第2話 誘拐事件


 さすが休日、という人の多さだった。汽車に乗り、少年たちは神殿のある町、ロウコクの町に来ていた。汽車から降りて駅に降り立った途端とたん、たくさんの人が出入りしていて、それだけで四人の気持ちは高鳴った。そして駅を出ればすぐにその栄えた町並みを見ることができた。整備された白い石畳が広がっており、道をはさんでたくさんの店が並んでいる。各地を渡り歩き様々な商品をそろえている行商人たちだろう。たくさんの人混みがその店に沿って流れていくように見えた。どこからともなく食べ物のいい匂いまでしてくる。

「すっごい人〜! こんなたくさんの人、なかなかセイランでも見ないよね!」

 はしゃいで周りを見渡すのはシンジだ。兄のシンはクンクンと鼻を鳴らしてよだれでもたらしそうな勢いだ。

「はぁ〜いい匂いだべ! これは美味しそうなものがたくさんありそうな雰囲気だべな!」「もー、二人とも〜! ボクらは大地の女神にお祈りをしに来たんだぞ〜! そんな観光気分じゃ駄目なんだから〜!」

と、はしゃいでいる双子を制するのはガイだ。まぬけな線の目をきりりとして少々厳し目な口調で言うのだが……

「あ、古代文明菓子のチョコレートだって!」

 話を聞いているのかいないのか、シンジが一つお店を指させば……

「食べるだ〜!」

「ボクも〜!」

「って、ちょっと! ガイくんだって食べ物に飛びついてるじゃないのよ!」

 結局、食べ物にひたすら弱い三人を叱りつけるのは、ヨウサの仕事のようである。

「おっと、そうだべ、こんなのんびりお菓子なんて食べていられないだ」

 思いだした様に顔を上げるシンだが、すでにその口の周りはチョコレートでドロドロだ。

「これおいしいね、後でおみやげに買っていこうね」

 シンに続いてお店から離れるシンジも、指についたチョコレートをぺろりとめて満足気だ。続けて店から離れたガイも、口の周りもほほまでもドロドロにしている。

「……一番食べたのはガイくんね……」

 三人の様子に、あきれるようにヨウサがため息をつく。

「それにしても、やっぱりお祈りに来る人は多いのね。お休みだからっていうワケでもなさそうだけど」

 周りを見渡すヨウサに続いて、ガイが顔をきながらうなずいていた。

「やっぱり最近の異変もあるからね〜。大地の女神にすがりたい気持ちがみんなあるんじゃないの〜?」

 ガイの言葉にヨウサはその両手を胸の前に合わせて真剣な表情だ。

「……少しでもお祈りが女神様に届けばいいけど……」

 その時だ。突然人混みの中から悲鳴が聞こえた。はっとして四人がその方向を向くと、その悲鳴に続いてざわざわと辺りが騒がしくなった。そんな中、いくつかの声が叫んでいるのが聞こえた。

「何だ、大丈夫か!」

「闇族だ、闇族の鬼がいたぞ!」

「何、鬼だと!?」

 その発言にシンとシンジは思わず顔を見合わせた。

「鬼……鬼って、まさか……」

「まさか、キショウではねーだべよな……?」

 闇族といえば精霊族に悪さをする邪悪な民だ。あまり闇族に偏見へんけんのない双子はさておき、一般的にいえば自分たちを食べたり殺したりする恐ろしい一族なのだから、彼らを恐れるのは無理もない。たくさんの人混みの中にいきなり闇族の一種である鬼を見つけたら、この反応は当然だ。しかも闇族は、滅多めったにこの中央大陸には現れないのだから。

 人々が騒がしくしている所に、その騒ぎと聞きつけて近くの警備隊が駆け寄ってきていた。それを見て双子はうなずきあっていた。

「まさかとは思うけど、もしキショウだったら大変……!」

「警備隊に見つかる前にオラたちが助けに行かねーとだべ!」

と、二人が駆け出そうとした時だ。人混みを避けて巨大な虫が突然シンの顔に激突した。

「ぶっ!!」

 真正面から激突されて思わずよろめくシンに、ヨウサがあわてて体を支える。

「シンくん、大丈夫!?」

「いってーだ……でっかい虫が……」

「静かにッ!」

 つい今しがた顔に当たった虫だと思っていたものが、突然話しだしたものだから、ヨウサもシンも目を丸くした。驚いている間に、虫のようなものはもぞもぞとシンのボサボサ髪にもぐり込んだ。

