第3話 最初の神隠し

 シンとシンジが合流したのはすぐだった。大雨に降られてもシンジはその体質上困ることはない。相変わらず上空に声をかけながら帰途きとについていた弟を見つけるのは、シンにとって簡単だった。軽くぬれた状態で弟の下に辿たどり着くと、シンジはケラケラと笑って駆け出した。

「やっぱりちょっとぬれちゃったね」

「でも、早めに帰れそうで良かっただ。ガイたちはどうしただ?」

「先に帰ったよ。雷が鳴ったから、ヨウサちゃんもすぐ気がついてくれたとは思うけど……」

 兄の言葉にそう答えてシンジは、前を向いて走り出す。シンはその隣を低空飛行でついていく。

「ところでトモはどうしたの?」

 思い出したようにシンジが首をかしげると、シンはため息混じりに答えた。

「それが、雨だと気がついた途端とたんに、もういなかっただ。トモもひどいだべ! オラ置いてさっさと帰るなんて~!」


 森を抜ける頃には雨は本降りになっていた。仕方なく、二人は近くの建物の屋根下で雨宿りをしてから寮に帰った。帰ったのはすでに夕方、その上服もびしょぬれだったから、寮の管理人はまた頭を抱えていたことだろう。

 寮に帰って真っ先に迎えてくれたアルバイトのリサは、二人にタオルを渡して、食堂で暖かいお茶を入れてくれた。

「相変わらず天気が悪くても無茶するわね」

 そう言って苦笑する年上の女性に、双子は笑って答える。

「男はそういうもんだべ!」

「でも迷惑かけてごめんなさい。急な雨だったから…」

 そんな双子に続いて、先に帰っていたガイが偉そうにうなずく。

「まったくだよ、二人とも~。迷惑かけちゃダメだよ~」

「おめーに言われたくねぇだ!」

 そんな愉快ゆかいな三人のやり取りが、薄暗い食堂に響いていた。外の雨はまだまだ止みそうになく、まだ遠くで雷鳴が聞こえた。

 その日、三人は帰りも遅かったこともあって、部屋にこもって宿題を片付けるだけで、もう夜だった。相変わらずシンとガイの宿題は終わらなかったのだが。


 翌朝に雨は止んでしまっていた。うっすらと曇って、夏にしては気温の低い日だった。この日もいつものように朝食をとって、学校に行くはずだったのだが……。異変は突然にやってきた。

「なあ、トモ見なかったか?」

 シンとシンジとガイが、食堂で食事をしていると、急に背後からそう声をかけられた。振り返れば、そこには黄色の耳をしょぼんとしたマハサが立っていた。

「あれ、マハサ! どしただ? 朝から元気ないだべな?」

 いつもと様子が違うクラスメイトに気がついて、シンはスプーンを片手に首をかしげる。

「おはよ、トモがどうしたの?」

 彼の様子に気がついて、シンジも背後に向き直る。マハサはしっぽもだらんとして、明らかに元気がない。いつもならシン達に負けないほど元気な彼が、ここまで元気がないのは珍しい。マハサはその瞳をおそるおそる三人に向けてそっと顔を近づける。

「いいか、大きい声じゃ言えないんだけどさ……」

 と、マハサはこそこそと小声で話し出す。ざわついた食堂でその声を聞き取るため、三人とマハサは机を囲んでその中心に頭を寄せる。

「実はさ……トモがいないんだよ」

「は?」

 思いがけない言葉に三人は思わず声がれる。最初に言葉を続けたのはガイだ。

「そんな、朝からいないなんて珍しいね~。もう校庭で遊んでるんじゃないの~」

 と、ガイはケラケラ笑い飛ばすが、マハサはぶんぶんと首を振りちょっとだけ声を大きくする。

「いや、それが部屋にもいないんだよ! いつも朝ごはんはオレとトモ、一緒に食うんだぜ。先に行くなんて今までなかったんだよ! それに……」

 と、そこでマハサはつばを飲み、机の中央に体を寄せてまた小声で続ける。

「オレ、昨日森から帰ってその後、一度もトモに会ってないんだよ……」

「え……?」

 その発言にさすがにシンとシンジは顔を見合わせる。

「どういうこと? だってトモとマハサって部屋も近くでしょ?」

「そうだべ、昨日雨降ってからトモもさっさと帰っていただべ?」

 双子の言葉に、マハサは重々しくその首を振る。

「オレ、昨日はヨウサとミランと一緒に帰ったからさ。二人を街まで送って、寮には一人で戻ったんだよ。夕食の時はケトには会ったけど……トモには会ってなかったんだ。…………なあ、トモと昨日一緒に帰ってきたのはシンだろ?」

