第10話 敵襲


「上の準備は大丈夫だよ〜」

 そう言いながら階段を降りてきたのはガイだ。ロビーをうろつく警備隊に紛れて、シンとシンジは階段の一番下の段に腰かけて待機していた。つい今しがた階段を降りてきたバンダナの少年を見上げ、シンは短剣を抜き出した。

「こっちも準備はできただべ。ユキは怖がってねーんだべか?」

「ヨウサちゃんがさっきまで部屋の中にいたけど、特に変わった様子は無いって。結界も張ったから、転送魔法ですんなり入ることは出来ないはずだよ〜。今はヨウサちゃんとフタバくんが、警備隊の人と一緒にユキちゃんの部屋の扉を見張ってるよ〜」

 ガイの説明に、シンがほっとしたようにうなずくと、その隣でシンジは時計を見上げていた。時計の針は後五分もしないうちに八時を指すところだった。

「あと少しだね。――全然気配ないけど、本当に来るのかな?」

「来ないわけねーだべさ! ペルソナ達は闇の石は必ず奪いに来るだ!」

 シンジの言葉に間髪入れずにシンが答えると、シンジはあごを押さえ首をかしげる。

「そりゃそうなんだけどさ……。でも……今回のペルソナの動きはちょっと変だよね」

 その言葉にシンはまゆを寄せ不思議そうだが、ガイがうなり声を上げた。

「うーん……確かに今回のあいつらの動きはちょっと違和感があるよねぇ……。まず予告状って動きからして変だし、それに最初に現れたときにユキちゃんから石を奪わなかったっていうのも、変なんだよねぇ……」

 二人の言葉にシンは首をかしげるが、あっけらかんとした表情だ。

「変と言われてもだべな…‥あいつらの行動なんて、さっぱりわからね―だべさ」

「そうなんだけど……もしかしたらだけど……」

 ガイに続けてシンジが真面目な表情でつぶやく。

「今回のペルソナの動き……僕らを誘い出す以外にも、何か意味があるんじゃないかな……」

「意味……? どんな意味だべ?」

 弟の問いにそうシンが問いかけると、シンジは難しい顔で考えこむ。

「わからないけど……それこそ、石を入手するために必要な動きだったりして……」




「ふふん……ずいぶんな警備だな」

 窓の様子をうかがっていた一人の男がつぶやく。赤い髪を逆立てた体格のいい男だ。薄暗い外の空気の中、ひたいに三角形の宝石がうっすらと光っている。

「デルタ、あんまり身を乗り出すと見つかるわよ」

 男の立つ枝のみきをはさんで反対側の枝に腰かける一人の女性が、ポツリと注意する。水色の服装に身を包み、鮮やかな水色の髪を高く結い上げた美女だ。見れば彼女のひたいにはひし型の宝石が青く光っている。落ち着いた雰囲気でため息混じりにつぶやく彼女とは対照的に、オレンジ色の服装の青年はその腕を振り回し興奮気味だ。

「へっ、いいじゃねーか。どうせ乗り込むんだろ」

 落ち着きのない青年をにらむように視線を送り、縛り上げた水色の長い髪を片手で払いのけながら女性は答える。

「気を引くだけよ。目立ち過ぎたら意味が無いんだからね」

「わかってる、わかってるって!」

 軽いノリで答えられるその言葉に、あきれるように女はため息をつく。

「まったく、信頼できない返事ね……」

「それより、そろそろじゃねーのか?」

 わくわくと両手を握りしめ、男が女のほうを向くと、女はうなずいてその枝からふわりと浮き上がった。その様子から転送魔法が発動していることが分かる。

「――そうね……。では私もそろそろ行くわ。デルタ、お願いだから――」

「わーかってるって! 派手に引っかき回すぜ!」

「だから派手は駄目!」

 思わず声を荒げた時だ。目の前の窓の中で、人のざわつく声が聞こえた。その様子に二人は視線を合わせる。

「きたわね」

「ああ、行くぜ!」

 声をかわすと同時に二人の姿はゆらめいて消えた。




 それはあまりにも突然だった。急にガラスが割れる音がして、誰もが盗賊が来たと思って緊張が走った。玄関先にいた警備員も、客間で待機していた隊長も、みんながロビーに走り寄ってきた。みんなの視線は窓ガラスの割れた階段の窓に注がれていた。

