第12話 敵の罠と双子たち


「ヨウサちゃんの声だ!」

「しまっただ、二階にも現れただか!?」

 ヨウサの叫び声に、双子は思わず顔を見合わせた。目の前に立ちふさがる犬のような騎士の魔物は、長く黒い剣を構えて道を塞いでいる。つい今しがたその剣をなぎ払って警備隊を二、三人吹き飛ばしたばかりで、いよいよ魔物は双子を狙っている。

「シン、こいつはひとまず僕に任せて!」

 言うが早いが、シンジはまっすぐにその魔物に突っ込んでいった。大きく振りかぶった魔物の黒い剣は勢い良く真下のシンジに振り落とされる。

 ――しかし。

水柱スイチュウ!!』

 攻撃を読んでいたシンジは、左手で発動した魔法を敵の体ではなく剣めがけて放っていた。勢いのある水流が剣に激突し、その勢いに黒い剣の軌道がずれる。軌道の狂った剣を紙一重でかわすと、シンジは右手の氷の剣を、敵の黒い剣に狙い定めてなぎ払った。

 激しくぶつかり合う金属音が響いて、その直後、剣を握り締めた黒い騎士と青い髪の少年が、無言でにらみ合っていた。

「シンジ! すまねえだ!」

「必ずヨウサちゃんたちを助けてくるよ〜!」

 魔物とシンジの頭上からシンとガイの声が響いた。魔物がシンジに攻撃したその隙に、敵の背後に回り込んで階段を登っていたのだ。見ればシンと一緒にいつの間に移動したのか、ガイも壁に張り付いたまま上に上がっていたようだ。

 それに気がついた黒い騎士が一瞬シンに顔を向けるが――

「お前の相手はこっちだっ!」

 言い終わらないうちにシンジはその剣を振りかざしていた。




「……!」

 現れた魔物に、二人の警備隊は剣を構えた。その背後でヨウサとフタバは両手をにぎりしめて、目の前の光景を祈るように見つめていた。真っ黒な姿で鋭い耳を立てるその魔物は犬のようにも見える顔つきだ。開かれた口からのぞく鋭い牙、にらみつけてくる怪しげに光る瞳、それを目の前にして警備隊の緊張も高まる。

「うおおおおお!!」

 勢い良く剣を振りかざして突っ込んでいったのは警備隊の方だ。二人同時に跳びかかるが、その剣はむなしく魔物のあの黒い身体を通り過ぎる。思いがけないことに警備隊が目を丸くしたのも束の間、次の瞬間には魔物の黒い剣が勢いよくなぎ払われた。

 風を切る音に続いてガスンと鈍い衝突音が響いて、魔物の剣は警備隊の二人の胴体、その金属のよろいに命中した。鎧の上からとはいえ、その鎧が大きくへこむほどの衝撃だ。その痛みに息を飲むのも束の間、剣の動きにそって、そのまま勢い良く壁に叩きつけられる。その衝撃に短い悲鳴を上げて、警備隊は床に崩れ落ちた。

「なっ……」

 あまりに早いその攻撃に、思わずフタバが息を飲む。

「こ、こんなに強いなんて……」

 青ざめるフタバの隣で、ヨウサは唇をみながら片手を開いた。バチバチと静電気が発生する音が小さく響く。

「こうなったら……私がやるしか……!」

 自分一人で相手になるかわからないが、攻撃の速さには自信はある。でもあの敵は……果たして自分の攻撃が効くのだろうか……? 警備隊の剣があの敵の体に当たらなかったことを思い出して、ヨウサの背中に冷や汗が流れた。

 目の前の敵が、なぎ払った剣を持ち直してこちらを向いた。

 ――やばい、こちらに来る……!

 そう察して、ヨウサが両手を目の前にかざし、呪文準備に入った時だ。思いがけず魔物は大きく跳び上がっていた。その跳び上がった距離の高さ、そしてその速さに、ヨウサが追いつけずにあわてて上を見上げると――

 剣を振りかざし、落下してくる魔物の姿が目に飛び込んだ。その光景にヨウサとフタバが息を飲んだ、まさにその時だった。

『防御風壁!《ぼうぎょふうへき》!』

 叫ぶ声と同時に強風が吹き荒れ、頭上の魔物の剣がその風に弾かれた。吹き飛んだ剣は勢いよく床に落下し、ガシャンと大きな金属音を響かせた。手にした武器を失った黒犬の騎士はそのまま風にあおられるように落下の軌道をれ、元いた地点に転がり落ちた。

「危機一髪だべ!」

 聞き慣れた声と共にふわりと目の前に降り立ったのは――

「シンくん!」

 赤髪の少年の姿を確認して、ヨウサはホッとしたように声を明るくした。見ればシンの白い十字がけの羽衣の魔鉱石が光っており、いつもの様に飛びながらここに来たことがすぐにわかった。強風でヨウサ達の前に壁を作り、それと同時に勢い良くここまで飛び込んできたのだろう。

