第3話 大地の神殿


「本当に大丈夫なんだろうな……?」

「大丈夫だべ、オラの髪の中なら安全だべ」

「シンの髪、ボサボサだからね」

「豊かな髪と言ってくれだ」

 そんなやりとりをしながら彼らが足を踏み入れたのは、大地の神殿の中だ。大きな神殿は乾いた土色の石で作られており、所々、緑色の魔鉱石が埋め込まれて壁を装飾していた。神殿内の通路を歩いているだけなのに、まるで木々の間を歩いているかのような錯覚さっかくを起こさせるのは、壁に書かれた緑色の模様や魔鉱石の装飾が、木々を描いているからだろう。外の喧騒けんそうから少し離れて、神殿の中は人がいるけれど、もっと落ち着いた雰囲気だ。人々の話し声も聞こえるが、それよりも祈るような人の歌が大きく響いてくる。

賛美歌さんびかってやつだねぇ。ボク初めて聞くな〜」

 歌に気がついてガイが口を開くと、ヨウサは大きく息を吸い、落ち着いたような顔だ。

「素敵な歌……魔力が溢れてくるみたいに感じるわ」

 ヨウサほど大地の力に敏感びんかんでない双子の方は、曲を聞いて感心している程度だ。

「へ〜。女神の賛美歌かぁ……」

「キレイな音だべな」

「オレには毒のようにしか感じんがな」

と、シンの頭の上で毒づくのはキショウだ。

「ま、闇族じゃ無理もないよねぇ……。陽の気は逆に毒だもんねぇ」

 キショウの発言に気がついて、小声でガイはつぶやいている。

「それにしても……見当たらないわね」

 ヨウサの言葉に、双子もきょろきょろと周りを見渡す。

「……リサっぽい人もいないし……」

「ペルソナっぽい人もいねーだべな……」

「ホントにペルソナ、大地の神殿に入るって言ってたの〜?」

 ガイの問いかけにキショウは小声で、しかしハッキリと答えた。

「ああ、言っていた。あの神殿の中に入るにはリサが必要だってな」

 そうなのだ。なぜ彼らがキショウを連れて神殿の中に入ったのかといえば、ペルソナがそんな発言をしていたかららしいのだ。

「大体、ペルソナが大地の神殿に入る必要性があるのかな……」

「でもさぁ……」

 思わず疑問を口にするシンジの言葉をさえぎって口をはさんだのはヨウサだ。

「神殿の中に入るって言っても、ここの神殿の中に入るだけなら、誰でも入れるじゃない? もっと深い所をさしてるんじゃないかしら?」

 その発言にはっとしたように双子は顔を見合わせた。

「神殿のもっと深い所か! 確かに!」

「でも神殿の深いところって一体どこだべ?」

 双子の言葉に、ガイが思い出したように口を開いた。

「神殿の深部といえば、女神へのささげ物をするところじゃないかなぁ。巫女みこしか入れないような所って、基本深部っていうよねぇ」

「じゃあ、そこだね、きっと!」

「さっそくそこに行ってみるだ!」

と、双子が神殿の奥にさらに進んでいく姿を目で追いながら、ヨウサが首をかしげていた。

「でも……巫女しか入れないってことは……私達入れないんじゃないかしら……?」

「うーん……きっと結界とか、何かしらあるとは思うんだけどねぇ。でもまずは行ってみようよ〜」

 ガイの言葉に押されて、ヨウサもうなずいて彼らの後を追う。

 多くの人が大広間に流れていく中、四人の子どもたちはそこから外れて奥の細い道に入り込んだ。急に人気がなくなり、細長い窓から差し込む細長な光が通路を照らす以外、薄暗い通路だ。その通路をキョロキョロしながら双子は進む。

「大広間には女神像があって、そこがみんなお祈りする場所でしょ。その横道は基本、神官しんかんや巫女がいる部屋につながると思うんだよね」

 シンジの言葉にシンがうなずいていると、急にキショウがシンの髪を引っ張った。

「しっ……人が来るぞ」

 その指摘に双子はすばやく柱のかげに隠れた。それを見てガイとヨウサもそれに習う。どうやら神官が部屋から出て通路を歩いているようだ。しかし神官はすぐにまた、違う部屋に入っていく。彼らには全く気がついていないようだった。

「……多分こっちは、一般客の人は来ちゃ駄目っていわれるわ」

 シン達の隠れる柱にすばやく走り寄ると、ヨウサがそっと二人に耳打ちした。その言葉に双子はうなずいて顔を見合わせた。

「多分、ちょこちょこ神官とかが出てくるから気をつけないとね」

「ばれないようにこっそり進むしかねぇだな。……ガイ」

「わかってるよ〜。……『影呑みの術』!」

 シンの呼びかけにガイは即座そくざに術を放つ。たちまち四人と一匹の影がフッと消えてなくなる。ガイの得意技の一つ、気配を消す呪いの術だ。

「へ〜、お前こんな術も使えるんだ」

 ガイの術を初めて見るキショウが感心したようにつぶやく。

 術で気配を消せば双子にとって侵入はたやすい。きょろきょろと人の気配をうかがいながら、シンはふわりと浮き上がって、シンジは足音を立てないようにすばやく柱から柱へと歩いて行く。

