第2話 お嬢様と執事さん


「それにしても、二人のコンビネーション、更に上がった感じだねぇ」

 目の前で服についたホコリを払いおとす少女をさておいて、ガイが思ったことをそのまま口にする。

「ま、夏休みの間も修行したから」

「当然だべさ!」

 答える弟の言葉にかぶせるように、シンが自信たっぷりに答える。

「それより、君も学生さん?」

 シンジが首をかしげながら問うと、質問を受けた三つ編みの少女はこくりとうなずいた。

「もしかして、オラたちと同じ、セイラン学校だべか?」

 シンの問いに、またも少女はこくりとうなずく。

「ていうか、この街にある学校って言ったら、セイラン学校しかないけどねぇ…」

 ガイのもっともなツッコミにヨウサが苦笑いで同意する。

「あはは……あ、私ヨウサ。セイラン学校四年生の太陽クラスよ」

 ヨウサの自己紹介に、あわててガイと双子も身を正す。

「あ、ボ、ボクも! 太陽クラス! ガイって言うんだ〜!」

「僕はシンジ!」

「オラはシンだべ!」

 三人の自己紹介に少女はにこりとほほえんで小さく会釈して言葉を続けた。

「あ……私はユキといいます。今日この街に越してきたばかりです」

 その言葉に、四人は同時に驚きの声を上げる。

「え、今日来たばっかりなの?」と、ヨウサ。

「ってことは、転校生だねぇ!」と、ガイ。

「わあ、年はいくつ?」と、シンジ。

「オラたち、四年生だべよ!」と、シン。

 四人が口々に言葉を述べると、ユキはそれぞれに小さくうなずいて、一呼吸置いてまた口を開いた。

「……私も……四年生クラスに入る予定です」

「わあ! 同い年だねぇ〜!」

 ユキの答えにガイがうれしそうに答えると、双子もヨウサもほほえむ。

「すごいね、僕達、ユキちゃんが引越ししてきて最初の友達だね!」

 シンジがそう言って、右手を差し伸べる。

「よろしくね、ユキちゃん!」

「はい」

 ワンテンポ遅れてユキが静かに右手を伸ばすと、シンジはにこやかにその手をとって握手あくしゅした。

 その時だ。

「お嬢様〜!!」

 ふいに彼らに向けて、男の人の声が遠くから響いてきた。思わず四人が視線を向けると、黒いチョッキを着た白い男が走ってくるのが見えた。人混みの流れに歯向かうようにして必死に走ってくるその人物は、服装が白いのではない。白い毛に覆われた、マテリアル種シロクマ族の男の人だ。見れば頭の上にちょこんと小さな耳二つ飛び出している。

「あれ、なんだかケトみたいな人が来ただべよ」

「こっちに向かってくるね」

 双子が首をかしげている間に、そのシロクマ男はぜいぜいと息を切らして、彼らの目の前でうなだれた。必死に走ってきたから疲れたのだろう。

「あ……執事さん……」

 うなだれた男にユキは小さくつぶやいた。その言葉にヨウサが口を押さえる。

「え、シツジ……って、執事さん……? お家のこと、いろいろやってる……」

「はい」

 ヨウサの言葉にユキはまた小さくうなずく。その言葉にうなだれていた男が勢い良く頭を上げた。つぶらな黒い瞳は、心底心配そうに目の前の少女を見ていた。

「お嬢様……なかなか見つからないので心配しました……。ううっ……無事で何よりです! 船乗り場の前で待っていていただければ、すぐにお迎えに上がりましたのに……」

「あ……すいません」

 ユキはそんな肩で息をするシロクマの男に、今気がついたように目をぱちくりし、頭を下げた。そんな彼女にシロクマの執事はブンブン首を振り、少女にその白い手を伸ばした。

「いえ、お嬢様が悪いわけではございません! 早めに船乗り場に到着していなかった私めの失態しったいです! どうかお気になさらず……ささ、屋敷にご案内します」

と、そこまでまくし立て、そこでようやく周りの少年少女四人に気がついたらしい。きょろきょろと彼らを見回すと、ユキと握手しているシンジに気がついて、執事はあわてて少年のその手を叩く。