「危なかったよ! シン、ありがとう!」

 遅ればせながら、フタバもほっとしたようにお礼を口にする。しかし危険が去ったわけではない。ヨウサとフタバをかばうような位置に立ち、シンが短剣を構えて敵をにらむ。

「アイツには物理攻撃が効かね―だ! ヨウサの攻撃はきっと効果があるはずだべ! 援助を頼むだ!」

 シンの言葉にヨウサは深くうなずく。

「もちろんよ!」

 三人がそんな会話をしている間にも、床に叩きつけられた魔物がゆらりと立ち上がろうとしていた。手から離れた剣がないことに気づくと、パチンと指を鳴らす。たちまち魔物のその手にはあの大きな黒い剣が現れていた。

「やっぱり手強い魔物だべな……。時間がかかりそうだべ……」

 その様子を見ていたシンが苦々しい表情でつぶやくと、その後ろでフタバが思い出したように声を上げた。

「そうだ、僕はユキちゃんの様子を見ておくよ! きっとこの騒ぎで驚いているはずだし」

 ヨウサの後ろで緊迫きんぱくした表情のフタバがそう提案する。その言葉にヨウサは一瞬迷うがシンは迷いなく答えた。

「頼んだだべ! ペルソナが入ってきたら、ちゃんと叫んで知らせてくれだ!」

「や、やっぱり私もユキちゃん見てくる!」

 あわててヨウサが答えると、シンが一瞬だけ視線を向けた。敵を目の前にしているのでヨウサと敵と交互に見ながら口を開く。

「どうしただべ、ヨウサ? 一緒に戦わねーだか?」

 そんなシンにヨウサはあわてて耳打ちする。

「だって、フタバくん、本当に協力者か確認するんでしょ? 一人で行動させていいの?」

 その言葉にシンも思い出したようだ。

「そうだったべな――っと!『防御風壁』!!」

 自分めがけて突進してきた召喚獣の攻撃に、シンはすかさず防御の壁を張る。強い風にあおられて、敵の剣はシンには届かない。

「ユキのことはフタバとヨウサに任せるだ! 頼んだだべよ!」

 強風に負けないだけの大声でシンが叫ぶと、フタバはユキの部屋の扉に手をかけて大声で答えた。

「任せて! 危険が迫ったらすぐに叫ぶから!!」

と、扉を開け、一歩踏み出したその時だった。

「うわあ!!」

「ええっ!?」

 ユキの部屋に入ろうとした途端とたん、扉を押しあけて踏み込んだ二人は、急に床に落ちていった。なんと扉を開けたその先が、真っ暗な落とし穴になっていたのだ。

「何事だべっ!?」

 急な二人の悲鳴にシンは思わず背後に振り向いた。シンの視界に飛び込んだのは、中途半端に開いた扉の様子だった。しかし、その扉の先の風景がおかしい。異様に薄暗く、そこはユキのいる部屋とはとても思えないのだ。

「何があっただべ!?」

「わあ! なんか部屋がおかしなことになってる〜!?」

 壁に張り付くようにして逃げていたガイが、ユキの部屋の様子を確認して大声を上げる。

 その直後、シンが作っていた風の壁が薄れ、黒い耳をとがらせた召喚獣が大きく剣を振り上げた。その様子に気がついてシンは逆に敵に向かって、ふところに飛び込んだ。

 リーチの差から、逆に敵のふところに飛び込めばその剣は当たらない。シンは敵の胴体めがけて短剣を振り払いながら体当りした。

 しかし――

 半ば予想通りだった。シンの攻撃は空を切るようにまったく手応えがなく、体当りしたその体はそのまま召喚獣を通りすぎて、敵の背後に着地していた。

「やっぱり本体には、剣も体当たりも駄目だべなっ……!」

 敵が大きく振り下ろした剣を持ち上げようとしている間に、シンとガイは言葉をかわす。

「ガイ、ヨウサ達はどうなっただべ!?」

「わかんないよ〜! なんか、この扉の先、ユキちゃんの部屋じゃないんだもの〜!!」

「はあ〜!?」

 意味不明な言葉に、思わずシンの口もあんぐりと開く。

「何言ってるだべ? その先はユキの部屋以外ありえないだべよ!」

「違うんだよ〜! 扉開けたら別世界……っていうかうわーー!! これ落とし穴〜!!」

「どういうことだべ!?」

 思わず叫ぶシンの後ろから、鋭い弟の声が響いた。

「シン、行くよ!! 『召喚……水伯スイハク』!!」

 たちまち、激しい水の流れる音が響いて、シンの背後に大波が現れていた。しかしその波はシンを飛び越え、その先にいる召喚獣に激突した。そのまま大量の水が廊下にあふれるかとおもいきや、すかさずシンジの呪文の声が響く。