 そう、突然にガラスが割れたのは階段の渡り廊下部分に位置する窓だった。結界が張ってある二階を避けて、そこに一番近い階段を狙われた形だった。

「まずいなぁ〜……」

 窓ガラスが割れたのを見て、ガイが小声でつぶやくのを双子は無言で聞いていた。

「窓ガラスが割れちゃったら、あそこからいくらでも魔法が侵入できちゃうよ〜……」

 その言葉に、双子は強く両手を握りしめた。

 ちょうどその時、ロビーにあった大きな時計が八時の鐘を鳴らした。その音を背景に、ガラスの割れたところから風が吹き込み、そこのカーテンを大きくゆらしていた。

 しかし――。窓が割れたにも関わらず、そこには誰の姿もなかったのだ。ただいきなり階段の窓ガラスが割れただけだ。

「……な、なんだ……? 何も……侵入していないのか……?」

 その静けさに、隊長がそんなことをつぶやくその横で、双子はじっと辺りの空気に意識を集中していた。

「……なにか……強い陰の気を感じるだな……」

「うん……何かくる……」

 そう双子が小声で言葉を交わした直後だった。二階で警備にあたっていた隊員が大声を上げた。

「大変です!お、踊り場に……なにかの魔法陣が……!」

 隊員のその声に、双子は顔を見合わせた。

「魔法陣ってことは――!」

「オミクロンの召喚獣だべ!」

 双子の予想通りだった。すでにその階段の踊場には、何かが床から浮かび上がるように姿を現し始めていた。目で合図し合うや否や、双子はすぐに駆け出していた。

「お、おいコラ! 子どもたち、待ちなさい!」

 魔物に向かって彼らが走り出していることに気がついて、隊長があわてて双子を止めるがもう遅い。すでに彼らは階段を半分は登りきっていた。

「お前らもボサッとするな! 敵襲だ! 行けーーっ!!」

 隊長の大声に、警備員も我に返ったように駆け出して行った。

 双子はすぐにその階段を駆け上がり、そして階段の半分を登り切ったその場所で立ち止まった。双子の目の前に、それは立ちふさがっていたのだ。

 黒い魔法陣の上にゆらめく影のように立っているそれは、人型の魔物だった。とは言えその姿はまさに影。真っ黒なシルエットのような姿は、鎧を着込んだような厳つい体格をしていた。頭の上に突き出たツノのような耳、二本足で立ってはいるが、つきだした鼻に大きく裂けた牙の見える口、その手には剣のようなものまで握られている。頭は犬、身体は人間型の魔物のようだ。

「ま、召喚獣も来るとは思ってたけどね!」

 思ったよりも冷静に弟のシンジはそうつぶやき、両手でさやから刀を抜き出すようなそぶりをする。すると、その動きに合わせてその右手に氷の剣が現れる。シンジの得意武器だ。

「それにしても、魔物をイキナリ送ってくるなんて、何考えてるんだべか」

 あきれる口調だが、魔物に対して構えをとるのは兄のシンだ。そんな双子の目の前で魔物は大きく口を開けて叫び声をあげた。大きなその声にビリビリと廊下の窓ガラスが震える。その魔物の気迫に、警備員も思わず後退る。

「け、警備員たるものが魔物に恐れをなすな! い、行け行けぇい!」

 けしかけたのは、あのヒゲの隊長だ。隊長の指示に、一瞬は怖気づいた警備員も手に持った剣を構える。しかし、最初に飛び出したのはシンだ。

「いくだべよ! 『鎌鼬かまいたち』!!」

 勢い良く手に持った短剣を二、三度振りかぶった。その剣の動きに合わせて、透明な風の刃が音を立てて魔物に襲いかかる。

 ――しかし。

 びゅんびゅんとうなりを上げて襲いかかった風の刃は、その魔物の身体を通りすぎて、その後ろの窓に激突する。大きな音を立て、また窓ガラスが割れる。その様子にいち早く気がついた双子がその唇をんだ時だ。

