第14話 誤解?


*****

「ちょうど良かったぜ! 今オレ、先生の所に行こうと思ってたんだ」

 肩で息をしながら、大柄な少年がホッとしたようにつぶやいた。

 二人の少年は、学校の廊下で向かい合うように立っていた。あいにくの天候で昼間にしては薄暗い学校の廊下は、遠くで子どもたちのざわめく明るい声が響いていた。しかしそれ以外はやたらとしんして、どこか寂しい空気すらあるように感じた。

 そんな空気を背景に、きれいな銀髪をゆらしながら少年は首をかしげた。

「先生の所に? どうしてまた? ――あ、そうだ! それよりケト、遅刻だよ?」

 思い出したように銀髪の少年が言うと、ケトと呼ばれた少年はぶんぶんと首を振る。

「それがそれどころじゃないんんだよ! ちょっと大変なことになって……」

「大変なこと……? 何かあったの?」

 クマ耳少年のその言葉に、級長と呼ばれた少年は一瞬顔を曇らせる。クラスメイトの様子がおかしいことに気がついたのだろう。そして何か思い出したように息を飲んだ。

「まさか――シンたちもいないけど……もしかして、関係しているの?」

 その問いに、ケトはとぎれとぎれの呼吸を整えながら、森で起こった出来事を彼に伝えた。トモが朝からいなかったこと、森にいるかもしれないからみんなで探しに行ったこと、その森でミランとヨウサとマハサとシンが消えたこと、もしかしたらそれがオバケの仕業かもしれないこと――。その非常事態に、先生に助けを求めようと自分だけ戻ってきたこと――。

 全てを話し終えると、級長のフタバはその顔色をこわばらせたまま唇をんだ。

「それって……ホントなの? そんな大変なことが……ホントに?」

 にわかには信じられず尋ね返す少年に、ケトはにらむように真剣な目を向けて何度もうなずいた。

「ホントだよ、こんなこと冗談でも言えるかよ。だからこうしてオレだけ戻ってきたんだ。今はシンジとガイが残っているんだ。もしかしたらあいつら、見つかるかもしれないし、戻ってくるかもしれないし――そこはあいつらに任せて、オレだけ戻ってきたんだ」

「シンジとガイが――残ってるんだ――」

 ケトの言葉に級長はつぶやきながらうつむいた。重苦しいその言葉に、ケトもうなずきながら言葉を続ける。

「だから、早く先生に助けてもらったほうがいいだろうって思ってさ……。あ、級長、レイロウ先生は教室だよな? は、早く行こうぜ!」

と、銀髪の少年の腕を引きながら歩きだそうとするケトに、思いがけない声が飛んだ。

「何も――そんなにあわてることないんじゃないかな?」

 落ち着いた声だった。あまりにも予想外な発言にケトは目を丸くする。

「な、何言ってんだよ? トモも――マハサやシン、それにヨウサたちまでさらわれたんだぜ? お、落ち着いていられるかよ!」

 そう言ってケトがフタバの肩をつかむと、銀髪の少年はにこやかに、しかしはっきりと言った。

「だって、今回いなくなったのはトモにマハサに――それにシンなんだろう? どう考えたっておかしいじゃないか」

 フタバはそこまで言って急に笑い出した。

「あはははは、だって、あのトラブルメーカーに問題児のシン――どう考えたって、ちょっとしたいたずらとしか、僕には思えないけどな」

 にこやかだけれどあまりに冷めたその口調に、ケトは寒気すら覚える。

「フ、フタバ……何言ってんだよ……? ホントにあいつら消えたんだよ、あの森の奥の変な石だらけの場所で――!」

 思わず緊張と困惑こんわくで、フタバをつかむその腕に力が入る。フタバはそんなケトとは対照的にどこまでも冷静で、その腕をさらりと振り払う素振りをした。どう見ても力ではケトの方が上回りそうなものだが、小柄な少年は難なくその太い腕を振り払う。思いがけないことにケトが言葉をなくしていると、フタバはまたもさわやかにほほえんで何事もなかったように口を開いた。

