第4話 新学期の予感


 四人がユキのお屋敷にお邪魔した翌日——。

 この日は新学期になって初めての登校日だった。久しぶりの友人との再会にクラスメイトはみんなはしゃいでいた。それはもちろん、あの双子もガイもヨウサも例外ではない。間もなく授業が始まろうとしているのに、四年生の太陽クラスでは、部屋中にぎやかな声であふれていた。

「よー! 久しぶり、シンにシンジ!」

 大柄のクマ耳少年、ケトに声をかけられて、鳥族のトモとおしゃべりしていた双子は勢い良く振り向いた。

「あ、ケト! おはよ〜!」

「なんだ、焼けたな、シン」

「そう言うケトは変わらね―だべな」

 そんな会話をしている隣では椅子に腰かけたヨウサを囲んで、はしゃいでいる生徒達がいる。茶色の耳をぴんと立てて、長い茶髪をゆらしているのは、犬族中間種のリツだ。

「えー! ヨウサちゃん、シンくんたちの山に行ったの〜?」

「うん、一週間くらいだけど楽しかったよ!」

「シ、シンの家に泊まっただなんて……そんな……」

と、落ち込んでいるのは猫耳のマハサである。

 そんな他愛もない話をしていると、ふと思い出したように魚族の少年、スーくんことスアイが思い出したように声を上げた。

「そうだ、今日職員室に行ったら、レイロウ先生のところに見たことない女の子がいたよ」

 その発言に、ヨウサだけでなく他のみんなも聞き耳を立てる。真っ先に口を開けたのはリツだ。興奮で茶色の尻尾をぱたぱたと振っている。

「あ、それって転校生じゃない?」

「ホント? あ、もしかして……」

 問いかけて、ヨウサは一つの心当たりを思い出す。その間にもスーくんの説明は続く。

「水色の女の子でね、可愛い子だったよ。もしかしたらウチのクラスに来るのかな?」

 その時だ。教室の扉が開いて、先生が入ってきた。片方の目にだけメガネをかけ、長い緑の髪を無造作に束ねた白衣姿の先生――このクラスの担任であるレイロウ先生だ。それを見て、クラス中が席につこうとざわつくが、見かけない少女の姿を確認して、また生徒たちはざわめき出す。それを先生がにこやかだけれど、大きな声で制した。

「さあ、みんな、席に付け〜。今日はみんなもお楽しみの転校生を紹介するぞ」

「——やっぱり」

「予感的中だべな!」

「やった、同じクラスだぁ〜」

 男子三人が顔を見合わせて笑いあうその視線の先には、予測通り、水色の髪を三つ編みした少女が、ほんわかした雰囲気で立っているのだった。



 ユキがクラスに馴染むのはあっという間だった。おっとりと人当たりのよいユキは、ゆかいな太陽クラスのみんなにすぐ受け入れられたようだった。最初に仲良くなったのが、クラスでもにぎやかなシン達だったことも、影響は大きかったのかもしれないが。

「それにしても、今日の数魔法の授業はおもしろかったね〜」

 昼食のおにぎりをかじりながら、シンジがにこやかに声をかける。

 新学期始まってすぐの授業が、さっそく数魔法の授業だったのだ。残暑がまだまだ厳しいこの時期、四人はいつものように校庭の草むらの上で昼食を取っていた。春先なら太陽の下でお昼ご飯だったのだが、暑い季節の間はいつも近くの木陰に入って食事をするというのが彼らの昼食スタイルだった。

「そうだべか? オラには難しかっただべ」

 弟の言葉にそう答えるシンは、渋い表情で水筒のお茶をすする。

「今日は大地系魔法の分類だったからねぇ。炎系が得意なシンには難しかったんじゃないの〜?」

 すでに食事を終えているガイは、先ほど授業で使った数魔法用のメガネを拭きながらつぶやく。見れば磨いたメガネにはうっすらと白い線があり、線はメガネの中心で十字型に交差していた。

「数魔法は空間にある魔力を数値化して、それを自分の魔力で支配下に治めて発動する魔法なんだよね〜。元々炎系や風系に特化しているシンには、大地の魔力は支配下に治めるのが難しいんだよ〜」

 ガイの説明にシンは難しそうな表情だ。

「ガイの言っていることはイマイチ分からねえだべが、ま、オラには大地系は向かないってことだべな?」

「カンタンに言えばね〜」

「でもさ、僕らにわざわざこの数魔法用のアイテムをくれるなんて……ユキちゃんちってよっぽどのふとっぱらだよね」

 身を乗り出してシンジが言うと、ガイもそのメガネをのぞき込みながらため息をつく。

「そうだよねぇ〜……。そりゃそこまで高い品物じゃないけどさ〜……」

「だからって、オラたち四人分準備してくれるなんて相当だべさ」


 ユキのお屋敷にお邪魔した後のことだ。執事に半ば強引に屋敷に連れて来られた四人は、結局帰宅時間が予想より遅くなり、買い物に行くにいけなくなってしまったのだ。帰り際、玄関先で四人が買い物の相談をしていると、それを耳にした執事は驚いたように声を上げた。

