№375

――日高さんが初めて通夜というものに呼ばれたのは5歳の時だそうだ。

 今でも強烈に覚えています。大好きだった祖父の通夜です。その時はまだ「死」を理解し切れていなくて、祖父とは「死んじゃったらしいけど、また会える」と漠然と感じ、悲しみはありませんでした。

 祖父の家で、久しぶりに会う父や従兄弟達と話したり遊んでいるうちに私は寝てしまっていました。通夜にも出て祖父の顔を見たはずなんですが、そのあたりの記憶は曖昧です。

 夜中に大きな音がして目が覚めました。私は祖父と同居していた父の部屋で寝ていました。父は私の隣でいびきをかいていました。

 あんなに大きな音がしたのに気がつかないのかと不思議でしたが、父を起こさないようにこっそり部屋の外に出ました。

 広い祖父の家のどこかの部屋で従兄弟達も寝ているはずでしたが、しんと静かで誰もいないみたいでした。

 またドンと大きな音がしました。

 従兄弟達が音を聞いて起きてくるかと思いましたが、やっぱり静かなまま。

 廊下は祖父のために夜に勝手に点灯する足下のライトが付いていました。だから私は特に怖さも感じず居間に入ったんです。

 そこに棺桶が横たわっていました。

 祖父の棺桶は歩いて10分ほどの会場に安置してあるはずでした。幼い私は

「戻ってきたんだなぁ」

 としか思いませんでした。

 しかしその棺桶の中からドンという音がしたときはさすがに怖くなりました。祖父が中で苦しんでいるんだと思ったんです。だから棺桶の、顔の位置にある小窓を開きました。

 そこから黒い手がたくさん出てきました。そう言うと母は夢だろうと言うんですが、その手に棺桶に引き摺りこまれ、中で髪を引っ張られたり、顔をひっかかれたり、体をつねられたりしたという痛い記憶ははっきり残っているんです。

 だから夢ではないんです。ただその途中で気を失ってしまって、気がついたときは明るくなっていました。

 会場で、母が私を棺桶から抱き上げてくれたと同時に起きたんだと思います。

 朝起きたときに私がいなかったので探し回り、棺桶の中で祖父の横でぐったりと眠っているところを発見されました。

 そこから母と祖母の大喧嘩が始まりました。祖母が鬼のような顔で

「だから許すんじゃなかったんだ、こんな子供」

 と私に言い、私は泣いてしまいました。

 母と私は追い出されるように葬式会場を後にしました。母は追い出されたときは捨て台詞を吐くくらい元気でしたが、家に帰ると静かに泣いていました。

 怪奇現象と呼べるのはここまでで、これから話すのは関係あるかないか分からない余談です。

 最近母から教えてもらったんですが、私は母と祖父の間に生まれた子供だったそうです。それが原因で、祖父が死んだ時点ではすでに両親は離婚していたんですが、あの家は祖父の発言権は絶大で、母と私は祖父の家に出入り自由でした。誰も口を挟めなかったんです。

 だから母は祖母が嫌がらせで私を虐め、祖父の棺桶に入れたと思っているようです。祖母からしたら大切な人の葬式にトラブルを持ってきた、そもそも認めていない子供なんて嫌って当然ですよね。

 ああ、怪談じゃなくてヒトコワになっちゃいました。

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