 黒い魔物は勢いよく宙に飛び上がった。自分たちの頭上に跳び上がった黒い魔物の影を、双子はしっかり目で追っていた。着地点を確認すると、双子は二手にわかれるようにその位置から飛び退いた。

 その直後、床に激突するような音が響いて魔物は勢いよく階段上に落下した。見ればその落下とともに、手にした黒い光を床に突き刺していた。

「なるほどね、あの手にしている黒い剣は具現化ぐげんかしてるわけか」

 自分の氷の刀と同じ原理であろうことを悟って、床にひざまずいた状態のシンジがポツリとつぶやく。

 その間にも、黒い魔物の影は立ち上がっていた。ゆらゆらと風にゆらめくようなその姿に、双子の目線が鋭くなる。

 シンもシンジも剣を構えたその時だった。双子の動きが止まっている間に、何人もの警備員がその魔物に襲いかかった。大きな雄叫びを上げ、剣を振るって走り寄る警備員に、魔物は見向きもしていない。その隙を突いて、警備員がその剣を振り下ろした。

 しかし、案の定とでも言うべきか。彼らの振るった剣は、空を切るようになんの手応えもなかった。ふわりとその魔物の体を通りぬけ、剣は無様ぶざまにその床を叩きつけた。その様子に目を丸くし、数名の警備員はあわてるように剣を振り回した。しかしそれはふわりふわりと黒い魔物を通りぬけ、まさに空気を相手に戦っているかのようだ。

「まずいだべな……」

 その様子を離れた位置で見ていたシンは、短剣を構えたまま固唾かたずを飲んだ。

「あれはオラ達の攻撃もきかないだべさ……!」

「そうでもないと思うよ〜」

 急にマヌケな声を上げたのはガイだ。廊下のすみにへばりつくような姿勢で、攻撃が当たらないようにしているその様子は、なんともまぬけな光景だ。その様子を見て、一瞬シンもシンジも肩の力が抜ける。

「あれは悪霊型の魔物だと思うよ〜。物質攻撃は効かないけれど、陽の力の強い魔法攻撃なら効果がありそうだよ〜」

 その発言にシンジがシンに目配せする。

「……ってことは、シン、炎系がいけるかも」

 その言葉にシンは無言でうなずいて見せた。

 そんなやり取りをしている間にも、魔物は警備員を蹴散らしていた。警備員の剣は当たらずとも、魔物が握るその黒い刀は彼らに当たるのだ。勢い良く振り回されるその黒い刀に弾かれて、警備員はバタバタとその場にうずくまっていった。周りの警備隊が一掃いっそうされたことを確認して、魔物はその大口を開けて雄叫びをあげた。


「だ、大丈夫かしら……」

 急な魔物の襲撃の様子を、音だけで聞いていたヨウサが心配そうにつぶやく。彼女はユキの部屋の扉の前で待機していた。ガイがシンたちに報告に行ったその直後の出来事だった。本当ならここを三人で守る予定だったのだが、ガイがこの場にいない。ヨウサとフタバ、そして警備隊の人しか今ここにはいないのだ。ヨウサの言葉に、彼女の隣に立っているフタバも緊迫感ある表情でうなずいた。

「たった今、敵が攻めて来たんだね……。まだここまで来てないし、警備隊の人もここを守ってくれているから大丈夫だとは思うけど……」

 そう言って息を飲むフタバの視線の先には、ユキの部屋の前を警護する二人の隊員がいる。警備隊もさすがに緊張していると見え、表情は険しい。

「君たちは戦えないだろう? 危なくないように、お嬢さんの部屋に一緒に入っていなさい」

 警備隊を見上げていると、彼らは強い声でヨウサとフタバにそう言った。

「それもそうだね……。ヨウサちゃん、中に入っていたほうがいいんじゃないかな?」

 フタバの言葉に、ヨウサはそれをためらった。

「でも……シンくんたちが戦ってるわ。私も応援に行ったほうがいいんじゃないかしら……」

 ヨウサの言葉にフタバも考えこむ。

「うーん……そう言われればそうだけど……。でも、今回の目的は、ユキちゃんを盗賊から守ることだし、僕らが最後の要みたいなものだろう? だとしたら、ここはユキちゃんのそばにいたほうがいいんじゃないかな……?」

「…………」

 フタバのその言葉にヨウサは思わず考え込んでいた。彼の言うことも分かる。確かにユキのそばにいて、いざと言う時に守ってあげることも大切だ。でも、逆に今シンたちを助けに行かなかったら、彼らが万が一やられてしまったら……。自分だけが安全な場所に逃げ込むなんて、彼らを裏切ることにはならないだろうか。

 でも、もしかしたら、警備隊や自分たちが魔物に集中したところを狙って、ペルソナはユキのところに行くかもしれないし……。

 考えれば考えるほど、決断が難しくなってくる。

「ええ……どうしよう……どうしたらいいかな……」

 思わず頭を抱えて悩みだすヨウサに、フタバは肩をつかみ、決心するように言った。

「ここはユキちゃんのそばにいよう。シンたちならきっと大丈夫だよ」

 その言葉に、ヨウサはフタバをじっと見つめた。心配そうな顔色ではあるが、決心を決めた強い瞳と目が合う。

 ――フタバは、本当にユキちゃんを心配してくれている……。シンくんたちを……信頼してくれている――?

 その時だ。急に警備隊が息を飲んだ。はっとして二人が廊下を見ると――

 そこには黒い魔法陣が浮かび上がっていた。見覚えのある魔法陣に、ヨウサも思わず息を飲んでいた。

「やばっ……シンくん! こっちにも魔法陣が来たわ!!」

 大声で叫ぶヨウサの目の前で、黒い魔法陣は黒い影を吐き出そうとしていた。











*****

 深い森の広がる土地だった。豊かな自然が残る未開の土地だ。森が一望できる小高い丘の上に一人の男が立っている。腰に手を当て、丘の上で作業している数人の男たちを見守っている。作業を進める人は、みんな軍の隊員のようで、テントを張ったり荷物を運んだりと、忙しく動き回っていた。

「テントが張れたら、水の調達に行け。残り時間はあまりないからな。今日は早めに休み、早朝には出発するぞ」

 男の言葉に、数人の隊員たちは返事をしテキパキと仕事を片付けていく。男の部下のようだ。その返事を聞き、大柄なその男はちらりと背後に目線を送る。男の背後の眼下には鬱蒼うっそうとした森が広がっており、空がやたらと広く見えた。日が沈もうとしている森を背に、茶髪の男は大きく背伸びをした。

「いい場所じゃな」

 背伸びをする男に、白ひげの男が声をかける。男が目線を向けると、隣に立つ紺のローブを着た老人が、そのヒゲをなでながら森の奥を見つめていた。老人の目には深い森の色が映っていた。

「精霊が多い場所だ。魔物は少なく資源も豊か。じーさんにもわかるのかい」

 同じく森の方を向き、大柄な男は腕組みをして森を見た。

「もっとも、オレなんかよりじーさんのほうが分かるか」

 言いながら笑みを浮かべると、男とは裏腹に重い空気で、老人は一つ深いため息をついた。

「――じゃが……精霊が荒れておる」

 急な発言に、男は怪訝けげんな表情で老人を見た。

「荒れてる……?」

「うむ……。陽の気が乱れておる……。そのせいで精霊たちもずいぶん気が立っておるようじゃな」

 ヒゲをなでながらそう答える老人の表情は険しい。豊かなまゆを寄せ、老人はつぶやくように続けた。

「これは……例の石の影響かのう……。素晴らしい場所なだけに残念じゃわい……」

 そう言い残し、テントの方に向かってきびすを返す老人の背を、男は目で追う。老人が出来たばかりのテントに腰を曲げながら入っていくのを見送ると、男は沈みかけた夕日に目を細め、森を一望した。夕日に染められる赤い空の真下で、赤く染められた森にキラキラと光る筋が見える、精霊が住んでいる証拠だ。目を凝らし、明日の目的地である集落を見つめる。あの集落の先に、目的の場所があった。

「石の影響……ねぇ……」

 言いながらため息を一つ漏らし、男は森の奥をにらんだ。

「――残るは三つ……か……。耐えてくれよ――」

 緑色の瞳を細め、男は真剣な表情で祈るようにつぶやいていた。

*****

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