 しばらく行くと、通路の雰囲気が変わってきた。壁の色が濃くなり、窓もなくなって通路を照らすのは壁に埋められた魔鉱石と、壁に飾られた魔導ランプのみとなった。ますます薄暗い道をシンは先頭を切って進んでいく。

「順調に来てるだべな」

「でもペルソナがいそうな様子はないよ?」

 シンのいる位置にすばやく走り寄るシンジに続いて、ヨウサもシンジの後ろに立つ。

「もう大分奥にきたわ。そろそろ結界とかあるかも知れないわよ?」

「しっ!」

 ヨウサの言葉をさえぎってシンが壁に張り付いた。それに気がついてシンジとヨウサも壁に張り付く。一歩遅れていたガイは、彼らの一つ後ろの柱のかげに張り付いて隠れた。

 通路に出てきたのは一人の巫女だった。茶色の髪を肩の高さに切りそろえ、両耳のすぐ横で髪を編みこんで緑のリボンで縛っている。服装は深緑を基調にした長いロングスカートのようなものを着ている。大地の女神に使える巫女の服装だ。そのまま通路の奥に消えていくのをチラチラのぞいて、シンは再び壁に張り付いた。

「巫女っぽい人が奥に行っただべ」

「あの先が神殿の奥っぽいな」

 シンに続いて、頭上のキショウも言うと、シンジとヨウサもうなずいた。

「あの巫女が見えなくなったら行くだべよ」

「セキュリティがあるかも知れないから慎重しんちょうにな」

 シンに続いてキショウが忠告すると、三人はまたも無言でうなずいた。時折柱のかげから顔を出して様子をうかがっていたシンだったが、人の気配がなくなったことを確認して通路にこっそり飛び出した。それを見てシンジとヨウサも続く。三人の気配に気がついて、ガイも一つ後ろにある柱のかげから飛び出したその時だった。

「痛っ!」

 唐突とうとつにヨウサが耳を押さえて痛がったのと同時に、急に通路の、彼らのいる場所だけが真っ暗になったのだ。

「なんだべっ!?」

 急な周りの変化とヨウサの様子にシンが立ち止まり構えた途端とたんだった。空間がゆがむような音がして視界が真っ暗になったかと思うと――

「わぁ!」

「ええ〜〜っ!?」

 急に足元がなくなったような感覚があり、次の瞬間には彼らの体は闇に飲まれるように急速に下へと落下していった。

「どうなってるだ〜!?」

「もしかして……セキュリティじゃないの〜!?」

 叫ぶ兄に答えるのは弟のシンジだ。落下していく中、自分たちのすぐ横を何かが飛んでいるような気配がある。しかし視界が真っ暗で何も見えない。

「何かしら……っ。下から何か上に向かって飛んで行ってる気がするけどっ……」

 それにいち早く気がついたヨウサがつぶやいているのを聞きながら、シンは何かが体にあたっているのを感じていた。

「一体どこに落ちるだ……っ!?」

 その時だ、突然視界が明るくなったかと思うと――

 自分たちの真下に茶色い床が広がっているのが見えた。

「ぶつかる〜!!!!」

 それに気がついて大声で叫ぶシンジとヨウサの声を聞き、シンは両手を下に突き出して大声で呪文を唱えた。

防御風壁ぼうぎょふうへき!』

 たちまち強風が彼らを包みこんだ。落下していた彼らの体は風に包まれるようにふわりと一瞬空中で静止し、風が止んだかと思ったら、今度は目の前に迫った床の上に仰向あおむけの状態で倒れ込んだ。

 あまり格好は良くないが、ひとまず着地成功のようである。

「ええ〜……どこ、ここ?」

 開口一番、シンジがつぶやくと、合わせて兄のシンもヨウサもあたりを見渡す。

 暗い場所だ。石畳の上に放り出された三人は、そのまま床に座り込んでいた。茶色がかった乾いた土色の壁には、今まで描かれていた木々の模様とはまったく違うものが掘られている。見ればなにか記号のようなものが延々と彫られており、その壁は遥か遠くまで続いているようで闇の中に道が消えている。壁に張り付いている薄青色の光が頼りなく通路を照らす以外光源はない。

「……これって……神殿の地下にでも入ったのかしら……?」

 ヨウサがポツリつぶやくその足元で、小鬼がいきなり大声を上げた。

「あーーっ!! なんだよ、これはっ!?」

 キショウの大声に思わず三人がのぞきこむと、キショウのひたいの一部と髪三分の一ほどが、墨汁ぼくじゅうでもこぼしたかのように真っ黒になっていた。

「どうしたの、キショウそれ?」

 先ほどまでそんな黒く汚れるような様子はなかったのだが、落とし穴を通り過ぎたあの短い間についたようである。急な変化にきょろきょろと自分の身体を見回すキショウを指さし、シンはケラケラと笑う。

