第12話 恋する少年少女事情


「また階段だよ」

「これで三つ目かぁ」

 ミランが見つけた階段を見て、ヨウサが一つため息をらす。

「階段いくら上がっても、地下が続くんだもの。一体いつになったら出口にたどり着くのかしら」

「まさか――このままいくら上がっても、出れないなんてことはないよね……?」

 ミランが恐る恐る問うと、ヨウサはあははと笑う。

「まさかぁ! 地下ったって限りはあるし、いつかは外に出るんじゃないの?」

「そうだべさ。出口がないはずねーべさ。オラたちここに入れたんだから、心配ねーべさ」

 あっけらかんとする二人とは裏腹に、ミランは不安げだ。

「だと……いいんだけど……」

「ま、心配したってキリないし、道進むしかないわね」

 と、軽く息を吐く少女の明るさも、シン達の影響が多少なりあるのかもしれない。

「それよりも――この魔物の多さにはうんざりだべ。普通の数じゃねーだべさ」

「でも、おかげで倒した魔物の数はすっごいことになってるぜ! オレ、今のところ二十三匹だぜ!」

 自慢げに猫耳のマハサが胸を張ると、それを聞いていたミランが目を丸くする。

「すごーい! そんなに倒したの?」

 すると、思いがけず隣のヨウサが不敵な笑みを浮かべた。

「あ、勝った! 私、三十三匹!」

 思いがけないライバルに、マハサの口があんぐりと開く。そんな少年の背後で、赤髪の少年が同じく不敵に笑う。

「ふふん、オラなんか五十匹……いや、百匹は越えただべよ! ……多分!」

「さすがシンくん! かっこいい~!」

と、黄色い声を上げるのはもちろんミランだ。

「なっ――! お、おまっ、ホントにそんなに倒したのかよ!?」

 思わずマハサがシンに詰め寄ると、ヨウサは肩を落とす。

「シンくん……『多分』って……数えてないでしょ」

「なにー!?」

 ヨウサのツッコミに、思わずマハサが跳び上がる。

「ええっ、シン、数えてなかったのかよ!? それじゃ勝負にならないだろっ!」

「勝負? あれ、二人とも、何か勝負してたの?」

「え、その――まあ、あれだ」

 思わず口走ったマハサの言葉にヨウサが首をかしげると、マハサはしまった、と口ごもる。まさかヨウサをかけて勝負しているとは言えないだろう。しかしそんなマハサに、思いがけずシンが助け舟を出す。

「あはははは、そうだべ! 大きなことは気にしない! だべさ!」

「もう、それを言うなら『小さなことは気にしない』、よ」

 もちろん、つっこみはヨウサである。

「ま、いいわ。はやく階段上がって行きましょ!」

 つっこんだことで話題を追求することを忘れたのか、ヨウサは明るく声をかける。話題が変わったことに、内心マハサは胸をなで下ろしていたことだろう。もっとも、シンは助け舟をだそうと思って言った発言ではないのだろうが。

 薄暗い階段を四人は上がっていく。次はどうやって魔物を蹴散らそうかなど、明るく話を弾ませるヨウサとマハサだったが、徐々にシンの顔色が険しくなってきていた。

「む――ちょっと待つだ」

 急にシンが呼び止めるので、先頭を切って階段を上がっていたマハサとヨウサが振り向く。声をかけた少年の表情を見て、三人は首をかしげた。思いの外、シンの表情が暗かったからだ。

