第1話 不穏な前兆


 気候も穏やかになってきた夏の終わりの時期だった。少し寂しげな秋の風が吹く季節、木々が少しずつ黄色に染まりかけてきた景色を窓越しに見ながら、ため息をつく人物の姿があった。

「だんだん冷えてくるから、風邪をひきやすい時期だなぁ……」

 ため息をはさんでペンを動かすその書類は、生徒の名前がかかれた表、出欠表だ。数名の名前にチェックを付け、再び男はため息を付いた。

「みんなも風邪には十分気をつけるように。気も乱れやすい時期だから、精霊族のみんなもだぞ」

 そう言って片方しかないメガネの位置を直すのは、長髪の白衣姿の男――セイラン魔術学校の先生の一人、レイロウだ。先生の言葉にクラスメイトは一同声を上げて元気に返事をするのだった。

「……しかし……」

 生徒の返事を聞きながら、誰に言うでもなくレイロウはつぶやいていた。

「どうしてよりによって植物精霊族の子ばかり――」

 生徒の名が書かれたその出欠表には、植物精霊族のロウジーをはじめ、植物系の生徒の名前ばかりにチェックがついていた。




 お昼休みに入り、校庭の丘の上には赤と青とピンクの頭と、黄緑色のバンダナが目だって見えた。青々しかった芝生も徐々に秋色に色づいてきて、枯れた色に近づいていた。そんな芝生の上で、いつものようにシン、シンジ、ヨウサ、ガイの四人組はお弁当を広げていた。

 ぱくぱくとサンドイッチをほおばるシンジの隣で、赤髪を風に遊ばれているシンは水筒片手に暗い表情だ。

「それにしても、ペルソナがまたぱったりと姿を消しただべな」

 ユキのお屋敷に闇の石を奪いに行くと挑戦状を出し、それを見事成功させたのはもう数週間前の話だ。また新聞では連日ペルソナの話題で持ちきりだったが、またその姿が見えなくなると、徐々に取り沙汰ざたされることもなくなってきていた。この現状は以前の博物館騒動の時と同じ流れだ。

「相変わらず本には反応でないし……。一体あいつら、どこに隠れているんだろうね?」

 兄に続いて青髪のシンジも首をかしげて不思議そうな表情だ。黄緑色のバンダナの上から頭をかいてため息をつくのはガイだ。

「少なくとも、セイランの町じゃないだろうねぇ。一度もペルソナの持つ石の反応が出ないんだから〜」

 秋に入ってきたというのに、相変わらずの袖なし服で涼し気な服装のガイは、その細い腕を胸の前に組んで考えこんでみせた。それを横目で見ながらシンジもため息をつく。

「まあ確かにね。闇の石の本で調べても反応が出ないから……きっとこの近くにはいないと思うけど……。でもいつも疑問なんだけどさ、どうやってあいつら闇の石の場所を特定しているんだろう?」

 シンジの問いにガイがキリリと真剣な表情で、オドロオドロしい低い声を出した。

「まさかとは思うけど〜……」

 しかし、その様子にシンもシンジも唐突とうとつに吹き出した。

「な、なんだよ〜! 人がまじめに話しているのに〜!」

 急に噴き出されたものだから、不服そうにガイがほおを膨らませる。するとシンジは、笑いをこらえるように口元を押さえた。

「ご、ごめんごめん……ガイの真剣な表情がつい面白くて……」

「急に笑わせないでほしいだ」

「笑わせてなんかないやい〜!」

 細い目でいつもまぬけな表情に見える少年だ。その上いつも異様に甲高い声の高さ。本人はいたって真面目だが、見ている側はその急なギャップに笑わされてしまうというものだ。

 双子の笑いが治まりかけたところで、ガイはため息混じりにつぶやいた。

「いやぁ、まさかとは思うけどさ……級長……」

 ガイがいうのは彼らのクラスメイト、級長を務めるフタバのことだ。シン達が勝手に結成した「超古代文明調査隊」のメンバーでもあり、闇の石の本のことも、ペルソナたちのことも話している友人だ。

