か……何か突破口とっぱこうがあるはずよ……! 大地の神殿の罠……大地の神殿は古代文明の終わりの頃の技術でしょ……古代文明の技術……」

 そんなヨウサの脳裏に、ぱっとレイロウ先生の顔が浮かんだ。古代文明の授業を教えているのは彼女たちの担任、レイロウ先生だ。彼女の脳裏に授業の内容が浮かんでいた。


(――こんな風に、今は明かりがほしいと思ったら、光系の魔法を使えばできるわけだ。お料理だって、炎の魔法でできる。だが、その昔には今のような魔力の発明がなかったんだ。そこで、古代の人々は魔力でなく、物質の法則から、便利に生活できないかと考えたんだ――)


 不意に浮かんだ授業の内容に、ヨウサははっと息を飲んだ。


(――人工的に電気を発生させ、それをこんなふうに、光にできる装置を作っておけば、いつでも明かりが使えると言うわけさ。古代の人々も考えたものだろう?――)


「人工的に電気を発生……もしかして……」

 攻略法はほぼ思いつきだった。しかし強い確信があった。レイロウ先生の授業の知識に間違いがなければ、きっと効果がある――!

 ヨウサはその場で急に構えを変えた。両手をガーディアンの頭上に向け、片目を閉じて狙いを定める。唯一、光っていて魔法の発動が確認できるのはあの頭部だけだ。

 ヨウサの様子に気付いて、隣にいるシンジは横目で少女をちらちら見ながら声をかけた。

「え、ヨウサちゃん?」

「待って……。もしかしたら……!」

 言いながら少女のその指先にバチバチと静電気が発生し始めていた。狙いを定めるあまり、敵の巨大な手がこちらに向いていても、少女は気付く気配がない。

「ヨウサちゃん、危ない!」

雷甲ライコウ!』

 ヨウサが呪文を唱えた直後だった。なぎ払うように横から突進してくる敵の巨大な手のひらが、先ほどまでヨウサのいた場所を勢いよく通過していった。紙一重でシンジが少女を地面に伏せさせたのだ。

 その直後、はるか頭上から激しく放電する音が響いた。ガーディアンの頭部が火花を上げながら激しく放電したのだ。

「ええっ!? 何でだべ!?」

 いきなり敵がダメージを食らっていることに、シンが驚きの声を上げた。

「アイツの頭には何度か炎も食らわせてるだべよ! どうしてヨウサの電撃で……」

「やっぱりだわ!」

 大きく声を上げたのはヨウサだ。シンジと並んで地面にへばりつくように寝転がっていたが、シンの言葉に立ち上がってガーディアンを見上げた。

「レイロウ先生が言ってた! 古代文明時代は電気を使って文明を築き上げてきた……。その古代文明終末と今の魔法文明の始まりの頃に出来たのが、この大地の神殿だとしたら――」

「そういうことか!」

 ヨウサに続いてシンジが声をあげた。

「古代文明の技術を使っているのだとしたら、このガーディアンにも電気が使われている……! だから激しい電撃でそこの仕組みを壊せたんだ! 古代文明の技術を取り入れた魔法……つまりここの魔法の仕組みは全て、源は魔力じゃない! 電気なんだ!」

 その言葉にシンの頭上のキショウが思いついたように指を鳴らした。

「そういうことか! こいつら大地の神殿のガーディアンもセキュリティシステムも、全部動力源が電気! だとしたらその電気回路にダメージを与えちまえば、奴らの心臓部は止まったも同然!」

「そういうこと!」

 キショウの言葉にヨウサが答えると、そのかたわらでシンジはすでに魔法発動の準備に入っていた。

「それなら……電気回路のショートには水が一番……!」

 いうが早いが、高圧電流を当てられてむき出しになった電気回路に向けて、シンジは呪文を唱えた。

水柱スイチュウ!』

 勢いよく吹き出した水流は、見事巨大なガーディアンの頭部に命中した。たちまち激しい放電の音を出して、ガーディアンは糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

 とはいえ、塔のようにそびえ立つ巨体だ。崩れ落ちるとまるで落石のようにがれきが床に落ちてきた。くだけた頭部、巨大な腕は接続部分が切れ、バラバラとくだけて降ってきた。

「うわっと!」

「きゃー!」

 崩れ落ちるがれきを避けながら、シンジとヨウサが先の通路の方向へと駆けてきた。空中にいたシンは、がれきを避けるのは簡単だったようで、先の道につながる通路の入り口にいち早く降り立っていた。

「大丈夫だべか?」

「なんとか……。それにしてもびっくりした〜」

 兄の問いかけに呼吸を整えながら、シンジは答える。

「それにしても、心臓部を壊しちゃえばもろいものね……」

 乱れた呼吸を落ち着かせようと大きな深呼吸をはさんだ後、ヨウサは背後のがれきの山を見て肩をすぼめた。それを聞いて、シンジの頭からシンの頭へと移動をしながら小鬼がつぶやく。

「しかし、まさか電気がここの動力源とはな。古代文明、恐れ入るぜ」

「でもそれで納得がいったよ。そりゃヨウサちゃんが変な音を聞くわけだ」

 シンジの言葉に、シンも納得がいった表情でうなずく。

「ヨウサは雷系の魔法に長けてるだ。ここの魔法が発動するときに出てくる電気に反応していたってことだべな。シンジが雨の気配に敏感びんかんなのと一緒だべ」

 シンの言葉にヨウサも深くうなずいた。

「そうなのね……。きっとあの小さな音は電気の力……電波を飛ばしているってことなんだわ。だから私にはずっとシンくんとキショウさんから奇妙な音が聞こえるのね」

 ヨウサの説明に軽くうなずくと、シンジは嬉しそうに声を弾ませた。

「でもこれでこの神殿の攻略法がわかったね! 基本ヨウサちゃんの電撃を食らわせればいいんだ!」

「とはいえ、なるべくなら罠はけて通りたいもんだぜ。極力変な音を聞いたらすぐに教えてくれよ」

 シンジに続いてキショウが声をかけると、ヨウサは力強くうなずいてみせた。

「もちろんよ! 私だってあんな面倒くさい敵とは戦いたくないもの」

 至極しごくもっともな意見である。思わず深くうなずくシンジとキショウである。

 そんな彼らの一方で、赤髪の少年は力強くこぶしを振り上げて叫んだ。

「さあ、そうと決まればどんどん先に進むだべよ!」

「おお〜!」

 脳天気な兄の言葉に弟のシンジも陽気に答え、ヨウサとキショウも思わずつられて笑みを浮かべて、それに続くのだった。

「やれやれ、ペルソナの野郎、どこまで下っていくつもりなんだか」

「それにしても、炎の闇の石もどんどん地下に行っているのも気になるわね」

 ヨウサの発言に小鬼は思わず口をつぐんだ。

(確かに……炎の闇の石もどんどん下へと降っている……。ペルソナが下に運ぶわけではないだろうから……だとしたら一体誰が……?)

 疑問を浮かべている間にも、彼らはずんずんと通路を進んでいくのだった。


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