第20話 一つの疑問


 その日の活動は、警備隊にとってなんとも後味の悪いものだった。

「これだけの人員を配置しても、あのペルソナを捕まえられなかったばかりか、アイツの予告を実行させてしまった……! これはなんとも……なんとも耐え難い屈辱くつじょくだ……!」

 警備隊本部、その会議室で隊長は怒りもあらわにこぶしを机に打ち付ける。鈍い衝撃音は、真夜中の空気に飲まれるように消えていく。

「ひとまず、一味の二人を捕らえられただけ良かったのではないですか?」

 会議室の一番端、各部隊のリーダーが座る椅子の一つにかけている、少年のような隊員が声を発する。茶色の短髪の下に、強い光をたたえた瞳が特徴のリン隊員だ。

「確かに……あの一味二人を捕まえられたのは、いい手がかりになるがな……。くそっ……。なんとしてもあいつらを吐かせて、親玉の居場所を割らせるぞ……!」

 怒りに燃える隊長に、再びリン隊員が口をはさむ。

「ところで、あの二人は結界の中に閉じ込めているんですか? 敵は転送魔法を使うと聞いています。用心して捕らえておかないと、逃げられる可能性があるかと……」

「言われるまでもないわ。今は魔術師に見張らせておるからな」

 リン隊員の声にかぶせるように答えると、ヒゲの隊長は憎々しげに窓の外を見てつぶやいた。

「あのチビどもめ……。余計な邪魔をしおってからに……!」

 その発言を小耳にはさんで、リン隊員は思わず小さくため息を付いた。

「むしろ……彼らがいたから、あの二人も捕まえられたと思うんだけどな……」

 そんな隊員の小声は、誰に聞かれるでもなく静かに消えていった。




*****

 その頃、警備隊のある一室では、ぐるぐる縄に縛られた一組の男女が横たわっていた。そう、ペルソナの一味として捕らえられたデルタとエプシロンである。

「くっそ〜! ほどきやがれ〜!!」

 じたばたと暴れるデルタとは対照的に、エプシロンはあきれるようにため息を付いている。こちらはまったく暴れる様子はなく、床に横向きで寝ている状態だ。

「暴れたって無駄よ。大人しくしてなさいな」

 しかしそんな冷静なエプシロンの言葉も、今のデルタには逆効果である。

「うるせーな! こんな醜態しゅうたいされしてられねーよ! そうだ、お前こういう時に魔法で逃げるの得意だろ! なんとか縄を解いてくれよ! そーすりゃこんな石の壁、一発でオレが壊してやる!」

 興奮気味にそう頼むデルタだが、エプシロンはため息一つついて答えた。

「そんなこと出来るワケないでしょ。この縄、魔法封じの術が施されているのよ。魔法が使えるなら、わたくしだってさっさと逃げてるわよ。それに――」

 そう彼女が言いかけた時だ。扉の向こうで誰かの悲鳴が小さく聞こえた気がした。

「そうあわてなくったって、助けは来るわよ」

 そう答えるエプシロンの視線の先で、静かに部屋の扉が開いた。開いた扉からゆっくりと姿を現したのは――

「げっ……」

「やれやれ、二人して捕らえられるとは……私も仕事が増えて面倒だ」

 顔をひきつらせ本気で嫌そうにするデルタの目の前には、あきれた表情を見せて腕組みする幼子、オミクロンの姿があった――。

*****






 騒動のあった夜も明けて翌朝――

 気持ちのいい秋空が広がるその下で、朝日をたくさん取り込む天窓の食堂はにぎやかな声が響いていた。セイラン学校学生寮の食堂である。今朝も元気に学生たちが朝食を取ろうと集まっていた。

「お前ら昨日はどこに行ってたんだよ〜?」

 唐突とうとつに声をかけられ、ぼうっとした表情で双子とバンダナの少年は声の方を向く。晴れ晴れした秋晴れとは対照的に、まだまだ眠そうな表情なのはシンとシンジとガイの三人だ。声をかけた少年は、黄色のくちばしを少し開いてあきれるように笑った。

「なんだよ、みんなして。すげー眠そうな顔〜」

 言いながら彼らの近くにお盆を起き、朝食を取ろうとしているのはクラスメイトのトモだ。白い鳥頭をかきながらひじをつき、彼らの顔をのぞき込む。一方の三人、シンとシンジとガイは、お盆の上に山盛りのおかずとご飯をおいてはいるものの、その食事のスピードは遅く、元気のない様子ではしを進めていた。


 ペルソナの強盗事件の翌朝、シンたち三人は眠い目をこすりながら食堂に降りてきていた。昨日は夜遅くまでユキの屋敷にいたため、さすがに寝不足のようだ。もっとも、今日彼らに元気が無いのは、それだけが理由ではないようだが……。

