第2話  おばけ探し

 八人の少年と少女は、うっそうとした森の入り口にいた。町のはずれに位置する森で、この森のずーっと奥はひたすら深い森が続いているような薄暗さだ。町の喧騒けんそうからそんなに離れていないというのに、さわさわと風の音がするだけで、ずいぶん静まり返った場所だった。

「こんな所に森あったんだねぇ」

 あまりここの土地勘とちかんがないシンジは初めてらしく、きょろきょろと周りを見渡して楽しそうだ。それを見てガイが口をはさむ。

「この森は結構深いからねぇ。手前辺りまでは、よく学校の子が遊んでるよ~。ボクも昔、シン達とかくれんぼしたんだけど、ボク見つけてもらえなくて大変だったよ~!」

「そういえばガイくん、見つからないまま翌日ってこと、あったもんね」

 ガイの言葉にヨウサが苦笑しながらつぶやく。

「そ。で、オレたちもよくここで遊んでたんだけどさ。最近ここを通る旅人から怖いうわさを聞いたんだ」

 先頭に立っていたケトが、振り向いて言った。

「うわさ? どんなうわさだべ?」

「それがさ、この森の奥深くには、オバケが出るって話さ!」

 シンの問いに、ここぞとばかりにトモが声を張る。

「旅人がいうにはさ、この森を通り抜けようとすると、まっくろい影が現れて、人を飲み込んでしまうって話なんだ!」

「そうそう、で、その旅の人もさ、森の中歩いていたら、でっかい何かの影を見たって言うんだよ! で、あわてて逃げてきたから大丈夫だったらしいけど、この森を抜ける旅人の間じゃちょっと有名な怖い話らしいぜ」

