第3話 お嬢様とゆかいな仲間たち


「本っ――――当に申し訳ありません……」

 先程までの激しい怒りはどこへやら。すっかりしかられた子犬のように縮こまってうなだれるのは、シロクマの執事だ。

「お嬢様の大切なお友達でしたのに、私めは……なんという失礼な態度を……ううっ」

 そう言って涙ぐむシロクマ執事に、先程まで同じく怒っていた双子も苦笑するしかない。

「まあまあ執事さん、そんなへこまないで」

「そうだべ、大きなことは気にしない! だべよ!」

 なぐさめようと声をかける双子だが、シンの言葉の使い方がまたおかしい。

「大きなこと……ううっ! そうですよね……! お嬢様のお友達をののしるなんて、なんて大それたことを私めは……!」

「ちがう! ちがうの! そ、そんなことは、ちーーーっちゃなことだから! ねっ! シ・ン・くん!」

 更に落ち込む執事に気がついて、あわててヨウサが助け舟を出す。執事に言いながら、思いっきりシンをにらみつけるその様子に、シンはあわててうなずく。

「そ、そうだべ! あんなこと、ちっさいことだべ! ちっさいちっさい!」

 さすがはヨウサのひとにらみはでかい。カエルに対する蛇のそれである。


 彼らは今、執事が準備した魔導自動車に乗せてもらっていた。車を運転する運転手は更に別にいて、彼ら四人はユキと、そのシロクマの執事と向かい合うように座席に座っていた。風の魔鉱石の力で走る魔導自動車は、地面からわずかに浮いてゆれもせず静かに走っていく。普通の魔導自動車よりもきっと高級なのだろう。白い車体が光を反射して輝く姿はそれだけで美しい。

 執事からの誤解が無事解けたまでは良かったのだが、その失敗にあまりに執事が落ち込んだことと、お嬢様のお友達ならばぜひおもてなししなければ、と半ば強引に彼ら四人は屋敷に招待されることとなったのだ。

「それにしても、いいの、シンくん? 買い物の途中だったけど……」

 こそこそとヨウサが隣のシンに耳打ちすると、シンは困ったように頭をかく。

「そんなこと言われてもだべな……」

「僕らが招待を断ったら、執事さん死にそうな顔するんだもの……行くしかないよねぇ」

 ヨウサの言葉に、シンジもため息混じりに答える。

 そんな彼らをさておいて、執事の反省は続いていた。

「私め、一生懸命になると周りのことが見えなくなると言いますか……。お嬢様はこの街に初めて来ますから、なんとしてもお守りしなくてはと思っておりまして……。いくら平和なセイランでも、不良には気をつけねばと思って意気込んでいた矢先でしたから……。お嬢様の手を掴んでいる野蛮やばんな少年の姿を見たら、とっさに頭に血が上ってしまったのです」

野蛮やばんで悪かったね」

 さりげない執事の言葉に、言われたシンジは不機嫌そうに唇をとがらせる。

「いやしかし、まさかお二人がお嬢様を助けてくださるとは……もしや、みなさん、セイラン学校の学生なのですか?」

 執事の言葉に四人はうなずいた。

「そうだべさ。ついでにユキとは学年も一緒だべよ」

「クラスも一緒だといいんだけどねぇ」

 シンとガイの言葉に、執事の顔がぱあっと明るくなる。

「おお、すでに同じ学年のお友達が四人も……! これはユキお嬢様も安心ですね」

 心底嬉しそうな執事の言葉に、ユキも無言でほほえんで見せた。そのやり取りを見ている四人は思わず顔がほころぶ。

「なんだかんだ言って、執事さん、すごくユキちゃんのこと大事にしてるのね」

 思わずヨウサがそう言うと、執事はさも当たり前と言わんばかりにうなずいた。

「それはもちろん! 私めのご主人様の大事な大事なお孫さんですからね」

 どうやら執事さんのご主人は、ユキの祖父にあたるらしい。

「さ、まもなく屋敷につきますよ」

 執事の言葉に、四人は窓から顔を出してみた。

「うわぁ……!」

 思わず感嘆かんたんのため息を漏らす双子に続いて、ヨウサも息を飲む。

「まさか……このお家だったとはね……」

 四人が驚くのも無理もない。案内された屋敷は、セイランの中でもっとも豪華ごうかだと街のみんなが噂している、その屋敷そのものだったからだ。

 門をくぐると広い庭がずっと広がっており、その先にお屋敷がそびえていた。街の人達がまさに「お城」と呼んでいるような、そんな建物だ。庭に入っても車は止まらない。庭の真ん中を走る白い石畳の道はとても広く、その道だけで普通の道路と同じくらいの広さだ。青々しい緑が広がる庭のあちこちには、彫刻や珍しい木々が飾られている。あまりの豪華さに、四人は開いた口がふさがらない。

