第4話 盗賊と攫われの少女


「古臭い神殿だな」

 通路を歩き始めてしばらくすると、キショウが周りを見回しながらポツリつぶやいた。

 神殿の罠に落ちた彼らは、闇の石の本を開き、それを地図代わりに使いながら神殿内を歩いていた。闇の石の在処ありかを示すこの本は、周りの地形も的確に表す分、見知らぬ土地を歩くには非常に便利な地図だった。道はだんだんとななめに下る坂に変わっており、道は地下に向かっているようだった。

「前に見た、水の中に沈んでいた神殿とはまた違うな」

 小鬼の言葉に、周りを見回しながらヨウサがうなずいていた。

「大地の神殿の地下に当たるわけだから、古代文明終末の頃のものだと思うのよね」

「そうだね……古代文字だよね、この文字。壁に時々彫られているけど、今の言葉じゃないし、超古代文字とも違うよね」

 同じく壁を眺めていたシンジが、その文字に触れながら答える。

「大地の……ナントカ……緑の……ナントカ……」

 所々読めないところがあるらしく、虫食いのように読んでいる弟のかたわらでシンは首をかしげるばかりだ。

「古代文字……だべか……。読めねーだべなぁ……」

「なんだよ、シン。お前は古代文字読めないのか?」

 シンの頭上でキショウが問いかけると、代わりにヨウサが苦笑気味に答える。

「もう授業で習っているんだけど、シンくんよく寝ちゃうから……」

「失礼言うでねーだ。あれは睡眠学習だべ」

「やっぱ寝てんじゃねーかよ」

 シンの返答に、すかさずつっこむ小鬼である。

「そういえば、キショウは古代文字も読めるの?」

 シンジが問いかけると、キショウは気の抜けた返答だ。

「そりゃオレも詰め込まれたからな。嫌でも読めるさ」

「じゃあ超古代文字はどうして読めるだ?」

 シンが即座そくざに次の質問を投げかけると、これまた気の抜けた様子でキショウは答える。

「同じさ。超古代文字も詰め込まれたんだよ」

「詰め込まれたって……教わったってことだよね?」

 興味津々きょうみしんしんでシンジが身を乗り出すと、シンも頭上の小鬼にテンション高く声をかける。

「誰だべ? 誰に教わったんだべ?」

 しかし双子のテンションとは裏腹に、小鬼は面倒くさそうな様子だ。

「誰にって……古代文字教えたヤツと一緒だよ。オレの家庭教師みたいなヤツ」

 言いながらキショウはため息混じりに愚痴ぐちっぽくつぶやく。

「ホントアイツ苦手なんだよな……。行動も考えも読めねぇしワケわかんねぇし……」

「でも古代文字だけじゃなくて超古代文字も読める先生なんてすごい! 校長先生だって読めないのに!」

「すげー先生だべ! その先生に会えれば、この本も読んでもらえるだ! もしかしたら闇の石の謎も解けるかも知れねーだべ!」

 二人がはしゃいで言うと、キショウはげんなりした表情で横槍よこやりを入れる。

「そこまで性格いいやつじゃねぇぞ。面倒臭がってお前らになんか付き合わねぇと思うぞ」

「いっ……!」

 唐突とうとつにヨウサが小さく悲鳴を上げた。急な悲鳴に思わず双子も小鬼も振り向いた。

「どうしただべ?」

「どこか痛むの?」

 双子が問いかけると、ヨウサは片耳を押さえて困惑こんわくした表情を浮かべていた。

「え、うん……なんかさっきもあったけど、急に……。キィンって感じで大きな音が急に響いたから……」

 彼女の言葉に三人は思わず視線をかわす。

「大きな音……?」

「そんな音聞こえなかっただべ」

「え、ヨウサちゃん、空耳じゃないの?」

 三人の言葉に、ヨウサは困ったように首をひねる。

「え……みんなには聞こえないんだ……。なんだろ、耳鳴りかな……」

 その時だった。急に足元が震えだし、地震のように辺りが小さくゆれ始めたのだ。

「なんだろ……地震かな……?」

「……急だべな」

 のん気に首をかしげる双子とは裏腹に、キショウがじっと聞き耳を立てている。見ればあの黒く染まった部分がうっすらと紫色に変化している。だが、そんな変化には誰一人気がついていなかった。小鬼は緊迫感ある低い声でつぶやいた。

「……おい……この地響き……。なんか……大きくなって……いや、近づいてないか……?」

「近づく……?」

「一体どこから近づいてるだべ?」

 小鬼の言葉に、何となく背後に気配を感じて、振り向いた時だった。薄暗がりから大きな音を立て、何かがこちらに向かっているのが見えた気がした。





*****

 茶色の壁に彫られた奇妙な模様がずっと続いている。見ていると文字のようにも、何かをかたどった模様のようにも見える。それを見つめながら道を進む。古びた通路をぼんやりと照らす水色がかった白い光は、どこかゆらゆらと震えて危なげに通路を照らしていた。

