第14話 迫り来る敵の手


 しばらく落とし穴のその中を走っていたヨウサも、さすがに走り回るのに疲れてしまった。それもそのはず……

「またぁ……?」

 ヨウサは目の前に立ちふさがる壁に、何度目かのため息を吐いた。

「どーなってるのよ、コレ……。これってやっぱり迷路なの?」

 そう、行き止まりにぶち当たったのはこれが初めてではないのだ。何度も元きた道を戻ったり、曲がり角を変えたりしているうちに、完全にヨウサは迷子になっていた。

「最初にいた場所もわからなくなっちゃたし……。まさか迷路になっているなんて……」

 ブツブツと文句を言っても始まらない。ヨウサはまた元きた道を戻りだした。

「それにしても、なんで迷路になっているのかしら……?」

 ヨウサは思わずひとり言をつぶやく。これがペルソナ達の罠だとしても、ユキの部屋に誰も入れなくしておく理由がわからない。そもそも唯一の入り口であるユキの部屋の扉に、こんな落とし穴の魔法をかけたとしたら、肝心のペルソナ達も中には入れないはずだ。

「窓も壁も全部結界張っているわけだから……ユキちゃんの部屋に直接入れるような転送魔法は作れないわけでしょ……? そうなると、確実に入れるのはユキちゃんの部屋の扉だけ……。でもその扉に落とし穴の魔法……うーん……意味がわからないわ……」

 考え事をしながら進んでいると、また行き止まりにぶち当たる。

「もー! いやぁ〜〜!!」

 いらだちで思わず大声で叫ぶが、叫んだところでどうにもならない。ヨウサはため息をまた吐いた。諦めてまた道を戻ろうと、くるりと後ろを向いた時だった。

「わあ!!」

「ぎゃーー!!」

 後ろを振り向いた途端とたん、何かに激突して思わず悲鳴が上がる。しかし悲鳴をあげたのはヨウサだけではなかったようだ。背後にいた何かも思い切り悲鳴を上げるものだから、思わずヨウサは後じさる。

「なっなっ……って、あれ? ガイくん!?」

 目の前にいた思いがけない人物に、思わずヨウサが大声を上げると、目の前の人物も驚いたように跳び上がった。

「な、なんだぁ、ヨウサちゃんかぁ……びっくりしたよ〜も〜」

 ぶつかった相手がヨウサだとわかって、ガイは心底安心したように安堵あんどのため息をついた。

「え、ガイくん、いつの間にここにいたの?」

 ヨウサが怪訝けげんな表情で首をかしげると、ガイは思い出したようにプリプリと怒る。

「もー! そうなんだよ、聞いてよ〜! シンジもシンもボクを気にしなさすぎなんだもん〜!! 敵に攻撃するのはいいけどさ〜、ボクに当たるかもってことを考えて欲しいよ〜! おかげでボクまで落とし穴に落ちちゃったんだよ〜! しかもシンジの魔法で水浸しだし〜」

 言っていることは何となくわからなくもない。双子の攻撃がガイにも当たりそうになって、逃げようとして落とし穴に落ちた、ということだろうか。ヨウサは話を聞きながらそんな風に思う。見れば確かにガイの身体は水浸しだ。服からしずくが垂れている。

