第9話 警備隊と子どもたち


 屋敷に通されると、その屋敷の中も警備隊でいっぱいであることに五人は驚いた。そんな彼らをさておき、リン隊員は迷いなく客間に向かって歩いて行った。シンたち四人が最初に案内されたあの客間だ。そこに入ると、数人の警備隊とソファにどっかりと腰かけている人がいた。

 偉そうに座っているその一人の警備員に彼らは紹介された。ちょび髭に大きな身体の強面こわもてな人だ。服装も他の警備隊の人と違って、胸にバッチをつけていたり、持っている武器も大きかったりして、明らかに雰囲気が他の人と違っていた。警備隊を取り仕切る一番偉い人、警備隊の隊長である。

「隊長、ここのお嬢さんのクラスメイトの子たちが応援に来てくれました」

 リン隊員はそう言ってビシっと姿勢を正して見せた。その姿に思わず少年たちの熱い眼差しが向く。

「かっこええだな〜」

「あんな風に僕もあいさつしてみたいなぁ……」

 そんな彼らをぎょろりと見て、隊長と呼ばれた大柄な男はまゆを寄せた。

「応援……って、おいおい、リン隊員。いくらなんでも子どもをここに入れてはいかんよ」

 ため息混じりに隊長は言い、彼は少年たちにギラリと鋭い視線を向けて見せた。そして両腕を胸の前で偉そうに組むとこう言った。

「おい、子どもたち。今日は遊びに来られては困る。盗賊が来ると予告されてるんだぞ。子どもの遊びじゃないんだ。さ、今日は帰った帰った」

「オラたち、遊びに来たわけじゃないだべ!」

 隊長の言葉に、すぐさま反抗したのはシンだ。

「そうだよ! 僕達、あのペルソナの悪事を止めるために来たんだから!」

 弟のシンジもほおをふくらませて抗議する。しかしそんな子どもを大の大人が相手にするはずがない。双子の言葉を流すように手を振り、隊長は近くに立っていた別の隊員に指示を出した。

「おい、この子どもたちを早く外に追い出してこい」

 その言葉に、リン隊員があわてるように声をかける。

「あ、隊長、待ってください。実はこの子たちは例の……」

 しかし、リン隊員が呼びかける様子に耳も貸さず、隊長はそっぽを向く。その間にも指示を出された隊員二人ほどが双子の手を取り、部屋から追いだそうと彼らを引っ張った。

「ちょ、ちょっと待ってったら!」

「オラ達邪魔はしないだべさ!」

 抵抗する双子に、隊員があきれるように声をかける。

「ここは子どもの出る幕じゃない。さあ、おうちに帰って遊んでなさい」

「大体、君たちみたいな子どもが、大人に敵うわけないだろ。天下の大盗賊、ペルソナが関わる事件だぞ。さあさあ、家に帰ってヒーローごっこでもしてなさい。ははははは」

 その言葉にカチンと来たのか、シンジの表情が変わる。

「む……。そこまで言うなら、試してみようか?」

 いうが早いが、少年は床を蹴りあげ、自分の腕をとる隊員の足を蹴って一回転した。あっという間に隊員の手から逃れ、隊員と向かい合う間合いを取ると、隊員が驚く間もなくシンジはその両手を光らせて呪文を唱えていた。

水柱スイチュウ!」

 たちまち少年のその手のひらから激流が現れ、その水圧にその警備員は勢い良く吹き飛んだ。それを見て回りの警備隊が思わずどよめく。先程まで偉そうにふんぞり返っていた隊長まで、目を丸くして固まってしまった。そんな彼らの目の前で、ほおをふくらませ鼻息あらく立つ少年は、腰に手を当てて不服の表情だ。