「まさか、ここまでのお嬢様だったなんてねぇ……」

 思わずガイがそんなことをつぶやくと、シロクマ執事は胸を張って答えた。

「当たり前ですよ! ユキお嬢様は由緒正しいお家柄の方なのです! 国を相手に魔法技術を提供している、世界的に有名なアイリーン家! 非常に優れた血筋の方なのです!」

 その言葉に、四人はただただ感心するだけだった。

「お帰りなさいませ、ユキお嬢様」

 車を降りると、すぐに何人もの召使らしい人が出迎えてくれた。

「この四人はユキお嬢様の命の恩人、そしてこの国に来て初めてのお友達だ。しっかりもてなしてくれ」

 シロクマ執事が他の召使にそう指示を出すと、たちまち、何人ものメイドさんがシンたちの荷物を持ちだした。

「うわわ! だ、大丈夫だべ!」

「自分で運べるよ!」

 あわてる四人に、メイドの女性たちはにこやかにほほえんだ。

「お気になさらずに、大事なお客様に荷物を運ばせるわけには行きませんわ」

 にこやかにそう言われ、彼らはしぶしぶ荷物を預けるのだった。

 案内された広間はあまりに広かった。二階まで突き抜けているんじゃないかと思われるような高い天井に、こまかな装飾の施された大きなじゅうたん、その下にガラスのようにきらめく透明度の高い水色の床。座るように促されたソファは所々宝石まで埋め込まれた装飾そうしょくになっていて、座るのが怖いくらいだ。どれもこれも豪華過ぎて、四人の口はまぬけに開かれっぱなしだ。

「ははは、さすがにみなさんは、こういう場所は不慣れですか?」

 そんな四人の様子に気がついたシロクマ執事が思わず笑みをこぼした。

「そりゃあ……こんなお城みたいな場所初めてだべさ」

 素直にシンがうなずくと、それに同意するように執事もうなずいた。

「でしょうねぇ、田舎ご出身の貴方様なら」

「何気にサラリときつい返しだね、執事さん」

 思わずツッコミを入れるシンジである。

「でもちょっと生活レベルが違いすぎるわ。こんなお屋敷に住めるなんてステキ! お姫様みたいじゃない!」

 さすがは女の子、ヨウサは目を輝かせながら興奮気味にそう答える。

「でもユキちゃんって、初めてここに来たって言ってたよね……? ここは新しいお家なの〜?」

 ガイの何気ない問いかけに、ふいに執事の表情が曇った。急な変化に双子もヨウサも思わず視線を向けた。

「実は……ユキお嬢様のご両親が海外に出張になってしまったのです……。お一人でお屋敷においておくわけにも行きませんから、お嬢様のお祖父様のお屋敷でしばらく生活することになったのです」

 その言葉にヨウサとガイが思わずまゆを下げるが、思いがけずにこやかに話しだしたのは双子の方だ。

「家族と離れて生活って、寮に住んでる僕らと一緒だね!」

「友達もたくさんできるから楽しいだべよ! あ、でも、寮よりも豪華だから羨ましいだべ」

 双子の言葉に、向かい側に座っていたユキは嬉しそうにほほえんだ。そんな少女の様子に、執事の表情も緩む。

「……確かに、お友達はたくさんできそうですね、お嬢様」

 そんなやり取りをしている間に、複数のメイドたちが客間に入ってきた。彼女たちが持ってきたのは――

「お茶とお菓子でございます。どうぞごゆっくり――」

 たちまち、双子とガイの表情がぱっと明るくなる。

「わーい! お菓子だぁ〜!!」

「うわ〜! おいしいだ〜!」

「いや、シン、まだ食べてないからその表現おかしい」

 あっという間にワイワイと盛り上がるその様子に執事はあたふたしているが、それを見ているユキは楽しそうだ。そんなユキにヨウサがため息混じりに声をかける。

「ごめんね、ユキちゃん。シンくんたちって、いつもにぎやかだから……」

「はい、でも……楽しいです」

 そう答える少女は、本当に嬉しそうにほほえんでいた。






*****

 石造りの暗い部屋だった。大きく開かれた窓の外は薄暗く、雲行きが怪しい。殺風景さっぷうけいな部屋はだだっ広く、椅子が置かれている以外何もない。黒く光沢のある石のような材質の椅子は、異様に背もたれが長い。

