第11話 入り口への糸口

*****

 のどかな春の日だった。さわやかな風が吹き、暖かな日差しが部屋に入り込む。そんな日差しに背中を暖めながら、一人の老人が机に向かって座っていた。紺色の長いローブ、豊かな白いひげ――セイラン魔術学校の校長だ。

 校長は机の上に置かれた鏡を見つめながら、何やら話こんでいる。しかしその様子は春の陽気とはずいぶん雰囲気が違う。その表情はどこか緊張が見え、声色も随分ずいぶんと低い。

「――まさか、こちらにも現れるとは、まあ、予期せんでもなかったがのう……」

 老人の言葉に思いがけず鏡の向こうから声が響く。鏡に写っているのは校長の姿ではない。茶色の髪をした中年の男らしい人物がその中に映っていた。その声ははっきりは聞こえないが、鏡の向こうで男は笑ったように聞こえた。

「――ほっほっほ……。ワシとて万能ではないわい。して、そちらの方はどうなのかのう? まだ盗まれた石は戻っておらんのかの?」

 鏡の中の男に老人は話しかける。すると、さっきとはうって変わって、鏡の中から低い声が響いた。その言葉を聞いていた老人の表情は白いひげとまゆに隠れてはっきりとは見えないが、どことなく沈んだように見えた。

 一息ついて老人は口を開いた。

「うむ……。それはただ事ではないのう……」

 老人の言葉に鏡の中の男は、何か長々と説明しているようだった。低く淡々たんたんと話すその声色はそこはかとなく緊張感があった。

 わずかに首を振りながら、うなずきうなずき話を聞いていた老人だったが、男の声が止むと同時に深く息を吸い、思いため息をこぼした。

「なるほどのう……。こちらの方も油断はできぬようじゃのう。こちらも重々警戒することにしよう」

 校長のその言葉に、鏡の中の男もホッとしたような声が響く。

「ところで、例の彼らは今はどうなっておるのじゃ? これ以上の進行は防がねばならんのじゃろう?」

 問いかけに、鏡の中から静かに声が響く。先ほどよりも暗い声色からは、彼の心配そうな雰囲気で溢れていた。

「――そうか……。近々ワシもそちらに向かおうかのう。どれほどに危険な状態なのか、把握はあくしておいたほうが良いじゃろうて」

 その言葉に鏡の男は同意したようだった。男の不鮮明な言葉に何度もうなづきながら、老人はほっほと笑った。

「なあに、ワシがその気になれば一日で飛べるわい。心配無用。では、そちらに近々向かうのでな、準備を頼みますぞ」

 老人はそう言って鏡にそっと指先を触れた。途端とたん、鏡の表面が水面のようにゆれ、ゆらめきが消える頃には、その中には老人の顔が映し出されていた。

 自分の顔を眺めながら、老人はふうと一息こぼした。

「……石を大地に沈める――か……。どうやら、一大事のようだのう……」

 老人の暗い声色とは裏腹に、部屋に差し込む春の日差しは、どこまでも平和で暖かかった。

*****






 魔物と戦うのは、これでもう十回は過ぎたくらいだろうか。倒しても倒してもキリなく出てくる魔物に、さすがのシンもうんざりしているようだった。

「また出てきたぜ!」

 魔物の姿を確認して、猫耳のマハサが緊張した声色で叫ぶ。

「ホントにキリがないだな……。さすがに飽きてきただべさ」

 あからさまに嫌そうな表情でつぶやくシンに、思いがけずヨウサが嬉しそうに笑った。

「そう? 私にはちょうどいい魔法の練習になるけどな」

 何度目かの魔法の発動でだいぶ要領ようりょうを得たらしい彼女は、右手に魔法発動の準備をしたまま目の前の魔物に狙いを定めていた。

 出てくる魔物の種類は随分ずいぶん似たものばかりだった。ネズミのような魔物もいれば二つ頭のヘビもいて、パタパタと宙を舞うコウモリのような魔物もいる。しかしどれもこれも姿は何かの影のように真っ黒で、倒すとまるで煙のように消えるのだ。