「なんだよ、まったく……子ども子どもって。ユキちゃん助けにきただけじゃないか」

「そうだべそうだべ!」

 まだ自分をとらえている隊員を見て、シンもほおをふくらませる。

「でもだからって、イキナリ攻撃魔法お見舞いしなくても…‥」

 頭を抱えてため息を付いているのはヨウサだ。その隣に立つガイも困った表情だ。

「シンジ、切れると結構攻撃的だからねぇ〜……」

「隊長」

 ざわついている隊員の中で、唯一落ち着いていたリン隊員が声をかけた。呼びかけられ、目を丸くしている隊長は、固まったままの状態でちらりと目線だけで彼を見た。

「例の美術館の盗難騒ぎがあったでしょう? あの時にあのデュオとかいう謎の男を倒したのが、この少年たちなんですよ」

 リン隊員の言葉に、警備隊がどよめいた。

「美術館の事件って……たしか、あの警備の召喚獣を倒したっていう、謎のデュオってやつが起こした事件だよな……」

「ああ、あの召喚獣を倒すだけでもすごいのに、そのデュオを倒したって……この子どもがか……!?」

「ああ、でもあの魔法の腕なら……納得だぜ」

 ざわざわと騒ぎ出す警備隊の言葉を聞いたのか、シンが得意げに笑った。

「ふっふっふ……オラ達、かなり有名人なんだべな」

「有名人っていうか〜……今、ちょうど知られた感じだけどねぇ……」

 得意顔のシンの後ろでガイが突っ込む。リン隊員はざわめく隊員にも聞こえるように声を大きくして続けた。

「彼らなら、警備の助けになると思いますよ。あの盗賊の顔も知っていますし、何度かあの盗賊の一味と戦っていると、学校のレイロウ先生からも聞いています。盗賊の行動パターンを把握はあくするためにも、協力してもらったほうがいいと思います。それに」

と、リン隊員はそこで双子を見てほほえむ。

「この魔法の腕は、我々に引けをとらないはずです。いい戦力になると思うんですが」

 リン隊員の言葉に、しばらくむぐぐとうなっている隊長だったが、深く息を吸うと諦めたようにため息混じりに答えた。

「……わかった……。子どもたちの協力についてはリン隊員、キミに一任する。我々の邪魔にならない程度に警備に当ててくれ」

「やったぁ!」

 隊長のその言葉に、シンジは飛び跳ねる。その隣で警備員から腕を離されたシンも偉そうに胸を張る。

「そうだべ! オラたちの協力があれば、鬼に綿棒ってもんだべ!」

「それを言うなら、鬼に金棒だけどね」

 すかさずフタバが突っ込む。そして隊長に向かって深々と頭を下げる。

「いきなり攻撃してすいませんでした。僕達も頑張って協力します」

「さすが級長! 礼儀正しいわね」

 その様子にヨウサが笑うと、シンジはバツが悪そうに頭をかいた。

「えへへ……さすがにやりすぎたかな」

 そう言って舌を出す少年に、リン隊員は苦笑するのだった。




 屋敷の中に入ってから、少年たちはもうひとつの小さな客間に通された。もっとも小さいとはいっても、少年たちの部屋よりも一回りも二回りも広い。大きな客間よりもシンプルな家具でまとめられ、シックな青が基調となった部屋だった。

