№276
危険な場所だって、子供の頃から言われていたんですよ。
――戸西さんはある有名な繁華街を挙げた。
賑やかなところで夜も明るいから、昔はピンときませんでした。ただ大人に注意されるから近づかなかった。子供達は皆、そんな感じだったからお化けが出るとか噂も立ちました。
大人になってああいう繁華街には不良や不審者も集まってくるから危険なんだと理解していました。視点が高くなると、危険も見えやすくなるんですね。
でもその日私は失敗しました。大学の飲み会の帰り、バスを逃して歩いてその場所の近くを通ったんです。明るいし、まあ、今日くらいって。
悪い人間っていつもカモを探しているんでしょうね。少し酔ってふらふら歩いている女子大生なんてあっという間にビルの影に引き込まれてしまうんです。
怖かった。最初はよく分からなくて呆然としていたんですが、男がのしかかってきているのが分かって、恐怖と後悔で震えが止まらなくなりました。男は息荒く、でも静かに私の服を脱がせ始めて・・・・・・声なんて出ませんよ。静かでした。
その時、やけに響く水の音がした気がしました。本当にそうだったのか、自信は無いです。一瞬、男が動きを止め、そして私の上から姿を消しました。
男はビルの壁に押しつけられていました。何に? 何だろう? 暗くてよく分からなかった。見た物をそのまま言うなら、影を凝縮した黒い物? あの場所も暗かったから、それと影の境なんて分かりません。たぶん、大きかったと思います。
私があっけにとられていると、男はゴリゴリとビルの壁にこすりつけられ始めました。ざらざらした古いビルに、顔が潰れるまで押しつけられて上下に動かすんです。ぶちぶちと繊維が切れるような音と、骨が砕けるおとが聞こえてきました。私は服を整える間もなくビルとビルの間を抜け出し、交番に走りました。
私がそんな様子だったんで、警官はすぐに現場に向かってくれました。しばらく騒動になりましたが、あの男がどうなったのか、あの場所はどうなっていたのか、誰も教えてくれませんでした。ニュースにもならなかったんです。
幼馴染みと、昼間にそこに行ってみたんです。道に面していない場所にもかかわらず、ビルの外壁は綺麗に塗り直されていました。
「この辺、ビルの隙間に住む怪物の噂があったよね?」
と幼馴染みに確認しました。何も知らない幼馴染みは懐かしいね、と笑っていました。
「この辺は最近また変質者が出たみたいだから、早く帰ろう」
幼馴染みは両方がその場所の危険だとは思っていないようでした。
警察の人にも一応聞きましたよ? でも「そういう危険な場所だから」と苦笑いされて終わりでした。
まあ、でも、私が親になっても子供に本当のことなんて言えませんよ。
「危険な場所だから」
としか言えませんよね。
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