第7話 古代神殿のガーディアン
茶色の壁にはさまれた通路を、一組の男女が歩いていた。女の方が手をかざしながら、まるで道を探っているような素振りだ。かざされた手の甲には、ひし形の大きな水色の宝石が埋め込まれている。時折それが通路に反応するように光っている。ペルソナの部下の一人、エプシロンである。
「なんだってこんな遠回りをする必要があるんだよ……」
そんな女の背後で、げんなりした雰囲気でぼやいているのは、赤髪を逆立てた男、デルタだ。歩くたび両耳の赤いピアスもゆれる。男の手の甲には三角形の大きな赤い宝石が埋め込まれている。
「仕方ないでしょう。わたくしもアンタも光の術は使えないんだから。罠が発動しないだけよしと思って
答える女性は水色の長い髪を結い上げており、振り向くとその髪も同じ方向にゆれた。女の言葉に、あからさまなため息を付いて男はうなだれた。
「ハイハイ……。じゃ、早い所ペルソナ様の所に案内してくれよ、エプシロン」
呼びかけられ、女は振り向きもせずに答えた。
「言われなくても急ぐわよ。ペルソナ様はお一人で先に向かわれているんだから……。早くお側に行かなくちゃ」
両手を胸の前に組んで、少々ほおを赤らめている女性に、背後から思いだした風にデルタは口を開いた。
「あ、そーいやペルソナ様、途中で光の精霊族の女を捕まえるって言ってたぜ」
「ええっ!? お、女……!?」
思いがけない発言に、今度は勢いよくエプシロンは振り向いた。
「なんでも守護役と同じように光の力を持つ女だとかで……なんかずいぶんオレたちの事情も察してくれているらしくてさ。オレたちに協力的なんだって、なんかペルソナ様も気に入ってたみたいだったぜ。いや〜、この時代でもオレたちの事情を理解してくれる、いい奴もいるもんだな」
などとのん気に笑っている男の前方で、水色の女性がわなわなと震えているのだが、それを男が察するはずもない。
「――デルタ! さっさと行くわよ! のんびりしていると置いていくからねっ!」
と、急にスピードを上げて歩き出す女性に、男はあっけに取られて瞬きしていた。
「え、あ? いや急ぐけどよ……。え、なんだよ急に……おい、エプシロン、待てよ〜!」
女がなぜ急に急いだのかを知るよしもない男は、暗がりの中にずんずん進んでいく女の後ろ姿をあわてて追いかけていった。
*****
まさに
「いたっ!」
と、部屋に入るなり、すぐにヨウサが反応したものだから、嫌な予感を隠せずに、思わず三人と一匹はあわてて部屋の中に視線を走らせた。
「……ま、まさかとは思うだべが……」
「この……部屋の中にいるこれ……」
「……セキュリティの一部じゃ……ねぇだろうな……」
建物の一部だとばかり思っていたのだが、部屋の中心に天井まで大きく伸びる塔のような物があった。遥か頭上遠くに見える丸みを帯びた部分が、こちらに反応するように動いたのを見て、それは確信に変わる。
「やっぱコレ、ガーディアンだ……!」
見上げながらごくりと唾を飲み込んでシンジが声を上げる。
見上げるような巨体はまるで巨大な建築物のようで、それが動いているのだから彼らが肝を冷やすのも無理はない。こんな巨大なものをどうやって倒せばいいのか、策を練ろうと双子が考えだしたその後ろで、思いがけずヨウサが声を上げた。
「あ! 道が消えてる!」
「ええっ!?」
ヨウサの言葉にあわてて背後を見れば、つい先程まで歩いてきた通路が消えていた。通路のあったようなアーチ状の石模様はあるのだが、そこは石の壁に固く閉ざされて、まるで初めから壁だったかのような様子だ。これでは引き返すことも出来ない。
「くそっ……どうやらこのガーディアンとやらを倒さないと道は開けないようだな……!」
頭上で小鬼がつぶやくのを聞いて、シンは弟と顔を見合わせた。
「こりゃ……やるしかないだべな」
「だね……!」
巨体過ぎて見るのも大変だが、その敵の向こうに通路が見えた。もっとも、その通路の前に緑色の光がカーテンのようにかかっているところを見ると、おそらく敵を倒さねば通れない仕組みになっているのだろう。
「それにしても、なんてでっかいの……!」
見上げるような巨大さに、ヨウサは思わず唇を
「こんなのと戦わなきゃいけないなんて……! もー! キショウ、後で絶対本バッチリ読んでよ!」
「オレに言うな! 全ての根源はペルソナだろうが!」
シンジが一言毒づくと、すかさず小鬼が反発する。シンジは言いながらもすでに行動に移っていた。両手に力を込めて、その手を青白く光らせる。水系魔法を準備している証拠だ。すると、シンジの魔法の力に反応するように、塔のようなガーディアンが急に動き出した。とはいえその巨体故に動きはそこまで早くはないようだ。上に伸びた塔だと思っていた一部が両腕となってその空間に影を落とした。しかし足はないようで、部屋の中心に固定された胴体から、腕だけをゆっくりと伸ばしていた。
のっそりとしているように見えるが、思ったよりも時折動かすその手の動きは早い。伸ばした腕は、彼らに反応するように近くに伸び――
急になぎ払うように右から左へと垂直に切られた。
「おっと!」
それを読んでいたシンは、ふわりと飛び上がるとそのまま広い空間の上の方まで飛んで行く。ヨウサをかばうように、腕のなぎ払われた逆方向に転がり込んだシンジは、そのまま距離を詰めずに敵を見上げた。行動を読むのに苦戦しそうだと踏んだシンジは、距離を置いて遠くから魔法を発動した。
「岩なら効果もあるはず……! 『召喚!