「それにしても、ユキが困っているという時に、わざわざ駆けつけてくれるお友達がもうこんなにできたとは……ワシは嬉しく思います」

 客間に通されるなり、一人のおじいさんが彼らを歓迎してくれた。水色がかった白髪の老人で、非常におっとりした空気の優しそうなおじいさんだ。

「もしかしてユキちゃんのおじいちゃんですか?」

 シンジが問いかけると、おじいさんはにこやかにほほえんでうなずいた。

「やっぱりだべ。雰囲気が似てると思っただべ」

 シンの言葉に嬉しそうにおじいさんは笑ってみせた。

「はっはっは……そうですかな。いや、ユキはわしの初孫でしてな。よく似てるといわれるんですよ」

 そう言って笑う笑顔は心底嬉しそうだ。おじいさんはすぐにメイドを呼び寄せると、彼女たちに指示を出した。

「彼らは大事なユキの友達だ。お茶の準備を頼む」

 おじいさんの指示でメイド達が持ってきたのは、もちろんおいしいお菓子と熱々のお茶だった。食べ物に目のない双子とガイの三人は、出されたお菓子に上機嫌だ。

「では、みなさんごゆっくり……。八時には盗賊も来るらしいですからな、みな様方も無理はなさらぬように……」

 そう言っておじいさんは客間を出て行った。

「おじいさん、思ったより落ち着いていたわね」

 おじいさんが去った扉を見つめ、ヨウサがポツリつぶやく。その隣でフタバは、手に持ったカップをテーブルに置きながら答える。

「警備隊もあれだけいるしね。ちょっとは安心してるんじゃないかな。警備隊って言ったら、町の安全を守る人たちだからね」

「それにしたって、隊長さん、ちょっと偉そうだったよ」

 出されたお茶をすすりながら、不満気につぶやくのはシンジだ。その言葉にフタバが苦笑する。

「隊長って人だから、仕方ないんじゃないかな。それに普通だったら子どもがこういうところに入れないよ。そこを認めてもらっただけ、よかったじゃないか」

 その言葉に、双子の向かい側のソファに腰かけていたヨウサもうなずく。

「そうね、最初明らかに私達が入っちゃダメって雰囲気だったもの。そこから参加してもいいって言ってもらえたのは、なかなかいい結果よ。まあ、シンジくんのイキナリ攻撃はちょっとやり過ぎだったとは思うけど」

 その言葉にシンジは困ったように頭をかき、兄のシンはうんうんとうなずいた。

「ほうはべ(そうだべ)、けっはおーはいらへさ(結果オーライだべさ)」

 口いっぱいにお菓子を詰め込んでいたと見え、何をしゃべっているのかさっぱりだ。その様子にガイもヨウサもがっくりと肩を落とす。不機嫌気味だったシンジも兄の様子に表情をゆるめ、クスクスと笑い出した。

「ところで、予告の時間は八時よね。それまで何してようかしら?」

 時計を見ながらヨウサが問う。その言葉に五人は壁にかけられた豪華な時計を見た。かちかちと振り子をゆらす大きな青い時計は、夜の七時を指していた。いつもなら寮でお風呂にそろそろ入ろうかという時間だ。

「今日は何時に帰ることになるかな? また寮の管理人さんに怒られちゃうかも」

 時計の時間を見てクスクスとシンジが笑う。その横でうーんとうなるのはガイだ。

「ユキちゃんに敵が近づかないようにするのが一番だと思うんだ〜。敵の侵入してきそうな所を、きっちりふさいでおいたほうがいいよ〜」

 その発言に、窓の外を眺めながらフタバが首をかしげる。

「でも、門の入口はあれだけ警備隊の人もいるし……玄関もあれだけ固めていたら、他に入る場所はないんじゃないかな?」

 そんなフタバの意見を否定するように、険しい表情でガイは首を振った。

「敵を甘く見ちゃ駄目だよ〜。あのペルソナには転送魔法が使える人がいるからねぇ」

「エプシロンだべな」

 身を乗り出してシンが答えると、ガイはこくりとうなずく。

「うん、せめて結界でも張っておかないと危険だねぇ。警備隊の中に魔術師の人がいたから、お願いしておいたほうがいいんじゃないかな〜」

「じゃ、まず結界の確認だね。僕らはどうしよう?」

 ガイの言葉にシンジが強い瞳でうなずくと、それを見てガイはあごを押さえる。

「ユキちゃんの所に、あいつらが近付けないようにしないといけないからねぇ……。分かれて備えるのはどうかなぁ?」

「どう分かれたらええべ?」

 シンの言葉に、ガイは立ち上がって急に歩き出した。そして客間の扉を開け、玄関のロビーをのぞく。それに他の四人も続く。ロビーには相変わらず何人もの警備隊が歩き回っていた。

「かなり厳重な守りだね……」

 その様子にフタバがつばを飲むと、やはりガイは首を振る。

「エプシロンは眠りの術も使うから、警備隊がいくらいても安心は出来ないよ〜。眠りの術をいっきにかけられたら、もう終わりだよ? それにそれをかわしたとしても、まだ攻撃してくる部下がいるでしょ〜?」

 その言葉に、深くうなずいたのはシンジだ。

「デルタと……あとオミクロンだね」

 その答えにガイは無言でうなずき、また説明を続けた。

「うん、デルタは基本的に攻撃力があるから、真っ向対決するときには一人でいたら太刀打ちできないでしょ〜? オミクロンも召喚獣を使ってきたら一人では戦えないし……。だから二手にわかれたほうがいいかなって思うんだ〜」

 言いながら、ガイはロビーを指さす。

「ロビーなら広いし、二階のユキちゃんの部屋にもすぐ駆けつけられるでしょ〜? 窓ガラスを割られたら二階からだって入られちゃうし、二階と一階とでわかれるのはどうかなぁ?」