 沈黙しているはずの空間なのだが、二人分の足音を響かせている背後で、なにかが遠くで音を震わせているように感じるのは気のせいだろうか。

「それにしても不思議な所……。これが大地の神殿の地下だなんて……」

 素直に感じたままをつぶやくのは、エメラルド色の髪の少女、リサだ。いつもはセイラン魔術学校の寮でアルバイトをするかたわら、学業にも精を出しているのだが、今日はどういうわけか、こんな奇妙きみょうな場所にいる。しかも――

「あまり私から離れるな」

 そう少女に声をかけたのは、真っ黒なマントを羽織はおった仮面の男だ。

 これまたどういうわけか、リサはこの不気味な仮面の男、ペルソナと行動を共にしているのだ。

「あ、ごめんなさい。つい周りが面白くて……」

 いつの間にか距離が離れた仮面の男にリサが歩み寄っていくと、ペルソナは無言でそれを待つ。リサが十分自分に近づいたことを確認してから、再び男は歩き出した。

「それにしてもペルソナ……。どうして私の力が必要なの?」

 率直そっちょくに少女が問いかけると、ペルソナはちらと横顔を向けただけで、すぐに正面を向いて話し始めた。

「この神殿の仕組みを動かすには貴方の力が必要だ。私にも部下にもここの仕組みは動かせない」

「ペルソナにも……部下にも……?」

 天下の大盗賊、ペルソナには何人か部下がいることはもはや有名になっていた。しかも彼らが魔法の腕や武術に長け、ペルソナ自身も魔法の腕が立つということももちろん周知の事実だった。

「そんな、ペルソナにも出来ないようなことが私に出来るとはとても……」

「この壁だ」

 リサの言葉をさえぎって突然ペルソナが立ち止まる。みれば通路は行き止まりになっており、見るからに硬い壁が行く手をさえぎっていた。

「あ……行き止まり?」

 それに気付いてリサが首をかしげると、仮面の男は少女の方を向き、軽く首を振ってみせた。

「行き止まりに見えるがそうではない。この壁は『聖なる者』にのみ道を開く。神殿の巫女みこか、もしくはそれと同等の者のみにな」

 そう説明した仮面の男はそっとリサの肩に手をかけ、壁に向かって彼女を優しく押しやった。

「リサ、この壁に触れてみてくれ」

「え、私が?」

 言われている意味もわからぬまま、リサは首をかしげつつ、その細い指先でそっとその壁に触れた。

 するとどういうわけだろう。彼女が触れた部分からまるで小さな鈴を鳴らしたような高い音が一瞬鳴り響き、次の瞬間、壁に掘られた模様が青白く光った。そして今度は低い地鳴りを鳴り響かせながら壁が真っ二つに避け、先の通路が現れたのだ。

「ど、どういうこと……?」

 突然の出来事にまばたきを繰り返す少女の背中を押しながら、ペルソナは歩き始めた。

「貴方の持つ光の力に反応したのだ。光の属性を強く持つ精霊族は多くはない。貴方のように家系的に光の力を引き継ぐものでもなければ、そう簡単に開けることは出来ないだろう」

 説明を聞いてもイマイチピンとこないのか、仮面の男を見上げながら困惑こんわく気味の表情でリサはうなずいていた。

「まあ……私でも役に立てるならそれでいいんだけど……。え、でもこれだけだったら別にキショウくんも一緒で良かったのに。急に私だけ連れて来られたら、きっとキショウくんに心配かけちゃう」

 リサがそう首をかしげると、すでに歩き出している仮面の男は、ため息を付いたように聞こえた。しかし返答はない。リサは続けた。

「キショウくん、あれで優しい人なの。多分、ペルソナの事情を話せば、彼なら分かってくれると思うんだけどな……」

 リサの説明に、ペルソナはしばらく無言だったが、振り向きもせずに口を開いた。

「あの男は前に一度顔を見ている。私の説明を聞いてはくれないだろう」

「え、前に会ってたの? ホント?」

 思いがけない返答にリサは仮面の顔を見上げるが、ペルソナはそれにも目をくれず、ただまっすぐに通路を進んでいくだけだった。

「え〜……キショウくん、そんな話一度もしてくれなかったなぁ……。そういう大事なこと、いつも後回しなんだから……」

 ブツブツとリサは独り言のように文句を言い始めるが、それをまるで横目で見るようにペルソナは横顔を少女に向けていた。それに気付いてリサが視線を向けると、仮面の男はまた正面を向いて冷然れいぜんと一言吐いた。

「目的達成のためには、リサ……貴方がいればそれで十分だ」

 急な言葉に、リサは思わず目を丸くして、少々困ったようにほおを赤らめていた。

「なんだか……誤解ごかいを招きそうな言葉だなぁ……」

 少女の言葉に、仮面の男は反応もせず、やはり無言で道を進んでいくだけだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る