 トモに続いてマハサも声色を落として話す。

「え、それって魔物ってこと?」

 シンジが問うと、ケトが首をかしげる。

「その可能性は高いんだよな」

「でも、その姿が一体なんなのかも分からないから、旅の人たちはオバケって言ってるみたいだな」

 トモもその翼の腕を組んで首をひねる。

「だから、オレたちが正体突き止めて、オバケ退治してやろうってわけさ!」

 マサハはまたしっぽをピンと立てて、その右腕を空へ突き出し叫ぶ。

「なるほど、そういう活動だったんだね! なんだかワクワクしてきた~!」

 マハサ達の説明にシンジが目を輝かせて言うと、シンも力強くうなずく。

「オラ達でそのオバケを追い払ってやるべさ! 旅人の安全を守るのも調査隊のつとめだべ!」

「そんな勤め、初耳だけどねぇ~」

 と、つっこむのはガイである。

「でも森の中ってずいぶん広いじゃない? 手分けした方がいいんじゃないかしら?」

 森の木々からこぼれる木漏れ日に手をかざしながらヨウサが提案ていあんすると、トモとケトがうなる。

「うーん……それもそうだな……」

「うーん……。あ、そーだ! 今日はシン達もいて人数は多いから手分けしてみるのはアリだ! オレ、空から探してみる!」

 と、翼を広げて意気込いきごむトモにシンも同意してうなずく。

「それは名案だべな! 空から探してみるのはいいだべ! オラも行くだ!」

「そうだね、空の方はトモやシンに任せたほうがいいね」

 兄の言葉に弟のシンジがうなずく。二人の言葉に同じくうなずいてケトは他のメンバーに視線を送る。

「じゃあオレはこのまま先の道に進むか。マハサはどうする?」

「て、てかさ、ヨウサやミランは女だし、誰か男がついていかないと危ないんじゃないか?」

 マハサがちらとヨウサを見ながら言うと、思いがけずヨウサが不敵な笑みを浮かべた。

「心配ないわ。こう見えて私、強いもん」

「いや、一応チームに分かれたほうがいいだろ。もしオバケがおそってきたら危険だぞ」

 ケトが用心深く言うと、ガイがぶるると震えて見せる。

「オバケだなんて、いたくはないよねぇ~。ボ、ボク、シンジと一緒に行くよ~。オバケがきても、シンジなら追い払ってくれるよね~?」

 ガイの言葉にシンジはにこやかに微笑む。

「そーだなぁ。危険なときはガイ置いて逃げようかな」

「ええーー!?」

 完璧に遊ばれているようである。

「でも、ヨウサちゃん、どうする? 僕も一緒に行こうか?」

 シンジの申し出に、ヨウサではなくマハサが口をはさむ。

「いや、そっちはガイもいて大変だろ? ここはオレが行くよ!」

「なんだよ、その言い方~! ボクはお荷物なんかじゃないんだぞ~!」

 もちろんつっこみはガイである。そんなガイの発言を無視して、今度はケトが口をはさむ。

「じゃあ、シンジとガイはオレと一緒にいくか。シンジ一人にガイの面倒めんどう任せるのも、かわいそうだしな」

「みんな……ひどい……」

 ひとり落ち込むガイである。

「マハサ、女の子二人は任せたぞ! シン、トモ、空はよろしくな!」

 と、ケトがその茶色の頭をかきながらいうと、グループ分けされたそれぞれがうなずいた。


 空を任されたシンはその羽衣はごろもの魔鉱石を光らせ空に浮かび上がると、トモも大きくその腕を開き翼を大きく羽ばたかせて空に舞う。一足先にトモが上空に飛び上がると、それを追うようにシンも飛び上がった。みるまに森が眼下がんかに広がり、うっそうとした森の全体が見て取れる。空中で大きく弧を描きながら眼下を見渡すトモに、シンは空中停止した状態で問いかけた。

「で、どこらあたりを見てくるべ? 怪しい場所とかないだべか?」

「うーん……ケトとマハサは違うっていうんだけどさ、オレ、あの石がごろごろしてるところが怪しいと思うんだよな」

 トモは思い出すようにそうつぶやく。

「石がごろごろしてるところ…? それってどこだべ?」

 トモの言葉にシンが首をかしげると、トモはにやりと笑って方向を変えた。

「こっちさ! 付いてこいよ!」

 二人は急に方向転換して、森の奥へと飛び立っていった。


「で、私たちはどこあたり探すの?」

 空に飛び上がったシンたちを見ながら、ヨウサがにこりと微笑んで問う。まだ空を見上げている友人のミランの隣で、ヨウサは腰に手を当ててマハサを見る。マハサは鼻をかいて得意げに答えた。