 その提案にシンジもきょろきょろと一階と二階を見て答える。

「じゃあロビーは僕とシンで守ろう。シンがいればすぐに二階まで飛んでいけるしさ」

「そうだべな」

 弟の案にシンはうなずくと、残る三人を見て言った。

「じゃあ二階はヨウサ達三人に任せるだ。フタバは攻撃魔法は使えねえだから、無茶はしちゃ駄目だべよ」

 その言葉に、フタバは神妙な表情で、ガイは胸を張って答えた。

「もちろん、ボク安全な場所にいるよ〜!」

「ガイくん、ちょっとはユキちゃん守るの手伝ってよね」

 横目であきれるようにヨウサが口をはさむ。

「じゃあ、さっそく、準備開始だべよ!」

 シンの言葉に、各々が準備に走りだした。




 彼らが着々と準備を進める一方で、警備隊の方は緊張感が漂ってきていた。予告の時間まで後一時間。どの隊員もそわそわと落ち着かない様子だ。そんな中、大きな客間の中央でいらだちげに足を踏み鳴らしているのは警備隊の隊長だ。大きなソファに一人で腰かけ、不機嫌そうに唇をんでいる。

「あんなガキと同じだと? ……警備隊をめやがって……! ここは警備隊のプライドが許さん……! 絶対にあんな子どもに負けてられんぞ……!」

 そんなつぶやきを耳にして、こっそりため息をつくのはリン警備員だ。

「隊長、では僕は玄関の警備に当たります」

 半分聞いていない隊長に一言言い残し、リン隊員は外に出て行った。

 外に出れば、もう夜の空気が辺りを支配していた。残暑に涼しい風が吹き、その風に前髪をゆらされながら、リン隊員は空を見上げた。キレイな月に視線を移し、周りに耳を澄ませた。聞こえるのは風の音と隊員たちの話し声ばかり。とても静かな平和な夜だ。だがこの静けさが、逆に彼の心に不安な影を落としていた。

「――何事もなければいいんだけど……」

 そうつぶやく隊員の声は風にあおられて消えていった。




 予告の時間まであと三十分という時間だった。ユキの部屋にヨウサはお邪魔していた。ガイの忠告から、つい先程まで警備隊の魔術師がユキの部屋に頑丈がんじょうな結界を張っていたのだがそれも完了し、今は部屋にユキとヨウサしかいない状態だった。

「門も玄関も厳重に警備してるし、ロビーにはシンくんたちもいるし! ユキちゃんの部屋の前には警備隊の人もいるけど、ガイくんもフタバくんも私もいるし、安心していいよ」

 ヨウサが窓から外の様子を見ながらそう言うと、ユキはおっとりとうなずいてみせた。こんな時でもあわてないのはユキらしいな、などと思いながらヨウサは彼女の座る椅子に歩み寄った。

「それにしても、今日は執事さんいないの? あの執事さんのことだから、盗賊が現れるなんてなったら、ずーっとユキちゃんのそばにいそうな気がするけど……」

 椅子に座ってゆったりとお茶を飲むユキにそう問いかけると、カップを置きながらユキはうなずいて答えた。

「執事さんは……怪我が思わしくないので、おじいちゃんが休めって命令していました」

 その回答にヨウサはため息を吐く。

「まあ、あの執事さんならたしかに無理言って来ちゃいそうよね……」

 その言葉にユキもこくりとうなずいた。

 落ち着いた雰囲気のユキを見ていると、ヨウサ自身も気持ちが落ち着いてきていた。それにしてもどうしてこんなに彼女は落ち着いているのだろう? 普通なら盗賊が襲ってくるとなったら落ち着いていられないようなものだが……。

「ねえ、ユキちゃん」

 呼びかければ、あのほんわかとした空気で青い瞳を向けてくる。その瞳には緊張感も恐怖もない。それを見てヨウサの中で疑問が膨らんでくる。一瞬躊躇ったが、ヨウサは質問を投げてみた。

「その……ペルソナ……ううん、盗賊が来るっていうのに……ユキちゃんは怖くないの?」

 思わず問いかければ、ユキは二、三度瞬きして首をかしげてみせた。

「……怖い……ですかね……?」

 そのおっとりとした答えに、思わずヨウサは困ったように笑った。しかし、ユキの次の言葉に、ヨウサは驚く羽目となった。

「だって、あの盗賊さん……とても親切でしたから……」

「……え? どういう……意味……?」

 目をまんまるにして、ヨウサがようやく言えたのは、それだけだった。



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