第17話 工作する敵


「現れたのね」

 案の定とでも言うべきか――ガイとヨウサの予想通り、そこには水色の髪をゆらす美しい女性が立っていた。

 今までの迷路のそれとは違い、開けた円状の部屋の中心にその女性はいた。足元からゆらゆらと光の筋が伸びている。よく見ればその光の筋は細かな文字列、それがまるでつむぎ出されるように、次々と彼女の足元からあふれて流れていくのだ。あの文字が迷路の壁を作り、空間を複雑にしていたのだろう。見ればその両手の甲にあるひし形の宝石が怪しく光っている。そこから魔法を作り出しているのだろう。

「なるほどねぇ……どうりで迷路がどんどん進化するなと思ったよ〜。どんどん魔法の文字で壁を作っていたんだねえ……」

 感心するような口調でガイがつぶやくと、結い上げた水色の髪をゆらして女――エプシロンはクスリと笑った。

「噂は聞いていたわよ、ウリュウ……。貴方が影で手伝っているってね。さすが、魔法の知識が豊富じゃない」

「いやあ〜、ふふふ……。なんてったって、この『ウリュウ ガイ』様だからね〜!」

 エプシロンのめ言葉に、ガイはヘラヘラと笑顔を浮かべる。

「敵にめられて喜んでる場合じゃないでしょ!」

 すかさずつっこむのは、もちろんヨウサである。そんな少女にもちらりと視線を向けてエプシロンは口の端をゆがめた。

「雷の魔法を使うお嬢さん……だったわね。まさか貴方まで戦力になっていたなんて、予想外だったわ」

 年上女性の上から目線に負けず、ヨウサは表情を凛々りりしくして人差し指を突きつけた。

「そんなことより、エプシロン! 今すぐ私達をここから出して!」

「ふふ……そんなこと無理な注文だって、当然分かっているんじゃないかしら?」

 半ば楽しそうに女が笑うと、ヨウサはその指先をキラリと光らせた。と同時にその指先からパリパリと静電気の音が響く。

「乱暴なことはしたくないけど……ペルソナの野望を阻止するためなら、私だって戦うわよ……!」

 その様子を横目で見ていたエプシロンの表情が、意地悪い笑みに変わる。

「ふふ……ペルソナ様の野望……ねぇ……。果たして阻止できるかしら?」

「ペルソナはどこだ〜! この迷路から抜けだした先にユキちゃんの部屋に繋がる扉があることはわかってるんだぞ〜!」

 ヨウサの後ろに隠れるようにしてガイが声を張り上げると、エプシロンはその笑顔をさらにゆがめて笑った。

「わたくしがここを作り上げていて……そのわたくしの主がペルソナ様だとしたら……もうペルソナ様がどこに向かわれているかなんて、想像にたやすいんじゃないかしら?」

 その言葉にヨウサもガイもはっと息を飲む。

「じゃ、じゃあやっぱり……ペルソナはもうユキちゃんの部屋に……!?」

「か弱い女の子になんて卑劣ひれつなことを〜!!」

 ヨウサは突きつけた人差し指の右手とは逆の左手にも、バチバチと静電気を発生させる。少女ながら敵をにらむその表情と立ち振る舞い、すでに立派な戦闘態勢だ。

「エプシロン……! すぐに私達をここから出して、ユキちゃんの部屋に通しなさい!」

「してほしかったら、力づくでやってみたらどうかしら、お嬢さん」

 ヨウサの脅しに怯むことなく、エプシロンは余裕な表情でほほえんだ。

