№278

 大学生の時に居酒屋のバイトをしていました。チェーン店とかではなく、昔ながらの、親父さん・・・・・・店長とその家族が切り盛りしているような居酒屋です。カウンター席と、テーブル席がいくつかあって、常連客が多くて、若い人は来ない感じでしたね。でもまかないがめちゃくちゃ旨かった。

 店の端の方の、あんまりお客さんの目に付かないところに、盛り塩があったんです。親父さんは験担ぎとか好きなんで、それ自体別にかまわなかったんですが、問題はその量です。俺もそんなにくわしくないですけど、大体500円玉に乗るくらいの量でしょう? その店にあったのは子供のお茶碗をひっくり返したような量の盛り塩だったんです。

「ちょっと多くないですか?」

 と言ったことがあるんです。

「最初間違えちゃってさぁ」

 そう答えた親父さんはちょっと困ったような顔をしていました。何を間違えたのか分からなかったけど、まあ、そういうルール? マナー? みたいなものなのかなって勝手に解釈しました。

 あんまり盛り塩が気にならなくなった頃、店に忘れ物をして夜遅くに取りに戻ったことがありました。親父さんはいつも閉店してから仕込みや新しい料理の試作なんか一人でやっているのを知っていたんで、裏口から店に入れてもらいました。

 忘れ物を回収したらすぐに帰るつもりでした。親父さんも人がいるのが邪魔くさそうだったし。でも表の店の方から音がした気がしたんです。何となく真っ暗な店の方に向かいました。

 もう閉店しているので誰もいない、はずでした。でも部屋の隅に人がいたんです。盛り塩がある場所です。白い老婆が両手を合わせて祈るように正座していました。枝のような細くて筋張った手をこすり合わせているんです。

 そういえば、幽霊だとは思わなかったな。はっきり見えてたんです。だから痴呆の人が入り込んだんだなって。

 こすり合わせた手から、白い粉がさらさら落ちてきて、盛り塩にかかっていました。

「おい」

 親父さんに呼ばれ振り返りました。「おばあさんが・・・・・・」って言いかけて気付いたんです。誰もいなくなってるって。そこで初めて人間じゃなかったって鳥肌が立ちました。

「お前も見たか。あの婆さん」

 と親父さんも知っているようでした。

「1回盛り塩のやり方を間違えたら何度も出てくるんだよ。まあ、塩が増える以外、客にも見えないし問題ないからそのままにしてるけど」

 盛り塩は片付けても片付けても気がつけばこんもりと同じ場所に出来上がっているそうです。正直気持ち悪かったけど親父さんが言うとおり実害はないし・・・・・・。でも幽霊から出た白い粉って、本当に塩なのかなって。確かめる方法はないですけど。

――二宮さんは大学を卒業するまでアルバイトは続け、今はもう辞めているが、お店は今でも変わらずその場所で経営しているそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る