「わわわっ! くすぐってーだ! うひひひぎゃー!」

「シン、何その悲鳴……」

「笑ってるんだべっ……ってうひー!」

「叫んでいるのかと……」

 シンの奇妙な笑い方に思わず弟がつっこむと、思いがけず別の声が彼らを制した。

「静かにしろっ! オレがここにいるってバレるだろ!!」

 その声に、シンジとシンがまた顔を見合わせた。

「この声……」

「も、もしかして……」

 双子の言葉に、シンの髪の毛の中から声がした。

「そうだ、オレだ……キショウだ」




 人混みを離れて、彼らは行商人達の店の裏側に来ていた。たくさんの袋や箱が積まれた裏路地は人も少なく、通りの喧騒けんそうが遠くに聞こえた。

「ふー……ここなら安心だな」

 人がいないことを確認して、ようやくシンの赤髪からそれは顔を出した。小人のような大きさの小さな男だった。薄紫の髪に猫目のような鋭い瞳、見た目は普通の人のようにも見えるが、特徴あるその瞳の瞳孔と発している魔力から、闇属性の強い一族であることはすぐにわかった。

「わ〜、初めて見た〜。この人が鬼のキショウさん?」

 初めて彼を見るヨウサとガイが興味津々きょうみしんしんでのぞき込む。一方で彼に会うのは二回目の双子は嬉しそうに小鬼に手を伸ばす。

「キショウ、久しぶりだべ!」

「それにしても、ホントにキショウだったとはね。その小ささなのにバレちゃったんだね」

「あ、そうだべ! キショウ、闇の石の本読んでくれだべ」

「そうだよ〜! 本読んでよ〜! 超古代文字じゃ僕達読めないんだもの!」

 騒ぎ立てる双子の言葉を無視して、小鬼は大きく深呼吸する。ようやく落ち着いたらしい小鬼は、あきれたようにため息をひとつはさんだ。

「まったく、お前らまだあの活動してんのか。飽きないな……。それにしても精霊族のやつら、オレが鬼だってわかった途端とたんに大騒ぎだもんな。ホント困るぜ」

「それにしても、こんな小さい鬼なんて珍しいねぇ〜。普通の鬼……鬼族キゾクはボクらと変わらない大きさなのに〜」

 ガイが不思議そうに首をかしげると、キショウは胡散うさん臭そうにガイを見て鼻を鳴らした。

「オレだって好きでこの大きさなんじゃない。力が弱っているときはこうなるだけだ」

 キショウの説明に、納得言ったようなガイとヨウサとは裏腹に、驚いているのは双子の方だ。

「え、じゃあキショウって本当は大きいんだ!」

「大きい姿なんて想像もつかねぇだ」

 初めて見た姿がこの小さな鬼の姿なのだから無理もない。キショウの大きい姿を想像している双子をさておき、小鬼は悔しそうに、その小さなこぶしを握りしめて説明を続けていた。

