第4話 新しいはじまり

 狙ったかのように、彼ら四人はオレンジのクラスだった。四人とも跳びはねて喜んだが、レイロウ先生が、彼ら全員自分のクラスと知った時、なんともいえない複雑な表情をしていた。シンもガイもそこに興味はなかったようだが、ヨウサは知っている。学年内でも有名なトラブルメーカーなシンとガイの二人が同じクラスなのだ。先生もこの一年は苦労するであろうことは、想像にたやすかった。

「でもよかった! 入学してすぐ、こうしてシンたちと一緒に勉強できるなんて! クラス別け、すごい奇跡だね!」

シンジがはしゃいで廊下をスキップすると、シンはうんうんとうなずいて答えた。

「校長先生も相性を見るって言ってただべ! きっとオラ達の相性がいいんだべな」

「ってことは、やっぱりボクも相性いいんだね~! よかったよ、同じクラスで~」

先ほど散々いじられていたガイも、ほっとしたようにつぶやく。

「ところでシン、オレンジのクラスってどこになるの?」

シンジの問いにシンが「えーと」とつまっていると、見かねてヨウサが口を出した。

「たしかオレンジは『太陽クラス』かな。毎年クラスのカラーは決まっているのよ」

魔術学校のクラスはほとんどの学年が五クラスである。それぞれ、

  オレンジが「太陽」

  黄色が「風」

  緑が「森」

  青が「海」

 白が「光」

と、分かれるのである。

「太陽クラスかぁ。場所はどこ?」

 再びシンジが尋ねると、ガイが得意げに身を乗り出して、

「それはこの光が教えてくれるよ~! 見ていて!」

と、手中の光を頭上にかざして見せた。かざされた光は、ガイの手を離れ、廊下の天井近くまで上がると、その場でふわふわ浮き始めた。ガイはその光に話しかけた。

「四年生の太陽クラスはどこ~? ボク達のクラスを教えろ~」

 すると、その言葉に反応するかのように光がくるりと彼らの頭上で円を描き、階段めがけてふわふわと進みだした。

「お! 動いただ!!」

「この光が道しるべしてくれるのね! 忘れてた」

 四人は光の向かう方向へ駆け出した。動きがのんびりしている割にすばしっこく、歩いていては間に合わないのだ。彼らは走って光を追った。ガイの光は、ある一ヶ所めがけて一定スピードを保って向かっていた。白く半透明に段差が浮かぶ階段も、長く続く深緑色の廊下も、後ろの彼らにかまうことなく進んでいった。二つ目の階段を上り終え、長い緑の廊下を駆け抜け、またも階段を二つ上り、白く輝く看板のクラスと、青、緑、黄色の看板を過ぎたところで、光は止まった。そこはオレンジ色に光る看板のクラスだった。どうやらそこがシン達のクラスのようだ。中をのぞくと、すでにレイロウ先生が教壇に立っていた。

「トラブルメーカー達も着たか。さぁ、そろそろ人数もそろうだろう。ホームルームを行うぞ」

 ニカリと先生が笑い、四人はクラスの中に入っていった。






*****

 その世界は、暗闇だった。

漆黒の闇、いやそれ以上に闇以外何もない世界だ。

その中に青白い影が浮かび上がる。薄く銀に光り、重い闇に浮かんで見える。

白い影は一人の男だった。白い服は彼の細身の体格をくっきり表していた。下半身の服装も青白く、腰部分から前と後ろに分かれた服の一部は脚まで伸びて、彼が歩く度にさらりとゆれた。歩くたびコツコツと硬い金属音が空間に響き渡る。肩には闇と同じ色のマントが彼の影のようにたなびいていた。白い袖からのぞく手は、病人のように青白かった。顔は長い銀髪に隠れハッキリとは見えないが、髪の合間から見える輪郭は、まるで彫刻のように整っていた。

 男は立ち止まった。

 顔を上げ、暗闇のある一点を見つめていた。しばしの沈黙の後、形のいい唇が動いた。

「助けを求めるのは、貴女ですか」

 男はつぶやいた。彼の言葉に反応するように、暗闇にうっすらと一人の女性が浮かび上がった。細身で短髪のその女性は、硬く目を閉じ生気を失った表情であった。茶色の髪はゆれることもなく、少々褐色がかったその身体は微動だにせず、まるで彼女も一つの彫刻のようだった。その男と同様、白い服に身を包み、神々しく輝いていた。

 闇の中、どこからともなく女性の声が空間に響いた。

「すべてを飲み込む混沌の闇よ……。世界の秩序が乱れている……」

女性の身体がぼんやりと霞む。

「混沌を生み出す者が現れた……。神を再び創ろうとする者がいる……」

女性の光がゆれ、姿がまたも霞む。

「我は秩序の上に成り立つ者…。すでに大地は崩れ始めている…」

青白い男は表情を歪めた。長髪に隠れはっきりとは見えないが、唇の端が歪む。

「混沌を我が物にしようとする者ですか……。これは再び『彼ら』ですか……」

女性は無言のまま、その光をゆらめかせて返答した。

「第二の生命体よりも……第三の生命体……。彼ら精霊種に神属が生まれている……。それすらも手中に収められず、彼らは混沌に手を出した……。神を操れる生命体は存在できぬ。世界の調和を保つ力を集めねばならない……」

その言葉に、男は唇の端を怒りに歪めた。

「混沌に手を出したとは……。あの石を使ったのですか」

怒気を含んだ冷たい声が響く。その声に女性は再び光で応えた。

「残っていた光の秘石……。彼らが入手していたようだ……。秘術を使い、混沌を生みだした」

「それを封じるとなると……。相対するあの石を使うのですね……。火、水、風、土、光、闇……。六つの力を秘めた影の力ですね……」

女性の言葉に男はつぶやく。その声には怒りは感じられず、どことなく沈んだ表情が感じられた。再び女性の声が響いた。

「皮肉なものだが、歴史は繰り返す……。おろかな意思がこの世にある限り」

一息おいて、男は顔を上げた。

「破滅は繰り返させません。我が力において、亡き意思にかけて、秩序を守りましょう」

その声は静かに重く闇に響いた。しかし迷いなき決意が込められていた。それを感じたのか女性はその光を震わせて言った。

「……我が分身たちを……生きる意思ある小さきものを守るためにも……。闇の力……そなたに総てを託す……」

声とともに女性の光も消え、闇にはその男だけが残された。

男はしばしの沈黙の後、静かに口を開いた。

「総ては貴女の意思のために……。貴女の解放のために……」

男は勢いよくマントを翻した。マントの風とともに、青白い光も消え、あたりはすべて闇になった。

*****


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