「級長が……ペルソナの味方だったりしないよねぇ……?」

 ガイの言葉にシンもシンジも無言になった。友人を疑いたくはない。だが――

「ケトの話だと、僕達を信じてないような口ぶりだったって話だし……」

「それより何より、気になるのはユキのお屋敷の時だべ。どうしてあの時、気がついたらフタバはいなかっただ?」

 シンの言っているのはユキのお屋敷にペルソナからの護衛ごえいで行った時の話だ。ペルソナからの差し金で、魔物が現れたりトラップが現れたりして、少なからず彼らは苦戦を強いられた。そんな中、級長のフタバも協力して屋敷に来ていたのだが……

「たしか……あのエプシロンとかいうヤツの作った落とし穴に、級長もヨウサちゃんと一緒に落ちたんでしょ〜? なのに脱出できた時、ボクらと一緒にあの迷路から出てこなかったし、気がついたらもう寮に帰ってたし〜……」

 ガイの説明に、シンジも低い声でつぶやくように言う。

「あの次の日、昨日は大変だったねって話しても、フタバくんよくわかってないような口ぶりだったし……なんだか変なんだよね……」

 二人の言葉にシンも大きくうなって腕を組む。

「う〜ん……謎は深まるばかりだべ……」

「くしゅっ!」

 突然のくしゃみに三人が視線を向ければ、ヨウサが口元を押さえていた。

「あれ、ヨウサ、風邪だべか?」

「大丈夫?」

 双子の問いかけに、ヨウサは鼻をすすってうなずいた。

「大丈夫……」

「そーいえばさぁ、やたらと最近体を壊している子が多いよねぇ」

 ヨウサの様子を見て思い出したのか、ガイが話題を変えた。

「最近大地の気が乱れてるんだって」

 ガイの言葉にうなずきながら、ヨウサが暗い表情でそうつぶやいた。

「大地の気? 大地の魔力ってこと?」

 食べ終わったお弁当箱を閉じながらシンジが首をかしげると、彼の前に座るガイも思い出したように口をはさんだ。

「なんだか最近乱れているって聞くねぇ。大地の精霊が弱っているとか大地の魔物が暴れているとか〜……」

「それって何でだべ? 何か原因があるんだべか?」

 シンも話に加わると、ヨウサはため息混じりに答えた。

「母さんの話だと、大地の力の中でも陽の気が乱れているって……。だから大地の魔物が活発に動いて、逆に精霊族が力を失ってきているんだって言ってた」

 その発言に、思い出したようにガイがヨウサに振り向いた。

「そういえば、ヨウサちゃんのお母さん、植物マテリアル族だったよねぇ?」

 その問いにヨウサがうなずくと、シンジもハッとしたようにヨウサに向き直る。

「そっか、植物マテリアルって大地の力にすごく影響受けるんだよね」

「植物精霊族ほどじゃないけどね」

 弟のシンジとヨウサのやりとりに、シンは首をかしげてまゆを寄せている。

「どういうことだべ? どうして植物マテリアル族だと影響を受けるだ?」

 シンの問いにヨウサが答えるより早く、ガイが口を開いた。

「ほら、植物は大地とつながっているでしょ〜? 昔から植物は大地と密接みっせつな関係にあるから、その植物を祖先とする植物マテリアル族は大地の力に敏感びんかんなんだよ〜。植物精霊族は大地の陽の気と密接な関係にあるから、陽の力が弱まれば彼らも弱まるわけで……」

「そうだべか、何となく分かっただべ」

 説明の途中ですでにそう返事をする兄に、シンジががっくりと肩を落とす。

「あんまりシン、分かってないよね、その返事……」

 兄につっこんだのも束の間、シンジはすぐにヨウサに向き直ると少々心配そうにその顔をのぞき込んだ。

「でもヨウサちゃん、お母さんは大丈夫? ロウジーちゃん達みたいに体壊してない?」

 その気遣いに、ヨウサは嬉しそうにほほえんで首を振った。

「今のところは元気。でもさすがに私も心配してるんだ。ミランもロウちゃんも、植物精霊族の子みんな具合悪くしているから……」

 その言葉にシンが心配そうに顔色を曇らせた。

「そういえばシンジ。コウアも植物精霊族だっただべ。元気だべか?」

「うん……。こないだ連絡した時、ちょっと具合良くないって言ってたよ。僕も心配だなぁ……」

 双子の言葉に、ヨウサがポンと手を打って急に顔色を明るくして言った。

「そうだわ、今度みんなで大地の神殿にお祈りに行かない?」

 大地の神殿とは、この世界の母と言われる「大地の女神」を祭った神殿だ。大地の神殿は世界のあちこちにあり、もちろんこのセイランの町がある中央大陸にもあった。

「大地の神殿かぁ……セイランの町にはないよねぇ?」

 ガイの言葉にヨウサはコクリうなずく。

「うん、たしか汽車に乗っていかないといけないわ。五つくらい先の町だったかなぁ。ロウコクって名前の町なの。世界でも有名な大きな神殿で、中央大陸以外の土地からもお祈りに来る人がいるくらいなの!」