「何となくは分かったけど……え、でも、逆にガイくんが来てくれてちょっと助かったわ! ねえ、一体これってどうなってるの? なんだか迷路みたいなのよ」

 ヨウサの言葉に、ガイは我に返った様にああ、と気のない返事を漏らす。

「そうだねぇ、ここ、迷路になってるみたいだねぇ。これ普通の空間じゃないもんねぇ」

「やっぱり」

 ガイの言葉にヨウサは確信を持ったように強くうなずく。

「絶対迷路だと思ったのよ! 自分がどこにいるのかも分からないし……。ここってやっぱり魔法で創りだされた迷路よね?」

 ヨウサの言葉にガイはこくりとうなずく。

「空間自体が魔力に満ちてるからねぇ。多分そうだよ〜」

「やっぱり、ペルソナ達の仕業よね?」

 ヨウサの言葉にガイは少々表情を厳しくしてうなずく。

「そうとしか考えられないよ〜。ユキちゃんの部屋に入れなくするための策だろうねぇ」

「そこなんだけど……」

と、ヨウサは感じていた疑問を口にする。別に周りに誰かいるわけではないのだが、思わず声が小さくなる。

「ユキちゃんの部屋には転送魔法も出来ないように、しっかり結界まで張って守っていたわけでしょ? 唯一の出入り口である扉にこんな迷路の魔法をかけて、一体何がしたいのかしら? これじゃペルソナだって入れないじゃない?」

「そうでもないよ〜」

 ガイは思いがけず首を振った。

「この迷路がペルソナ達の罠だとしたら、この迷路の抜けた先にユキちゃんの部屋につながる本当の扉があると思わない〜? 迷路の抜け道を知っている人ならきっと……」

「ユキちゃんの部屋に入れるって……こと!?」

 思いがけない言葉に、ヨウサに緊張が走る。

「それってヤバイじゃない! この迷路、ペルソナ達が作ったんだとしたら、迷路の出口をあいつらは知っているに決まってるじゃない! 迷路にペルソナが入ったら、すぐにユキちゃんの所に行かれちゃうわ!」

「そうなんだよ、やばいんだよ〜!」

 ガイもヨウサに続いて声を大きくする。

「だから早くこの迷路を攻略して、ユキちゃんの所に行かなくちゃ〜! 待っててね、ユキちゃん! キミのナイト、ガイが今行くよぉ〜!!」

「…………」

 ガイの発言後半に絶句するヨウサだったが、すぐに気を取り直すと辺りを見渡しながら言った。

「それよりガイくん、この迷路の攻略法、何かないかしら?」

「あ〜、それなんだけど……」

と、ガイは首に下げた鏡を指でつまみ上げながら、つぶやくように言う。

「この迷路、魔力の発信地みたいな所があるみたいなんだよねぇ」

「発信地?」

 ヨウサが首をかしげると、ガイは鏡の中をのぞきこむ。思わずヨウサも顔を鏡に寄せると、その鏡にはゆらめくような光の糸が見えた。よく見れば壁に描かれたあの奇妙な呪文の位置にその光が見えるようだ。

 ヨウサは顔を上げて壁を見た。しかし壁に光の糸は見当たらない。だが、鏡に写った景色には、やはり光る糸がはっきりと写っているのだ。

「すごーい! この鏡、魔力が見えるの?」

 現実には見えないものが、鏡を通すと見えるということだろうか。ヨウサの言葉に気を良くしたのか、ガイは胸を張って答える。

「ボクの鏡はそんじょそこらの鏡とはワケが違うからね〜! 肉眼では感じられないようなちょっとの魔力だって、何かしらの術の意味があれば簡単に見ることができちゃうんだから〜!」

「それで、その魔力の発信地って、一体どういうことなの?」

 ガイの自慢はさておき、話が気になるヨウサは矢継ぎ早に質問を投げかける。

「うーん……多分だけど、迷路を作っている根源こんげんだと思うんだ〜」

根源根源? 迷路の元ってこと?」

 ガイの言葉にヨウサが首をかしげると、ガイはこくりとうなずく。

「そう〜、迷路の原因となっている魔法が多分そこにあると思うんだ〜」

 その言葉に、ヨウサが表情を明るくする。

「……と、いうことは、その原因をなくせれば……」

「迷路は消えると思うよ〜」

 二人は顔を見合わせてうなずいた。

「迷路を早く壊して、ユキちゃんの所に行かなくちゃ!」

「魔力の糸をたどっていけば、原因の場所に着くはずだよ〜! 案内は任せて〜!」

 二人はやる気をあげて、迷路の探索に乗り出すのだった。






*****

 魔物の雄叫びが聞こえて、思わず少女は縮こまった。部屋に結界がほどこされたせいか、あまり外界の音がしっかりは聞こえない。だが大きな魔物の雄叫びはさすがに部屋の中まで届いていた。

