№374
戦前からある洋食屋さんで働くことになったんです。老夫婦が二人で切り盛りしていたんですが、高齢で人手がほしくなったとのことで、知り合いを通じて私がウエイトレスとして雇われました。
大学生でいくつか掛け持ちバイトをしていたのですが、一番楽なバイトでした。老夫婦は優しいし、お客さんは皆常連で品のいい人ばかり。まかないもすごく美味しかった。
四年生の春に店主の奥さんが亡くなりました。冬に病気で入院して、すぐ退院できると聞いていたんですが、結局そのまま。お葬式にも参列させてもらいました。
それからもお店は開いていました。私が手伝えないときは常連客は遠慮してあまり来ないようにしていたみたいです。徐々にお店の活気がなくなっていくのが分かりました。
私も卒業間近で就職が決まっていました。いつまでも手伝えるわけがありません。店主にそれとなく伝えに行っても、のらりくらりと躱されるようになりました。きっと寂しいのだろう。私は同情してしまって、辞めることを言えずに過ごしていました。
ある日、テーブル席のクロスが汚れているのに気付きました。白いクロスに赤いシミが付いているんです。目立ちました。どうして気付かなかったんだろう。私はすぐに新しい物に代えました。
別の日に、常連客の人から「これ、代えた方が良いんじゃない?」とテーブルクロスのシミを指摘されました。同じような真っ赤なシミです。ケチャップのようなとろっとした物ではなく、液体が少し垂れて広がった、という感じのシミです。でもその頃赤いソースを使っていなかったんです。何のシミだろうと思いながらも、私はまたクロスを代えました。
また別の日に、今度は店主が見つけました。不思議そうに赤いシミを見ていたので
「最近たまに見ますよ。何のシミですかねぇ」
と私が声を掛けると、
「どこのテーブル?」
と聞かれました。その時、シミを見つけた3回とも全部同じテーブルだと気付きました。
「そのテーブルです」
と答えたら、店主は納得したような顔をして、私にクロスを代えるように指示を出し、厨房に入ってしまいました。私がクロスを外すと、テーブルの木目に何か動く物がありました。虫かな、とよくよく見ると、木目が裂けるように3センチほど開き、眼球が出てきたんです。
その瞬間はさすがに眼球だと思わなくて、眼球に見える虫か何かだと思って、思いたくて、角度を変えて何度も確認してしまいました。その目が何度か瞬きをすると瞼のあいだから滲んできた鮮血が、はじかれるように周りに飛びました。しばらくして瞼は閉じ、木目はただの木目に変わりました。ただ血液だけは表面にほんの少しだけ残っていました。私は外したテーブルクロスでそれを拭きました。
後で常連客から聞いたんですが、あのお店のあのテーブルだけ、奥さんの嫁入り道具だったそうです。
結局私は後輩を店主に紹介して逃げるように辞めたんですが、結局その後1ヶ月ほどで店主は店で亡くなっているのが発見されました。
例のテーブルに倒れ込むような形で亡くなっていたそうです。
――浜西さんは、きっと奥さんが連れて行ったんだろうと思っているそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます