第13話 屋敷の中のそれぞれ


「いったぁ……。どうなってるのよ、コレ……」

 先ほどぶつけたおしりをさすりながら、ヨウサはあたりを見回す。ずいぶん高い所から落下してきたような感じだったが、その割に落下の衝撃しょうげきは大きくなかった。それでも勢い良くおしりをぶつけたら痛くないわけがない。

 同時にぶつけたひじが、しびれるように痛む。それを押さえながら立ち上がって周りを見ると、ぼんやりと薄暗い。これでは周りが見えない。

「あ、そうだ! フタバくん!? フタバくーん!」

 一緒に落ちてきたであろう友人の名を呼ぶが返事がない。薄暗い空間でたった一人だ。先ほどまでの騒がしさが一変、辺り一帯しんとしていた。そんな様子を一回り見て、思わずヨウサがため息を付いた時だ。

「ヨウサちゃん……? いるの……?」

 少し離れた所でフタバの声が聞こえた。その声に思わず安堵あんどしてヨウサはその声の方向に歩み寄る。

「フタバくん、大丈夫? 怪我はない?」

「うん、僕は大丈夫、ヨウサちゃんも無事?」

「なんとかね」

 お互いの無事を確認し、ほっとしたのも束の間、今度はお互いの姿が確認できないことに疑問が浮かぶ。ヨウサは目の前に立ちふさがる壁に触れた。どうやら相手はこの向こうに落ちたらしい。

「フタバくん、この壁の向こうにいるのね。ところでコレ一体どうなってるのかしら……?」

「僕にもわからないよ……。結界を張っていただけで、こんな場所に来るなんて聞いてないよ?」

 ヨウサの言葉にフタバの声は困惑こんわく気味に返事をする。

「私だって、ユキちゃんの部屋に入ったときはこんな風にならなかったわ。どういうことかしら……」

「……もしかして……これも敵の罠だったり…‥しないかな……?」

 フタバの言葉にヨウサは驚きのあまり声を大きくする。

「ええっ!? この、変な所に落っこちてきたことが……?」

「だって、急に落とし穴になっているなんておかしいじゃないか。それに……ほら、天井も見えない……」

 その言葉にヨウサも上を見上げるが、落ちてきたらしい穴はどこにも見当たらない。

「……こんな経験あったわね……」

 ヨウサは地下神殿の罠にかかった時のことを思い出していた。夏休み直前のことだ。シン達とオバケにさらわれた友達のトモを探していた時に、うっかりオバケみたいなものに捕まって、地下の牢屋に閉じ込められたことがあった。あの時も地下に沈んだけれど、転送魔法のようにいきなり牢屋に落とされたのだ。そんなことが頭を過る。

「……だとしたら……あのエプシロンかしら……」

 思わず口をついた言葉に、壁の向こうにいるフタバが聞き返す。

「ん? ヨウサちゃん、何か言った?」

 その問いかけにあわててヨウサは首を振る。もっとも首を振ったところでその様子は相手には見えないのだが。

「ううん、なんでもない! それより、早くここを抜け出しましょう! ユキちゃんが心配だわ!」

「そうだね! じゃあひとまず合流しようか。なんだか暗くて周りがよく見えないから……僕は転ばないように、壁沿いに進んでみる。ヨウサちゃんも壁なりに進んでみて」

「わかったわ!」

と、フタバの指示にうなずくヨウサだったが――

「……え……壁沿いって…右? 左?」

 ヨウサの目の前にある壁は、右にも左にも続いているのだ。

「待って、フタバくん、右? 左? どっち?」

 しかしヨウサの声に今度は誰も答えなかった。フタバが歩いて行ったような気配はあったのだが、気がつけばその音もまったく聞こえない。異様にしんとした重たい空気が辺り一面を包んでいた。

「フタバくん! フタバくんってばー!!」

 しかし大声を上げても、返事をするものは何もなかった。

「困ったなぁ……フタバくんとはぐれちゃう……」

 思わずそう漏らすヨウサだったが、しかし立ち止まっている場合ではない。意を決してヨウサは口の中で小さく呪文を唱えた。

ライト!』

 右手のひらにふわりと光の玉が浮かび上がる。たちまちその光の玉に照らされて周りが明るくなる。見れば目の前に立ちふさがる壁には、うっすらと透明な模様が刻まれていて、それが何かの文字をかたどっていることが分かった。そっとその部分に触れてみると、文字はうっすらと光る。それと同時に、ヨウサの指にピリピリと伝わるのは誰かの魔力だ。壁の文字は、魔力が込められている呪文なのだろう。

「……この壁の文字……呪文なんだわ……。やっぱり、この空間、魔法で作られているんだ……」

 だとしたら、ペルソナ達の罠である可能性はますます高い。思わずヨウサは唇をんだ。

「ユキちゃん……大丈夫かしら……。急いでここを抜けださなきゃ!」

 薄暗い空間の中、ヨウサは駆け出していった。




*****

「は、早く二階に上がらんか〜〜っ!!」

 大声が響くが、そこにいる隊員の中で、誰一人としてそう思っていない人はいないだろう。どの隊員も不安そうに敵の後ろにある道にきょろきょろと視線を投げているのだから。そんな隊員たちの後ろで、ヒゲの大男が片手に剣を振りかざし、周りの警備隊員を怒鳴り散らしていた。

「そ、そうは言いますが隊長、この魔物が邪魔をして先に進めません!」

 隊長の言葉に困ったように隊員の一人が答える。しかしその回答は火に油を注ぐようなものだ。

「そんなことは分かっとる! だからお前ら、さっさとこんな魔物倒してしまえ! 警備隊の名がすたるだろう!!」

「そう言われましても……」

 激しく騒ぎ立てる隊長とは裏腹に、隊員達は泣きそうな表情だ。それもそのはず、先ほど屋敷の玄関に現れた魔物は、そこまで大きくもない魔物だったが、それでも彼らの手には負えないほどの力を持っていた。真っ黒な影のような不気味な色をして、とがった耳の下に爛々らんらんと光る不気味な目、犬のような頭をしている人型の魔物だ。手に構えた大きな黒い剣が照明に照らされて不気味に反射している。剣を構え静かに歩み寄るその黒犬の騎士に、思わず警備隊たちは後じさった。

おくするな! 行け行けぇーーーー!!」

 隊長のかけ声に、逃げ腰だった隊員の何名かが、気持ちを奮い立たせて跳び込んでいった。

 しかしこの光景は何度目だろう。隊員が振り下ろした剣は、黒犬の騎士をとらえているのだが、全てその身体を通りすぎてしまうのだ。風を切る音が響いた後、今度は隊員の剣の振るう音よりも大きな風を切る音が響き、その直後、黒犬騎士のなぎ払った大剣に、近くにいた隊員はみんな、なぎ飛ばされてしまう。体格の割に素早いその大剣の動きに、隊員たちも為す術がない。

 そんな隊員たちの様子に、隊長は悔しそうに歯ぎしりした。

「むむむむむ……あんなガキンチョ共が二階に上がっていながら、警備隊が誰一人二階に上がれんとは……。二階にはお嬢さんがいるんだぞ! 二階にも魔物が現れたとなればピンチだ! 一刻も早く二階に上がれーーーっ!!」

 叫ぶ隊長の足元で、なぎ飛ばされた隊員たちがよろよろと立ち上がって弱音を吐いた。

「そんなこと言われても……」

「一体どうやってこいつを倒せばいいんだ……?」

 立ち上がる隊員たちの目の前で、黒犬の騎士は不気味にその剣を構え直していた。

 その時だ。勢い良く玄関の扉が開き、一人の隊員が入ってきた。庭の様子を知らせようと、駆けつけた隊員のようだ。長い灰色の髪の隙間すきまからのぞく赤い瞳を大きくして、玄関に立ちふさがる同じ魔物に息を飲んだ。