「この迷路は術者の私にダメージを与えて魔法を途切れさせたらすんなり壊れて、元いた場所にあなた達を吐き出すわ。そしてあの少女の部屋の扉にかけた魔法も切れる……」

 そこまで言って、女はその結い上げた髪をかきあげて腕を組んだ。

「どっちみち、貴方たちに残された道は、このわたくしを倒す以外ないのよ」

 敵の言葉をヨウサは唇をんだまま聞いていたが、意を決したように深く息を吸い、声を発した。

「――それしか方法がないって言うなら、戦うしかないようね……!」

「ええ、出来るものならね」

と、敵は首をかしげてクスクスと笑い出した。さも愉快ゆかいだと言わんばかりの表情だ。

「正直……あの双子の坊やたちはちょっと魔法の腕が立つから厄介やっかいだけど……お嬢さん一人と使えない呪術師なら、正直余裕ね」

 その言葉にカチンと来たのはヨウサではなく……

「むむっ! 誰が使えない呪術師だよ〜!!」

と、プリプリしているのは当然ガイである。

「あら、だって貴方、攻撃魔法は使えないんでしょう? 攻撃の手を持たない敵なんて、敵じゃないじゃないの?」

 ケンカの売り言葉に、さすがのガイもその気になったようだ。ヨウサの影に隠れるようにしていたが、そこから横にずれて自分の姿をエプシロンに見せると、偉そうに腰に手を当てて叫んだ。

「むむむ……そこまで言うなら見せてやろうじゃないか〜! ボクの実力を〜!」

「ええ!? ガイくん戦えるの!?」

 半分驚きと期待を込めてヨウサが声を上げると、ガイは深くうなずいてエプシロンに指を突きつけた。

「もちろんだよ〜! 見て、聞いて驚け〜! 行け! ヨウサちゃん!」

「ちょっとーっ!! ガイくんが行くんじゃないの!? 今自分の実力って言ったじゃないの!!」

 怒りのあまり静電気を体全体に発生させて、ヨウサが勢い良くつっこむ。まあ確かに聞いて驚いたのはあっているだろうが。

 しかしそんな二人の漫才の隙を敵が逃すはずがない。

「ふふ……敵を目の前にのん気なものね……『ソムニウム』!!」

 急なエプシロンの魔法発動に、二人ははっと気がついて身構えるがもう遅い。エプシロンの手から放たれた魔法は空気を波打つ振動となって二人に襲いかかった。柔らかく身体を包む魔法の波動は、敵を眠らせる術だ。

「ふふふ……ペルソナ様のお仕事が終わるまで大人しくしていることね……ふふっ……」

 薄暗い空間の中、エプシロンの不敵な笑みが響いていた。




 決着はもう見えていた。動きの鈍った魔物の気を引くなど、二人がかりで行えば余裕なことだった。

「お前の攻撃なんか食らうかっ!」

 言いながら敵の斬撃ざんげきを、その氷の剣で受け流すのは青髪のシンジだ。先ほどまでのような肩で息をしている様子はなく、どこか余裕すら見える。その隣で同じく敵と激しく剣を交えているのは警備隊のリンだ。うっすらと緑色に光るその剣には魔力が宿っていることが伺えた。

「行くぞ、シン!」

 ひときわ声を張り上げたかと思うと、リン隊員は激しく剣を振り上げ、敵の剣ごとその腕を上空にはじき返した。その状態まで体制を崩せば胴体ががら空きだった。

「任せるだ!『召喚……炎精』!!」

 両手を伸ばして浮かび上がらせた魔法陣から、激しい炎が轟音ごうおんとともに敵に襲いかかる。がら空きの胴体に攻撃が直撃して、一体の魔物は炭くずのようにボロボロとその場に崩れ落ちた。

