№259

 私だけが体験した話じゃないんで、もしかしたらすでに誰かが話しているかもしれません。

――そう前置きして牛澤さんは話し始めた。

 夢を見たんです。場所は当時通っていた女子校の校舎で、夜の真っ暗な廊下を一人で歩いていました。不気味でしたが、明晰夢っていうんですかね、夢って分かっていたんで怖くはなかったです。

 教室に着いて電気を付けると一応明るくなりましたがちょっと薄暗く、誰もいませんでした。

 その時声がしました。名前を呼ばれたんです。

 聞き覚えのある声でした。声は教室の真ん中の席から聞こえました。その上に直方体のプラスチックのペンケースが置いてありました。私は自然と「ここから聞こえるんだ」と考えました。

 ペンケースを手に持つと、

「隠してー」

 とその中から声がしました。何故と聞く前に廊下からドタドタと足音がしました。驚いてペンケースを机の中に隠しました。

 廊下から男が走り込んできました。中年のがたいのいい男で、目が血走っていました。男は私を見ると

「娘を知らないか」

 と言いました。私が首を横に振ると男はまた足音を響かせて去って行きました。それまで無かった恐怖で私はドキドキとしていました。早く夢から覚めないと。そう思った時、机の中から

「大丈夫ー?」

 と私を気遣う声がしました。机からペンケースを出し、私は問いかけました。

「もしかして宇木さん?」

 その時また足音が近づいてきて男が戻ってきたんです。男は怒りの表情で私の手元を見ていました。隠さなきゃ、と思ったらペンケースは手の中で勝手にカタカタ動き、落ちてしまって・・・・・・。

 そこで目が覚めました。まだ梅雨入りもしてない時期だったのに汗びっしょりで。私はなんだか胸騒ぎがして、その日は早く登校しました。そしたらクラスの半分くらいが同じようにいつもより早めに教室にいて、クラス全員同じような夢を見ていたんです。肝心の宇木さんは登校しませんでした。そして昼頃担任から宇木さんの自殺を知らされました。夢のこともあって、私たちはパニックになりました。気絶した子もいます。私も訳が分からず号泣していました。

 さらに私たちは宇木さんのお葬式に呼ばれました。こういう時、身内だけでする場合が多いと聞きます。その時は辞退した子もいましたが、クラスの半分くらい参列したと思います。そしてまた混乱することになりました。

 ご遺族席に夢に出てきた男がいたんです。宇木さんの父親でした。それに気付いた瞬間全身から冷たい汗が流れました。他の子も全員も真っ青な顔で震えていました。

 焼香が終わり先生に連れられ、式場を出ようとした時です。

「ありがとー」

 と宇木さんの声がしたんです。振り返った瞬間、棺桶がガタガタと一度揺れ、止まりました。友達が悲鳴を上げ、私はとっさに父親の顔を見ました。怒っているような、悔しそうな顔で棺桶を見つめていました。

 宇木さんがどうして自殺したのか誰も知りません。でも夢を私たちは口に出さずとも疑問に思っていると思います。本当に自殺だったのかって。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る