第11話 敵の罠と警備隊


「どうやら、作戦は順調に動き出したようだな……」

 月明かりに照らされる屋根の上で、一人の小さな人影がつぶやいた。ひたいに光る大きく丸い緑の宝石、茶色の細い髪を風になでられる小さな影……オミクロンだ。

「闇に仕えし影の騎士……。あの召喚獣なら警備隊もあの子どもたちもすぐには追い払えまい」

 幼子の両手のひらは天に向けて開かれており、それを小さな頭部が見下ろすように見つめていた。幼子のその手のひらには右手の指に二つ、左手の指に一つ、小さな魔法陣が浮かんでいた。それを緑の瞳で静かに見つめていたが、ふいに口元をゆがめると幼子はつぶやいた。

「屋敷の中で二つ……か。外から応援が来ても厄介やっかいだ……。もう少し送り出しておこう」

 そして、その小さな左手の中指と薬指に向けて、ふうと息をふきかけた。その直後、二本の指がキラリと光り、その指先から浮かび上がるようにまた小さな魔法陣が現れた。

 幼子が視界を下に向けると、眼下の広い庭で急に人のざわめき声が聞こえ、その直後、魔物の雄叫びが響いた。耳を澄ませば、更に屋敷の方も騒がしい。その様子に小さな唇を奇妙にゆがめてオミクロンはほくそ笑んだ。彼が送り出した召喚獣が庭と、恐らく屋敷にまた一体現れたのだ。

「これで警備隊は心配ない……。あとは……」

 オミクロンは天を仰いだ。

「あの面倒な子どもたちの目をいかにしてそららすか……だな。ペルソナ様が石を頂かれるまで間、時間稼ぎを頼んだぞ、デルタとエプシロン……」

 意味深な発言は、夜の風にさらわれるように消えていった。





 セイラン都市の中でも一番のお屋敷と噂されるアイリーン家――

 その庭で何人もの警備隊の怒鳴り声が響いていた。

「敵襲だぞ! アイツを仕留めろ!」

 庭に突然現れた魔物は、魔物と言うよりは騎士のような姿をしていた。ただ普通の人間の姿をしてはいない。真っ黒な影のような姿をし、鋭い耳をとがらせて大きく裂けた口で叫ぶそれは、犬の頭部をした騎士だ。長く大きな黒い剣を構えるその姿は、決して大きすぎることはなく、大柄おおがらな大人程度の姿だ。だがその大きさの割に不気味な威圧感いあつかんがあった。黒い姿の中、浮かび上がるように光る瞳に、目があった警備隊は思わず固唾かたずを飲む。

 敵襲に気がついて駆け寄った警備隊の中に、もちろんリン隊員も含まれていた。敵の姿を確認するや否や、リン隊員は攻撃に悩んでいた。あの姿……もしかしたら悪霊系の魔物だろうか……?

 悩んでいる間にも、他の隊員たちは雄叫びを上げて敵に切りかかっていった。だがしかし、その攻撃はまったく敵には当たらない。まるで空気を切るようになんの手応えもなく、警備隊の剣は地面に叩きつけられるか、むなしく風を切る音を響かせるだけだ。

「な、なんだ、一体どうなってるんだ!?」

 その様子に警備隊が動揺どうようしている間に、黒犬の騎士はその大剣を大きく振りかざす。大きさの割に素早く振られるその剣に、風を切る音が鳴り響く。音とともに次の瞬間には、なぎ飛ばされるように周りの隊員は吹っ飛んだ。

「ななな……! こ、こんなヤツとどうやって戦えばいいんだ!?」

 思わず弱音を吐く一人の隊員の隣で、リン隊員は意を決したように敵に突っ込んでいった。

「おおおおお!!!!」

 雄叫びとともに、剣を大きく振りかざして振り下ろすが、思った通りだ。剣は敵の身体をすり抜けてまったく手応えがない。地面にしゃがみ込むように着地した彼の頭上で、魔物が大きく剣を振りかざしているのが見えた。確認するまでもなく、リン隊員はそのまま後方に大きく飛び退いた。真下に振り下ろされる剣なら避けるのは簡単だ。避けると間合いをとって、リン隊員は臆することなくまた剣を構えた。

「やっぱりそうか……!」

 半ば確認だったようで、自分の攻撃が効かないことは全く気にしてないようだった。リン隊員はその間合いの外で剣を両手持ちすると、小さく呪文を唱えた。

『母なる大地よ……その力、我が剣に宿やどたまえ……!』

 呪文とともに、彼の剣はうっすらと緑色に輝きだした。

 その時だ。目の前の黒い騎士が、リン隊員めがけて跳び上がっていた。視線だけで敵を追うと、空中で大きく剣を振りかざしている姿が確認できる。身体を半身ずらしながら、リン隊員も落下してくる敵めがけて剣をなぎ払った。

 悲鳴をあげたのは魔物の方だった。初めて手応えがあった。崩れ落ちる魔物の隣で剣を振り上げたままリン隊員は立っていた。彼の足元には、切り落として胴体から離れた左腕が転がっていた。しかしその左腕は、本体から切り離されてしばらくすると煙のようにふわりと消えていった。

「やっぱりな……!」

 手応えを感じてリン隊員が力を込めてそうつぶやくと、足元の黒い騎士が叫びながら剣を振り回した。素早く跳び上がり、敵の間合いの外に出ると、リン隊員はまた身構えた。

「まさか悪霊系だとは……。屋敷のみんなは大丈夫かな……」

 庭でこんな魔物が出ただけでも大騒ぎだ。屋敷の中にまで現れてはいないだろうか……。

 そんなリン隊員の言葉を聞いたのか、一人の隊員が急に屋敷に向けて駈け出した。それを見ていた他の隊員が反射的に声をかける。

「お、おい、こんな時にお前どこへ……」

「屋敷の方に応援を頼んでくるぜ! こんな魔物が来たって、中の奴らにも知らせないとな!」

 そう言って元気に駆け出していく隊員を横目で見て、一瞬リン隊員は疑問に思う。

「あれ……あんな隊員、いたかな……?」

 しかしそんな疑問もすぐに吹き飛んだ。目の前に立つ片手だけとなった魔物が、憎悪にその表情をゆがめ、先程よりも激しい雄叫びを上げていたのだ。手にした剣を持ち直し、リン隊員もすぐに構えをとった。




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