 その問いに、シンはそのボサボサの赤髪の頭をかいて、決まり悪そうに言葉を吐く。

「いやぁ……オラは一緒に帰ってないだべよ? 雨が降り出した途端とたん、トモはもうさっさと帰っていて、いなかっただべ」

 その言葉に息を飲んだのはシンジだった。

「――待って……もしかして……」

と、シンジは顔をあげて兄を見る。

「トモ……先に帰ったんじゃなくて――」

「はっ……! まさか…………オバケに!?」

 ガイが思わず続けると、その声の大きさにあわててシンとマハサがその口を押さえる。

「ご、ごめんごめん~……」

 口を押さえられたガイは小声でそう謝ると、四人は周りを見渡した。周りから不振ふしんな目で見られていないことを確認すると、ほっと四人は安堵あんどのため息をらした。が、すぐにまた机の中心に頭を寄せてこそこそ話し出す。

「まさか……トモが? トモが……!? オレ信じられないよ……!」

 友達のまさかの出来事にマハサは動揺どうようを隠せない。緊張で今度は耳をたてて、その頭を両手で抱え込む。そんなマハサの正面で、シンも顔を険しくして言葉をらす。

「まさか……オラ、てっきり先に帰ったんだとばかり……」

「もしかしたら、だよ。あくまで可能性があるだけだし。でも……寮を探してみて、いないようなら、森を見てきた方がいいかもしれないよ」

 シンの言葉にシンジが真剣な表情で言うと、マハサがはっと顔をあげる。

「あ、寮は今ケトが見て周ってる。オレは食堂を探してたんだけど……いないんだよな……」

 マハサに続いて、ガイも静かにうなずく。

「部屋にいなくて食堂にいないなら、後はトイレくらいだよね~。もしトイレにもいないようなら、これは森を見てきた方が絶対にいいね~……」

 マハサを含む四人は、そそくさと食事を終えると、寮の中を駆け回った。しかしどの部屋にもトイレにもその他の場所にも、あの白い鳥頭の友人は見当たらなかった。

 時計を見れば、間もなく学校に向かわねばならない時間だ。

「困ったな……。本当にトモのやつないぜ?」

 寮を探している途中、合流した熊耳のケトは、その茶色い頭をかきながら困った様子で言葉を吐く。つぶらな瞳を険しくして、その表情には緊迫したものがあった。

「おい、マハサ、シン。お前ら本当に、昨日の夜からトモに会ってないんだな?」

 ケトの言葉にマハサはうなだれるようにうなずき、シンも神妙しんみょうな表情でうなずく。

「オラが最後にトモを見たのは、一緒にオバケ探ししていたあの石の所だったべ。雨が降ってきてあわてて帰ったから……トモも帰ったのだとばかり思っていただべが……」

「昨日の夜からいなかった可能性は高いよねぇ。トモの隣の部屋の級長が、昨日は見てないって言ってたわけだし……」

 シンに続いて、ガイは聞いた話をみんなに伝える。その言葉に思わず全員が沈黙してうなだれた。もしかしたら、本当にトモはオバケにさらわれてしまったのだろうか……?

 最初に沈黙を破ったのはシンだった。

「こうなりゃ、トモを森まで探しに行くしかねーべさ !オラがあの時気がつかなかったばっかりに、もしかしたら本当にオバケにさらわれたのかもしれねぇだ」

 そう言って再び頭をたれるシンの表情は、思いつめた様子があった。トモが行方不明になった責任を感じているのだろう。いち早くその様子に気がついたシンジが、優しく声をかける。

「シンのせいとは言えないよ。僕たち全員が、オバケ探しを始めたんだから」

 兄の言葉にシンジが首を振りながらそう返すと、ケトが力強くうなずいた。

「そもそもオバケ探し秘密結社のリーダーはオレなんだしよ。トモがもし、オバケにさらわれたんだとしたら、これはリーダーであるオレの責任だ。これはオレが責任持って、トモの行方を捜すしかないぜ」

 その言葉にマハサもキッと表情を凛々りりしくしてうなずく。

「そうそう、シンのせいじゃないさ! どっちかっつーとオレらの活動だし、危険な任務って分かってたわけだしさ。オレにだって責任はある!」

 三人の言葉にシンは顔をあげ、彼らを見回して今にも泣き出しそうな顔で口をへの字にする。

「ううっ……おめーらみんな! ううっ……優しいだべな……! オラ……オラ……うれしいだべよ~!」

と、目をこする兄の肩を、ぽんぽんなでるようにシンジが叩いてなぐさめる。

「シンってば、ホント感動しやすいんだから……」

 シンは弟の言葉に、すぐ目元をがしがしとその腕でくと、ぱっと顔を上げ、大きく息を吸った。

「さ、こうしちゃいられないだ! 今からでも森に行くだべよ!」

「おう!」

「もちろん!」

 彼の言葉にケトとシンジが即座そくざに返事をすると、ガイが思い出したように急にあわてる。

「ん? あああ! ちょ、ちょっと待ってよ~! 学校は!? 学校はどうするの~?」

「うるさいな、そんなの構ってらんないだろ! トモの命がかかってんだぞ!」

 ガイの言葉に間髪かんぱついれずにマハサが返すと、迷いなくシンもシンジもケトも力強くうなずく。

「えええええ~!? が、学校サボるの~!?」

「さ、いいから行くだべよ!」

 あわてふためくガイをよそに、四人の少年は彼を引きずるように寮の廊下を駆けていった。



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