「まるで炭で汚れたみてーだべ、あははは」

「――ていうシンも、どうしたのその右腕……」

と、シンジが指差すその先にはキショウと同じように真っ黒になっているシンの腕だった。同じく墨汁のように真っ黒になっており、手首より下の部分でその黒い色は切れていた。

「なぬっ!? オラもだべか!?」

 自分の腕の様子に気がついて、シンも目を丸くしてぎょっとする。先ほどまでキショウがしていたのと同じように、シンも自分の体をキョロキョロと見渡している。しかし不思議なことに、腕に巻いたリストバンドは汚れておらず、皮膚だけが黒く染まっていたのだった。

「他に汚れてねーだべか?」

 シンの問いかけに、ヨウサは彼の背中を見回しながら答える。

「う……ん……。うん、大丈夫みたいね」

「僕とヨウサちゃんは黒くなっている部分はないみたい。なんだろうね、それ」

 先ほどまで自分の身体を見回していたシンジは、首をひねって疑問を投げかける。

「ただの汚れでねーべか?」

 言いながらシンはその右腕をこするが、黒い部分は真っ黒なままだ。触ると皮膚の感じが少し違っている事に気がついた。少しだけ固く、よく見れば光を弱々しく反射している。

「……違うみたいね……。シンくん、なんだかそれ、汚れってよりは何かが張り付いたみたいじゃない?」

 ヨウサの指摘に今まで無言だったキショウが口をはさんだ。

若干じゃっかんだが、この黒い部分から奇妙な魔力を感じるぞ。ただの汚れなんかじゃない」

 もはや黒い部分を取り除く気を失ったらしいキショウは、フワフワと浮き上がり、自分の定位置と決め込んだシンの頭の上に乗っかった。

「奇妙な魔力……? それって一体なんだべ?」

 頭上の小鬼に目線を向けながらシンが言うと、キショウはその小さな首を振ってため息をつく。

「それが分かれば苦労しないさ。でも、力を封じるようなモノじゃなさそうだ」

 彼の言葉にシンも自分の手を見つめ魔力を集中させる。手のひらに赤い光が集まってくる。炎の魔法だ。確かに力には何の影響もないらしい。

「じゃあ問題はないみたいだし――さっそく、ここから抜け出さないといけないわね。……やっぱり、ガイくんはここに来てないみたい」

 ヨウサの言葉に、双子もあたりを見渡して肩を落とす。

「やっぱりか……」

「あの落とし穴が動いた時、ガイは後ろにいたからだべな。うらやましいだべ」

「それにしても、大地の神殿にもこんな罠があるなんて、ちょっとびっくりだよ」

 シンジの言葉にキショウがごにょごにょとつぶやいた。

「いや……闇の力に反応したんだろ……。普通の神殿は魔物が入らないようなセキュリティくらいあるからな……。オレは闇族だからきっと……」

 その言葉にヨウサが困ったような表情で、小鬼を見上げて口を開いた。

「あれ……? じゃあ今回、この場所に落とされたのは、キショウさんのせいってことかしら?」

 その発言にぎょっとして飛び上がるキショウに気がついて、シンとシンジもニヤリと笑って口をはさんだ。

「え〜? リサを探すためとはいえ、ここまでひどい目にうなんて聞いてないなぁ」

「この借りは、まさかどこかで返してくれるんだべよなぁ〜?」

 双子がここぞとばかりに責め立てると、キショウはむぐぐと唇をんで思わず黙りこむ。しかし、しばしの沈黙をはさんでため息を大きく吐くと、観念したようにシンの頭上であぐらをかいて大声で答えた。

「わーかったよ! あの超古代文字の本を読めばいいんだろ!」

 その発言に、待ってましたとばかりに双子は跳びはねた。

「やったぁ!」

「超古代文明調査隊の一員、増えただべ!」

「ちょっ……! なんだよ、調査隊メンバーに勝手にいれんなよ! あくまで手伝いだ、手伝い!」

「そうと決まればさっそく」

と、カバンに入れていた分厚い本をシンジがおもむろに取り出し始めると、それを見て小鬼はぎょっとして口早にそれを制する。

「ちょ、待てよ! まずはリサを探すほうが先だろ! そんなモン後で読んでやるから今は……」

『クワエロ!』

 小鬼の静止など聞く耳持たず、シンがそそくさと呪文を唱えると、いつもの様に例の本は描かれた魔法陣を光らせて今いる場所を写しだした。すると―—

「……ええっ……!?」

「あれま……」

「まさか……ここに出ただべか……」

 三人が息を飲んで見つめるその先には、魔法陣の周りで点滅する赤いしずく型の模様があった。そう、闇の石の在処ありかを示す反応だ。今回は今まで一度も反応の出なかった、そして最後であろう赤いマーク――「炎の闇の石」――

「なるほどな……。だからペルソナのヤツ、ここに現れたってわけか……」

 地図を示し模様を点滅させる古びた本を見つめ、険しい表情でキショウはつぶやいてあごを押さえていた。


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