第4話 おばけとの遭遇

「あれ、シンくんもシンジくんも……ってあれ?」

 寮を出て森に向けて歩いて行く途中、登校中のヨウサとミランに出くわした。二人は片手にかさを持って、今日の天気に備えているようだった。ヨウサはシン達に気がつくと、軽く小走りで近づいてくる。同じく彼らに気がついて、ミランも近づいてきた。二人はいつもなら一緒に登校しないケトとマハサに気がついて首をかしげる。

「珍しいわね、ケトくん達も一緒?」

 ヨウサが近づいてきた事に気がつくと、シンは片手を降って彼女達にこっちに来るよううながす。

「ヨウサ! っと……ミラン! おはようだべ! おめーらもこっちくるだ!」

「どうしたの? そっちに来いって……。そっち学校と逆方向よ?」

 怪訝けげんな表情で首をかしげるヨウサにシンジが口をはさむ。

「ちょっと森に行くところなんだ。ヨウサちゃんもよかったら来てよ!」

「は? え? 森? 学校は?? 学校行かないの?」

 双子の言葉にヨウサは目をぱちくりさせて問う。

「それが……」

「トモを探しに行くんだ!」

 ヨウサの当然の反応にガイが口をはさむより早く、マハサが説明を始めた。

「昨日の夜からトモが行方不明なんだ。昨日の雨でみんな帰ったと思っていたら、トモだけ実は帰ってなくてさ……。もしかしたら、オバケにさらわれたかも知れないから、今からオレたちで探しに行くところなんだ」

 その言葉にさすがの少女二人も緊迫きんぱくした空気が走る。先ほどまでの怪訝そうな表情は消え、心配そうにヨウサはシンに詰め寄る。

「え……それってホントなの? トモくんが……!?」

「まだ、オバケにさらわれたとは決まってないだべが……」

「そうだよ~。ボクみたいに森で迷子になってるのかもしれないしね~」

 シンに続けてガイが言うと、シンジは苦笑気味に返す。

「迷子になるのはガイくらいだけどね……。でも、どっちにしても、助けに行かないと!」

 シンジの言葉に続いてケトも二人に声をかける。

「ヨウサとミランも来るか?」

「行くわ! トモくんの身に何かあったとしたら……一大事だもの!」

 ヨウサは迷い無く二つ返事で同意した。それに続いてミランも大きくうなずいた。


 少年少女の七人は、昨日来た森に再び足を踏み入れた。森は今日も静かで、風にさわさわと木の葉のこすれる音が響いているだけだった。昨日とは違い朝に来ているのだから、本来なら日も高くすがすがしい森の空気なのだろうが、生憎あいにく今日はくもり空。夏に似合わぬ涼しげな空気が、なおのこと七人の背筋を寒くさせた。森を見渡すと、道の奥はうっすらともやでかすんで、更に森を薄暗くしている。