「ええっ!? 本日、お買い物の予定だったんですか?」

 四人の事情を知って、シロクマ執事は目を丸くした。

「それならそうと言ってくだされば……お買い物用に車も出しましたのに」

「いやいやいや、そこまでしてもらうほどじゃないからっ!」

 彼の生活感覚のちがいに、シンジはあわてて首を振る。屋敷に来るだけでも落ち着かないのに、車まで出してもらってその上、買い物の付き添いなどされたら、慣れない彼らには窮屈きゅうくつで仕方がないだろう。

「それに買い物って言ったって、学校で使う道具を買いに行くだけなの。だからそんな遠くまで行くものじゃないから……。なんなら、明日の朝、急いで買えに行けばいいじゃない?」

 ヨウサの提案に双子もガイもうなずくが、納得出来ないのは執事の方だ。

「いえいえいえ、私めがお屋敷に招待したばっかりにお買い物のタイミングを失ってしまったのでしたら、こちらで責任持って品物を準備いたします!」

 そう意気込む執事に、四人はあわてて首を振る。

「えええっ!? そ、そこまでじゃないだべよ! だって、オラ達が欲しいのは、数魔法に使う魔導メガネと指輪くらいだべ」

 執事の言葉にシンがそう答えると、なぜか執事は目を丸くしたのだ。そして次の瞬間、嬉しそうに声を上げて笑ったのだ。

「はっはっは……。魔導指輪とメガネ! ああ、数魔法の発動アイテムでしたか。それでしたらぜひ! 私めからプレゼントさせてください!」

「えええええっ!?」

 驚く四人をよそに執事はそう言って、なんとご丁寧にも数魔導指輪とメガネのセットを彼らにプレゼントしてくれたのだ。


 そんな昨日の様子を思い出して、双子は顔を見合わせて苦笑した。

「まあ、お買い物の手間は省けたからいいけど……」

「さすがにこれもらうってのは、もらい過ぎな気がするべ」

「大体、なんですんなり数魔導のアイテムが出てくるのかなって、疑問もあるけどねぇ〜」

 続けてガイも首をひねる。

「しかもこのアイテム、結構質がいい気がするしねぇ……」

「それなんだけどさぁ……」

 と、急に口をはさんだのはヨウサだ。こちらも食事を今終えたところと見え、食べ終えたお弁当箱を片付けながら話していた。

「こないだ、ユキちゃんのお屋敷に行ったじゃない? その時にユキちゃんの家系、アイリーン家って、執事さん言っていたじゃない」

 その言葉に、三人とも思い出したように声を発する。

「ああ、そう言えば、そんなこと言ってただべな」

「そうそう、アイリーン家。キレイな名前だよねぇ〜」

「でもアイリーン家なんて、僕、初めてきいたけど」

 ガイに続いてシンジがそう首をかしげると、ヨウサはうなずいた。

「それなのよ、それなんだけど……」

と、ヨウサはひょいとガイの持っていたメガネに手を伸ばしそれを取る。そしてメガネの耳かけ部分を指さしてみせた。

「思い出したんだけど、アイリーンって、数魔法技術で有名な会社じゃなかったっけ?」

 ヨウサのその言葉に、三人はじっとメガネの耳かけ部分を凝視する。よくよく目を凝らすと――

「……あ」

「ホントだべ」

 双子の視線の先に書かれている文字は、しっかりと「アイリーン」の文字が刻まれていた。それを確認してメガネから顔を離し、ガイも思い出したようにのけぞった。

「ああ〜、そういえば数魔法の技術って北の国の方が有名なんだよねぇ。ユキちゃん、この中央大陸の人じゃないし、もしかしたら北の方から来たのかもしれないね」

 その言葉に、ヨウサがふと寂しげにうつむいた。

「そういえば……ユキちゃん、お父さんとお母さんと離れているのよね、今……。寂しくないのかなぁ……」

 その言葉に、ガイも思わず口を閉じる。もともと大人しい性格なのだと思うが、それでも黙って座っている姿は、時々心配になるのもうなずける。急に親元から離れて過ごすことになれば、寂しくないはずがないのだから。

 だが、双子は明るく笑った。

「大丈夫だよ」

「オラたちがいるべ! 学校が楽しくて寂しいことも忘れるべさ! ――あ」

 行っているそばから、校庭に連れだされたユキの姿が目に飛び込む。見ればクラスメイトのミツキとロウジーと一緒だ。それに気がついたヨウサもすっくと立ち上がった。

「きっとこれから遊ぶんだわ」

「よ〜し! ボク達もユキちゃんと一緒に遊んじゃおう〜!」

「さんせーい!」

「賛成だべ! ユーキー! ミツキー! ローウジー!!」

 そそくさと昼食の片付けをして、四人はクラスメイトのそばに走り寄っていった。



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