第13話 落とし穴


*****

 雲行きが怪しくなってきた。昨日のように土砂降りにはならなくとも、この調子で行けば雨でも降りそうな、そんな天気だ。生温い風に吹かれながら、二人の少年は向かい合っていた。その二人の足元には、長い石の柱が横たわている。

「準備はいいかい~?」

 緊迫した表情と口調とは裏腹に、間延びする声でバンダナの少年が問う。

「こっちは大丈夫」

 そう言って片手を握りしめるのは青い髪の少年、シンジ。その握りしめられた右手が青白く光り、魔法発動の準備が整っていることがわかる。それを見て、バンダナの少年、ガイがうなずいた。

「じゃあ、ボクも――『ライト』!」

 ガイの呪文とともに、その手に魔法で作られた明かりが灯る。その明かりが橙色にゆらめいていて、それはロウソクの炎のようにゆらめく。

「これは炎属性でもあるライトだよ~。これでシンほどじゃないけど、炎の力は示せると思うんだ~」

 そこまで言って、ガイはシンジを見て口元を引き締めた。

「せえの、で一緒にこの石に魔法を当ててみよう。シンジ、いいかい?」

「わかったよ」

 ガイの言葉にシンジはうなずいて、その光る手を真下の石にかざす。その言葉にガイはひと呼吸ついて言った。

「じゃあいくよ〜……せえの!」

水柱スイチュウ!』

 ガイのかけ声とともに、シンジが水魔法を柱にお見舞いする。と、同時にガイもそのライトを石にかざした――その途端とたんだった。

 柱に描かれた模様が光ったのだ。

 ガイがライトをかざした柱は、炎のマークが赤く光り、シンジが水魔法をかけた柱は、しずくのマークが青く光り、たちまちその光は柱全体に広がった。

 二人があっと思う間もなく、その二人の足元が白く光ったのが見えた。見れば足元の石畳が丸く円状に光っていた。草に隠れて見えなかったが――魔法陣が描かれていたのだ。

 そして次の瞬間――――二人の足元は空洞になった。

「へ?」

「ええっ!?」

 二人が驚いたのも束の間――

「うわぁああああ!?」

 二人の少年は、足元の魔法陣の落とし穴にそのまま落下していった――。

*****






鎌鼬かまいたち!!』

 何度も何度もその短剣を振りかざし、シンはその速度を落とすことなく通路を飛び進んでいた。シンが風のごとく通路を駆け抜けていくと、同時に魔物の悲鳴が響き渡る細いい通路を所狭しと埋め尽くす黒い影は全て魔物の姿だ。あまりにも魔物が多すぎて道が見えない。シンが起こす風の刃に切り裂かれ、道の中心がその風の刃分切り開かれていく。

雷申ライコウ!』

 そんなシンの後ろから、通路の脇にそれた魔物を反撃の間を与えることなくヨウサの電撃が狙い打つ。その二人の攻撃はなかなかのコンビネーションだ。

「すげーぜ! 魔物がどんどん消えてくぜ!」

 ヨウサの更に後ろで二人の戦いぶりを目の当たりにしながら、マハサが興奮気味に叫ぶ。彼はといえば、シンが蹴散らし、ヨウサがその残党を仕留めて、それでもまだ襲いかかろうとする魔物をその両手の爪で切り裂いていた。さすがに前二人が怒涛どとうの勢いで魔物を追い払っていくから、あまり彼の出番はないようではあったが。

「この調子で行くだべよぉおおお!!」

と、勢いいさんでシンがもうひと振り、大きく短剣をなぎ払った時、それは突然に口を開けた。ひときわ大きな風の刃が、目の前の魔物数体を通路脇に追いやったとき、その魔物の足元に黒い闇が広がっていた。

 落とし穴――? とシンが思ったのも一瞬。

 シンがあっと息を飲んだ次の瞬間には、その闇にヨウサが足を突っ込んでいた。

「――ってきゃぁあああ!?」

 思い切り地面を蹴ろうとして踏み出した足は、そのまま闇に吸い込まれるように下に落ち、あっというまに体は闇にすべり落ちる。シンは飛んでいたから当然踏み込まなかったわけだが、それはやはり落とし穴だったのだ。

「ヨウサ!」

 シンがとっさに振り返って腕を伸ばすが、紙一重で届かなかった。するりと少年の手は空をかき、その直後ピンクの髪が闇に飲まれた。

「くっ!」

 少年の行動は速かった。まるで水中に飛び込むかのようにその闇に頭から突っ込んでいくと、真っ暗な闇の中をぐんぐん落ちていく。

「ヨウサーーっ!」

 叫ぶシンの声にヨウサが反応した。

「シンくんっ……!」

 ピンクの髪が鮮やかに闇に映えて、それを目印に手を伸ばすと――ようやく少女がその手に届いた。腕を力強くつかんだと確認すると、シンはにやりと笑って呪文を唱えた。

飛翔ヒショウ!!』

 呪文の直後、少年の体がふわりと浮いて落下が止まり、それとともにつかまれた少女の体も空中に静止した。

「――ふー……。危機一髪だべ……」

 心底ほっとしたようにシンがため息を着くと、しばらくあっけにとられていた少女もほっと息を吐く。

「――っとにびっくりしたぁ……あ、あれって落とし穴……?」

「だべな」

 少女の言葉に短く答えると、シンはヨウサの腕を引き上げるように両手でつかんだ右腕を持ち上げる。

「ヨウサ、無事だべか?」

「うん、大丈夫。びっくりはしたけど」

 ようやくほほえむ少女の顔に、シンの表情もいつもの笑顔に変わる。

「さ、ヨウサ。オラの肩につかまるだ。おんぶしねーと動けねーだべ」

 と、ヨウサがシンの背中に捕まった時だった。上から声が響いてきた。思わず二人が上を向くと――

「――――ぅぁぁぁああああああああーーーー!!」

 叫び声が大きくなるのと同時に、落ちてきたのは、なんと猫耳少年のマハサだった。

「ええっ!?」

「マハサもだべか!?」

 と、二人は驚くが、正直あの速さで走っていたら当然マハサも落とし穴をけきれなかっただろう。

 とっさにシンが彼をつかもうと腕を伸ばすが――

「――――ゃぁあああああああーーー!」

「ミラン!?」

 立て続けに落ちてきたのは、なんとミラン――!

「ヨウサ、つかまってるだべよ!」

 言うが早いが、シンは両腕を伸ばして、落下してくる二人をつかもうとするのだが――

「ぬおっ!!」

 両腕が少年と少女をつかむと同時だった。二人の重みと落下の衝撃がシンの体に伝わり、思わずシンの体もよろめく。少年一人で三人分の体を支えるのには無理があったのだ。

「うわぁああああああ!!」

 落下する二人の勢いは止まらず、それに引きずられるようにシンとヨウサも暗闇の中に落ちていくのだった――。



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