皓々コウコウ!!』

 呪文とともに、手に握った氷の剣からすさまじい冷気が吹き荒れ、それが大波に激突すると、それは波の形のまま凍りついた。

「わーーわーーわーーー!!」

 目の前に迫った大波が目の前で凍りついて、廊下のすみで張り付いていたガイが悲鳴を上げる。

「ひ、ヒドイよ、シンジ〜!! ぼ、ボクまで凍るところだったじゃないか〜!!」

「大丈夫! 紙一重!」

 一瞬笑みを見せるシンジだったが、すぐにその表情を険しくすると、剣を構えたままシンとガイに声を飛ばす。

「こんな氷じゃ動きしか止められないよ! で、ガイ、一体何がどうなってるの!?」

 シンジの言葉に、ガイも時間がないことを悟ったのだろう、すぐに大波の氷から離れ、中途半端に開いた扉をのぞき込みながら答えた。

「多分、この扉自体に転送魔法がかかってるんだと思う〜! どう見たって、ここユキちゃんのお部屋じゃないもの〜!」

「ええっ!? どういうこと!? だって、ユキちゃんの部屋には結界も張ったじゃない!」

「もうペルソナが来たってことだべか!? じゃ、じゃあユキは無事なんだべか!?」

 二人の言葉に、ガイは静かに扉と壁に触れながらまわりの様子をうかがう。その落ち着いた様子に逆に双子は気ばかり焦るが、今は焦っても仕方がない。

「……いや、結界はまだ残ってるねぇ……単純にこの扉にだけ、上から転送魔法がかけられてるみたい〜」

「転送魔法をかけるって……もしかしてペルソナ達の仕業?」

 首をかしげるシンジにシンが深くうなずく。

「それしかありえねーだべ。でもいつの間に……」

「え、でもそれよりもなによりも、ヨウサちゃんとフタバくんは? 一体どうなってるの? それにユキちゃんは無事なの!?」

 不安げなシンジに、ガイは扉から身を乗り出して下を見ながら答える。

「多分……ヨウサちゃんと級長は転送魔法でこの落とし穴に落っこちたんだと思う〜。多分無事だとは思うけど〜……。ユキちゃんは多分部屋の中にいると思うよ〜。結界になっている以上、部屋の中に転送魔法は発動できないから、この入口以外からは入れないし、部屋から連れ出すことも出来ないはずだから〜。でも、唯一の入り口が落とし穴になっているなんて……ペルソナたちの仕業だとしか思えないよ〜!!」

 ガイが説明をしている間にも、シンジが作り出した氷がピキピキと亀裂きれつが入りだしている。それを横目で確認してシンジが剣を構える。

「シン、駄目だ、もう術が切れる……!」

 弟の言葉に一つうなずくと、シンはそのまま氷越しにガイに声を飛ばす。

「どうやれば助け出せるだ?」

 その言葉にガイはうなる。

「うーん……多分この転送魔法を作り出している犯人の術を切れれば〜……大丈夫だと思うけど〜……果たして術の犯人はどこにいるのやら……」

「あ」

「時間切れだべっ!」

 双子がそう言葉を交わした直後だった。大波の氷に捕らわれていた真っ黒な召喚獣が、大きな雄叫びを上げると共に氷がくだけた。空中静止した波がくだけて、廊下中水浸しになる直前、シンが短剣を振るいながら風を切った。

鎌鼬かまいたち!』

水柱スイチュウ!』

 シンの攻撃に合わせて、今度は鋭く勢いのある水流をシンジは敵に叩きつける。二人の攻撃に廊下に現れた水流も合わせて敵に襲いかかるのだが……

 運悪く、敵の背後には双子と向かい合うようにしてガイがいた。

「うわわわわっ!!」

 勢い良く押し寄せる大波と鋭い風の刃、それに押されるようにガイは扉の向うに身体を押しやられ――

「ぎゃーーーーーーーーー!!!!」

 案の定、大量の水と一緒にガイは落とし穴に落っこちていくのだった……。

「しまっただ! ガイも落ちただ!」

 ガイが扉の向こうの落とし穴に落ちたことを確認して、思わずシンが声を上げる。

「でもガイも一緒に行ってもらったほうが、転送魔法の解決にはいいと思うけど……」

 とシンジは相変わらず冷静だ。

「ヨウサちゃんとフタバくんはガイに任せよう! 結界とか転送魔法とか、そういった魔法にはガイの方が詳しいからね」

 もしかしたら半分意図的にシンジはガイを落とし穴に突き落としたのかもしれない。

「それよりも……!」

と、そこでシンジは思いがけず後ろを向いた。つい今しがた二人が駆け上がってきた階段の方向だ。見れば階段から黒い影が上がってきたところだった。その黒犬の騎士に向かって、シンジは氷の剣を構えた。

「なるほど、やっぱり倒したわけではなくて、シンジも応援に来てくれたんだべな」

 兄の言葉にシンジはぺろりと舌を出した。

「ヨウサちゃんとフタバくんの悲鳴がしたからとっさにね。それに、僕一人じゃ時間稼ぎしか出来ないもん」

 その言葉に、シンは表情を険しくするが、それでも不敵な笑みを浮かべてうなずいた。

「召喚魔法をオラが使うだ。だからシンジは……」

「任せといて。なんとか二体同時に気を引くよ」

 鋭い目線で敵をにらむ弟の言葉に、シンもうなずきながら短剣を握りしめた。



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