「先生はどこに行ったか僕もよくわからないよ。でも、きっと探しに行っているはずさ。――さあ、問題児探しは先生に任せて、教室に戻ろうよ」

 にこやかに、しかしあまりにもさらりと冷たいことをいう少年の様子に、ケトは言葉をなくしてその場に立ち尽くしていた。

 フタバは――こんなことを言う少年だっただろうか――? そう困惑こんわくする少年を横目で見て、銀髪の少年はくるりと踵を返して廊下を歩いて行った。

*****





「うわぁああああああ!!」

 真っ暗な闇の中を、少年たちの叫び声がこだまする。落下とともに空を切りながら落ちる体の横を、風がびゅうびゅうと吹き抜けていく。

「シンくん、なんとか引き上げられないの――っ!?」

 シンの背中にしがみついたままヨウサが叫ぶと、歯を食いしばった苦しい表情のままシンがその歯の隙間から声を漏らす。

「ぐぬぬぬぬぬ……それができれば、苦労しねーだ……っ!!」

 と、その時だった。

 急に吹き抜ける風が優しくなり、ハッとする四人の体が急に軽くなったのだ。

 急な体の変化に猫耳少年の悲鳴が止まる。

「わぁ――ってわっ…………ええ? ……ど、どーなってんだ、これ?」

「――浮いてる――だべな」

 言いながら、思わわずヨウサとシンは周りを見回す。しかし周りには何もない。

「え、一体……な、何? これ?」

 シンの首に腕を回したまま、体がふわりと浮き上がっている状態に、ヨウサが困惑こんわくする。

「――これは――風の魔法ともちょっと違うだな……」

「え……これってどうなってるの? シンくんの魔法?」

 シンの左手にしがみついたまま、ミランが何度も瞬きをして尋ねる。

「いや、オラの魔法じゃねぇだべ。これは――なんだかワープの魔法に似てるだな……」

 少女の問いにシンが思い出したように答える。その言葉にヨウサがああ、と納得いったように声を漏らした。

「ああ~、転送魔法で飛ばされる、あの浮く感覚ね。言われてみれば近いかも。――でも何だって急に? どう考えてもあれ、落とし穴だっぽかったけど……」

 立て続けにヨウサが疑問を口にすると、シンがうなるよりも早く、急にミランとマハサが「あ」と声を上げた。思わず視線を彼らに向けると、マハサもミランもヨウサを見て目を丸くしている。どうしたのかと、ヨウサが尋ねようとした時だった。マハサがほほを紅潮させて、いきなり大声を上げた。

「な、な、何ヨウサ、シンにくっついてんだよっ!?」

「ヨウサちゃん、何してんのよっ!?」

「え、な、何って……」

 二人同時のその言葉に、ヨウサが思わず言葉につまる。

「おぶってるんだべよ、見て分からねぇだべか?」

 ヨウサの代わりにシンがあっけらかんと答える。

「そそそそ、そーゆー問題じゃねぇんだよっ!」

 明らかに動揺どうようしてマハサが声を荒げる。つかんでいたシンの手を離し、ヨウサとシンを指差しながら思い切り口をへの字にする。

「おぶるだぁ!? へ、へっ、ず、ずいぶんと仲が良さそうですなぁ」

「あたしのことは手をつかむだけだったのに……。ヨ、ヨウサちゃんはおんぶするんだね……」

 ミランまでシンの手を離して、もじもじと消え入りそうな声で指摘する。

「も、もしかしてシンくんって……ううん、もしかしてヨウサちゃんって、シンくんのこと……」

「――はぁ!? ちょ、ちょっとミラン、何言ってるのよっ!?」

 ミランがつぶやく発言の先をなんとなく察したのだろう。ヨウサがはっとしたようにシンの肩から手を離し、あわてて首を振る。

「やっぱり、そうなんだな……! シン、やっぱおまえヨウサのこと……」

「ちょっと! マハサまで何言ってんのよ!?」

 立て続けにマハサまでそんなことを言うので、半ば怒り気味にヨウサはそこにも否定の声をかける。

「……ん? 何かいけなかっただべか?」

 ただ一人現状をつかめていないシンは、何やら言い争う三人を見て首をかしげている。

「シン、お前……やっぱりそうだったんだな。ヨウサのこと――」

「ちょっとマハサ! 何誤解してるのよっ!」

「ヨウサちゃん……はっきり言ってくれればよかったのに……。全然教えてくれなかったじゃない……」

「だから違うんだってば!」

「大体ヨウサ、おまえこんな田舎モン丸出しのシンのどこがいいんだよ!」

「だから別にそういう風に見てな――」

「ちょっと! シンくんのこと、そんな風に言わないでよ!」

 だんだん話がもつれていく様に、ヨウサは深くため息を付いた。

「――ああもぉ、めんどくさい……」

 ぎゃいぎゃいと言い争う三人を尻目に、シンは自分の足元を見つめていた。

 体が浮き上がってはいるものの、落下が止まったわけではない。移動を許されずに、体はこの暗闇の穴の底へと運ばれているのを感じていたのだ。

 シンは上を見上げた。自分よりちょっと上の位置で浮遊しているヨウサのその先に、落ちてきた穴があるのだろうが、真っ暗でその入口も見えない。下を見れば、マハサとミランが上のヨウサを見ながら騒いでいるが、その背後にある穴の底も見えない。

「一体どれだけ深いんだべか……」

 思えば階段を何回か上がってきたわけだが、上がってきた高さよりも、下手したら落とし穴の方が深いかもしれないのだ。一体どこに向かっているのかはわからないが――シンの直感は危険を知らせていた。

 いつまでたっても言い争いが止まらない三人に、シンがため息まじりに口をはさんだ。

「何をケンカしてるだべ? そんなこと、どーでもいいでねーか」

「よくないっ!」「よくねぇ!」「ダメよっ!」

 シンの発言に、三人同時に否定の返事が帰ってくる。一瞬ひるむシンだったが、ひと呼吸はさんで言葉を続けた。

「それより、この魔法の様子だと、このまま下に連れて行かれるだべよ? いいんだべか?」

 そうシンが首をかしげた時だった。足元からうっすらと光がれているのが見えた。

「あれは――出口だべか――?」

 新たな部屋に到達するのを感じたシンが、三人にそれを伝えようとまた口を開いた時だった。光のその先に怪しげな魔法陣が光っているのが彼の目に映った。

「――む……あれはもしかして――」

 と、シンがふところにしまった短剣を取り出したその瞬間だった。

『侵入者には眠っていただきましょう――』

 聞き覚えのある女性の声が真っ暗な空間にこだました。

「この声は――!」

 シンがハッとして三人に声をかけようとしたが、呪文の方が早かった。

『ソムニウム』

 呪文とともに、目下の魔法陣がその光を強めた。



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