第19話 予告実行
「ありゃりゃ……」
「……戦う手間が省けたべさ」
急なエプシロンの登場に、さすがのデルタも(エプシロンの体当たりという)不意打ちを食らったようで、二人は床の上で伸びてしまった。伸びたと言ってもそれも一瞬、すぐに起き上がろうとしたデルタだったのだが……
「……はっ! 今のうちに捕まえないと!!」
と、突然のことで目を丸くしていたリン隊員が
デルタとエプシロンは、見事リン隊員によって縄に縛られ、御用となったのである。
「いやあ、君たちのおかげであのペルソナの一味を捕まえることが出来たよ」
と、リン隊員がお礼を言いながら振り返るが、肝心の子どもたちは話を聞いている余裕がない。
「あああ! そうだ、ユキちゃん!」
「そうだべ! ペルソナのヤツ!」
リン隊員が話しかけたその時には、すでに子どもたち四人はあわててユキの部屋の扉に走り寄っていたのである。
「扉開けたら、ユキちゃんにペルソナが襲いかかっているかも……!」
「すぐに戦えるようにしておくだべよ!」
いうが早いが、シンはその扉に手をかけ勢い良く押し開けた。
「ユキ!」
「ユキちゃん!」
扉を開ければ、音に驚いて目を丸くして振り返る、お下げ髪の少女、ユキの姿があった。
「ユキちゃん! 無事!?」
少女の姿を確認するや否や、ヨウサはあわてて走り寄る。
「ペルソナは……!?」
と言いかけてシンは息を飲む。
見ればユキの姿のその先で、窓際にこちらに背を向けて立つ長身のマント姿が目に飛び込んだ。確認するまでもない。今まで何度か目にしてきた、銀髪で真っ黒なマントのその後ろ姿は――
「ペルソナ!!」
姿に気づいて隣のシンジも大声を出す。
「ユキちゃんに何をしたんだ〜!? 悪いことしたら許さないぞ〜!」
と、勢い良くガイが叫ぶのだが、
「あら、ユキちゃん……どこも怪我してない……?」
先程からユキの様子をうかがっていたヨウサが不思議そうな声を出す。するとその言葉に、双子もガイも予想外だとばかりにユキの方を向く。四人の視線を受けながら、ユキは驚いたように瞬きするだけだ。
「え、どういうこと……あっ!」
思わず首をかしげるシンジだが、そのユキの姿を見て息を飲む。
「闇の石! 石のペンダントはどうしたの、ユキちゃん!」
そうなのだ。ユキ自身はどこも怪我もなく無事なのだが、以前その首元に飾られていた黒いあの石はなかった。黒い石の中に金色の光を閉じ込めたかのような「闇の光の石」。敵の狙いがそれであることを知っている四人に、再び緊張が走る。
シンジの隣でシンは短剣の切っ先を向けて叫んだ。
「ペルソナ! 闇の石はどうしただべ!」
シンの呼びかけに反応するように、長身の男は肩を震わせた。
「フ……その少女が持っていなければ、当然我が手中にあるとは思わないか……」
言いながら振り向けば、またあの不気味な白い仮面が笑っている。半身こちらに向けて
「やっぱり! くそっ!」
「石を返すだーっ!!」
石を確認するや否や、双子は勢い良くペルソナに向かって駈け出した。短剣を構えながら双子は同時に攻撃を繰り出す。
『召喚……
『
しかし、双子の攻撃が敵に当たるよりも早く、ペルソナはその窓からひらりと外に飛び出し――
「予告通り、確かに闇の石は頂いた――!」
風にマントがゆれたと思った
「しまっただっ!」
双子の攻撃も、まるで敵を追うようにそのまま窓の外に飛び出した。ペルソナが落下した直後、
「まただ……!」
「また逃げられただべ……!」
案の定、そこには芝生の庭が広がるばかりで、あの仮面の男の姿はなかった。
「くっそ〜……! 毎っ回毎回煙みたいに消えるヤツだべ!」
「また石を取られちゃったね……。オミクロンの時と合わせると、連敗かぁ……」
怒りにこぶしを握るシンの隣で、心底残念そうにシンジが肩を落とす。その後ろでヨウサがほっとしたような声を出した。
「でもユキちゃんは無事でよかったわ……。それにしても、一体ペルソナどうやってユキちゃんから石を……?」
その問いかけに、ガイも双子も首をかしげる。
「そうだべ、ユキ。よく怪我がなかっただべな」
「でも、脅されたりしなかった〜? 怖かったでしょ〜?」
シンとガイの言葉にユキは思いがけずフルフルと首を振る。
「あの人は何もしてきませんでした……。攻撃も魔法も……