「……で、どこから探すの?」

 ピンクの柔らかな髪を片手でかきあげながら、ヨウサは隣に立つシンを見る。シンが答えるよりも早く、マハサがシンに向き直る。

「トモがいなくなった場所、どの辺りか分からないか? シン」

 猫耳をぴんと立てて緊迫した様子のクラスメイトに、シンの表情も険しくなる。

「……オラが最後に見たのは、トモと一緒に探していた石のごろごろした辺りだべ」

 シンの回答に、茶色の大柄な体を大きく伸ばしてケトがつぶやく。

「ああ、あのトモが前から調べたい調べたいってうるさかった所か……。ホントにあそこが怪しかったとはなぁ……」

「じゃ、さっそく行ってみようか!」

 そうシンジが言うと、シンもケトもマハサもうなずいた。

 森の奥へ進む道は、ずいぶんケトは把握はあくしているようだった。ケトを先頭にシン、シンジ、ガイ、マハサ、ヨウサ、ミランと続く。

「でも今までオバケが全然見つかんなかったんだぜ。ホントに石の場所にいると思うか?」

 先頭を歩きながらケトがちらと首を後ろに向けて問うと、シンはううむとうなる。

「石の場所にオバケがいるかといわれると、正直わからないだべ……」

「でも、石の場所にトモがいる可能性はあるよね。そこが最後の目撃場所なんでしょ?」

 シンに続いてシンジが口を開くと、今度はガイも口をはさむ。

「オバケにさらわれたではないにしろ、そこで迷子になっている可能性もあるわけだしね~」

「迷子かぁ……。ガイじゃないんだからそれは無いと思うけど、今回ばかりはそうあってほしいな……」

 ケトはそう言いながら苦笑した。


 目的地に着くのにそんなに時間はかからなかった。なだらかな坂道を超え、森の少し開けた場所にそれはあった。トモの言っていたとおり、黒っぽい石がごろごろと転がり、その石の隙間から長い雑草が伸びていた。草が長くてその場所の全体像はつかみにくいが、大小さまざまな石がその草の壁から頭をのぞかせていた。

「ホントだぁ……石だらけなのね」

 その石を見渡しながらヨウサがつぶやくと、ケトがうなずく。

「森の中で、確かにここはちょっと変わった場所っちゃ変わった場所なんだよな。こんな石、他の場所で見たことないしな」

 そんなケトに振り向きながら、シンが真剣な表情で言葉をつむいだ。

「昨日トモは、この石の場所はきっと昔は何か建っていたんじゃないかって言っていただ。この石は何かの跡でねえべかって……」

 シンの言葉に、ケトは腕組みをして首をかしげる。

「跡……。跡ねぇ……」

「もしかしたら、屋敷の跡なんじゃないの?」

と、話に混ざってきたのはマハサだ。

「きっと昔は屋敷でさ。そこに昔住んでいた人がきっとオバケになったんだよ! そう考えると、ここがオバケの出てきた場所っていうのもうなずけるぜ!」

「それはありえるだな!」

 興奮気味にマハサが言うと、シンも同調してこぶしを握る。

「じゃあ、その屋敷に住んでいたオバケが……どうして人をさらったりするの?」

 シンジが問うと、シンが首をかしげながら続ける。

「うーん、そこは謎だべな……。もしかしたら、屋敷に一緒に引きずり込みたいんでねーべか? 一人じゃさびしい~って」

「えー、屋敷が壊れているのに、それはおかしいよねぇ~」

 間髪いれずガイがつっこむ。

「でも、確かにこのあたりって怪しいわよね。おばけはさておき、どこかにトモくんの手がかりがあるかもしれないし、探してみましょうよ!」

 ヨウサはそういって、隣のミランに声をかけてさっそくあちこち草を分けてのぞき込み始めた。ヨウサのその様子に、シン達も顔を見合わせてうなずく。

「そうだね、まずはトモの手がかりだけでも探さないと!」

 と、シンジが肩にかけたかばんの位置を直しながら言うと、シンもうなずく。

「そうだべ! もしかしたら、屋敷は壊れていても地下があるかもしれないだべよ?そこに引きずり込んでいるのかも知れねーだ」

「あ、それあるかも! 地下室がある可能性ってあるよね。ちょっと探してみようか」

と、双子はどうもトモ探しより地下室探しになってしまったようではあったが。

「じゃあオレはトモを最後に見たって場所でも探すか。シン、トモを最後に見たのはどのあたりだった?」

 ケトの冷静な言葉にシンは一瞬思い出したように立ち止まる。

「ああ、えっと……トモがいたのは、このひろーい草だけの辺りだったべ。この長い石のかげをずいぶん探していただべよ?」

「じゃあ、そこあたりは一番怪しいよな。よし、オレがそこ探すから、シン達、その地下室とやら探してみてくれよ」

「わかった!」

「任せるだ!」

 ケトの言葉に、双子は力強くうなずいた。

 そこから七人はこの場所を散策さんさくし始めた。石のかげをのぞいてみたり、草を分けて地面を探ってみたり、女の子はトモの名を呼びながら探してみたり、力に自信のあるケトは石を持ち上げてその下をのぞいてみたり――