 部屋の入口付近にひざまずく者がいた。小さな子どもだ。

 幼子が頭を垂れるその目の前には、一人の長身の男が立っていた。黒いマントをゆらし、ゆっくりとその黒い椅子に腰かけるその男の顔には白い仮面がはめられていた。黒く見開かれた空洞くうどうの眼、大きく裂けた黒い口、不気味な笑みを浮かべる仮面――ペルソナだ。

「……なるほど……。関連性はない……か」

 大きく裂けた黒い空洞の口から男の声が響く。その言葉に、ひざまずいていた幼子が顔を上げた。大きなエメラルド色の宝石をつけたひたいに茶色の髪が影を落とす。ペルソナの第一の部下、オミクロンだ。

「念のため、あの双子の出身地も調べてはみたのですが、紫苑山しおんざんという辺境の土地でした。精霊族の種類も多く、有名な魔導師の元、何人かの優秀な魔術師と魔導師が師弟関係をもって生活している模様です。その魔術師や魔導師が彼らの親代わりをしていました。あいつらの術が高いのはそのためかと……」

 見た目の幼さからは想像のつかない落ち着いたしゃべり方だ。その言葉に仮面の男は何か考えこむように沈黙していた。左手であごを押さえうつむいていたが、しばらくの沈黙をはさんで、つぶやくように一言漏らした。

「闇の石に関わるのは……ただの精霊族の血ゆえ……か……もしくは……」

「竜に関わる者だから――ですか?」

 男の発言を幼子が続けた。その言葉に真っ黒な空洞の瞳が向く。

「――あの少年たちの友人だな」

 投げかけられた言葉に、オミクロンはその小さな頭をうなずかせて答えた。

「はい、あまり目立った行動はしてきませんが……奴らの裏にしっかり関わって来ている模様です。私が闇の石を探しだした時には、手助けしていました」

 その言葉に、不機嫌そうな男の声が飛ぶ。

「……ウリュウめ……。まさかこの私に歯向かうとは……」

 いらだちを禁じ得ないペルソナの言葉に、少々眉まゆを寄せ幼子が問う。

「――気がついていないのでは?」

 部下の言葉にペルソナがため息を吐くようにつぶやく。

「……まあ、無理もない……」

 その様子に珍しくオミクロンが笑みを浮かべる。困ったような苦笑の表情で首をかしげる様子に、ペルソナの視線も向く。

「最悪の場合は……協力させてしまえばいいのでは」

「……最悪の場合はな……。だが今はその時ではない。今はむしろ――」

 ペルソナは窓の外を見た。動きに合わせ、銀色の髪がゆれる。

「泳がせておいたほうがいいだろう。竜に気に入られるまでの人物――正体を探るためにもな……」

 空洞の視線の先には黒い雲があった。遠くで響く雷鳴の音を聞きながら、仮面の男は深く息を吸う。その言葉に、オミクロンは静かにその頭を垂れた。

「かしこまりました。ではしばらくあの子どもたちは泳がせておきます。石の奪還はどうしますか?」

「それも後でいい。以前手に入れた石はすでに沈めて、まだ余裕がある。いい機会だ、少年たちがあの石をどこまで使いこなせるかどうか、見てみようではないか」

 そう答える仮面の男の声に若干の笑みが含まれていることを感じ取り、その笑みが幼子にも伝染する。

「……できますかね、あの子どもたちに……」

 オミクロンのその言葉には答えず、仮面の男は笑っているように見えた。

「それよりも、次の石を早く奪わねばな」

 急な言葉に、オミクロンが目を丸くした。

「次の石……分かるのですか?」

「ああ……今回は私の持つものと同じ属性……ようやくあの本と我が石に引き寄せられたようだな――」

 そう言って仮面を押さえる男の指の上で、仮面のひたいにある模様が光っているように見えた。

*****




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