第15話 怪しい警備隊員
*****
それが決定打だった。黒犬騎士が振り下ろした剣は鈍い音を立てて地面に食い込んだ。振り下ろされた剣とは反対に、上空に跳び上がっていたのは、短い茶髪を風にゆらすリン隊員だった。
「うおおおおおおおおお!!!!」
雄叫びとともに彼から振り下ろされたのは、緑色に輝く剣の一閃だった。その光が魔物の身体を縦一線に走ったかと思うと――
次の瞬間、左右に切り離された胴体がぐらりと倒れた。地面に胴体が崩れ落ちると同時に、またしてもその身体は煙のように消えてしまった。
「……ふう、ようやくだな」
「すす、すごいな、リン! お前、あんな魔物を倒しちまうなんて……!」
周りで見守るしかなかった隊員たちが次々走り寄ってくると、それに喜ぶ様子も見せず、険しい表情でリン隊員は首を振った。
「今ははしゃいでいる場合じゃないだろ。怪我人の手当と、それに次の敵襲に備えるんだ」
彼の短くも的確な指示に、浮き足立ちそうだった隊員たちの空気が
それをながめながら、呼吸を落ち着かせているリン隊員だったが……
「ん……?」
屋敷の方が騒がしいことに気がついて思わず
「屋敷を見てくる! こっちは任せるぞ!」
言うが早いが、リン隊員は屋敷めがけて駆けて行った。
玄関を入ってすぐだった。扉を開けた
「やっぱり屋敷の中にもいたか……!」
言いながら腰の剣を手に取る間に、叫んでいる隊長の声が耳に入った。
「
「狙うは胴体だ! きっともう一息だぞ!」
思いがけない言葉に思わずリン隊員は声の主を見た。あの魔物の胴体を、普通の剣で攻撃しても無意味だ。そのことにみんな、気がついていないのだろうか……!?
見れば、灰色頭の見慣れない隊員が、隊長のすぐ横で他の隊員たちに声を飛ばしている。
もしかしたら先ほど庭にいて、屋敷に応援を頼んでくると言っていた隊員だろうか……などと思いながらも、彼の足はすでに魔物に向かって駆け出していた。
『母なる大地よ……その力、我が剣に宿し給え……!』
駆けながら呪文を口にすれば、手に握った剣はうっすらと緑色に輝き始めていた。目の前の敵は、つい今しがたその大剣を大きく振り回した直後、魔物の死角がすぐ分かった。
「おおおおお!!」
跳び上がると、黒犬騎士が初めて、リン隊員の姿に気がついた。――が、もう遅い。
鋭い風を切る音と一緒に、魔物の悲鳴が響いた。その直後、左腕の半分を失った黒い魔物が大きくよろめいた。
「何だ!?」
「は、初めて魔物が攻撃を受けたぞ!」
その様子に、周りの隊員たちが驚きの声をあげた。
敵の間合いの外に出ると、リン隊員は周りの仲間たちに向かって声を張り上げた。
「この魔物は陽の魔力で身体を攻撃しなければ意味がない! 魔導剣士がいるなら率先して戦え!」
その言葉に、隊員たちは再び驚きの表情だ。
「なんだと? 攻撃し続けていればいいんじゃなかったのか?」
「確かに隊長からはそう聞いたが……」
「だがあれを見ろ。リン隊員の攻撃で初めてだぞ、あの魔物があんなにダメージを受けたのは……!」
「よ、よし! オレも少しなら……!」
リン隊員の言葉に、周りの隊員たちも攻撃方法を変えた。魔力を武器に宿らせて戦うことができる魔導剣士は、警備隊の全員ができるわけではない。リン隊員の声が再び飛んだ。
「魔導剣士以外は敵の隙を作るんだ! 庭の魔物はそれで仕留めることが出来た!」
その言葉に、ボロボロになった隊員たちに三度、やる気が満ちてくる。
「よおし! ここはオレたちが奴の気を引くぞ!」
たちまち戦いの状況が変わった。圧倒的不利な状態から逆転、黒犬騎士がダメージを受け始めていったのだ。
仲間がうまく戦いだしたのを確認して、リン隊員はほっと
「ぐぬぬぬぬ……。どうしてあんな若造の方が敵の弱点をつかんでいるんだ……!」
悔しげに地団駄を踏んでいる隊長をさておき、リン隊員はさらに当たりを見回した。魔物の攻撃に傷ついて治療を受けている隊員、ボロボロに壊れた美術品などが目に付くが――
あの子どもたちがいない……。
