第6話 危険の予兆


「あわわわわ〜……どどど、どーしよう〜……」

 薄暗い通路で一人あたふたしているのは、黄緑色のバンダナを巻いた少年だ。つい先程まで彼の目の前にいた仲間たちが急に消えてしまったのだから無理もない。あわててこの辺りをキョロキョロと見渡してあちこち壁に触れても見るのだが、なんの変化もない。もちろん友人たちの姿もない。辺り一面どこを探しても人の気配すらない。これにはさすがに参ってしまった。

「急にどうしたんだろう〜……。神殿を守る仕組みが動いたのかなぁ……」

 ブツブツつぶやきながら、細目の少年は首から下げたペンダントのようなものを指でつまみ上げた。光を反射するそれは小さな鏡だ。鏡に周りの風景を写し、鏡越しに辺りを見る。鏡はただ周りの風景を写しているように見えるが、実は違う。壁を写した途端とたん、ガイの目はその鏡に釘付けになった。

「……あった〜……」

 鏡に写っているのは壁に描かれた奇妙な魔法陣だ。肉眼では見えない隠された魔法の術が、鏡越しになることで見つけることが出来るのだ。

「……闇の力に反応する魔法かぁ……。さてはあのキショウに反応したんだな〜」

 ガイは納得がいったようにうなずくが、問題はここからだ。

 神殿を守るセキュリティが動いたのはまず間違いない。では侵入者はどこに送られるのか……? さすがにそれは見当けんとうがつかなかった。神殿の神官や巫女に聞いてみるか? でもどうしてセキュリティが動いたのかを聞かれたら、キショウのことも話さなくてはならなくなる。闇族の鬼であるキショウの話をしたら、たとえセキュリティから助け出せたとしても、きっとキショウはすぐに捕まってしまうだろう。それではキショウを助けることが出来ない。ガイは頭を抱えた。

「う〜〜〜ん……! 一体どうしたらいいんだぁ〜……!」

 苦悩するガイの声は薄暗い通路に反響していた。





*****

 坂が続いていた通路を通り過ぎ、下りの階段を降りて次の階層に来た。先程よりも道幅の広い通路には、相変わらず奇妙な模様が彫られていた。しかし様子は先ほどと少し変わっていた。壁に彫られた模様だけでなく、埋められた魔鉱石が点々と決まった感覚で続いており、模様とそれを合わせると、何かの生き物をかたどったように見えた。魔鉱石はまるでその生き物の瞳のようだった。