思いがけないその言葉に、四人は驚いた表情で顔を見合わせる。
「え……?」
「ど、どういうことだべ?」
思わず絶句し、更に問いかけようとした時、にぎやかな声が部屋に響いた。
「どこだ!? どこにあのペルソナは現れた!?」
振り向けばあのヒゲの警備隊隊長が、緊迫した表情で部屋に流れ込んできた。その後に続いて他の警備隊もぞろぞろと部屋に流れ込む。
「おっさん遅いだべ!」
「ペルソナならとっくに外に逃げちゃったよ!」
双子があきれるように答えると、隊長は目を丸くしてあわてて窓に走り寄る。
「何っ……!? さ、さては窓から逃げたか……! お前ら、早く外を探して来い!」
隊長の指示に後ろに続いていた警備隊がわらわらと廊下に飛び出していく。それを見てヨウサが小さくため息を付いた。
「今更追いかけて捕まるかしら……」
「……毎回アイツ、転送魔法で逃げてるからなぁ……」
「今更追いかけても手遅れだべ」
ヨウサに続いて双子も肩を落とす。
「お嬢ちゃん、怪我はなかったですかな?」
急に声をかけられて、ユキだけでなく他の四人も振り返る。隊長はユキに向かって珍しく優しい声を出す。シン達にはまずかけてこない声色だ。
「あ……はい」
相変わらずのゆっくり口調で答えると、隊長は安心したようにうなずいて少女の肩を押して外にでるよう促した。
「急に盗賊が現れて、さぞ怖かったでしょう。ちょっとあの盗賊のことをきかせて頂いていいですかな? おじいさんも心配しております」
と、ユキを部屋の外に連れだしていく。
「あ、待って、ユキちゃん! まだ聞きたいことが……!」
気がついたようにヨウサが声を上げるがもう遅い。隊長は背後のシン達四人に振り向いて厳しい口調で答えた。
「子どもは邪魔をせずにもう帰れ! さっさとペルソナが出たことを知らせればいいものを……! まんまと逃してしまったではないか!」
その言葉に双子が黙っているはずがない。
「なんだよ! 逃がしたのはそっちだって同じじゃないか!」
「そうだべ! 部屋に最初に入れたのはオラ達の方だべ! 遅いそっちが悪いんだべ!」
反射的に双子がそう口をそろえると、それをさえぎるように隊長の大声が響く。
「うるさい! 部屋に結界を張れば大丈夫だと言っていたのは、キミタチからの案ではなかったのかね…‥?」
わざとらしく意地悪に吐き捨てるヒゲの男に、むっとして双子がにらみつけると、隊長はそのままユキを連れて部屋を出て行ってしまった。
「……ムカつくおじさんね……」
黙ってやりとりを見ていたヨウサが低い声で怒りをあらわにする。見ればその両手にまた静電気が発生している。
「部屋までたどりつけなかったのはどっちだよ……」
「だぁああああ!! ムカつくだ! ムカつくだべ! あのヒゲのおっさんもそうだべが、ペルソナ……ペルソナ……!! ……うぉおおおおおおお!!!!」
警備隊隊長の言葉もあって、シンの怒りがピークに来たらしい。地団駄を踏んでそのこぶしを握りしめて震えている。
「……でも確かに今回はボク達の負けだよ〜……。ここまで準備したのに石を取られちゃったし〜……」
しばしの間をとって、ガイが小さくつぶやいた。肩を落とす四人はみんな無言でいた。もう夜もふける中、屋敷の外で警備隊の走り回っている様子が、遠く響いて聞こえていた。
*****
夜の風が吹き抜け、その風に思わず身震いした。夏の終わったばかりの季節とはいえ、さすがに夜風はひんやりとする。しかし風に吹かれるような場所にいた記憶はなかった。ハッとして頭を上げれば、最初に視界に飛び込んだのは薄暗い黄緑色。それが光に照らされた芝生だと気がつくのには時間が必要だった。腕を動かして、初めて自分が地面に寝そべっていたことに気がつく。半身起こして周りを見渡せば、そこはどこかの屋敷、そしてその庭だということに気がつく。見覚えがないわけではない。有名な屋敷だ。だがわけがわからない。こんな所にいた記憶はまるでない。
頭がぼうっとしていた。まるで夢から覚めたばかりのように。
「……どうして僕……こんな所にいるんだ……?」
ポツリつぶやいて頭を押さえるのは、銀髪の下にバンダナを巻いた、瞳の青い少年だった――。
*****
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