「その旅人が通ってきたって言う道をたどってみるのはどうだ? 何回かたどっているけど、今のところオバケは出てないんだよ。でも……可能性はあるだろ?」

 その言葉にヨウサはうなずく。

「ふうん、確かにそれはアリかもね。いいわ、行ってみましょ。……ミラン? 行くよ?」

 歩き出そうとして、まだ空を見上げている友人に声をかけると、ミランは気の抜けた返事をしてようやく目線を地上に戻す。

「どうしたの? そんなにシンくんやトモが気になった?」

 その様子にヨウサが顔をのぞき込んで尋ねると、ミランは軽くため息を吐いて、

「ううん、あたしも一緒に行きたかったなぁ~、なんて。……いこっ!」

 と早口でつぶやくと、さっさと駆け出して行ってしまう。ヨウサは一瞬きょとんとするが、すぐに彼女の後を追って歩き出した。

「オバケの出る森かぁ……。ホントかなぁ……」


 上空の二人が方向転換したのを見届けて、ケトは大きく息を吸って決心したように歩き出した。

「で、ケト。僕らはどこに向かうの?」

 ケトの後を追うようにシンジとガイも歩き出す。

「多分、トモは森の奥の石の場所に行ったんだと思うんだよな。だとしたら、オレたちは森の深いところを見てこようぜ。魔物が出る場所ってそういうところだろ?」

 ケトはそういいながら腕をまくる。いつでも戦うぞ、といわんばかりの姿勢だ。その様子にシンジも楽しげに笑うが、ガイはおびえたようでシンジの腕にすがりつく。

「魔物かぁ……その可能性は高いよね。黒い影だなんて……闇の魔物かな……」

 ふと真剣な表情でシンジがつぶやくと、ガイは怯えた様子で二人に言う。

「も、もしホントに魔物だとしたら、子どもだけで行くなんて危険じゃないの~?」

「だって大人はそんなの目の錯覚さっかくだって、取り合ってくれないぜ?」

 怒ったような口調でケトが反発する。

「オレだって一応ハセワ先生に言ったぜ? でもまったく聞く耳なしだもんよ」

「あはは、ハセワ先生はあんまり僕らの言うことは信じてくれないもんね」

 ケトの言葉にシンジはそう答えて笑う。過去に学校の時計を壊した犯人と決め付けられたこともあって、シンジもあまりハセワ先生にはいい印象はないようである。

「でも、魔物かぁ……。人を襲うような大きな魔物がいる場所には思えないけど……」

 そう言ってシンジは森を見渡す。その目線のまま隣のガイに視線を送ると、ガイも怯えた表情からちょっとだけ真剣な表情になる。

「確かに……魔物が出るには、陰の気はそこまで強いとは思えないね~」

 ガイも真面目に答えるが、その目の細いまぬけな顔立ちは変わらない。しかしガイの言う通り、通常魔物が出るのは闇の力、陰の気が強い場所である。魔力の感知が得意なガイが、陰の気はそこまで強くない、と言うのだから、おそらく本来なら魔物が出るほどの気配はないのだろう。

「だとしたら、ホントにオバケだったりしてな」

 二人の言葉にケトがそうつぶやいた。


 探索を始めてしばらく歩いた頃だろうか。森をさわさわと風が抜け出した。その風を受けて、ふいにシンジは立ち止まった。

「……あれ、シンジ、どうした?」

 背後の気配に気がついてケトが振り返ると、シンジは立ち止まったまま空を見上げていた。その表情に緊迫した様子はないが、数回瞬きして心配そうな声色で言葉を発する。

「うーん……どうも雨が降りそうなんだよね……」

 とシンジは横顔に流れる髪の一筋を指でつまむようにしていじる。水の属性を持つ彼にとって、雨の気配というのは感じやすいものらしい。シンジはその青い髪をいじりながらケトに振り返る。