「い、いやあ……すいませんね……。なんか助けてもらっちゃって……」
急に声をかけてきたのは、灰色頭の隊員だ。
「確か、屋敷に助けを呼びに行った人、だったよな」
ちらと視線を向ければ、あの長い灰色の髪の下でバツが悪そうに引きつった笑いを浮かべている男が、また口を開いていた。
「あ、そうですそうです。まさか屋敷の中にもいたとは……。あ、それより、庭の魔物はどうなったんです?」
「倒した」
サラリと言い切られ、灰色頭は一瞬絶句した。
「た、た、倒しましたか……。す、すごいですね……」
「それよりシンくん……あの子どもたちは……?」
この場所にいないことを心配してリン隊員が問いかけると、灰色頭は急に声を大きくした。
「ああ! あの生意気なクソガキら! そーいやまだ姿を見てないな……」
「……? 君、シンくんたちを知ってるの?」
思い出した風な雰囲気の男に、半ば驚いてリン隊員は尋ねた。
「多くの隊員が今日知ったようだったけど……」
思わず
「い、いや、オレも今日はじめて知ったんですけど……そ、そーいや姿を見ませんよね」
少々様子が気になる部分はあったが、それよりも今は彼らの無事が気がかりだった。
「さすがに子どもは安全な場所に……客間にでもいるんじゃないすかね」
言った直後だった。屋敷の上の方から魔物の雄叫びが聞こえて、リン隊員はとっさに剣を握りしめた。声の方向を見れば階段が目に入った。
「……しまった、二階か!」
言うが早いが彼はもう走り出していた。
「ああ、ちょっとまっ……」
走りだしたリン隊員の背中を、あわてて灰色頭の隊員も追いかけていった。
*****
「光が強くなってきたよ〜」
ガイの言葉にヨウサは無言でうなずいた。ガイの手のひらには小さな鏡がつまみ上げられており、時折それをのぞき込みながらガイは道を確認していた。しばらく歩くとまた分かれ道にぶつかった。ヨウサ一人だった時には思わず迷ってしまうところだが……
「……こっちは光が弱いから行き止まり〜」
鏡をのぞき込んでいたガイは、迷いなく右の通路を指さした。
「じゃあこっちね」
ガイと一緒に鏡をのぞき込みながらヨウサはつぶやくと、さっそく反対の左側の道に足を向ける。ガイの鏡に映る魔力の光をたどっていけば、行き止まりにぶつかることはなかった。
「本当にガイくんの鏡って不思議ね。この鏡に魔法が映るなんて」
ぽつりヨウサがつぶやくと、得意げにガイは鼻を鳴らす。
「そりゃあね〜。だってこのボクの鏡だもの〜。それより……」
と、急にガイは声のトーンを落とす。
「光の筋がかなり強くなってきたから……迷路の中心が間もなくだと思うよ〜」
その言葉にヨウサは唇を
「……と、いうことは……いるわね……?」
「多分ね〜……」
その言葉にヨウサは深く息を吸い込んだ。
「……だとしたらいるのは……ペルソナかしら……?」
「いや、多分エプシロンってヤツじゃないかなぁ〜。こういう
ヨウサのつぶやきに、ガイもぽつりと返事をする。その言葉にヨウサはちょっとだけ肩の力が抜ける。
「よかった、エプシロンなら……まだ勝ち目がありそうだもの!」
対戦するのがもしペルソナだったなら、正直不安で胸が押し潰されるところだった。対峙したことは一度しか無いが、あのシンたちでさえ対戦して勝ったことは一度もない。そんな相手に立ち向かうなんて、少女には気が重い話だ。
そんなことを考えていると、ガイはまたこそこそと言葉を続けた。
「でもヨウサちゃん、相手がエプシロンでも油断は正直できないよ〜。奇妙な術をたくさん使うヤツだからね〜」
「それはそうね……」
ガイの忠告に再び深く息を吸い込むと、ヨウサは薄暗い通路の奥をにらんだ。同じく通路の奥をにらみ、間もなく見えてくるであろう敵のことを想像しながら、細目の少年は三度口を開いた。
「そうだ、ヨウサちゃん、提案なんだけど……」
ガイはそのか細い声をさらにか細くして、こそこそと言葉を続けるのだった。
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