 その言葉に双子も顔を見合わせて嬉しそうな表情だ。

「そんなに有名な神殿なんだぁ」

「行ってみたいだべな! あ、もちろん、ちゃんとみんな元気になりますようにってお願いしてくるだべよ!」

 その反応にヨウサも嬉しそうにほほえんで大きくうなずいた。

「ちょうど明日はお休みだし、みんなで行きましょう!」

「さんせーい!」

「食べ物屋さんあるといいだべな〜」

「もちろんあるよ〜! 大きな神殿のあるところにはたくさんお店もあるからねぇ〜」

「シン、ガイ、食べることが目的じゃないんだからね」

 さっそく観光目的になっている二人に、あきれるようにほほえんでシンジがつっこんでいた。





*****

 薄暗い部屋だ。灰色の壁が重たく見え、その壁に囲まれた一つの部屋に外からうっすらと光が差し込んでいた。外も薄暗く、雨でも振りそうな空模様だ。

 そこから差し込む弱い光を受けながら、茶色の髪の小さな子どもが地図を広げてそれを見下ろしていた。ペルソナの部下の一人、オミクロンだった。

「……最後の石の反応が出たそうだ……」

 見た目の幼さとは裏腹に、落ち着いた声色で子どもは口を開いた。その子どもの前方には、床にあぐらをかいて座っている一人の男がいた。赤髪を逆立たせ、そのひたいに三角形の赤い宝石がはめられている。窓からの薄明かりを反射して宝石はキラリと光って見えた。同じくペルソナの部下の一人、デルタだ。

「いいことじゃねぇか。ようやく最後の石の場所がわかったんだな」

 仲間の発言にニヤリと嬉しそうに男が答えると、思いがけずオミクロンは暗い表情で首を振る。

「単純に喜べるわけではないのだがな」

 その発言に、デルタは不機嫌そうにため息をはさんだ。それに構わずオミクロンは地図を見ながらまゆを寄せていた。

「またも反応はあの中央大陸だ。……なぜ何千何万年とその行方をくらましていた闇の石が――こうもこの土地に引き寄せられるのだ?」

 誰に言うでもなく、自問自答のようなその問いかけに、赤髪の男は一つ大きく息を吸い、あきれるようにそれを吐き出した。それに無反応な幼子を一瞬視界に入れるが、男は唐突とうとつに立ち上がった。

「ペルソナ様ももう向かわれているんだろ? さっさとお手伝いに向かおうじゃねぇか」

 デルタの発言にようやく気がついたオミクロンは視線を上げ、ああ、と短く返事をした。

「デルタとエプシロンはペルソナ様の手伝いに向かってくれ。私はここに残り、次の儀式にふさわしい場所を探さねばならん」

「なんだ、今回行かないのか、オミクロン」

 思いがけない返答に少々目を丸くするが、あまりこの子どもと一緒に行動したくないのが彼の本音である。これは好都合だった。急に鼻歌交じりにきびすを返すと、上機嫌で部屋の出口に向かって歩き出した。

「そっか〜、今回はオミクロン留守番か〜。頼むぜ、留守中!」

「お前らもペルソナ様の手伝い、抜けなく行えよ」

「わーかってるって! あのガキどもが邪魔しないよう、しっかり活躍するからよ!」

 そう言って歌いながら去る男を横目で見ていたが、ふと思い出したようにオミクロンは息を飲んだ。

「あの子どもたち……中央大陸……」

 目を細め、地図から視線を外すと、そのまま窓の外を見た。灰色の流れる雲を追いながら、幼子はまゆを寄せ険しい表情をしていた。

「闇の石はまさか…………いや、まさかな……」

 つぶやく声は静かに部屋の中に吸い込まれていった。


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