怪談レポート

№３１７

　１０年前に年子の兄が自殺しました。

　理由は私が兄の第一志望の大学に現役で通ったから。兄は一浪して合格したんですが、同じ学年というのが屈辱だったと遺書に書いてありました。このことで、私は両親から責められ――八つ当たりみたいな物だと思っています――家を出ました。

　兄の死、親との絶縁は私なりに割り切っているのですが、それから兄の幽霊が出てきて、嫌がらせしてくるんです。兄は私が楽しいときにふっと、視界の端に現れました。その後必ず、嫌なことが起こるんです。友達は皆怪我をして、彼氏には突然嫌われる。そして、私が落ち込んだり、悩んだりしているとまた視界の端に現れてニヤニヤと私を見下ろしているんです。

　私は幸せになることを諦めてしまいました。将来のことを考えるのを辞め、学校に行かずに遊びまわりました。そういう環境で出来た人間関係では、中途半端に不良な私は使いっ走りのように扱われました。風俗で働かせて周りにお金を貸す、いや、巻き上げられていました。別に、どうでもいいやって思っていたので、しんどかったけど、不幸な自分に少し安心していました。

　ただ、たぶん向いてなかったんでしょう、１年ほどで風俗店はクビになりました。食費もなくなり、適当におごってもらおうと参加した合コンで、全然知らない男性にお持ち帰りされました。まあご飯の代償だと思っていたので、それは別に良かったんですが、まさかその１回で子供が出来たんです。

　本音を言うと、「私はここまで落ちたか」って思いましたね。こんな考え、今じゃ誰にも言えないけど。

　でも、そこから突然世界が変わりはじめたんです。

　相手の男性は、子供が出来たと知ると責任を取ると言い出したんです。私が拒否しても、なんか子供が好きだったみたいで話を聞いてくれなくて、ほぼ交際０日で入籍しました。そして夫になったその人は、最初のイメージとは違って真面目に働き出しました。それを見た夫の両親が喜び、出産まで私の面倒を親身に見てくれました。

　そのあたりから、兄がまたちょっかいを出してきました。でも、なんでか夫や両親にはあんまり効かなかったんです。確かに怪我をしたり、嫌なことはあったみたいですが、夫の家族は気にしてないようすでした。そんな家族に大切にされる中、私は息子を産みました。

　ある日夢を見ました。兄がベランダから外に息子を宙ぶらりんにし、こちらを見て笑ってるんです。息子が殺される。今までどんな嫌がらせをされても、諦めてきたけど、このときは頭に血が上り、私は「やめて！」と叫びました。その瞬間目が覚めました。視界が、マンションの部屋が、ぶれて見えました。大きな地震でした。

　息子は、夫がすでに抱っこしてあやしていた。あやしながら、夫は緊張した面持ちで「今、ベランダの柵が落ちたよ」と。ベランダの方を見ると、確かに柵がキレイになくなっていました。建物の老朽化と地震が原因、と後で不動産会社が謝りに来ました。ちなみにそれで怪我をした人はいませんでした。

　いまだに兄は出てきます。でもこれまでのようにニヤニヤしてないんです。マンションのベランダから落ちたように、両足を折った姿で、必死な形相で私を追いかけてくるんです。でも全然近づけないみたいですけど。

――帳さんは心底呆れている様子でため息をついた。