№263
おぼろげな記憶です。
まだ小学生になる前でした。ふと目を覚ますと知らない部屋のベッドで寝ていました。カーテンが閉まっていて朝か夜かも分かりません。起きて部屋を見渡しました。ベッドが二つ並んでいて、目の前にテレビがありましたがリモコンはみあたりません。部屋の隣にはお風呂とトイレが同じ部屋にあり、その先にドアがありました。当時はよくわかっていませんでしたが、ビジネスホテルでした。
ドアを開けようとしたら、ちょうど女性が入ってきました。知らない人です。私を見ると険しい顔になり、ぼーっとしている私の首根っこを掴んでベッドまで戻しました。女性が持って来たゼリーを食べさせられ、食べたら薬を飲むように言われました。風邪を引いていたわけではないので不思議でしたが、言われたとおりにしました。
しばらくすると睡魔に襲われ眠りにつきました。そして夢を見ました。通っていた幼稚園の園庭で一人でいる夢です。いつもは先生や友達がいるのに不思議だなと思っていると、入り口から男の人が歩いてきました。多分高校生とか大学生とかそのくらいの大きなお兄さんです。
「これは夢だよ」
と話しかけてきました。自分がなんと答えたのか覚えてませんが、お兄さんは私の頭を撫でました。
「君は誘拐されて、今、ホテルに監禁されているんだよ」
この言葉だけははっきり覚えています。それまでもそうでしたが、当時の自分の感情は一切覚えていません。怖いとか、悲しいとか、一切。ただ起きなきゃと思いました。それに気付いたのかお兄さんはちょっと慌てました。
「起きる前に聞いてほしい」
お兄さんは私の左手を掴みました。そして柔らかい小指をつまむように持ちました。
「これをくれたら、お父さんとお母さんのところに帰してあげるよ」
そう言われ、私は確かに了承しました。
そしてベッドの上で目を開いたら、お兄さんがそこにいました。まだぼんやりしている私を抱っこして、部屋を出ました。フロントに行って、私を抱っこしたまま何やらスタッフの人としゃべっていたら、ホテルが騒然となりました。私たちはカウンターの中に通され、応接室のような場所に案内されました。
ホテルの制服を着ている人たちは大慌てなのに、お兄さんは悠然としていました。私が見ているのに気付くと、やはり微笑んだまま
「もうすぐ両親が迎えに来るよ」
と言い、私はホッとして再び眠りにつきました。
これが私の誘拐事件の記憶です。誘拐と傷害で捕まった女は両親を逆恨みしていたようです。女は最後まで私の小指のことは否定していました。でも誘拐される前はあった左手の小指がなくなっていたら、やっぱり誘拐犯が切り落としたって考えるのが当然ですよね。
――雉子野さんは小指がない左手を開いて見せてきた。
お兄さんはあの後煙のように消えて誰も行方を知りません。ホテルの廊下についている防犯カメラには、部屋に入る姿がなく私を抱っこして出てくるところは映っていたみたいなんで、多分夢から出てきて助けてくれたんじゃないかなって思います。
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