第5章 双子、予告状を受けて立つ!

プロローグ 夏休み終わる


*****

 夏にしては涼しい気候だと思った。さすがは世界の中でも最北に位置する北方大陸、夏の気候は過ごしやすいのだろう。老人は船から降りた。暗い船内から外に出れば、それでも強い日差しが目にまぶしい。思わず老人は目を細めた。

「来たか、じーさん」

 聞き慣れた声がして老人は声の主の方を向いた。船から降りるたくさんの人ごみの流れに逆らうようにして、その男は立っていた。老人の目的の人物だ。人の流れがせわしない中、その男だけが堂々と立っており、その姿は威圧感があった。傷だらけで日に焼けた太い腕を上げ、人懐っこい笑顔を見せる男はずいぶん若々しく見えた。

「出迎えご苦労じゃのう、司令官」

 老人が歩み寄りながらそうつぶやくと、茶髪の男は口の端をゆがめ楽しげにほほえんでみせた。

「それにしても、じーさんよく来れたな」

 二人を乗せた小型車は、にぎやかな街の喧騒を通り過ぎていく。向かい合うように座席に座っていた茶髪の男は口の端をゆがめ、楽しそうにそうつぶやいた。

「セイラン学校の校長ともあろう人が、そうホイホイとこんな遠い大陸までは普通来れないだろう。忙しいんじゃないのか」

 その言葉に、白いひげをなでながら老人は楽しげに笑う。

「なんじゃ知らんのか、司令官。学校は今、夏休みじゃよ。さすがにワシらも暇じゃて」

「ああ、そうか。いいなぁ、夏休み。学生時代が懐かしいよ。遊び放題だったからなぁ」

 そう言って豪快に笑う男に、しばし優しい瞳をしていたが、一呼吸置いて老人の眼の色が変わる。その気配を察した男は、そのニヤついた表情を貼りつけたまま、横目で老人をとらえた。

「……してさっそくじゃが、例の場所には案内していただけるのかのう?」

 穏やかな口調ではあるがその言葉の裏に真剣な空気を感じ取って、男は明るくしかし真面目な表情で「ああ」と短く答えた。

「今日にでも出発する。というか、むしろじーさんの力……いや、知恵を貸して欲しいんだ」

「ワシの知恵……か。――果たして役に立つかのう」

 どこか寂しげな口調でそう返す老人に、男は力強くうなずいた。

「少なくとも、オレたちよりはじーさんの方が役に立つさ。――なにせ」

 と、男は向かい側に座る老人に顔を寄せ、下から見上げるようにしてニヤリと笑う。

「闇の石に一番詳しいのは、あんただろう……? ゴフじーさん」

 その言葉に老人は無表情のまま、まゆ毛に隠れた瞳を鋭く光らせていた。

*****






 夏が終わるのはあっという間だ。夏を遊び尽くした子どもたちも、そろそろ新学期に向けて学校にやってくる時期が近づいていた。

 その日、よく晴れた青空に一つの白い物体が浮かんでいた。丸い形をした飛行艇はゆっくりと町の上を通り過ぎていく。にぎやかな町の喧噪を聞きながら、窓枠にほお杖をついていた少女は、空を見上げてあっと小さく声を上げた。窓から身を乗り出すように空を見上げ、じっと白い飛行艇をにらんでいる。

 雲にまぎれて姿を確認するのが難しかったのか、少女はそれをしばらく見つめていた。しばしの間をはさんで、確信を持ったらしい彼女は「よし」と声を上げ、部屋の奥に引っ込んだ。

「母さん、私、迎えに行ってくるね!」

 少女の声とともに、タンタンと階段を下りてくる足音が家に響く。それを聞きながらおっとりした女性の声が短く返事をする。何か少女に声をかけているようではあったが、それに対して少女が元気に、わかってる、などと答える声がしたかと思うと――

 小さなれんが造りの家の木の扉が勢いよく開き、そこからピンクの髪を風にゆらす一人の少女が飛び出した。肩には小さなカバンをかけ、靴をきながらすでに足は駆け出していた。

「早く校庭に行かなきゃ! 飛行艇が到着しちゃう!」

 誰に言うでもなく少女はそうつぶやいて、人ごみをかけ分けるように白い路地をかけて行った。


「とうちゃーくだべっ!」

 青々と広がる草原の上に、勢いよく少年は飛び降りた。着地する音と同時に、ばたんとカバンの中が鳴る。続けて彼の弟も着地する。

「えいっ!」

 同じく草原に着地する軽快な音とともに彼のカバンも鳴る。

 赤い髪の少年――シンが、後ろを振り返りながらにかっと八重歯を見せて笑うと、それにつられるように弟の青髪の少年もほほえむ。

「久しぶりの学校だね! なんだかドキドキしちゃう!」

 言いながら青髪の少年――シンジが足を踏み鳴らす。それに同意するように兄も笑いながらうなずく。

「ガイやヨウサに会うのも久しぶりだべな。あいつら変わってねーべかな?」

「寮のみんなも久しぶりだもんね。早く会いたいなぁ」

 双子がそんな他愛もない会話をしながら芝生の小山を降りて行く。双子だけでなく、ぞろぞろと他の学生も大きな荷物を手に小山を降りていった。ちょうどその小山を降りきった時だろうか。双子の目の前の校庭を、ぜはぜはと息を切らしながら走ってくる少年の姿が見えた。

 緑色のバンダナに細い手足の目の細い少年――その少年の姿を見るなり、双子は顔を見合わせてほほえんだ。

「やっぱりガイだね」

「あいつはやっぱり変わらねぇだなぁ」

 そんなやり取りをしている間に、ガイは双子の目の前まで走り寄っていた。

「よかったぁ、やっぱりシンとシンジだね〜! お久しぶり〜!」

 無表情というかまぬけというか、いまいち喜びの伝わってこない細い目のまま、細身の少年はにこやかに声をかけた。久しぶりに会う友達に、双子の表情も明るくなる。たちまち満面の笑みで双子は口を開いた。

「お久しぶりだべ、ガイ」

「やっぱりガイは変わんないねぇ」

「そんな〜二人だって変わんないよ〜」

「いやぁ、それほどでもねーだ」

めてないって」

 シンの天然ボケな言葉に弟もガイも同時に突っ込む。

「相変わらずね、三人とも」

 唐突とうとつに声をかけられて声の方向に振り向けば、案の定親しい友達の少女があきれ気味に、でも嬉しそうにほほえんで立っていた。

「ヨウサ!」

「ヨウサちゃん! 久しぶり!」

「相変わらずかわいいねぇ〜」

 男子三人のそれぞれの言葉にヨウサはピンクの髪をかきあげて、ちょっと恥ずかしそうにはにかんでその笑顔を見せるのだった。



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