 そんな元気のない三人の様子を眺めながら、トモはいたずらに笑ってからかう。

「さては……お前たち、夜更かしして遊んでたな〜?」

「お、シンにシンジにガイ。おはよ〜」

 立て続けにクマ耳のケトがその大柄な身体をゆらしながらトモの向かい側に座った。

「お前ら、昨日の夜寮にいなかったんだってな〜。管理人、めちゃくちゃ怒ってたぞ」

 ケトの言葉に、話しかけられている双子は気のない返事だ。

「そうだべな〜……」

「そーいや、管理人さんに言ってなかったっけね〜……」

 はあ、とそのまま双子はため息をつく。いつもと様子が違うことに、ケトは鳥頭の友人に首をかしげてみせる。

「……どうしたんだ、こいつら」

「さあ……。寝不足なんじゃないか? 夜更かししてたんだって、きっと」

と、そこに猫耳の少年マハサがやって来る。見ればお盆と一緒に今朝の新聞も手にしている。

「おっはよ〜! おい、聞いたか! どうやら今回、あのペルソナの勝利らしいぞ!」

「えっ!」

「うっそー! まじかよ〜!」

 猫耳少年マハサの言葉に、ケトとトモは途端とたん反応して、その新聞を取り上げてのぞき込む。

「ナニナニ……。『盗賊ペルソナ予告通り』!? うわーまじかよ〜」

「警備隊負けたのか〜! くっそ〜! オレ、警備隊が捕まえるって期待してたのに〜!」

 新聞のトップ記事に少年三人は熱く語りだす。いつもならペルソナ記事に飛びついてくるはずのシンたちだが、今日はその様子はない。

「おい、聞いたか、シンジ! 今回ペルソナの勝利だってよ!」

「……そうだね〜……」

 思わず声をかけるマハサだが、その言葉にシンジはまた気のない返事だ。

「あ! でも警備隊は盗賊の仲間を一時捕まえるが……ナニナニ? ……今朝になって逃亡!? 男女二人の盗賊一味が煙のように消えただって……!? うわー! まじかよ、何やってんだよ警備隊!」

 記事を読みながら声がでかくなるケトの隣で、トモはこぶしを握りしめて首を振る。

「いや! でも警備隊のおかげで屋敷に怪我人はないってよ! 警備隊には怪我人も出たって……。自分の身を犠牲ぎせいにしても戦うってかっこいいな〜! な、シン!」

「はぁ……だべな〜……」

 またも気のない返事のシンに、三人は思わず顔を見合わせる。

「なんだよ、いつもなら飛びついてくるじゃん、ペルソナの記事の時はさ」

 思わず唇をとがらせるマハサに、トモはパタパタとその羽根のついた腕を振る。

「や、だから今日はこいつらみんな眠いんだよ。昨日夜更かししてたんだって、きっと」

「そうだ、シン達昨日どこ行ってたんだ? どこで遊んでたんだよ?」

 ケトがニヤニヤと問いかけるが、双子とその友人は今答える元気はない。

「別に〜……」

「遊んでたわけではねぇだべさ……はぁ……」

 その双子の返事に、さすがの三人も首をかしげ、これ以上の問いかけをやめたようだった。

「ペルソナが予告通りだなんて……」

「そんなのとっくに知ってるだべさ……」

 言いながら双子もガイも、またまたため息をつく。元気なくぼんやりと顔を上げたガイだったが――その視界にある人物が入って動きが止まる。

「ねぇねぇねぇ……」

「んぁ? なんだべ、ガイ」

 同じようにぼんやりと頭をあげるシンに、ガイが静かにある人物を指さす。

「そういえばさぁ……昨日、どこに行ってたんだろうねぇ……」

「どこって……」

 ガイの指差す方向に双子も視線を向ける。視界にある人物が入ると、ぼうっとしていたその瞳が、徐々に真剣なものになる。

「……そういえば……」

「昨日……あの後見てないだな……」

 ポツリつぶやく双子の表情に、困惑こんわくの表情が浮かんでいた。その向かい側で、思い出したようにガイもつぶやく。

「そういえばさぁ……ヨウサちゃんと一緒に彼も迷路に入ったはずなんだよねぇ……。でも彼、一緒には吐き出されなかったよねぇ……」

 三人は思わず無言のまま、視線はその人物を追っていた。ぼうっとしていた表情は、もはやない。三人の顔には疑惑の表情が浮かんでいた。

「一体……どういうことだべ……?」

 三人の少年の視線の先には、銀色の髪をゆらす同じクラスメイト、級長のフタバの姿があった――。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る