№381

 今みたいに、急に寒くなってきた時期のことです。

――岬さんは一人暮らしの部屋で衣替えを始めたそうだ。

 コートも出しておこうと、押し入れの衣装ケースを半年ぶりくらいに開きました。防虫剤の匂いを取るのにしばらく部屋の中に掛けておこうとハンガーを持って立ち上がったら、ひらっと何か畳に落ちたんです。新幹線の切符でした。

 私は何年も旅行とか帰省とかしてないし、いつの切符だろうと確認したらまさにその日の一時間後の切符でした。何度確認しても間違いなく当日の一時間後でした。

 行き先は実家方面で、それを使えばその日のうちに、一応実家に着くことは出来ました。でも特に帰省する予定はありません。そもそも切符を買った記憶もありません。衣装ケースを開いたのも春先の衣替え以来でした。さすがにそんな早く乗車の予約も出来ませんよね。気味が悪くてそれは捨ててしまいました。

 次の日、仕事が終わって携帯電話を見たら何件も親戚から着信があった。驚いて掛け直すと、父方のおじさんが教えてくれました。

「実家が全焼した」と。

 住んでいた両親も兄も焼死したとのことでした。私は慌てて帰省しました。その時はすっかり衣装ケースにあった切符のことは忘れていました。

 警察に行ったり病院に行ったり、ご近所に頭を下げてまわったり、お葬式したり・・・・・・。仕事を休んで数日で、親戚の手を借りつつバタバタと処理しました。

 結局火事は兄による無理心中だったようです。

 兄が仕事を辞めて実家に帰っていることは母から聞いていました。父は早期退職して、大変だから援助してほしいと母から連絡が来ていました。でも私も一人暮らしで実家に送るほどのお金はありません。のらりくらりと要求をかわしている内に・・・・・・という感じです。

 ある程度の手続きなどが終わり、一旦私は帰宅することにしました。新幹線を待っているとき、ふと例の不思議な切符のことを思い出し、見送りに来てくれていたおじさんに話してみました。

「最後に娘に会いたかったのかねぇ」

 おじさんは少し涙ぐみながら呟きました。そんなものか、と私も納得して頷きましたが、新幹線でぼーっと外を見ているときに思いいたったんですよ。

 切符に指定されていた時間にちゃんと新幹線に乗って、実家に帰っていたら私も燃えてたなって。

 兄は子供の頃から賢くて、要領が良くて、好かれている人でした。両親もそんな兄が大好きで、出来の悪い私はオマケの子供でした。だから兄にもいつも馬鹿にされていました。そんな兄が人生に絶望して、両親を巻き込んで死ぬときに、私のことを思い出したとして、きっと「最期に会いたいな」なんて思わないですよね。

 きっと「お前だけ幸せに生きるなんて許さない」って考えるんじゃないかな。

 本当のところは分かりません。

 でも「私は生きて幸せだ、ざまぁみろ」って腹黒いこと考えているのは、本当です。

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