№281
アレが結局何だったのか、今でも分かりません。
――野渡さんは子供の頃から目の端で白い紙がひらひら落ちる様子を何度も見ていた。
ふとした瞬間に、視界の端の方でひらひらと紙がゆっくり落ちていくのが見えるんです。そういうのが月に3,4回。紙はだいたい葉書サイズで、一枚ずつ上から落としたみたいに空気抵抗を感じながらゆっくり左右に揺れながら下がっていく。それが2,3枚。多いときもあったかな。でもまっすぐ見ようとすると、消えるんです。
これなんだろう、って思って誰かに話したら「飛蚊症」って言われることが多くて私もそう思い込んでいました。実際ちゃんとしらべたら飛蚊症とも違うんですよね。
大学に入って新入生歓迎会で出会った先輩との縁で文芸部に入りました。その先輩が言うには「その現象、なんか妖怪の一反木綿っぽい」と。そういうホラーっぽく思われたのが初めてで、面白くて誘われるがまま入部しました。
その時入部した文芸部の一人がやたら私に突っかかってきました。私は大学に入ってから小説を書き始めましたが、彼女は小学生の時から書いていたそうで、先輩に私の処女作がウケていたのが気に入らなかったようです。
文芸部なんで当然互いに書いた作品の感想を言い合います。だからダメ出しとかは別に良かったんですが、彼女は私にだけきつく、わざと傷つけるような言い方をしてくるんです。
「国語の成績悪かったの?」とか「価値観が幼稚なんだよね」とか。周りに、特に先輩にいさめられ、また私に八つ当たりのように絡んでくる。面倒な女でした。
それでも文芸部自体は楽しかったので辞めませんでした。続けていたおかげか、3年生になって初めて部員以外の人から感想をもらいました。文芸部で書いた作品は定期的に印刷会社に頼んで本にしてもらい、校内で販売していました。それを読んだ他学科の数人が話しかけてくれたんです。
「あれ、書いたのあなただよね。面白かったよ」って。
あの時の気持ちは今でも覚えています。心がフワフワと浮くような、柔らかくて温かい気持ち。嬉しくて、嬉しすぎて、その時同じ教室に彼女がいることを忘れていたんです。
次の日、構内を移動していたら、彼女からメールが来ました。私の人格否定や感想を言ってきてくれた人に対する罵詈雑言が書き連ねてありました。無関係の人まで貶めたことに怒りを覚え、手が震えました。何か言い返そうとメールを打ち始めたとき、ひらりと目の端に紙が見えました。またあれか、と無視して文面を考えていると、周りが騒がしいことに付きました。
紙は皆にも見えていました。地面に落ちた紙は、文芸部で出した本を破ったものです。
そして、紙に続いて彼女が降ってきたんです。四肢を投げ出すように、全身の力を抜いた彼女がゆっくりと校舎の上から。そして私の足下、地面に横たわるとバンと爆発するような音がして彼女は潰れました。
彼女は私の小説を破り捨て、目の前で飛び降り自殺をしたんです。私にはゆっくり落ちてきたように見えましたが、周りからは普通に地面に叩きつけられたように見えていたそうです。
彼女が一体何でそんなことをしたのか分かりません。私の幻覚が何だったのかも。ただ、あれから視界の端でひらひらする紙は見なくなりました。
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