第6章 双子、小鬼の事件に巻き込まれる

プロローグ 攫われの美少女


「神無き時代

 混沌ありき 光と闇の偉大な石が

 神なる力 全てを統べる

 手に入れしもの 創神となる


 世界はそこで終焉しゅうえんとなる

 命あるもの すべて消えて」





*****

 さわやかな秋風が吹く気持ちのいい日だった。たくさんの人がにぎやかに歩いている大通りを、一組の男女が並んで歩いていた。道沿みちぞいにはずっと行商人の屋台が並び、食べ物から魔鉱石などのアイテム、お守り、呪具など、様々な品物が所せましと並んでいる。道行く人々はそれを見ながらゆっくりと歩いていた。しかし人の流れが必ずしも屋台にばかり向いていないところを見ると、どうもここにはそれ以外の目的があって来ている人が多いらしい。

 長いエメラルド色の髪を風にゆらしながら歩く少女もその一人だ。屋台をたまには見るものの、そこで足を止める様子はなく、足はある方向に迷わず向かっていた。

 大きなエメラルド色の瞳を隣の少年に向け、少女は嬉しそうにクスクスと笑っていた。

「その姿で一緒に来るって言ってくれるとは思わなかったなぁ。正体バレないように気をつけてね」

 笑う少女の隣で、薄紫の髪をかきあげるようにして頭をかくのは、青年と呼ぶにはまだ少し早い少年だ。大きな瞳に鋭い光を宿らせる少年はなかなか整った顔立ちをしている。すれ違い際に少年を見た女性が見とれるように熱い視線を送っているが、そんな熱視線には目もくれず、少年はため息混じりに隣の少女を面倒くさそうに見て口をとがらせた。

「お前がこんな場所まで一人で行くとか言い出すからだろ。お前、この前も一人で出かけて迷子になってたじゃねーかよ」

「あれは違うの。魔物に襲われて大変だっただけだもん」

 悪びれた様子もなくにこにこと答える少女に、少年はあきれるようにため息を付いた。視線をずらせば、通りすがりの男性が隣の少女を見ていることに気づく。それを察して少年はわざと少女の肩を引き寄せて人の流れにぶつからないように引き寄せる。

「のんびり歩いてるとぶつかるぞ」

 のんびり屋ではあるが少女はなかなかの美少女だ。一人で遠出させたくなかったのは余計な男にちょっかいを出されるのが嫌だった、ということもあるのかも知れない。

「あ、ありがと……」

 急に肩をつかまれて、少なからずドキリとしたのだろう。少女は少しだけほおを赤らめて隣の少年を見上げていた。

「……なんだよ」

 視線に気づいてぶっきらぼうにつぶやく少年に、少女はにへらと笑ってみせた。

「なんだか今日は優しいなぁと思って」

 心底嬉しそうにつぶやく少女に思わず視線をずらすが、内心照れているのは言うまでもない。

「いつもそう優しいならいいのになぁ。いつも王様みたいに偉そうだもんねぇ」

「バカ言え。オレはいつだって紳士的じゃねーか」

 少女のからかいにそう返すと、クスクスと肩を震わせて笑われてしまった。

「紳士的って……どの口が言うのかな〜。ペルソナくらい紳士的だったらわかるけど」

 唐突とうとつに出た人物の名に、思わず少年の表情が険しくなる。

「お前……あんな悪党のどこが紳士なんだよ」

「え〜? だって私には優しかったよ?」

 少年からしたら、自分の知らないところで少女が男と会っているだけでも気に食わないのだ。しかもその相手がよりによってあの天下の大盗賊、ペルソナというのは余計に少年にとっていらだつことだった。そうでなくとも、少年はそのペルソナと接点がないわけではなかったからだ。

「大体ワケわかんねーのが、なんであいつ、お前に会ってるんだよ。どこでアイツと接点があるっていうんだよ」

 いらだちげに問う少年に思いがけず少女も首をかしげる。

「それがわからないのよね〜……。寮の見回り中に偶然ぐうぜん見つけて……」

「不審者じゃん、明らかに!」

 少年の的確なつっこみに、少女もコクコクとうなずく。

「そう、不審者だと思って私とっさに魔法を使おうとしちゃって」

「使うなよ! 大体寮のバイトは不審者を追い払う仕事まで任されちゃいないだろ!」

 少年のもっともなつっこみに反省する様子もなく、少女は大きなエメラルド色の瞳を何度かまばたきさせて、その時の様子を思い出しながら口にした。

「でも、そうしたらその魔法を繰り出す前に手を取られて、びっくりして声上げそうになっちゃって……。でもそうしたら急に優しく私の唇に指寄せてさ、『貴方に危害を加えるつもりはない、探しものをしているだけだ』っていうから――」

 少女の言う情景じょうけいを思い浮かべるだけでも嫉妬しっとを感じているのか、まゆを寄せて嫌悪感もむき出しに少年は少女をにらむ。

「やり方が気にいらねぇが……大体お前もさ、その言い分で納得するなよ。探しものって、盗賊だろ。何か盗み出すつもりだったにちがいないだろうが」

 少年の言葉に、そうよね、と少女は肩を落とし、その細い首をかたむけて不思議そうな表情をする。

「でも、何を探してたのかなぁ……。たしかあの場所……シンくんたちの部屋の前だったのよね……」

 その言葉に少年はハッしたように息を止めた。先程までと一変、急に真剣な表情に変わる。何かを思い出すように口を押さえ、少年は無言になった。

「……どうしたの?」

 急な少年の変化に気がついて、少女はのぞきこむようにその大きな瞳を少年に向けた。

「……シン……。そうか、あいつら寮に住んでたんだ……。まさか――ペルソナ……いつもあの本を狙っていたってことじゃ……」

 その時だった。急に強い風が吹いて、二人はとっさに目をかばった。巻き上がる砂に視界が悪くなり、うっすらと目を開けた二人の目の前には――

 黒いマントを羽織はおった長身の男が現れていた。黒いマントの上にある顔は真っ白で、大きく見開かれた黒い双眼そうがんの下に、大きく裂けた黒い口が笑みを浮かべていた。――ペルソナだった。

「お、お前はっ――!」

 マントの男に気が着くやいなや、身構える少年の前で、黒いマントを羽織った仮面の男は静かに腰を曲げてお辞儀をしてみせた。

「突然だが……貴方が必要だ、リサ――」

 顔を上げると空洞の黒い瞳は、まっすぐにエメラルド色の少女をとらえていた――。

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