「それに、さっきまでは元の大きさだったんだよ! ようやく元の大きさにも戻れるようになったってのに……忌々いまいましい!」

 急に毒づく小鬼に、四人は顔を見合わせた。

「え、キショウ、なんかあったの?」

「それにキショウがこんな所にいたなんて知らなかっただ。おめー、この辺に住んでるんだべか?」

 双子の問いに、キショウはふるふるとその小さな首を振って、思い出したようにシンの髪を引っ張って声を荒らげた。

「そうだ、こんな所で鬼ごっこしてる場合じゃないんだよ! ペルソナ! アイツ早く見つけねーと!」

「ええ〜〜っ!?」

「ペルソナ〜!?」

 思いがけない人物の名が出て、あわてるのは四人の方だ。

「ちょ、ちょっと待って! キショウ、ペルソナがここにいたの!?」

「て、いうか何でキショウがペルソナ追ってるだ!?」

「ペルソナ、何かキショウさんに悪さしたの?」

「さてはなんか盗まれたんだな〜!?」

 一斉いっせいに子どもがぎゃいぎゃい騒ぐものだから、キショウも訴えているどころではない。急に質問攻めにされて、小鬼はその小さな頭を抱えた。

「ちくしょー……。まったくお前ら相手にしていると、いつも調子狂うぜ……。わかったよ、最初から説明するから黙って聞いてろ!」

 小鬼に制された四人は、はやる気持ちを抑えてキショウの言葉に耳をかたむけた。

「ええとだな、まず結論から言うと、オレはペルソナを探している。ヤツはいきなり、リサをさらっていったんだ」

「ええっ!? リサをだべか!?」

 リサといえばセイラン学校の寮生で知らない人はまずいない人物だ。美人で優しくて面倒見もいい寮のアルバイト、当然寮生からの人気も高く、彼らも親切なリサにはとてもお世話になっているのだ。

「リサをさらうなんて……なんて酷いヤツ!」

「ユキちゃんに続けてリサにまで迷惑かけるなんて〜! さてはアイツ、女たらしだな〜!」

 双子に続けて怒るガイに、少々話がずれているなぁと首をかしげるヨウサである。

「でも……どうしてリサさんを連れ去る必要があったのかしら……」

 疑問を口にするヨウサに、キショウはため息混じりに続けた。

「そこはオレにもわからん。リサが大地の神殿に行くって言うから、オレは付き添いで来たわけなんだが、イキナリだ。道歩いている途中にいきなりあのペルソナ現れて、堂々とリサをさらって行きやがった。戦おうと思ってオレが構えた途端とたんにアイツ、オレに封印の術か何かを使いやがって……。気がついたらアイツはリサごと消えて、オレの鬼の姿を見た周りの奴らは急に大騒ぎするし、見る間に力は抜けてチビ化するし……まったく最悪だよ!」

 キショウの言葉にガイは興味深げにうなずいていた。

「キショウって、力が抜けるとちっちゃくなるんだ〜。変な体質〜」

「うるさい」

 当然ツッコミはキショウ本人である。

「ペルソナがリサをさらうなんて……おかしいな……。ペルソナ、今まで闇の石しか盗んだことなかったはずなのに、どうしてリサをさらう必要があるんだろう?」

 シンジが真剣な表情で考えこむと、シンも首をひねる。

「そこも気になるだが、キショウがリサと知り合いだったもの気になるだ」

「あ、確かに〜。リサとキショウも知り合いだったなんてちょっとびっくり!」

 兄の言葉に気がついたようにシンジも目を丸くすると、少々バツが悪そうにキショウは口をとがらせる。

「そこんとこは今はどーでもいいだろうが」

「あ、前に言ってたキショウの味方って、リサの事だったんだべな」

「あ、そういうことか。セイラン学校に連れてってくれって言ってたのは、リサもセイランの学生だったからだね」

 今になってに落ちたふうな双子に、キショウは声を少し大きくして話を止める。

「だから、今はその話じゃねーんだって! リサの身に何かあっても困るだろうが。あの悪党の所にいるんだから、早く連れ戻さないといけないんだよ」

 キショウの説明に、双子もヨウサもガイもうなずいた。

「それは急がないといけないわね」

「リサの身に何かあったら大変だよ〜!」

「女の人も誘拐ゆうかいするなんて、ペルソナ、許せないよ!」

「そうと決まれば、さっそくペルソナを探すだべよ!」

「おお〜!!」

 と、四人は意気揚々いきようようとこぶしを突き上げるのだが――

「……って、言っても……ペルソナ、どこにいるんだろうね……?」

 ポツリつぶやくシンジの言葉にみんな沈黙した。

 当然といえば当然だが、肝心の盗賊の居場所を誰も知らないのだった……。

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