「な、なんだ、お前は……何しにきた!」

 入ってきた隊員の姿を確認して、隊長がまゆを寄せると、灰色頭の隊員は敵を指さして大声で叫んだ。

「これと同じ魔物が庭にも現れたんだ!」

 その言葉に、隊長は思わず大声をあげた。

「なんだと!? 庭にもか! くそう……それではこれ以上の応援を庭のやつらには頼めんな……。ああ、くそっ! 何かアイツに弱点は無いのか!?」

 隊長のその言葉に、灰色頭の隊員はにやりと笑った。

「そーいや庭で戦っている奴が言っていました! こいつは、攻撃し続けていれば身体が薄れていくって!」

 灰色頭の隊員の言葉に、隊長の顔色がぱっと明るくなった。

「なんだと、本当か! 聞いたな、お前たち! とにかく身体を攻撃しまくれ!」

「はい!」

「おおおお!!」

 敵の倒し方が分かって、隊員たちはやる気を取り戻したようだった。みんな剣を握り直すと、次々魔物に飛びかかっていった。

 そんな様子を灰色頭の隊員は見つめながら、意地悪く口のはしゆがめていた。

*****




 一方で二階では、双子と二体の黒犬騎士が戦いを続けていた。

「シン、狙うなら剣を! こいつら自身、剣でしか攻撃できないみたいなんだ!」

 一体の黒犬騎士と剣の打ち合いになりながら、シンジは向かい側で対戦している兄に声を飛ばす。的確なアドバイスに、シンは手にした短剣を構え直した。

「なるほどだべ、身体に攻撃が当たらないってことは、逆を言えば、こいつらも身体ではオラ達に攻撃できないってことだべな!」

「そういうこと!」

 答えながら、シンジは氷の剣で敵の大剣の軌道きどうを流す。

 敵も、ちまちまと剣を振るうだけでは、相手に当たらないと学んだのだろう、黒犬の騎士は急に大きく剣を構えると、それを右から左に大きくなぎ払った。それを読んでいたシンジは跳びはねるようにしてその剣の攻撃をかわすと、その間合いの外から魔法攻撃を放った。

水柱すいちゅう!!』

 勢い良く吹き付ける水は、敵の剣に直撃、強い水流に押されて剣の動きが鈍る。

皓々こうこう!!』

 立て続けに氷の剣の先端せんたんから、冷たい冷気が吹き付ける。水浸しの剣は冷気にやられ、たちまち凍りついた。急に凍りついた水は、剣と床をその氷で繋ぎ止め、その動きを封じていた。

「シン! 今だよ!」

 弟の声に、片手に準備していた魔法をシンは発動した。

「任せるだ……! 『召喚……炎精』!!」

 呪文とともに、シンの目の前に大きな魔法陣が浮かび上がり、そこから巨大な炎のかたまりが飛び出した。巨大な炎の渦は、固まった剣に気を取られている黒犬の騎士をあっという間に飲み込んだ。激しい炎の音に紛れて、魔物の叫び声が響く。

「よし! 直撃!」

 それを確認して、シンジがこぶしを握る。

「うおっ!」

 魔法発動直後のシンに、自分自身が先ほどまで向かい合っていた黒犬騎士の大剣が襲いかかる。振り下ろされたその黒い剣を紙一重でかわすと、シンは右の手に握りしめた短剣をなぎ払う。

「ちょっと大人しくしてるだよっ! 『鎌鼬かまいたち』!」

 短剣から弾きだされた空気の刃が、敵の剣に激突する。二連続の風攻撃に、さすがの大剣も後ろに追いやられたらしく、敵の動きが鈍る。

水柱すいちゅう!』

 少し離れたところから、シンジも加勢する。敵の動きが鈍ったところに、強い水流が襲いかかる。その水流にさすがの黒犬騎士も大剣を床に落としてしまった。敵が攻撃できないすきに、双子はしっかり敵の間合いの外に出る。

 その間にも、今度はシンジが向かい合っていた黒犬騎士が炎の中から再び姿を現した。大きな雄叫びを上げ、怒りに表情をゆがめる魔物は、その黒い姿の表面が所々欠けてきていた。まるで紙がこげ落ちるかのような欠け方は、着々とその姿を崩している証拠だ。

「おしい! あとちょっと!」

 敵の様子を見て、シンジは氷の剣を持ち直しながら叫んだ。

「やっぱり時間はかかりそうだべな……。それにしてもペルソナの奴、いつ現れるつもりだべ……!?」

 目の前の黒犬騎士二体をにらみながら、シンはひとり言のようにつぶやいていた。




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