「やった! 仕留めただべ!」

 その様子にシンが喜びの声を上げると、リン隊員はすぐに目線を背後に向ける。

「ああ、残る一体は――」

「今だよっ!」

 間髪入れずに弟の声が響く。彼が受け流した敵の剣が床に刺さり、そこを見事氷漬けにしたところのようである。

「これで終わりだべ! 『炎精』!!」

 再びシンの召喚魔法が容赦なく敵に襲いかかり――残る一体もボロボロと床に崩れ落ちた。

「やったーっ!! 仕留めた〜!!」

 双子はたちまち跳び上がって、勢い良くお互いにハイタッチした。

「さすがだね、シンくん、シンジくん。まさかここまで腕が立つとは思わなかったよ」

 ひたいの汗をぬぐいながらリン隊員がほほえんでみせると、その言葉に気を良くした双子は嬉しそうに笑った。

「そりゃあね〜」

「なんてったってオラ達のコンビネーションは最強だべさ」

などと気を良くしているところに、一人の警備隊が駆け寄ってきた。灰色の髪をしたあの隊員だ。

「い、いやあ、みなさんすごいですね! 魔物二体を物ともせず倒しちゃうなんて! あ、ででも、ほら、ここでのんびりはしていられないでしょう?」

 急に話しかけられてぽかんとしている双子だったが、その言葉に我に返ったように二人ははっと息を飲む。

「――そうだよ! 早くヨウサちゃん達を助けないと!」

「そしてユキの部屋にいけるようにしないとだべ!」

 二人の言葉にリン隊員が首をかしげるより早く、その警備員がうんうんと激しくうなずいて言葉を続ける。

「そうでしょう、そうでしょう! はやくこの先の迷路を攻略しないと……」

「そうだべな!」

と、隊員の言葉にうなずいて、シンが扉の方に向き直ろうとした時だ。

「ところで君はどこの隊の者だい?」

 唐突とうとつにリン隊員はその隊員に疑問を投げかけてきた。

「へっ?」

 突然の問いに、その隊員――灰色頭の男はその目を丸くしてリン隊員を見る。リン隊員は続けた。

「オレもこの町での警備隊はそんなに長くはないけど……でも君みたいな新人隊員は今日初めて見る」

「そ、そそ、そうですかぁ? あ、あれおかしいな〜」

と、明らかに動揺どうようしたそぶりに、双子も思わず首をかしげる。その時、急に思い出したようにシンジがあっと声を上げた。

「あ、そう言えば……なんでお兄さんは、この先が迷路だなんて知ってるの?」

「あ、確かにそうだべ!」

 双子の指摘に灰色頭はますますしどろもどろになって笑顔を見せる。しかしその笑顔もずいぶんと引きつった笑いだ。

「え? いやぁ、だって……そ、そう言っていたじゃないか、坊やたち!」

「いや、オレは君と一緒にこの二階に初めて上がってきたけど、彼らは一度も迷路なんて発言してないよ。君の発言で初めて知ったけど」

 ぴしゃりとリン隊員に言い切られ、灰色頭は時間が止まったかのように固まった。

「僕も、この先が迷路だなんて今知ったよ」

 怪訝けげんな表情でシンジが言うと、しまった! と言う表情で灰色頭はその顔はますます引きつらせた。

「……むむむ……? なんだかお兄さん怪しいな……」

「一体……君は何者なんだ……?」

「あ!」

 問い詰めるシンジとリン隊員の言葉をさえぎって、いきなり大声を上げたのはシンだ。

「どっかでなーんか見たことあると思っただべ! お兄さん、あのデュオに似てるだ!」

「あーーーー!!!!」

 途端とたん、弾かれたようにシンジが大声を上げた。

 デュオ――それは彼らが博物館に、光の石を探しに行った時の話だ。彼らの向かった博物館現れた怪しい男、警備の魔物を素手で倒し、博物館に侵入したその男の真の姿、それが――

「お前、さては――!」

「ふっふっふ……そこまでバレちゃあしょうがねぇ……」

と、急にその男は声色を変えて後じさると――たちまち灰色頭の姿がゆらめいて赤い男に変化する。逆だった赤色がかった橙の髪、燃えるような赤い瞳、三角形の魔鉱石をひたいと手の甲に埋めたその姿は――

「やっぱり! デルタ!!」

 予想通りの敵の正体に、シンジは再びその手に氷の剣を握りしめた。



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