「どうしたの、シンくん?」

「何怖い顔してるの……?」

 ヨウサに続いてミランが彼の顔をのぞき込むようにして問うと、シンは思いがけず緊迫した声を出した。

「――なんだか……次の階は……危険な感じがするだ……」

「危険?」

 ヨウサが心配そうな表情をすると、シンはふところの短剣を取り出して歩き出す。

「強い陰の気を感じるだ……。この先は魔物ものすごく多いんでねーべか?」

 言いながらシンが先頭に立って階段を上り出すと、それにヨウサも続く。

「陰の気――? ……確かにちょっと感じる気はするけど……そ、そんなに?」

「みんな、気をつけるだべよ」

 振り返ることなく、道の先をにらみながらシンが言う。その言葉にミランがうなずいた。

「うん……。シンくんも気をつけてね――」

 言いながらミランがシンの服の裾をつかむと、シンは振り向きもせず、おう、と力強く返事をする。そんな様子を見ながらヨウサが目を丸くする。

「へぇ……何かちょっと――シンくんてば、かっこいいじゃない――」

 そうつぶやくと、ヨウサもそのこぶしを握り、魔法の発動準備をする。

「へ?」

 ヨウサの発言を聞いていたマハサが、思わず不安な表情で彼女に聞き返すと、ヨウサはにやりと笑って足を早める。

「さ、マハサも気を引き締めて! 次の階は大変そうよ!」

「お、おう!」

 ひとまず返事をするが、ヨウサの発言を聞いて内心はおだやかではない。

「――ちくしょう、シンめ……。オレだってカッコいいところ見せるぜっ!」

と、一人決意する猫耳少年であった。


 階段を登りきると、そこはやはり薄暗い通路だった。そこまでは今までの階と変わらないのだが――闇に紛れて四人の耳に届くのは、たくさんの魔物の声――

 その魔物の数に思わず緊張が走る。

「やだっ……。魔物の数……すごく多いみたい……!」

 ミランが思わずシンの腕に抱きつくと、シンはそれに構わず静かに構えを取る。

「――これは多いだな……」

 いつものシンらしからぬ緊迫した声に、ヨウサも息を飲む。

「どうする? シンくん? この先に進まないことには――やっぱり出れないわよね?」

 そうでなくとも、ここまで来た道は全て一方通行。ほかの道などなかったのだから、先に進むしか道はないだろう。ヨウサの言葉に、シンは静かにうなずく。

「数が多いから、次の階段まで一気に走り抜けるのがいいと思うだ。いちいち倒していたらキリがねーだ」

「じゃ、じゃあ、どーするんだよ?」

 マハサの声が恐怖と緊張で裏返っているが、シンはにやりと不敵に笑う。

「オラがまず道を開けるだ! そのあとの魔物を蹴り散らしながら、みんなついてくるだよ! ――あ、ヨウサ」

「え? なあに?」

 シンの問いかけにヨウサが答えると、シンは彼女に振り向いて強い目でほほえんだ。

「ヨウサの攻撃は速いだ。オラが蹴散けちらし切れなかった魔物は、ヨウサが仕留めるだ。それならきっと、先に進めるだ!」

 その言葉に、ヨウサは思わず両手に力がこもる。

「――任せて! 私、必ず仕留めきるわ!」

 いつもなら、双子の弟であるシンジがサポートをする役割だろう。しかしそのサポート役を任されたことに、ヨウサは気持ちが高ぶる。

「私だって――シンくん達みたいに、戦力になるってとこ、見せてやるんだから……!」

「お、オレもやるぜ! シンほど速くはないけどさ、仕留めきれなかった奴くらい、オレの爪で切り裂いてやるぜ!」

 少々声が震えてはいるが、マハサの男らしいその発言にシンもヨウサもほほえんだ。

「頼りにしてるわよ、マハサ!」

「おう、頼むだべよ! ――あ、それと、ミラン」

 急にシンに呼びかけられて、少女は驚きながら彼の顔をのぞき見る。

「な、なあに? シンくん?」

 もしかして、オレから離れるなよ、なんて、かっこいいセリフでも言われるのかしらと期待したのも束の間、

「あまりくっつかれると邪魔だべ。離れるだ」

 百年の恋も覚める、一撃玉砕いちげきぎょくさいのツッコミである。

「ひっ、ひどい! シンくん……!」

 思わず涙目になるミランに、あわててヨウサがシンをたしなめる。

「ちょ、ちょっと、シンくん! 言い方ってモンがあるでしょ!」

「ん? なんだべ? オラ、何かひどいことでも言ったべか?」

 きょとんとしている少年に、ヨウサは深くため息をつく。

「いくらなんでも、女の子にそういう言い方ないんじゃないの? そんな……邪魔だ、だなんて……」

「だって、くっつかれてたら動けないだべよ? 邪魔だべさ」

 あっさりと言い切るその言葉に、ヨウサも二の句が出ない。

「ちょっと……シンジくんのツッコミがキツくなる理由がわかる気がするわ……」

などと一人、そっとつぶやくヨウサである。そんなヨウサの気遣いも察することができない能天気な少年は、背後の涙目の少女に気がついたように声をかける。

「あ、でもミラン。オラの後ろに、ちゃんとついてくるだべよ? 離れたらおめーのこと守れねぇだべさ」

「――え?」

 思いがけない言葉にミランが聞き返すと、シンはにやりと笑う。

「オラが魔物を蹴散らすだ! ミランは戦えねぇだべ? オラから離れちゃダメだべよ」

 そう八重歯をのぞかせて笑う少年は、ミランからはものすごくかっこいい男に写っていることだろう。――それこそ、恋は盲目――乙女フィルターというものなのだろうが、そんなことは当の本人は気がつかない。

 たちまち少女はほおを赤らめて、シンの言葉に何度もうなずく。

「う、うん……! ちゃんと――シンくんについていくわ!」

「…………」

 心配していたヨウサがあきれていたのは言うまでもない。

「さあ、準備はいいだべか!?」

 シンの呼びかけにあきれていたヨウサも、やり取りにあっけにとられていたマハサも、気がついたように構えを取る。

「お、おう! オレは大丈夫だぜ!」

「私も準備できてるわ!」

 二人の返事にシンは表情を凛々りりしくすると、正面をにらんだ。響いてくる魔物の気配は、細い通路を埋め尽くしているように思えた。薄明かりを受けて、黒い影がうごめいている。それをにらみながら、シンは短剣を構えて、身にまとう羽衣はごろもの中心に左手をかざした。

「行くだべよ――『飛翔ヒショウ』!」

 呪文とともに、シンの体は浮き上がった。と同時に、まさに風の勢いで前方の黒い影に向かって突っ込んでいった。



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