呪文とともに両手から吹き出した水は、あっという間に空間に
「む、全然ダメージになってないな……!」
それを察し、シンジは唇を
『召喚……炎精!!』
今度はガーディアンの頭上から、シンが炎系の魔法をお見舞いする。かざした両手に魔法陣が浮かび上がったのも束の間、すぐにガーディアンを飲み込むほどの炎が頭から胴体へと突き抜けていくが――
「こっちも駄目だべ!」
ガーディアンの表面が赤く燃えたような色にはなるものの、その動きにはなんの変化もない。ガーディアンはシンの炎をまったく気にする様子もなく、その巨大な手をシン目がけてなぎ払った。なぎ払う瞬間の動きは早く、シンはそれを空中に浮かんだまま紙一重でかわす。
「こりゃ相当手ごわいな……こいつ、単純に岩が
攻撃をかわしたシンの頭の上で、キショウが冷静に敵を分析する。
「岩が頑丈だべか……?」
「ああ、魔物のように生身の体なら水も炎もダメージ受けるだろうが、痛みも何も感じない岩が動くとしたらどうだ? 岩が真っ赤になるくらいで、相手からしたらどうってことねえんだよ」
「ええ!? じゃあどうしたらいいんだべ!?」
キショウの説明を聞いて、シンが声を上げたその直後、またもガーディアンがその腕をなぎ払う。紙一重でかわすシンのすぐ隣で、岩が風を切る音が体を震わす。
「岩が溶けるほどの高熱で攻撃するとか、岩がくだけるくらいの激流で攻撃するとか、そういう衝撃でなけりゃ嚴しいだろうな」
キショウの説明が続く間も、敵の攻撃は収まらない。次々なぎ払ってくる敵の動きに、シンは攻撃を避けるだけで余裕が無い。
「そ、そんなこと言われてもだべな……うおっ! あぶねーだ……! うおっ!」
「……え、なんか、シンばっかり集中攻撃されてるね……」
「なぬ!?」
床の方からシンジがつぶやく声を聞き、シンとキショウがあわててシンジの方を見ると――
そうなのだ。ガーディアンはひたすらシンばかりを追い回し、地表のシンジとヨウサには目もくれないのだ。それに気がついてシンは思わず唇をとがらせる。
「これは一体どういうことだべ!? ずるいだべよ! 何でオラばっかり……」
「ハエみたいでうざいんじゃねーか」
同じくシンと同じ状況でありながら、小鬼は
「失礼言うでねーだ! オラのどこがハエだべ」
「分かった! その黒い部分だわ!」
キショウとシンのやりとりに、
「きっとガーディアンはその黒い部分に反応してるんだわ! だからシンくんとキショウさんばっかり狙うのよ!」
ヨウサの指摘に、二人は自分の黒く染まった部分を見る。今まで全く気が付かなかった。ただの黒いだけだと思っていた部分は、うっすらと紫色の奇妙な模様を浮かび上がらせ、光を放っていた。
「なんだべ、こんな模様さっきまで無かっただべよ?」
シンが
「ち、そういうことか。この部分がセキュリティを反応させていたわけだな……。きっと今までの罠もコイツが光って反応させていやがったんだ」
キショウの説明の間にも、ガーディアンの攻撃は続いている。風を切りながら襲いかかってくる巨大な岩の腕を
「仕組みは分かっただべが、この攻撃……どうしたらええだ!?」
問いかけにキショウは地表のシンジを指さし叫んだ。
「シン、一度シンジのそばに行け!」
「分かっただべ!」
攻撃を避けながらシンがシンジの所まで急下降すると、キショウはひょいとシンの頭から飛び降りて、今度はシンジの頭にしがみついた。
「げ! 僕まで狙われるじゃないか」
シンジが嫌がったのも束の間、今度はシンジ目がけてガーディアンの巨大な手が振り下ろされた。
「うわっと!」
寸でのところでジャンプでそれを避けると、シンジの青髪がゆれ、それにしがみついた小鬼が声をはりあげた。
「これで敵の攻撃が分散するぞ!
キショウの言葉に、シンジは上を見上げ、シンは下を見下ろしてお互い目を合わせてうなずいた。
「お互い敵の攻撃がそっちに向いた瞬間がチャンスだね!」
「おうだべさ! ヨウサ、シンジのフォロー頼むだべよ!」
シンの呼びかけに、ヨウサも大きくうなずいてみせた。
「任せて! 足は引っ張らないようにするわ!」
そんなやりとりをする三人のすぐ隣で、さっそくガーディアンはその巨大な両腕を、右はシン目がけ、左はシンジ目がけて、なぎ払おうとしていた。
「二箇所同時に狙われたら――」
「避けるしかねえだべな!」
言い終わるやいなや、攻撃を避けた双子のすぐ横を、風の切る音が響いていた。
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