第1話 新学期の出会い


 夏休みが終わって新学期が始まる時期だ。明日には学校も久しぶりに始まる。セイランの商店街は、久しぶりに学生たちであふれていた。どの店も新学期に向けた商品の売り出しで大にぎわいだ。四人は楽しげに話しながら町の中を歩いていた。彼らの目的も新学期に向け、買い物をすることだった。双子が町に戻ってくる頃を見計らって、四人は一緒に買い物に行く約束をしてたのだ。

「秋からの授業は、実戦も増えてくるって言ってたわよ。数魔法の道具も準備しとけって」

 ヨウサがメモを見ながらつぶやくと、それを隣からシンがのぞき込む。

「ジッセンって……なんだべ?」

「実際に魔法とかを戦いに使うってことかな?」

 兄の問いに、少々興奮気味に弟のシンジが答える。

「戦いもあるけど、実生活にどう使うのかってことも多いと思うよ〜。ほら、穴の掘り方とか、物の探し方とか〜」

 続けてガイが答えると、シンはその肩を落とす。

「戦い方の方が楽しみなんだべがなぁ…」

「あはは、もう僕らは使っちゃってるけどね」

 シンジのこの答えに、四人はお互いに顔を見合わせて苦笑する。すでに実戦を積んでいる彼らのことを知っているのは、校長と担任のレイロウ先生くらいだ。他の先生に知れたら驚かれるか、もしかしたら場合によっては叱られるかもしれない。

「あ、ところで数魔法の道具って何だべ?」

 まだ数魔法は勉強中の彼らにとって、その道具というのはあまり聞き慣れないものだ。シンの問いに、ガイが答えるより早くシンジが口をつく。

「実戦用ってことは、魔導指輪じゃないかな? ホラ、透明な魔鉱石のはまってるヤツ」

 兄の隣で弟のシンジはヨウサと同じようなメモを開きながら答える。ヨウサとシンジの二人が持つメモは白いカードのようになっていて、そこから光が浮き上がるように文字が空中に浮かんで見えた。魔法で書かれた特殊な伝達メモだ。その空中に浮かんだ半透明な文字を目で追いながら、カードの上を指でなぞりメモの文章の表示を変えていく。

「やっぱりそうだよ、数魔法用の魔導指輪と、眼鏡を買えって書いてある」

 メモを見ていたシンジが顔を上げて答えると、その言葉にガイが腕を組んで首をかしげる。

「数魔法の道具を扱ってるお店ってどこだろうねぇ〜。指輪ってことは、アクセサリー屋さんとか〜?」

「眼鏡も必要だから、ありえるだべな!」

 ガイの言葉にシンが勢いよく振り向いて同意すると、ヨウサもうなずいた。

「だとしたら、船乗り場の方にあったかもしれないわね。行ってみましょ!」

 ヨウサのかけ声に、四人は一斉に港の方向へ走り出した。

 人ごみをかき分けて港の方へ駆けていくと、だんだん潮のにおいが強くなる。そのにおいを胸いっぱい吸い込んで、四人は速度を上げていく。町の商店街に負けないほど、港の店も大繁盛だった。シンたちのように飛行艇でセイランの町に来る生徒もいれば、船でやってくる生徒もたくさんいる。彼らのように大荷物を抱えて歩いている学生の姿も多かった。

 ひときわ大きな港の大通りに出ると、人だけでなく荷物を運ぶ車も多く走っていた。もっとも魔鉱石の力で走る浮遊型の楕円形をした乗り物もあれば、荷車を引く人も、馬に引かせるものもあり、大通りもたくさんの乗り物であふれていた。

「相変わらずここはにぎやかだね」

 人の声や車の音などの喧噪けんそうに負けないように、いつもより大きな声でシンジが言う。彼の言葉にうなずいて、シンがあたりをきょろきょろと見回した。

「で、肝心のアクセサリー屋さんはどこだべ――っと!」

「おっと、失礼!」

 シンは急に誰かに押されてよろめいた。彼が肩かから下げているカバンは、いつもの彼の胴回りよりも大きく、見ればその荷物に人の流れがぶつかってしまったようである。よろめきはすれどもすぐに体制を整え、シンはぶつかった人の方を見てぽかんとする。

「なんだべ、そんなにオラ、邪魔だっただか?」

 そんなシンに弟のシンジが笑う。

「仕方ないよ、今日の僕らの荷物は大きいから。人もぶつかっちゃうんだよ」

「そうでなくてもシンはおっちょこちょいなんだから〜。気をつけなきゃ駄目だよ〜」

「失礼なことを言うでねーだ!」

 ガイの余計な一言に、当然シンはその怒りの矛先を彼に向ける。そんな二人を見てヨウサが声を上げて笑うが、すぐに口元を押さえて周りを見回した。

「でも、危ないのはシンくん達だけじゃないわ。きっと他の大荷物持っている人はみんな危ないんじゃないかしら。――あ、ほら、あの子だって――」

と、ヨウサはとっさに道路向かい側の一人の少女を指差した。見れば一人の少女が体の割に大きなカバンをひざの前にぶら下げていた。荷物は重いと見え、両手で持ってはいるものの、その荷物の重さに体が前のめりになってしまっている。