「あいたっ! 何するのさ!?」

 思わずシンジが叩かれた手を引っ込めながら抗議すると、執事はユキをかばうようにシンジとユキの間に立ち、ほおをふくらませる。

「お嬢様に気安く触れないでいただきたい! お嬢様は繊細な方なのです!」

「なんだよ、あいさつに握手しただけじゃないか!」

 同じくほおをふくらませてシンジが抗議すると、兄のシンも「そうだべ」と同意する。

「そうだべよ! 友達になったから、あいさつしてただけだべさ!」

 そんなシンをまじまじと見て、シロクマ執事はまゆを寄せて険しい顔をする。

「むむむ……なんて品のない話し方をする子どもだ。さては、『不良』だな!?」

「失礼言うでねーだ! オラのどこが不良だべ!?」

「その、品のないしゃべり方がだ!」

「これは元々だべ!」

 思わずにらみ合い、ケンカが始まりそうな二人に、ガイがあきれたように口をはさむ。

「不良というか、シンは単純になまりが抜けないだけだけどねぇ。田舎者というか……」

「だれが田舎者だべ!」

 今度はシンの怒りの矛先がガイに向いたようである。

「ううん、ぎゃいぎゃいうるさい上に怒りっぽとは……! やはりお前ら不良だな!」

「だから違うって言ってるじゃないか!」

 どういう思考回路なのか、執事の頭の中で彼らは「不良」と決定してしまったらしい。そんな彼らが何を言っても、執事に聞き入れられるはずがない。シンジもほおをふくらませ必死に抗議するが、執事はブンブンと激しく首を振り声を荒げた。

「ええい、うるさいうるさい! 静かにしろ!」

「うるさいのはそっちだべさ!」

「そうだよ! 人の話を聞いてよ!」

「どちらにしてもだ! お前たちみたいな品のない者に、大切なお嬢様を近づけるわけにはいかない!」

 びしぃ!と、効果音でも付きそうな勢いで、執事がシンを指さすと、それに反感を覚えた双子がため息混じりに口をとがらせる。

「なんだよ、なんにも知らないのに勝手に決めつけて」

「そうだべ! ユキのこと、オラたち助けてやったんだべよ!」

「……何? どういうことだ?」

 双子の言葉に執事が一瞬動揺どうようして問いかけると、今まで無言だったヨウサが口を開いた。

「ユキちゃんが馬車にひかれそうになるところを、この二人が助けたのよ」

「馬車に……ひかれ……そうになっただと……? それを……こんな子どもが……?」

 一瞬驚く執事だったがすぐに首を振ると、またほおをふくらませる。

「――馬鹿な! そんな危険なこと、こんな子どもにできるか! そ、そんな見え透いた嘘を言っても、大人はだまされないぞ!」

「嘘じゃないもん。港の人たちみんなが見てたわよ。聞いてみたら?」

 ヨウサの余裕綽々(しゃくしゃく)な態度に一瞬怯むが、ええいと首を振り執事はまたも四人を指さして声を荒げた。

「と、とにかく! お前たちみたいな不良にお嬢様を触れさせて悪い影響を与えるわけにはいかないんだ! さ、お嬢様、屋敷に……」

と、ユキの方を振り向けば、すでにユキはシンジとまた手をつないでいる。

「こらぁーーー!」

 血相を変えて執事がまたシンジの方を振り向くが、シンジは彼の行動を察していたらしい。ユキの手を引いて、見事に執事をさらりとかわす。

「お、お、お嬢様に触れるなぁーーーーっ!」

 顔を真っ赤にして起こるシロクマ執事に、シンジはほおをふくらませてそっぽを向く。

「ただのあいさつだって言ってるじゃないか」

 そう答えるシンジの隣で、兄も普通にユキにあいさつをしている。

「オラもよろしくだべ、ユキ」

「あ、はい」

「あ、ボクも!」

「私も!」

 怒る執事をさておいて、四人はにこやかにユキにあいさつとして握手している。その様にシロクマ執事はわなわなと怒りに震えだした。

「こ、この……言うこと聞かない不良たちめ……! お、お嬢様はな――!」

「執事さん」

 怒りで叫び出しそうになる執事に、ユキの静かな声がかかる。小さな声ではあったが、さすがに仕えている当人のその声に、執事も言葉を飲み込んだ。

「みなさんの言っていることは本当です……。私、助けてもらいました。そして――」

と、ユキはそこで視線を上げ、執事の顔を見て目を輝かせた。

「この土地に来て、初めてのお友達です」

 白いほほをわずかに赤らめて、三つ編みの少女は初めて嬉しそうに笑った。



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