 三つ編みされた水色の髪をゆらしながら、少女は恐る恐る窓に歩み寄る。庭の木に邪魔されて見えないが、庭を何人もの警備隊が忙しく走り回っているのが見えた。一体外はどうなっているのだろう……。

「ユキお嬢様、大丈夫ですか!?」

 急に声がして振り向くと、つい今しがた部屋の扉を開けて入ってきたらしい人物が少女を見つめていた。白いフサフサの毛に覆われた、小柄なシロクマ執事だ。白い毛の上に着る黒い服装がしっかり決まって見える。こんな時でも服装を乱さないのは、さすが良家の執事。彼のつぶらな瞳は心配そうにお下げ髪の少女を見つめていた。

「あ……私は大丈夫です」

 いつもの調子でワンテンポ遅いのだが、少女がそう答えると、心底ホッとしたようにシロクマ執事は胸をなで下ろす。

「外が騒がしくなってきたので、心細いのではないかと心配しまして……。でも、今はまだ大丈夫ですよ! 警備隊のみなさんが魔物を食い止めていますからね!」

 力強くこぶしを握る執事に、少女はうなずく。しかしそのままじっと自分を見つめる少女に、執事は思い出したように手を打った。

「そうでした、ユキお嬢様! お嬢様のお持ちのペンダント、あれが盗賊達の狙いだというのはお聞きになっていましたか?」

 執事の言葉にユキはしばしの間をとって、フルフルと首を振ってみせた。それを見て、執事は心配そうにため息をつく。

「やはり、ご主人様がお話されてなかったのですね……」

 執事はそのつぶらな瞳をキリリと真面目にして、少女の肩を優しく、しかし強くつかむ。

「お嬢様に危険があっては大変です! 今のうちにそのペンダントを盗賊のわからない所に隠してしまいましょう!」

 そう言って少女の首元を見つめる執事に、少女はうつむいてまたしばらく黙っていた。しかし、ふと顔をあげると思いがけず首を振った。

「それは……出来ないです……」

「お嬢様……」

 少女の予想外な言葉に、執事は心底困ったようにつぶやいた。

「今はまだ警備隊が食い止めていますが、万が一ということもあります! お嬢様を危険な目に合わせるわけには行きません! お嬢様、そのペンダントが大切なものであるのはわかりますが、どうかここは、私のいうことを聞いてください……!」

 必死にお願いするシロクマ執事の瞳は、厳しくも優しい心配そうな色をしていた。その瞳をじっと見つめながら、少女は思いがけないセリフを吐いた。

「……もしかして……先日の盗賊さんですか……?」

 そのセリフに、シロクマ執事の動きが止まる。

「……な、何をおっしゃるんですか、お嬢様……?」

 驚いた表情でつぶやく執事に、ユキは首をかしげて見せた。

「だって……執事さん、今日はお休みって言ってました……」

「お休み……ですけど、でもお嬢様が心配で……」

 ユキの言葉に、執事はまだ心配そうな表情で答える。だがユキはまた首を振る。

「お祖父さまの命令は逆らえないって、昨日言っていましたし……それに」

と、ユキはまた首をかしげる。

「執事さん、包帯していましたもの……」

 その言葉に、目を丸くしたのは執事だ。見れば執事の姿に怪我らしいものは何一つない。昨日までは頭や腕に巻かれていた包帯も絆創膏ばんそうこうも、今日はきれいサッパリつけていない。いくらなんでも、一日で治ってしまうほどの怪我ではなかったはずだ。

 一瞬の沈黙をはさんで、シロクマ執事はうなだれたが――

「――やれやれ、それは盲点もうてんでした……」

 急に執事の声色が変わると、その姿が蜃気楼のようにゆらめいて――

 次の瞬間、少女の目の前に立っていたのは、黒いマントの長身の男……白い仮面が顔にはめられたペルソナだった――。



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