第18話 工作撃破


「なぬーーーーっ!? お、お前、デルタだったべか!?」

 一方のシンはどうやら予想外だったようだ。現れた敵の姿にあんぐりと大口を開けている。

「いや、シン……デュオに似てるって気がついた時点で気付いてよ……」

 思わず脱力する弟である。

「ふ、ふふん、よくぞお前ら、このオレがデルタだって見抜いたな!」

「あそこまでヒント出されたら、さすがに気が付くよ!」

 敵の言葉にすかさずつっこむと、その隣でシンもようやく戦闘態勢を取る。

「よ、よくもオラたちを騙しただべな! 見事な変装、引っかかるところだったべさ!」

 兄の言葉に、そうかなぁと少々疑問符を浮かべているシンジである。

「なるほど……あのデュオってヤツの本当の姿が、君というわけか」

 双子の隣でリン隊員が再びその剣を構える。

「変化の術を使うとは……。通りで君たちを警備隊は捕まえられないわけだ」

 いらだちげな雰囲気を出しつつ、じりじりと近づく隊員に、デルタはにやりと不敵な笑みを浮かべた。

「オレ様を捕まえようなんて百年早いってーの。迷路攻略の暇なんて与えないぜ!」

 言いながら、デルタはそのたくましい両腕を前方に突き出して呪文を唱えた。

「いくぜ……! 『破っ』!」

 急に空間の空圧が変わった。呪文とともにその両手から生み出されたのは衝撃波だ。空気を走り抜けてくるような衝撃波に、いち早くシンが気付いた。

防御風壁ぼうぎょふうへき!』

 呪文とともに、双子とリン隊員の目の前に風の壁が吹き荒れる。だが衝撃波はその風を相殺し、廊下をビリビリと震わせた。

「む、打ち消しただか!」

 それに気がついてシンが悔しがったのも束の間――

「シン! 上っ!」

 叫ぶと同時に、シンジはシンに体当りするように壁際に飛び退いた。その直後、いつの間に彼らの上空にいたのだろう。デルタが勢い良く床に落下してきた。

「おらぁああっ!!」

 鈍い衝撃音と共に、床が円状に陥没かんぼつする。デルタの落下とともに繰り出された蹴り攻撃が床をくだいたのだ。博物館の時と違いお屋敷の廊下は頑丈がんじょうで、一階まで貫通かんつうするほどに壊れはしなかったようだ。

「あいっ変わらずのバカ力だべ!」

 壁際で間一髪攻撃を逃れたシンが、あきれるように吐き捨てる。

「だれがバカだ!!」

と、思いがけず突っかかってくるデルタである。勢い良く立ち上がるデルタに、双子とリン隊員は素早くその間合いを取る。その立ち位置は先程までと逆転、扉を背にしているのがデルタ、そして階段側を背にシンたちは立ち上がった。間合いを取るためジャンプとともに答えるのはシンジだ。

「別にバカなんて言ってな……」

「バカにバカって言って何が悪いだべ!」

 かぶせるように即座そくざに返答するのはシンである。思わずシンジは絶句する。

「このクソガキが……ッ!!」

 立ち上がったデルタは、怒りにこめかみをピクピクさせている。

「オメーらみたいなガキに、バカ呼ばわりされる覚えはねぇんだよ! 大体お前ら、オレがバカだなんて見たことないだろうが!」

「あるだべ! オミクロンみたいな子どもにバカにされてただべさ!」

 即座そくざに答えるシンの発言には、デルタにとって怒りを助長じょちょうする単語が入っていた。「オミクロン」はデルタにとっては禁句である。何と言っても水と油のように相性の悪い同士なのだから。

 たちまち顔を真赤にして、デルタはその指をシンにつきつけて叫んだ。

「何を〜っ!? オミクロンにオレが、バ……バカにされてただと〜!? ガ、ガキだからってオレは容赦ようしゃしねぇからなっ!!」

「……」

 もちろん隣であきれているのはシンジとリン隊員である。あっけにとられ、リン隊員はこそこそと隣のシンジに話しかける。

「……あ、あれはシンくん、わざとケンカ売ってるの……?」

「……いやぁ……違うんだけど……そう思われても仕方ないかなぁ……」

 兄の様子に深くため息をつくシンジである。

「お前ら、オレをバカにした代償だいしょうは高く付くからな……! 見てろよ、オレの必殺技……!」

と、デルタはその両手を交差させ、その手の甲を赤く光らせた。そこから吹き荒れる魔力の風に、思わずシンジとリン隊員は剣を構える。

「やばっ……結構な大技を出すつもりかも……!」

 その魔力の勢いに、シンジが固唾かたずを飲んだその時だ。

 大きな音とともに、デルタの背後にあった扉が勢い良く開き――

「きゃあっ!」

「うわあ〜!」

と、そこから飛び出して来たのは――

「ええっ!? ヨウサちゃん!?」

「ガイも!」

 予測もしていなかった突然の二人の登場に、双子は思わず声を上げた。

「あいたたた……」

 登場とともに身体をぶつけたのか、ヨウサもガイも自分の体のあちこちをさする。

「ええっ、一体どうなってんの!?」

 剣の構えを解き、目を丸くする三人の目の前で、ヨウサとガイははっと気がついたように双子たちを見た。

「――あ、シンくんにシンジくん……! ――ってことは……」

「……やったね〜!」

 と、急にヨウサとガイはお互いにハイタッチする。

「えええ!?  一体どういうことだべ?」

 意味がわからず首をかしげるシンに、ヨウサは嬉しそうに話しだした。

「実は私達、エプシロンの作り出した迷路に閉じ込められていたの!」

「ええ!? やっぱり迷路だったんだ……」

 ヨウサの言葉にデルタの発言を思い出すシンジである。

「で、そこで迷路攻略にこのボクが頑張ってだねぇ……」

とガイが語りだそうとすると、興奮気味のヨウサがそれをさえぎって結論から入る。

「ようは、そこでエプシロンと戦って勝ったのよ!」


 ことの流れはこうである。

 迷路の中心部、エプシロンが迷路を作り出す円状の空間にヨウサとガイが入り込み、いざ対峙たいじした時のことだ。対峙した途端とたん、エプシロンはいつもの得意技、眠りの術で二人を眠らせようとしてきたのだ。