「そろそろ帰った方がいいかも。この感じ、結構な土砂降どしゃぶりになるよ?」

 その言葉にケトは頭をかきながらため息をついた。さすがに雨に降られたら厄介やっかいだ。

「仕方ねえな……。今日はこのくらいにしとくか」

「ほ……。オバケに遭う前に退散たいさんできて良かったよ~! ささ、早く帰ろう~」

 ケトの言葉に、ガイはほっとしたようにそう言うと、そそくさと回れ後ろして元来た道を戻りだす。それを見て、茶色の耳を動かしながらケトが急ぎ足で後を追う。

「おいおい、マハサやトモにも伝えないとだろ」

「大丈夫だよ~! 雨が降ってきたらみんな勝手に戻るって~」

 と、ガイは歩みを止める気配なしである。それを横目で見てシンジは頭をかきながら上空を見上げる。

「ま、シンと一緒にいるトモは大丈夫かなあ……。シンも嵐には敏感なはずだから……。でも念のため」

 と、そこでシンジは大きく息を吸う。

「シーンーー!! 雨降るよ~!!」

 どこにいるか分からぬ兄に向けて、大声でシンジは叫びだした。

「お、おいおい、そんなんでアイツら気がつくのかよ?」

「そうだよ~、そうでなくてもシンってニブイんだから~」

 ガイもケトも一瞬目を丸くしてそう声をかけると、シンジはけろりとして答える。

「多分そのうち聞こえるよ。いつも雨降るときにはこうやって知らせてたから。……シーンー!! 帰るよ~!!」

 大きく息を吸い立て続けに兄に声をかけながら、シンジもガイとケトの後を追う。

「さ、急いで。だんだん風に湿しめり気が出てきた」

 と、シンジが急かした時だった。遠くで雷の鳴る音が聞こえた。空を見上げれば、急激に雲行きが怪しくなってきている。

「あちゃー。こりゃ本格的だねぇ~」

 思わずガイがそうつぶやくと、ポツとその額に雨粒が落ちてきた。

「やべっ! こりゃ振るぞ!」

 同じく冷たい雨粒に打たれたケトが駆け出すと、あわててガイもそれを追う。

「わー! 帰ろう帰ろう! シンジ~! 早く~!」

 まだ背後で空に向かって叫んでいるシンジに気がついてガイが声をかけると、シンジは肩を上げて一息吐いて答えた。

「僕はぬれても平気だから、二人とも先に帰ってていいよ。僕、シン待ってるよ」

「あ~、そっか。シンジは大丈夫だもんね~。じゃあボク一足先に帰るよ~!」

 シンジの返しに安心したらしいガイはそう言い残すと、そそくさと森の出口に向かって駆け出していった。それをしばらく見つめていたシンジだったが、大きく息を吸うと、また空めがけて大声を張りあげた。

「シーンってばー!! 帰るよ~!!」


 不意に呼ばれたような気がして、シンは顔をあげた。ずっと石のごろごろしている地面を見つめていたので、久しぶりに頭を上げた。見れば思いのほか周りが大分薄暗くなっている事に今、気がついたのだった。

「あれ……ずいぶん暗くなっただなぁ」

 そうつぶやきながら空を見上げると、どんよりと重い色をした雲が広がっている事に気がつく。肌をなでる風が湿気を含んでいることを感じて、シンは空気の匂いをかぐ。

「くんくん……こりゃ嵐がくるだべな……。いやーな風の感じだべ」

 その時、また風に混じって誰かの声が聞こえた気がした。少年にとってこの感覚は初めてのことではない。

「む……。これはシンジかもしれないだな」

 と、シンは立ち上がって耳をませる。……また遠くで誰かの声がする。

 昔から、どこか遠くに出かけた時、遠くで弟が呼ぶことがあった。大体は雨の予兆を感じて自分にそれを知らせてくれていたことを思い出す。耳を澄ませると、確かに聞き覚えのある声だ。シンは胸の前の魔鉱石を光らせながら叫んだ。

「トモ! トモ! いるだべか~!?」

 シンの呼びかけに、同じく大きな石の合間からひょっこりと白い鳥頭が顔を出した。見ればその片手に炎系のライトを照らしている。それで石の間を照らしながら探していたようである。

「あ? なんだよ、シン? オバケいたか!?」

 急に呼びかけられて、何かあったのかと期待したのか、ちょっと興奮気味にトモが問う。その言葉にシンは首を振って空を指差す。

「そうじゃないだべ! 空見るだべよ。これは嵐が来るだべよ!」

 その言葉に、初めて空の様子に気がついたトモは、その翼の腕を額にあて空をあおぐ。

「あちゃー! いつの間に……。気づかなかったぜ!」

「シンジが遠くで呼んでるだ。こりゃきっと大雨になるだべよ!」

 そう言ってシンは天を仰いで風に意識を向ける。風の属性のあるシンには風が運んでくる天候にも敏感びんかんだ。風の雰囲気から、嵐が来ることを感じ取る。そして弟のシンジが遠くから呼ぶ場合、大抵は大雨の予想である。

 そんなシンの額にポツと大粒の水滴が落ちる。

「やべーだ! 降ってくるだべよ!」

 と、シンはその体をふわりと浮き上がらせて、背後のクラスメイトに声をかける。

「さ、トモ! オバケ探しは中断だべ! 帰るだべよ……って……な!?」

 振り返れば、すでにそこにトモの姿はなかった。

「だぁ~! 早いだべよ~! オ、オラも帰るだ~!」

と、シンがあわてて空に飛び上がる頃には、雨は降り始めていた。



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