第16話 盗賊とお嬢様


 さすがに肩で息をするようになっていた。特に敵の攻撃を受け流すために、シンジの魔法発動回数が通常よりも明らかに多いのだ。

 だがその分チャンスを作ることには成功し、シンの攻撃で敵のダメージは着々と蓄積ちくせきしている。だいぶ動きに鈍くなった二体の魔物に、シンは特大の召喚魔法をお見舞いする。

『召喚……炎精!!』

 大の大人を丸呑みするほどの巨大な炎が、魔物二体に襲いかかった。炎をまともに食らって、犬型の魔物の一体はすでに首がもげ落ちそうなほどだ。

「だいぶ動きも鈍くなったね!」

 呼吸を整えながら、青い髪の下のひたいの汗を拭うシンジの言葉に、兄のシンも力強くうなずく。

「あいつらの動きも、もうつかんだだ! 次で完全に仕留めるだべよ……!」

「うん……でも僕そろそろ特大魔法は使えないな……」

 弟のその言葉に、シンは軽く唇をむ。

「無理させてすまねえだな……! 出来る限りで頼むべ!」

 その時だ。今まで誰も人がやって来なかった階段の方から誰かがかけてくる音がした。思わず双子が視線を背後に向けると――

「やっぱりここにいた!」

 現れたのは茶色の短髪の青年、リン隊員――!

「おお! リンさんだべ!!」

「ようやく助っ人が来た〜!」

 思わず喜びの声をあげる双子に、対峙していた二体の魔物があの大剣を大きく振り上げていた。だがそれは当然双子の想定範囲内だ。

 振り下ろされる大剣をジャンプでかわすと、攻撃直後の魔物めがけて今度はリン隊員の剣が一閃いっせんした。

 急な助っ人の登場は魔物の方も予想外だったらしく、無防備なその体に剣撃を受けた。魔物の雄叫びとともに、ボロボロだった魔物の片腕が切り離された。

「やった!」

「よぉし!! この調子だべ!!」

 リンの攻撃にやる気が上がった双子は、再び短剣を握りしめて体制を整えた。

 そんな彼らの様子を、少し離れた所でヒヤヒヤとながめているのは灰色頭の隊員だ。

「……くっ……な……どうすりゃいいんだ……くそっ。……が、頑張れ〜!」

 言いながら頭を抱え、灰色頭はそこから応援の声を飛ばしていた。






*****

 外の音がずいぶん遠くのような気がした。この部屋の外で警備隊達が戦っているとは思えないほど、部屋の空気は和やかなものだった。

 じっと無言で見上げてくる少女を目の前に、長身の男は仮面越しにため息を吐いた。怯えている様子もなければ警戒している様子もない。そんな無邪気な少女の様子に、さすがのペルソナもどうするか迷っているのだろうか。

 しばしの沈黙をはさんで、最初に口を開いたのはお下げ髪をゆらすユキの方だった。

「あ、あの……よかったら座ってください」

 そう言って丸テーブル横にある椅子の一つを引く。そんな少女の様子に仮面の男がふっと笑ったような声を漏らした。

「フ……私が怖くないのか?」

 そんな質問を投げかけながらも、ペルソナは勧められた椅子に腰かける。一方の問いかけられた少女は、もう一方の椅子に腰かけながら首をかしげる。

「いきなり現れてびっくりしましたけど……なんのご用事かもわからなかったですから」

と、一呼吸置いてまた沈黙が流れる。ペルソナが足を組み一つ深く息を吸った時だ。唐突とうとつに少女は丸テーブルの上のお茶のセットに手を伸ばした。

「あ……お茶いかがですか……? まだ温かいですよ」

「――くくく……」

 のんびりとお茶を注ぐ少女に、思わず仮面の男は笑い出した。その様子にユキはお茶を注ぐ手を止めて仮面の男を見る。

「……?」

 無言のまま疑問を込めて見つめてくる少女に、ペルソナは一呼吸はさんで答えた。

「貴女は面白い方だ。まさか盗賊にお茶を出すとは……」

「そうですか……? 面白い……ですかね……?」

 お茶を注ぎ終えて、カップを仮面の男に向けると、少女はそのまま口を閉ざしてしまった。何か考えこむように沈黙している少女の向かい側で、ペルソナはその顔に張り付いた仮面に手をかけた。

「――失礼」

 そう言って仮面を外し、男は出されたカップに口をつけた。長い銀の前髪は仮面を外した男の横顔を隠し、はっきりとした顔立ちは見えない。正面から向かい合うユキには、その顔立ちがはっきりと見えるはずなのだが――あいにく少女は考え事に夢中で、正面の男が仮面を外したことにも気づいていなかった。

「でも……シンくんたちの方が面白いです」

 十分な沈黙をはさんで、ユキは口を開いた。正面の男に視線を戻すと、ちょうど男は仮面を元の位置に戻したところだった。仮面が先ほどまでがれていたことに気付いていない少女に、男も何食わぬ様子で質問を浴びせた。

「……シンとシンジと言ったあの双子か。……彼らのことは好きですか?」

 ペルソナの言葉に、ユキは迷いなくコクリと首を縦にふる。

「はい、明るくて楽しくて……そしてとっても親切です。今日は私の事、すごく心配してきてくれました。ヨウサちゃんも……あとガイくんもいい人です」

 無表情がちな少女が柔らかくほほえみを浮かべると、その様子に仮面の男も穏やかな声で言葉を続けた。

「……そうですか……。良い友だちを持たれたようだ」

「はい」

 仮面の男の言葉に、心底嬉しそうに少女はうなずいた。

 とても盗賊との会話とは思えない穏やかな空気だ。ユキは初めから警戒などしていなかったのだが、それを差し引いてもペルソナの態度はあまりに紳士的だった。この様子をあの双子が見たらおそらく仰天ぎょうてんすることだろう。

 沈黙をはさんで、ペルソナは静かに立ち上がった。その様子をユキが目で追っていると、長身の男はその体を折り曲げるようにしゃがみ込んだ。椅子に腰かける少女の足元にペルソナはひざまずいたのだ。椅子に腰かけた少女の足元から男の低い声が響いた。先ほどまでの穏やかな様子が少々変わって、その声色には真剣な色が現れていた。

「今日は貴女にお願いがあって参りました」

 男の様子に、ユキはぱちくりと何度か瞬きをして首をかしげた。

「……お願い……ですか……?」

 問いかける少女に、ペルソナはその体制のまま言葉を続けた。

「貴方の持つ黒きペンダント……。それは『光の闇の石』という非常に力のあるアイテムの一つ。それが私には必要だ。どうかゆずっていただきたい」

 単刀直入たんとうちょくにゅうなその頼みに、ユキは胸元のペンダントを指で触れながらうつむいた。

「……これは……お母さんからもらったもので、私を守ってくれる石だと言っていました。大事なものだから……人にあげることは出来ないんですけど……でも……」

 そこまで言って少女は首をかしげて男を見つめた。

「あの……どうしてこのペンダント……貴方は必要なんですか?」

 その問いに重い沈黙が流れた。

 遠くでまた警備隊たちの声がする。どこか遠くで戦っているような音もする。だがそれは、この屋敷からずいぶん離れた場所のように思えた。

 無表情な仮面の下で静かに息を吸う音がして、ゆっくりと白い仮面が上を向いた。黒い空洞の瞳が小さな少女の視線を正面からとらえる。

「……その石は……」

 ペルソナは低くおだやかな声色で、静かに説明を始めた――。



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