 漫才まんざいの途中に攻撃を仕かけられたものだから、エプシロンの攻撃をヨウサもガイもよけきれなかったのだが……

「……えっ……!?」

 驚きの声を上げたのはエプシロンの方だった。

「な……どういうこと……!?」

 眠りの術を受けたはずのヨウサとガイは、一旦床にひざまずいたものの……

「へっへっへ〜! 残念だったね〜!」

 エプシロンの期待とは裏腹に、そこには眠らずに不敵に笑うヨウサとガイの姿があったのだ。

「ど、どうして!? 呪詛返しをしたわけでもないのに、どうして貴方たち……」

「眠らないのかって、聞きたいんでしょ〜? 残念でした〜! 初めから魔法反射の結界を張っていたんですよ〜だ〜!」

 そう、ガイは確かに攻撃魔法には長けてはいないが、それ以外の魔法のバリエーションとその能力は意外に高い。対戦するのがおそらくエプシロンであることを予測して、ガイはヨウサと自分に、前もって精神侵略系の魔法を反射する結界を張っていたのだ。

「スキあり! 『雷甲らいこうっ』!!」

 驚いた隙に、ヨウサはその手に準備していた雷魔法を切らすことなく素早くエプシロンに向けて解き放った。

 電撃はまさに一瞬。息を飲む間もなく、鋭い電撃はエプシロンのその両手の甲に突き刺さった。たちまち両手がビリビリとしびれ、手の甲に発生していた魔法はブツリと切れた。

「しまった……!」

 その一瞬の隙を取られ、エプシロンが作っていた魔法は停止した。


「――で、その魔法が切れた!って思った次の瞬間、急に身体がどこかに放り出される感じがして、気がついたらここに出て来たって訳なの」

 ヨウサが手短に迷路の中での話をすると、それを聞いていた双子がほっとした表情を浮かべる。

「とりあえず良かっただべ! ヨウサもガイも無事で……」

「……って、いつまで人の上に乗ってるつもりだぁああああ!!!!」

 急な大声に、思わずその場にいた全員がハッとする。

 言われて初めて気がついた。なんとヨウサとガイが着地した地点は、見事デルタの真上、二人につぶされる形でデルタが床でうめいていたのである。足元に敵が(というか敵を踏み潰して)いるのである。肝を冷やしたのは当然ヨウサとガイである。

「きゃあ!!」

「ど、どこから現れたんだ〜!?」

と二人はあわててその場から飛び退くが、

「それはこっちのセリフだっ!!」

と、デルタが怒るのは至極当然である。

「ひ、人をどこまでバカにしてんだ、お前らはぁ〜!!」

 ますます怒りに火が付いて、まさに鬼の形相のデルタに、双子はあわてて構えを取る。

「別にバカにしたかったわけじゃないよ! たまたまじゃないか!」

 さすがに悪かったなと思っているのか、シンジが言い訳する隣で、

「デルタにはお似合いだべさ!」

と、再びケンカを売っているのはシンである。

「もー容赦しないかんな! ガキだからって容赦しねぇ!! ペルソナ様には時間稼ぎしろとしか言われてないが、こーなったら徹底的にやっつけてやる!!」

 怒りのあまり顔を真赤にしてしゃべっているデルタだが、その発言に、彼以外の全員がハッとする。

「そうだべ、ペルソナ……!」

「時間稼ぎだって……?」

 双子が息を飲むその隣で、思い出したようにヨウサが口を押さえる。

「そうだわ! エプシロンも……」

「そうだよ〜! 迷路でボクらの足止めして、その間に……って言ってた〜!」

 ヨウサとガイの発言に、シンジは唇をんだ。

「そういうことか……。どうりでいつまでたってもペルソナが現れないと思った!」

「召喚獣があちこち現れたのも、デルタが警備隊に紛れ込んでいたのも、全部ペルソナの罠だったんだべな! オラ達が魔物や迷路に気を取られているうちに、ユキの部屋に侵入していたんだべな!」

 敵の真意に気がついて、悔しさに唇をむ双子の目の前で、怒りに瞳を爛々らんらんと燃やすデルタが小気味良さそうに笑った。

「はっはー! その通りさ! だが、今更気がついても遅いぜ!! 今頃ペルソナ様は、あの闇の石を入手しているはずだ!」

 勝ち誇ったようにデルタが高笑いし、その両腕が燃えるような赤に光り始めていた。

「それにお前らはここでオレのこぶしの犠牲者になるだけさ!!」

 デルタの腕から発せられるその力に、その場の全員が戦闘態勢をとったその時だ。

「きゃーーっ!?」

 甲高い女性の叫び声とともにデルタ背後の扉が開き、そこから飛び出してきたのは――

「エプシロン!?」

 思わず叫ぶシン達の目の前で、エプシロンはやはり目の前のデルタに激突し――

 ……案の定、デルタは再びつぶされて、床に倒れこむのであった……。



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