「なんだか不気味だべ。たくさんの目がオラ達を見てるみたいだべ」

 シンが壁を見上げながらポツリつぶやくと、同じことを思っていたらしいシンジもうなずいた。

「ホント……。また古代文字がこの近くに書かれてるけど、何だろうね?」

 そう言って壁に歩み寄るシンジに声をかけるのはシンの頭の上に乗っている小鬼だ。

「読んでたらキリないだろ。延々と書かれてるんだしよ」

 その言葉にそれもそっか、と向き直るシンジだったが、先程から無言でいるヨウサに気がついて隣を歩く。

「どうしたの、ヨウサちゃん? さっきから黙っているけど……」

 顔をのぞき込むようにシンジが尋ねると、思いがけずヨウサの表情が暗い。

「うん……ちょっと気になることがあって……」

「気になること?」

 ヨウサの言葉にシンジが首をかしげると、ヨウサはまた耳に手を当て周りの様子をうかがうようにしている。それを見て、シンジは思い出したように口を開いた。

「あ、もしかして……さっき言っていた耳鳴りみたいなもののこと……?」

 その問いかけに、ヨウサはコクリとうなずいた。

「うん……耳鳴りにしては長すぎるのよ。ずーっと小さな音だけど……なんだか続いているような気がして……それに……」

と、ヨウサは真剣な表情でシンジを見て言った。

「なんだか、私が大きな音を聞くときに限って……悪いことが起こっているような気がして……」

「――あ!」

 急に大声を上げたものだから、前方を歩いていたシンが立ち止まり、キショウも気付いて後ろを向いた。

「ん? シンジ、ヨウサ、どうしただ?」

「早くしないと置いてくぞ」

 二人の呼びかけに、シンジは立ち止まったまま、兄の方を見て声を飛ばした。

「そうだよ、シン……。気づかなかったけど、ヨウサちゃんの言うとおりだよ。確かにヨウサちゃんの反応が予兆よちょうになってる!」

 急な弟の言葉に、意味がわからずシンは首をかしげる。

「一体何の話だべ?」

 言いながらシンジたちの方にシンが歩み寄る。シンジがそれを目で追いながら説明を始めようとしていると、隣に立つヨウサが突然、困惑こんわくした表情で口を開いた。

「え……シンくん……あれ……? もしかして……?」

「んあ? どうしただ?」

 シンが隣に立った途端とたん、ヨウサは急にシンの腕を取り、それに耳をくっつけた。急な動きにシンが気味悪そうに体をのけぞらせる。

「な、なんだべ? オラの腕……臭うだか?」

「いや、匂い嗅ぐなら普通は鼻だろ。なんだ、なんか聞こえるのか?」

 ヨウサの反応にキショウが問いかけると、ヨウサはゆっくりと頭を上げ、確信めいた表情で深くうなずいた。

「わかったわ……。さっきから聞こえていた小さな音……原因はこれだわ!」

 話が見えず、シンもキショウも頭の上に疑問符が浮かんでいる。少しだけ話が見えてきたシンジが、あごに手を当てて考えこむ。

「もしかして……ヨウサちゃんが聞いていた音……シンのこの黒い部分が発しているの?」

 シンジの問いかけにヨウサはうなずいた。

「間違いないわ。でも、それとこれとはくっつかないけど……どうして音が大きくなると嫌なことが起こるのかしら……?」

「え、どういうことだべ?」

 ヨウサの言葉にシンが首をかしげ、それに対してヨウサが口を開いた。

「なんかね、さっきから私、耳鳴りみたいなのがするって――いたっ!!」

 まただ。急にヨウサが悲鳴を上げた。思わずシンジが構えた。

「さっそく!? 今度は何だ……!?」

「え、何だべ? 何が起ころうとしているだ……?」

 意味がわからずきょろきょろと辺りを見渡して、困惑こんわく気味のシンの隣で、シンジとキショウが周りを見渡していた。見回すことに集中しすぎて、キショウもシンも、周りのシンジとヨウサでさえも、彼らの黒い部分が変化を起こしていることに気がついていなかった。シンとキショウのあの黒く染まった部分は、またうっすらと紫色に光っていたのだ。

「……なんか――急に空間の空気が張り詰めたな……」

「きっとまた……ヤバイのが来るよ……!」

「え? え? 一体どういうことだべ……?」

 警戒するシンジとキショウのかたわらで、シンが不思議そうに首をかしげた。

 その時だ。急に壁にはめ込まれた魔鉱石が一斉いっせいに強い輝きを放った。はっとして壁を見ると、壁に彫られた模様だと思っていたものが、飛び出してきているように見えた。いや、模様と思っていたその彫りは、本当に壁を深くまで彫ってあったのだ。その彫り込みを区切り目に、壁から抜けだそうとしているのは、無数の石像だ。壁にはめられたパズルのようにズズズと石をこする音がして、一斉に壁の中からたくさんの石像が浮き出してきていた。

「げげげっ!!」

「なんか、石像出てきただべ!」

「やばいな……早いとここの通路から抜けだしたほうが良さそうだ……!」

 キショウの提案に即、三人は駆け出した。見れば先ほどまで自分たちがいた場所には石像があふれかえり、彼ら目がけてゆっくりと近づいているように見えた。

 それだけで済めばいいが、通路はずっと続いているのだ。走って行く彼らの少し前で、やはりあの魔鉱石の瞳が次々輝きだして、石像は次々と壁から浮き出してきていた。

「こりゃあ、うかうかしていると通路がこいつらで埋まっちまうぞ!」

 キショウの言葉にシンジが嫌そうにまゆを寄せた。

「げっ……石像相手じゃ壊すのに時間かかるし、この数じゃなぁ……」

「つまりは、とうせんぼってワケだべな!」

 双子の言葉に、ヨウサは背後を見ながら険しい表情だ。

「とうせんぼって、それだけで済めばいいけど、この数じゃつぶされるわよ! キショウさん、この通路はどこで終わりなの!?」

「後もう少しだ! あの扉の先だ!」

 キショウの指示に、三人はすべりこむようにその扉の隙間に流れ込んだ。背後からじわじわと迫っていた石像が追ってこられないように、双子は必死で扉を閉める。ズズンと音がして石の扉が閉まると、急に辺りはしんとなって三人の呼吸だけが響いた。

「……また音がやんだわ……」

 ヨウサの言葉にホッとしたように双子は床に座り込んだ。

「なるほどな……そういうことか……」

 キショウがシンの髪の上で、納得いったようにうなずいた。

「アンタが大きな音を聞くタイミングってのは、どうもここの神殿のセキュリティが動いた時のようだな」

 キショウの指摘に、ヨウサは考えこむようにうなずいた。

「そうみたいなの……。でもそれが何でなのかはわからないんだけど……」

「まあ、でもおかげで危険を察知するのはだいぶ楽だよね。予兆があるからさ」

 シンジがにこやかに言うと、ようやく話をつかんだシンも嬉しそうに笑う。

「そういうことだったべか! ヨウサの特殊能力だべな! これは鬼に金網だべ!」

「金棒ね」

「もっとも今の鬼はホントに金棒なんか持たねぇけどな」

 シンのボケに、シンジとキショウが口をはさむ。

 キショウはシンが床に落とした本を開き、また地図を発動させた。地図の大きさを変化させながらまた現在位置を確認し、小鬼はふむ、とあごを押さえた。

「どうにも闇の石の赤いやつはもっと地下に向かっているな。案外、オレたちがいる場所はそこにたどりつけんじゃないのか」

 キショウの指摘に、双子は力強くうなずいた。

「闇の石がある所には、必ずアイツも出るからね」

「そうだべ。で、ペルソナがいるってことは、そこにきっとリサもいるはずだべ」

「でも、ここまで来て出くわさないってことは、きっとペルソナたちは別ルートで進んでいるのよね?」

 ヨウサの言葉に、キショウは忌々いまいましげにこぶしを握った。

「ああ、きっとな。ペルソナと一緒にリサもいるだろうしな」

 そのキショウの言葉を聞いて、シンジが心配そうにつぶやいた。

「……リサ無事かなぁ……」

「そういえばガイくんも大丈夫かしら……」

 ヨウサの口から出た人物の名に、思わず双子はケラケラと笑い出した。

「あっちは無事だべさ!」

「そうだよ、むしろ心配されるのは僕らのほうだし」

「それもそうね」

 心配されるはずの自分たちが、逆に安全な場所にいるガイを心配したのが面白くて、つい三人は顔を見合わせて笑いあっていた。


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