「あの子も大変そうだねぇ。なんだか年が近そうだなぁ〜」

 ヨウサの指差した少女を見て、ガイがそうつぶやいた時だった。

 シンの時と同じように、少女に人の流れがぶつかった。急いで走っていく一人の男性が少女の背後を走り抜けた次の瞬間だった。その男性が少女の肩にぶつかったのだ。

 たちまち少女は手に持った大荷物に引きずられるように前のめりによろめいて、そのまま倒れてしまった。しかも――

 少女が倒れたのはまさに車通りの激しい道路――はっと気がついた少女が目線をあげれば、すぐ目前には勢いよく走ってくる馬車の姿があった。

「危ない!」

「やべぇだ!」

 それにいち早く気がついた双子の反応は一瞬だった。荷物を即座そくざに肩からすべらせると、そのまま道路に飛び出した。

「二人とも!」

「危ないよ〜!」

 ヨウサとガイの叫ぶ声がするのと同時に、双子の姿を確認した車の運転手も馬車の人もあわてて車を止める。馬の悲鳴や人の悲鳴をまるですり抜けるように、赤い少年と青い少年はするりと車も馬車も飛び越えた。

 そんな双子の目の前に飛び込んだ光景は、道路に倒れた少女に気がついた馬車の運転手があわてて手綱たずなを勢いよく引いている姿だった。その様子に思わず周りの人々が悲鳴をあげた。

「馬車はオラが!」

「りょーかいっ!」

 双子は短く会話を交わしたがそれも束の間。

 急ブレーキに大きく前足を持ち上げる馬車馬ばしゃうまの目の前にシンは飛び出した。それこそ馬の下敷きになりそうなその至近距離に、港の人々がいっせいに息をのんだ。

防御風壁ぼうぎょふうへき!』

 まさに紙一重の差だった。馬の足が赤髪の少年に激突するかに見えた瞬間だった。突風が吹いたかと思うと、そのまま強い風の勢いに押され、馬も、それに引かれる馬車の動きも、風にさえぎられてその動きが一瞬止まる。

「えいっ!」

 その背後で青い少年は倒れた少女に体当たりするように勢いよくふところに飛び込むと、そのまま少女の体を元いた場所に押し戻した。

 港中の視線が集まる中、風の音だけが轟々ごうごうと響き、馬も馬車もその風に後ろに押し戻されるように、ゆっくりと後じさった。そして風の音が止んだ時には、あれほどうるさかった港の喧噪けんそうが、水を打ったように静まり返っていたのだ。

「ふー、大丈夫? 怪我はない?」

 唐突とうとつに明るい声が響いたかと思うと、地面に伏せるように倒れ込んでいた青い少年が勢いよく上半身を持ち上げた。そんな少年の両腕に抱きかかえられるように地面に倒れていたのは、先ほどの少女だ。

「よかった! 無事だったべ!」

 シンの喜ぶ声をまるで合図にしたかのように、いっせいに拍手がわき起こった。先ほどまで忙しそうに早歩きしていた大人も学生も、車に乗っていた人や先ほどぶつかりそうになった馬車の人まで、港の人々が一人残らず少年達に向けて拍手を起こしたのだ。

「すごいぞ、おまえたち!」

「よく女の子を助けたな!」

「かっこいいぞ!」

 次々かけられる言葉に、双子は顔を見合わせて照れ笑いした。

「えへへ、それほどでもあるだべさ!」

「そんなにめられると照れるなぁ」

 そんな双子のもとに、ヨウサとガイも遅ればせながら走りよってきた。

「シンくん、シンジくん、やっぱりさすがね!」

「相変わらずのコンビネーションだったねぇ! それより、女の子は無事〜?」

 ガイの呼びかけに、地面に座り込んでいた少女は恐る恐る上を向いた。その表情がおびえていないことを確認して、四人はほっと胸をなで下ろした。

「大丈夫? 立てる?」

 シンジが手を伸ばすと、その手に引き上げられるように少女は立ち上がった。立ち上がった少女の背丈は、まさに彼らと同じくらいだった。水色の長い髪を二つに分けて三つ編みした少女は、その瞳もきれいな青い色をしていた。

「あの……ありがとうございます……」

 四人の顔をゆっくり見回しながら、少女はそうお礼を口にした。町の音にかき消されてしまいそうな可憐かれんな声だが、その姿に似て耳をく声だ。

「わあ、思ったよりかわいい子だねぇ〜」

 その姿をまじまじと確認して、ガイが驚いたような声を上げる。

「思ったよりって、ガイくんそれ失礼……」

 こっそり突っ込むヨウサである。

「よかった、どこも怪我してないね!」

 シンジは少女の姿を見てにこりとほほえんでみせた。シンジの問いに少女は静かにうなずくのだった。


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