雷申ライコウ!』

 だいぶ魔物に狙いを定めるのが慣れてきたヨウサは、一発でコウモリの魔物を打ち落とせるほどにまでなっていた。

「ヨウサもだいぶ慣れてきただべな」

 その様子を眺めていたシンが嬉しそうに声をかける。

「ふふ、これで私もだいぶ役に立つようになってきたかな。でもまだ私、使える魔法が少ないからなぁ。ガイくんに呪文教わっておけばよかった」

と、少々残念そうに唇をとがらせるヨウサに、シンはうなずく。

「そのためにも早いところ、ここを抜けるだべ! ガイとシンジに合流するだ!」

 シンの言葉を合図に、また四人は歩みを進めた。


「ずいぶん、シンってヨウサと仲がいいよな」

 薄暗い通路を進みながら、シンの隣を歩いていたマハサが唐突とうとつにつぶやく。

「うん? そりゃそうだべさ、友達は仲がいいもんでねぇか」

 何を言うんだと言わんばかりにシンがつっこむが、マハサはふぅんと不満げだ。

「友達ねぇ……。――実はシン、ヨウサのことが好きなんじゃねーの?」

 にやりと口元をゆがめて意地悪くマハサは笑うが、シンの回答はあっさりしたものだ。

「そうだべな」

 どきり、とマハサが立ち止まったその直後、すぐにシンの言葉が続く。

「友達だから当たり前だべさ」

 その言葉にマハサがポカンとしていると、シンは思い出したように、あ、とつぶやく。

「でも、ヨウサは怒らせると怖いだべからなぁ……。うーん、そう考えると、うーん……苦手……いや、怖い……うーん」

 ブツブツと考え出してしまったシンに、あっけにとられてマハサは立ち止まってしまった。しかし、すぐに我に返ると、先を歩む赤髪の少年に追いついてあわてた様子で話しかける。

「て、ことは、べ、別にシンはヨウサが……その……好きってわけでもないんだな?」

「うーん、待つだ! その質問はかなり難しいだべ。いや、ヨウサは友達だから好きだべよ! 好きだけど、その……怖いから、苦手でもあってだべな……そう言う意味では嫌い……いやいやいや」

 まだブツブツと言うシンの回答は、ヨウサの日常を知っているためだ。怒らせると静電気で八つ当たりしてくる彼女のその特質に限って言えば、正直シンだけでなく、ガイもシンジも苦手だろう。

 しかし、そんなシンの気持ちを知るはずもないマハサは、シンのその回答を違う意味に受け取ったらしい。急に表情を凛々しくして、目つきも鋭くシンをにらむように見る。

「じゃ、じゃあさ、シン。お前もヨウサが好きなら、これは勝負しようぜ!」

「――は?」

 突然な挑戦状にシンは目を丸くする。

「お、オレもヨウサのことは好きだ。だ、だからその、ヨウサはどっちのものかっていうのを、白黒つけようじゃねーか!」

「……は? マハサ、一体何を言っているだべ?」

 話が見えないシンは、あっけにとられて口をあんぐりと開けている。

「だから、勝負つけようってことさ! お前、オレが勝ったら、その――ヨウサから手を引けよ?」

「はぁ?」

 全く話がつかめていない、赤頭の少年は口をあんぐりと開けている。

「も、もちろん、オレが負けた時には――オ、オレも手を引くよ」

 マハサの言葉に、しばらく考え込んでいたようだったが――シンはぽんと手を打って、真剣な表情で答えた。

「……話がよくわからないだべが……。……ようは、勝負しよう! ってことだべな!」

「ん? お、おう!」

 シンの言葉に、マハサも表情を厳しくしてうなずいた。

「よし! じゃあこっからどれだけの魔物を倒せるか、勝負だ!」

「望むところだべ! 負けないだべよ!」

と、少年二人は急にやる気を出して腕を上げる。

「よっしゃ! ぜってー負けないぞ、シン!」

「オラだって負けねーべさ!――――ところで、この勝負、勝ったらどうなるんだべ?」

 つぶやく少年の言葉は、猫耳の少年には届いていなかった。どうやらシンには、肝心の何の勝負なのかが、完璧に抜け落ちて伝わっているようである。

「あら、急にやる気あがってるわね、二人とも」

 ヨウサがそんな少年二人を見て笑っているのだった。




 原っぱからシン達四人が消えてから、ゆうに小一時間ほど経っただろうか。原っぱに残された少年二人は、そこにたたずむ黒い石とにらめっこを続けていた。

「うーん……。ガーイー、そっちはどう?」

 青い髪の少年が背後に向けて声を飛ばすと、背を向けてうずくまるように地面の石を見つめていた、緑のバンダナの少年が首を振る。

「うーうん、ないよ~」

 その言葉に青い髪の少年――シンジは深くため息をつく。

「ないかぁ……闇の石のマーク……」

 言いながらシンジは両手に広げた古びた本に目をやる。そのページには丸い魔法陣が光り輝いていて、相変わらずその回りの闇の石の絵が、ゆらゆらとゆれていた。それを見ながら、再び青い少年はため息をつく。