 彼らがそんな調子で、散策を始めてしばらく経った時だった。

「なかなか手がかりないだべな……」

 と、シンがかがめていた腰を伸ばし、立ち上がったときだ。背後の離れたところからヨウサの声が響いた。

「あれー? これ、ちょっと変なの見つけたわよ?」

「何だべ?」

「何だ?」

 たまたま近くにいたマハサとシンがヨウサの方向に向き直った、まさにその時だった。

「きゃあーー!!」

 次の瞬間ミランの悲鳴が響いて、シンとマハサは思わず顔を見合わせた。

「で、でたぁーーーー!!」

 今度はヨウサの叫び声に、シンとマハサはあわてて駆け出した。

「これ……ってきゃぁあああ!!」

 二人が到着するよりも早く次の悲鳴が響いて、二人は一気にスピードを上げて走った。少女二人の悲鳴の聞こえたのは、石の中でも一際大きな石のかたまりのかげだった。その石の後ろを回り込むようにして声のした所に辿り着くと――

「……げげっ!!」

「出ただべなっ!」

 予想通りというべきか、二人が駆け寄ったその場所には、怪しい何かがいた。それは黒い形の不確かな影だった。黒い石からそのまま伸びたとでも表現するべきだろうか、長く伸びたそれは黒い石と繋がっているかのように見えた。その黒い影はその輪郭りんかくがぼやけて形がはっきりとは分からない。しかし、その影に体を飲まれるように捕らわれているのは、紛れも無いミランとヨウサ――!

「ヨウサ!!」

 気がついた直後、マハサの行動は速かった。ヨウサに腕を伸ばし、彼女の腕を引こうとするが、それも一瞬だった。ヨウサに触れるよりも速く、影はまるで波のように一気に迫ると、少年の腰までを一気に捕らえた。

鎌鼬かまいたち!』

 マハサの行動とほぼ同時に間髪いれず、シンが風魔法を使う。シンの片手に握られた短剣から発せられた風の刃は一瞬その影を切り裂くが、まるでかすみに放つかのごとく、切り裂かれた部分はすぐにまた、ぼやけた輪郭の影に戻ってしまう。

「むっ……!」

 効果がないと察して、次の魔法に切り替えようとしたその隙を、影は見逃さなかった。両手を構えようとしたその瞬間、音もなく影は一瞬でシンの両腕を捕らえた。

「のわああ!」

 捕らわれた腕は思いのほか重かった。手に触れる感触は空気のように何も感じさせないのに、その影に触れた部分には不思議と圧迫感あっぱくかんが伝わって腕が動かせなかった。肌に伝わり彼を刺激するのは通常の触覚ではない、重い重い闇の波動だ。

「くっ……! 闇の力だべな……!」

 そう察した直後だった。影が波打つように縦に伸び、それと同時に影に捕らわれていたミランが、最初に影の中に完全にその姿を飲み込まれた。

「きゃあ! ミラン!」

 気がついたヨウサが叫ぶが、影はすでにそのヨウサ自身をも飲み込んでしまう。

「やっべ!! シン、これ、オレたちも危険――うわっぷ!」

「シン……!?」

 遅すぎる弟の到着はその時だった。自分に駆け寄ろうとしている弟に気がついて、シンは向き直って叫んだ。

「触れたら危険だべ! この影、闇の力が――」

 最後までしゃべることは許されなかった。言いながらシンもその頭まで影に飲み込まれ、その姿が黒い影の中に消えてしまったのだ。

「シン!? シンーーーっ!!」

 影に向かってその腕を伸ばそうとしたが、四人を飲み込んだ影は、見る間に石に吸い込まれるように消えていき――

 シンジの伸ばした手は、その冷たい石に激突するだけだった……。



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