「うーん……闇の石が描いてあったり、くぼみがあれば、ヒントになると思ったんだけどなぁ。ないのかなぁ……」

「シンジ達が行ったっていう、湖に沈むお城――あそこにも闇の石が描いてあったんでしょ~?」

 シンジの言葉に、緑のバンダナの少年――ガイが振り向きながら問いかける。その言葉にシンジはうなずいて見せた。

「うん、湖のお城には闇の石のくぼみがあって、そこに石をはめると、迷路の扉が開いたんだ。だから、そういう仕組みがここにもあるのかなと思ったんだけど……」

「うーん……もしかして闇の石がカギではないのかもしれないねぇ~」

 ガイはそう言って首をひねる。思わずシンジも首をひねる。

「闇の石がカギではない? どういうこと?」

「だってさ、この地下に闇の石があるわけでしょ? 湖のお城だって、そのお城の中に石があって、それが鍵だったわけだからさ~。闇の石がカギっていうのは、考えにくいかなぁ」

「じゃあ、他に何がカギになるのさ?」

 思わずシンジが尋ねると、ガイはあきれたようにため息を漏らす。

「そんなのボクにだって分からないよ~。でもさ、この柱が明らかにヘンだからさ~、きっと何かのヒントで間違いないと思うんだよねぇ~」

 その言葉にシンジもうーん、とうなりだす。確かに、この柱のような石だけが異質なのだ。他の石にはない超古代文字が書かれていること、この石だけが柱のように形が異様に整っていること、そしてこの石のある場所だけ石が敷き詰められていること――。

 きっとガイの読みは外れていないだろう。でも、肝心の糸口がつかめない。そのもどかしさにシンジは唇をかんでいた。

「だとしたら――何か決まりがあるのかな……ほら、儀式みたいなヤツ……」

 苦し紛れにシンジがつぶやくと、ガイはあっさりうなずいた。

「あ、それはありえるねぇ」

「え、でもだとしたら――どんな儀式だろう? 思い浮かばないよ」

 シンジが唇をとがらせると、ガイは頭を抱えてうなる。

「うぅーん……あ、この柱に何かヒントないかなぁ~」

「よし、それを探ろう!」

と、二人が再び柱にかじりつくように見入っていると――

「あ」

 唐突とうとつにガイが短く声を上げた。思わずシンジが期待を込めて振り向く。

「どう!? 何かあった?」

「これさ〜……もしかして、何かのマークかなぁ……」

 あごを抑えるようにしてガイがつぶやくと、シンジは興味津々でその柱をのぞき込む。

「どれどれ?」

「これだよ~」

と、ガイが指差したのは、全く読めない不思議な文字の間にはさまれている、不思議な模様だった。他の文字が全て文字らしい文字で読めない代物なのだが、ガイが指差しているそれは、他の文字と違って絵のようにも見えた。

「――なんだろうね、このふにゃふにゃした感じ――」

 のぞき込みながらシンジが首をかしげる。

 まるで波打つようなゆがんだ線。しかしその根元は何かが丸くなっており、その丸い部分からゆらめいているようにも見える。その形をじっと見つめていたが、シンジはそれを双子の兄と共によく見ている気がして、思いがけず口をついた。

「……シンがよく使う……火焔カエンに似てるような――――もしかして!」

と、そこでシンジとガイはお互いに顔を見合わせる。

「炎、のマーク!?」

 二人は意見が一致したことで確信を持つ。

「炎……炎を意味している模様なんだ!」

「その可能性は高いね~!」

「よし! この調子でこっちも見てみるよ!」

 と、シンジが自分が先程までにらめっこしていた柱の位置に戻ると、再び食入いるように見つめる。読めない文字、読めない文字、読めない文字――と続く中、それは唐突とうとつに見つかった。思わずシンジは大声を上げる。

「あった! また変な模様!」

「むっ! でもこれはわかりやすいねぇ」

 模様を確認して、二人は深くうなずいた。

「きっとこれは――水の模様――!」

 二人が指差す柱のその部分には、しずく型の模様が二重になったマークがあった。



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